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Channel: りんごの木の下で
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愛という名の聖戦(55)

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《ご注意》第一話の注意事項をご確認の上、ご了承いただける方のみ閲覧下さい。
■7~53話はお気に入り登録限定です。シャルルが病気設定です。閲覧は自己判断でお願いします。
 今後の公開範囲は、内容により適宜判断させていただきます。








それからすぐ、あたしとジルはアルディ家を出発した。
看護師がシャルルの点滴に睡眠薬を入れたことを確認してから、ジルに小判鮫のようにくっついて、あたしは長い廊下を走り、玄関脇に停めてあったシャルルの白いポルシェの助手席に乗り込んだ。
はじめて知ったジルの運転は実に男っぽかった!
あたしは必死でシートベルトにしがみつき、ジルはまるでF1のようなスピードとハンドリングでパリの街を走り抜けて、あっという間にドゴール空港へ到着した。
空港正面の出発ターミナルの前を通過し、明らかに特別そうな鉄条網で囲われたゲートをくぐりしばらく走ると、目の前に、純白のジェット機が見えてきて、その前で車は止まった。
あれ、ヘリコプターじゃなかったの?
不思議に思ってあたしがたずねると、ジルは車から降りながら言った。

「パリとマルグリット島の直線距離は千キロ以上。ヘリコプターではとても無理です」

ふぅん。

「ですのでまずは、アルディ専用ジェット機でカンヌに向かいます。アルディのヘリポートがありますので、そこからマルグリット島へ向かいます」

なるほど、わかったわ!
あたしは勇んでジェット機に乗り込み、一路カンヌへ!
飛行機の中では、ジルはどこへやら姿を消してしまい、一人残されたあたしは、優しいパーサーさんが持ってきてくれたジュースやらお菓子やらを満腹するまでいただいた。
う、つかの間の幸せ。
そうして着いたカンヌの空港では、小型のヘリコプターがあたしたちを待っていた。
シルバーに黒いラインの入ったとても素敵なヘリコプター。
すっかり嬉しくなったあたしは、ジルに感激を伝えようと思い、振り返ってびっくり。
だって、ジルが、目の覚めるようなコバルトブルーのツナギに着替えていたのよ!
額には大きめのパイロット用ゴーグルがある。

「天候良好。良いフライトになりそうですね」

海からの強風で顔にまつわる長い金の髪と、その真っ青なツナギとが互いに見事に引き立てあって、ああ、華麗なことこの上なしっ!
白い指先でゴーグルを少し下げながら、パリよりも濃い青空を、信念を込めたブルーグレーの瞳で見つめるジルは、本当に綺麗だった。
それはたぶん、彼女の持つ内面の輝きが、その美貌を一層美しいものに押し上げているのだと、あたしは思った。
うーん、ジルはかっこいいっ!
いつかあたしも、こんな女性になりたいなっ!

「マリナさん、行きますよ」

ジルの声にあたしはハッと我に返り、慌てて彼女のあとをついて、ヘリコプターの後部座席に乗り込んだ。
革張りの座席は、思ったより乗り心地がよかった。

「安全ベルトを装着してください、離陸します」

運転席に座ったジルが、黒いゴーグルを装着しながらそう言った。
あたしがカチャンとベルトをはめた直後、ヘリコプターのプロペラが回る衝撃があたしの座席にもビリリと伝わってきて、すぐにものすごい轟音が立ち、重力が体にドシンとかかって、機体が地面を離れたのがわかった。
さあ、いよいよマルグリット島ね!
シャルル、待ってて。
必ずミシェルを連れて帰るからね!
それからまもなく、ヘリコプターは地中海の上空に入り、しばらく海の上を通ったあと、やがて小さな島の上で止まった。

「これがマルグリット島です!」

ヘリの大きな音の中、叫ぶように言ったジルの言葉に、あたしはまじまじと窓から下を見た。
その島は、親指を横に寝かせたような形をしていた。
全体に赤茶色で、ちらほらとまだら色の緑が見える。

「別名、真珠の島とも呼ばれています」

へぇ。
あんまり真珠って感じしないわね。

「どうして真珠なのーーっ!?」

あたしが大声で聞くと、ジルの答えはこうだった。

「不明です。対岸の町に、やはり海に臨む断崖に街があるのですが、その美しさから、“リヴィエラの真珠”と呼ばれています。この島も、そこと同じように断崖が美しいからかもしれません」

なるほど。
改めて見下ろすと、確かに、青い海に突き刺したような岩肌は絶景だわ。
それにしても、真珠なんて雅な名前の島に、わざわざ監獄を作るアルディ家って、やっぱり変な家。
ちょっと呆れるあたしをよそに、ジルは着陸態勢に入り、ヘリコプターはゆっくりとマルグリット島へ向けて降下をはじめた。
だんだん地面が近づいてきて、それにともない、島にたったひとつだけある建物の様子もはっきりと見えてきて、あたしの心臓はドキドキした。
それは、コンクリート色の、飾り気のない刑務所みたいな建物だった。
ここにミシェルがいる。

あたしは、三度しか会ったことないミシェルの顔を思い出した。
シャルルの双子の弟ミシェル。
顔も形も姿も、どこから見てもシャルルそっくりな天使のような美しさで、かつシャルルよりも高い293という知能指数を持ちながら、シャルルの影のように生きてきたミシェル。
壮絶なほどシャルルを憎み、卑劣な手段でシャルルの地位を奪い取ろうとして、失敗し、一生幽閉されたミシェル。
あと少しで彼が暮らすその島に着くという段になって、あたしは、だんだん自信がなくなってきてしまった。
ミシェルに助けを乞おうとしている自分は、ひょっとしてとんでもないことをしようとしているのかもしれない。
このことをシャルルが知ったら、なんて言うだろう。
そうは思ったけど、ここまできて引っ込むわけにはいかないのよ。
いいわ、シャルルに怒られても。
怒ることができるのも、命があってこそよ。
ただひとつ心配なのは、怒りのあまり、シャルルの病気が悪くなっちゃうことだけど、それについては考えないことにしよう!
とにかく、今はシャルルの命を助けることだけを考えるのよ。
そのためなら、この際手段は問わない、問うてる場合じゃないものっ!

などとぶつぶつ言っているうちに、ヘリコプターは、無事に島に到着していた。
エンジンを止めたジルが、先に降りて後部座席のドアを開けてくれ、あたしがヘリコプターから出ると、土煙の向こうに、一人のおじさんの姿が見えた。
きちんとしたスーツ姿で、たぶん、年は五十歳ぐらいかしら。
四角い眼鏡をかけた細く厳しいまなざしが特徴的な、見るからに融通のきかなそうな中年で、オールバックの黒髪は、海からの強風にいささかも乱れる気配はなく、頭にがっちり張り付いている。
あら、出迎えかしら。
と思ったのは正解だったようで、そのおじさんはジルに向かって頭を丁重に下げて言った。

「ジル・ド・ラ・ロシェル様、お待ちしておりました」

日本語だった。
あたしがびっくりしていると、ジルは、ゴーグルを外して胸ポケットに入れながら聞いた。

「あなたがマルグリット総監ノーマン・ランサールですか?」

すると、おじさんは頭を上げ、小さく頷いた。

「はい。どうぞお見知りおきを」

そのやりとりで、あたしは、このノーマンという名のマルグリット総監であるおじさんとジルが、初対面であることを知ったの。

「連絡したとおり、A級療養者ミシェル・ドゥ・アルディに対する面会です。案内を願います」

ジルの言葉に、ノーマンは素直に頷いて、右手を建物のほうに伸ばした。

「どうぞ。ご案内いたします」

言いながら、ノーマンは建物の門に向かって歩き出し、ジルはその後に続いた。
あたしは慌てて彼らの後を追った。
いよいよミシェルに会うという緊張で、胸を高鳴らせながら。
マルグリット島でのミシェルとの再会、これがのちにあんな恐ろしいことを引き起こすなんて、この時のあたしはこれっぽっちも思わず、心の中でシャルルに言っていた。
待っててね、必ずミシェルを連れて帰って、あんたを助けるからね……!








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