《ご注意》シャル×マリです。小菅の別れ当日から開始。
16万ヒット記念テーマソング創作(兼)2016マリナBD創作。
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愛すればこそロマンチック 最終回
10 かくてマリナの現状は
ガラス張りのティーサロンには太陽の光がまばゆいぐらい降り注いでいた。
真ん中に敷かれた真っ赤なヴァージンロードを、新郎新婦であるピエールとエリナがゆっくりと歩いてくる。
ピエールはちょっと緊張しているみたいで、ひょろ長い体をさらにまっすぐに伸ばして、唇をしっかりと引き締め前を見据えている。
彼に寄り添うエリナは、普段の小悪魔ぶりなどどこかにしまいこんだように、ピュアさが匂い立つような綺麗な花嫁さんだった。
結婚行進曲はなし。
ベルの余韻だけが響く中、二人はサロンの中央に簡易的に据えられた誓いの場まで進み出た。
いつの間にか、黒いガウンをまとった神父様らしきおじいさんがそこには現れていた。
「では、これより、ピエールとエリナの結婚式を執り行います」
日本語で式は始まった。
隣に立つ和矢をちらちらと見ると、彼は優しい表情を浮かべてエリナたちを見つめていた。
それはまるで自分の妹が結婚するのを見守るかのような嬉しそうな笑顔で、どう見ても虫の居所が悪そうとか、まして怒っているという様子には見えなかった。
それで、あたしは少しほっとしたのよ。
この分だと、三つの約束を破ったことは、特に気にしてないみたい。
よし、ここはお互いのためにも三つの約束にはもう触れず、結婚式が終わったらさっさと日本に帰って、和矢との熱い恋をリスタートしよう!!
そう思いつつ見つめるあたしの前で、厳粛に誓約式は進んだ。
実は、この結婚式には普通の結婚式にはないことが二つあった。
一つは肩に大きな銃をぶら下げた軍人数名が出入り口をしっかりと固めていること。
もちろんその先頭はルパート大佐よ。
なんでまだいるんだろ、変なの。
そしてもう一つの変わった点は、「病める時も健やかな時も…」というおきまりの誓いの言葉のあとに、新郎新婦それぞれが自分の言葉で誓いを述べたことだったの!
二人は向き合い、まずピエールがエリナをまっすぐに見つめて言った。
「僕はサミュエルが死んだ時、筆を捨てる決心をしました。僕の絵は彼のためのものだったからです。でも、その僕の絵が彼を死なせました。僕は自分のあまりの罪深さに正面から向き合うことができず、日本に逃げました。日本を選んだのは、アニメがあるからです。アニメの世界は純粋に作品作りを楽しむ人たちばかりで……罪深い自分をそこでいやしたかったのです。でも神様は、その日本ですばらしい出会いをくれました。エリナです。彼女は僕に生きる勇気と力を与えてくれました。僕はもう二度と逃げません。一生をかけてサミュエルに対して犯した罪と向き合っていきます。エリナ、こんな僕ですが、どうかそばにいてください。君を心から愛しています」
義理の弟となるピエールの毅然とした決意に、あたしは胸がいっぱいになった。
こんな彼ならいつかきっと天国にいるサミュエルもゆるしてくれるにちがいない。
続いてエリナも、きらきらとした瞳で彼を見上げて言った。
「私は料理人になりたいと思っていました。そのために、必要な技能は高校で学んでいたし、自信もありました。でも、私は肝心なことを知らなかったのです。誰に食べてほしいのか。私は何のために料理人になりたいのか。――今思うと、ただの自己実現だった気がします。ピエールがいなくなった時、とても不安でした。その時、私は自分の恋がどれだけ弱いものであるかを知りました。私がこうして花嫁姿になれたのは、私が強かったからではありません。言葉がなくても信じ合う姉とシャルルさんの姿に、本当の愛を教えられたからです」
んなっ、なにを言うの!?
あたしとシャルルはそんな関係じゃないっていったでしょーが!!
和矢に誤解されちゃう!
あたしは身震いがするぐらいぎょっとしたんだけど、そんな可哀想な姉の様子にちっともかまうことなく、エリナはただピエールだけを見つめて、一度大きく深呼吸した。
そして再び口を開き、明瞭に言った。
「私はピエールを愛します。彼の背負った罪ごと愛していきます。一生ずっと。
これからはピエールのために料理を作ります。ピエールが二度と私から離れられなくなるような、世界一の食卓を作って見せます!」
エリナの宣言に、あたしは先ほどの焦りもどこへやら、もう我慢できないぐらい感極まって、ついにわんわんと号泣してしまったのよ。
小さな頃から要領がよくて、小憎らしくて姉を姉とも思わない小悪魔だけど、でも誰よりもかわいいたった一人の妹。
ウエディングドレス姿で幸福そうに微笑む妹は、自分の道をしっかりと見つけた大人の顔をしていて、あたしの全身を熱くした。
よかったね、エリナ。
しあわせになるのよ……っ。
ピエールがエリナのヴェールを上げて、二人は誓いの口づけを交わした。
あたしと和矢は盛大に拍手をした、それこそもう壊れたシンバルモンキーのようにね。
……したんだけど!
二人のウエディングキッスは、あたしと和矢がいくら手を叩き続けても終わらず、ついにはあたしたちの方が音を上げ、だらりと椅子にもたれ込んでしまうぐらい、長く濃厚に続いた。
あのね、結婚式ぐらい清純にやったらどうなのよ!?
いつまでもやってろ、もう知らんっ!!
そうして怒りと退屈に満ちたあたしをよそに、なんとか無事に結婚式は終わり、誓いを終えたエリナとピエールに、あたしと和矢を加えた四人で、サロンパーティとなった。
扉のそばにはインディゴブルーの軍服姿のルパート大佐たちが相も変わらず彫像のように立っているけど、その頃にはもう見慣れて、あたしは彼らの存在をすっかり気にしなくなっていた。
「和矢さん? わぁ、はじめまして!」
エリナは相当びっくりしたようで、意味ありげな視線をあたしに寄越しながら、あたしの脇腹をつんつんと肘でつついてくる。
ピエールと和矢が挨拶をしている隙に、あたしはエリナをサロンの脇の方に連れて行った。
余計なことを言わないように釘をさすと、エリナはふふんと笑う。
「本物の恋人の登場ってわけ? おねえちゃんもやるわね。シャルルさんを結婚式にこさせないで、和矢さんをこさせるとか。シャルルさんにもう一度引導を渡す気なの?」
「そんなんじゃないわ!」
「じゃあ、どうして和矢さんを呼んだの?」
だから、あたしじゃないってば!
あたしは首を急いで振った。
「シャルルが呼んだのよ。ルパート大佐を使って」
「シャルルさんが?」
エリナはちょっと驚いた顔をした。
「ふーん。何か思惑がありそう」
「思惑?」
「だって、シャルルさんって天才でしょ? 和矢さんを呼んだのも絶対理由があるわよ。たとえば、宣戦布告するつもりだとか」
「まさか!」
あたしは思わず叫んでしまった。
そんなことはありえない。
シャルルは、あたしにアデュウを言ってくれた、和矢としあわせにおなりって。
今回は、ピエール捜索のために頼っちゃったけど、本来ならば、シャルルとは永遠のさよならをしていたはずだったのだ。
彼は誇りにかけても、一旦自分の口から出した言葉を裏切ったりしないだろうし、守り通すにちがいないだろうと思う。
あたしの知っているシャルル・ドゥ・アルディはそういう人間だもの。
「絶対にちがうわ。宣戦布告なんかじゃない」
「じゃあ、どういう理由で和矢さんを呼んだの?」
「それはわからないけど……」
あたしがちょっと口ごもると、エリナは呆れたという顔をしてから、さっとウエディングドレスを翻してサロンの中央に戻って行き、ピエールと談笑している和矢に話しかけていったのだった。
「和矢さんに会えて嬉しいです。おねえちゃんね、ずっと和矢さんのことを言ってたんですよ。和矢和矢和矢って呪われたみたいに」
うわっ、黙りなさいっ!
あたしが焦ってエリナを止めようとした時にはすでに遅く、和矢が意外そうに首をかしげていた。
「へえ、マリナが?」
オレの約束を守ってくれたんだ、と言いたげな顔だった。
エリナは深く深くうなずく。
「空港に着いた時でしょ。ルーブルに行くと決めた時もだし、シャルルさんに会う直前も。三つの約束があるんだってぶつぶつ言って。あの姿をお見せしたかったわ」
「そっか……変な約束させて、オレ、カッコ悪いね」
と和矢は気まずそうに頭をかく。
「いいえ、それほどおねえちゃんを思ってくれているんだって、感激しました。おねえちゃんの和矢さんへの愛は並じゃないですから安心してください。まあ、もちろん私のピエールへの愛の方が一段上ですけどね!」
そのエリナの言葉に、たちまち和矢もピエールも、それから言ったエリナ本人も笑い出し、サロンの中に和やかなムードが満ちあふれた。
でも、三つの約束を破ってシャルルと会ったあたしは、内心汗をダラダラ流していた。
ちょうどその時だった。
出口を固めていた軍人たちが、急に騒然としだしたのだった。
サロンの外から走ってきた一人が、ルパート大佐の耳に何かを囁き、それを聞いた彼はそばにいた部下たちになにやら指令を出し、幾人かが走り出て行って、残った人間は抱え持つ銃の装備を確認しはじめる。
「何かあったのかな?」
和矢が目線をあたしと同じようにそちらにやってつぶやいた。
と、ルパート大佐があたしたちの方に突如、早足でやってきた。
白いピータイルの床に、深緑色の軍靴がカッカッと硬い音を立てる。
あたしたちの前に立ったルパート大佐は、青く澄んだ瞳であたしたちをぐるりと見渡した。
その瞳は、凛としてするどく、底が見えるぐらいに光っていて、あたしはなぜか背筋がぞくっとした。
ルパート大佐はほとんど顔の筋肉を動かさず、機械的な声で言った。
「アルディ家からの通達だ。本日たった今をもって、我がアルディの全権はこの私に委譲された。よって貴様らには、今後一切アルディ家への立入りを禁ずる。通達は以上だ」
え?
あたしは一瞬、なにを言われたのか、理解ができなかった。
アルディの全権をイジョウする? イジョウってなに?
頭の回転があたしよりもずっと早い和矢が、黒い瞳をきらりと輝かせて、ルパートの顔を見返した。
「どういうことですか? シャルルはどうしたんですか?」
すると、ルパート大佐は顔色ひとつ変えずに答えた。
「シャルルは今しがた、マルグリット島に送致された。理由は貴様らも承知のとおり、アルディ家が関与した政治工作を当局に握られた件、およびミカエリスの剣について失策があったからだ。彼には一週間の猶予を与えたが、その間に問題をクリアできなかったため、親族会議は彼を資格喪失者とみなしたのだ」
まさか――嘘でしょ!?
「そんな! あいつに限ってそんなわけが!?」
和矢が信じられないという悲鳴のような声を上げる。
あたしもたまらずに叫んだ。
「だって、シャルルはそれはもうすぐ解決するって言ってたわ。人を使ってやってるって。報告を聞くばかりだって」
ルパートは馬鹿にしたような薄笑いを浮かべて、あたしを見下ろした。
「残念ながら、シャルルの協力者とは私のことだ。私はシャルルの指示を受けて、検察当局への根回しとミカエリスとの交渉人を務めていた。だが一月二日以降、シャルルの指示はすべて途絶えた。理由は池田マリナ、貴様のくだらん用件だ。シャルルはすべての仕事を放棄し、あげくに私にまでルーアンに行くよう命令した。結果、期限内にどちらの仕事も成立しなかった。シャルルの当主復権が失敗に終わったのは、池田マリナ、貴様のせいだ」
あたしは夢の中にいるような気持ちでルパート大佐の言葉を聞いていた。
あたしのせい?
あたしがピエールを探すのを手伝ってほしいと頼んだから?
会話の流れからエリナもシャルルに何か異常事態が起きたということは察しがついたのだろう、目を見開いてあたしとルパート大佐の顔と代わる代わる見る。
「おねえちゃん……シャルルさんは一体どうしたの? マルグリット島ってどこ? シャルルさんがそこに行ったからって、なんなの?」
あたしは答えられなかった。
和矢が言葉少なめに、エリナとピエールに事情を説明した。
つい数分前までは薔薇色に染まっていた二人の顔色が、たちまち蒼白に変わる。
「私たちのせいっ!? 私とピエールのせいで、シャルルさんは追放されたの!?」
動揺する花婿と花嫁を視界に収めながら、あたしは首を横に振った。
「ちがうわよ。あんたたちのせいじゃない……」
でも、首がうまく動かないっ。
赤ベコのようにあたしの首は不自然にかくかくと揺れただけだった。
「あたし、わかってたもの。シャルルが当主復権中だったこと。わかってて彼に会いに行ったのよ」
再会した時のシャルルを思い出した。
あの時の、怒りのような、絶望しきったようなまなざし。
そして直後の、穏やかな微笑み。
きっとあの瞬間、シャルルは当主復権をなげうつ覚悟をしていたんだと思うと、あたしは胸が引き裂かれるような後悔を感じたの。
シャルルの様子に気づくチャンスはいくらでもあった。
再会した時、当主復権問題はもう解決ずみで退屈を持て余していると言われて、小菅で別れてたった数日しか経っていないのにと仰天したし、ルーアンにルパートがヘリで駆けつけてきてくれた時には、シャルルの不気味な優しさに若干の違和感をもった。
なのに、あたしはそれ以上不審には思わず、シャルルにたずねようともしなかった。
もちろんエリナのことで気持ちがいっぱいだっということもあるけれど、一番の理由はあたしが彼の心の内を考えようとしなかったからだ、これっぽっちも……。
ああ、本当にあたしってバカだ!
どうして気づかなかったんだろう!?
再会した時、いや、せめてピエールを迎えにいく車中ふたりで話した時にでも彼の異変に気づいていれば、まだ間に合ったかもしれないのに!!
一週間前、シャルルが「アデュウ」と言った時、永遠のさよならじゃない気がした。
なんだかんだ言っても、きっと会えるにちがいないって……。
でも、今度の別れは本物だ。
だってシャルルはマルグリット島に行ってしまった。
今度こそ一生シャルルに会えない。
あたしは、シャルルと本当のアデュウしてしまったんだ!!
そう思うと、喉の奥からマグマに似た熱いものが一気に込み上げてきて、気がつくとあたしの目頭からは水道の蛇口をひねったような大量の涙があふれでていたの。
ルパートが身を翻した。
「では私はこれで失礼する」
ルパート大佐は二人の部下だけを残し、ヴァージンロードを踏みつけてガラス扉から出て行った。
ティーサロンはしんとなった。
和矢は黙って、泣くあたしをただじっと見つめている。
エリナがそばのテーブルからナプキンをとって、あたしのほおにあてた。
「おねえちゃん……そんなに泣かないで。シャルルさんは天才だから、きっとどうにかするわよ。そうよ、もう逃げてきていて、その辺まで来てるかもよ?」
エリナの気遣いが、今のあたしには余計辛かったの。
あたしは涙を飛ばすようにして叫んだ。
「絶対無理よ。あたしはシャルルにもう二度と会えないんだわ!」
とその時、出口に立っていた軍人の一人がつかつかとあたしの方に近寄ってきた。
え?
と思う間もなく、軍帽を目深にかぶった長身のその軍人は、あたしの腕を強引に掴んで引き寄せ、なんといきなりあたしの唇を吸ったのよっ!!
突然のキスにあたしの心臓も息もぴたっと停止!
何がおこったのかわからず、ただボーゼンとして唇をうばわれたままだったあたしは、至近距離にあるその端正な顔を食い入るように見つめて、そしてただちにその正体に気づいたのだった!
シャ、シャルルっっ!!
あたしは夢中で彼の胸を押して、ちゅぽんと唇をひきはがして叫んだ。
「マルグリット島に行ったんじゃなかったの?!」
シャルルがかぶっていた軍帽を床に捨てると、帽子の中に収納されていた白金の髪が肩の上に散った。
彼はあたしの両肩をつかみ、上目遣いであたしの顔をのぞきこみながら、その顔が見たかったんだと言わんばかりにニヤッと笑う。
「オレと一生会えないと思うと、どう? 少しは寂しいと思った?」
「な、な、な……まさかあんた、そのためにこんなことを?」
「ルパートは名役者だっただろ?」
完全絶句するあたしに、シャルルは真顔に戻して続ける。
「ごめん。オレ、自分の愛を裏切った。君にカズヤとしあわせになれと言ったけれど、再び君に会って、君の顔を見たら、どうしても君への思いを抑えられなくなった。だから、ちょっと強引だけどこんな方法をとった。もしオレがマルグリット島へ行ったと聞いても、君が涙をこぼさなかったら、今度こそ本当にあきらめるつもりだった」
あたしはカッとした。
「卑怯者っ! あたし、あんたを尊敬してたのにっ!」
シャルルの顔が泣きそうに歪んだ。
「尊敬なんかいらない。尊敬されて、一人でも大丈夫だと思われるぐらいなら、この世でもっとも弱い人間になって君から愛されたい」
青灰色の瞳には踏みつけても踏みつけてもなおも燃え上がる火のような強い光があって、あたしは飲み込まれそうになって、たまらずに夢中で首を横に振った。
「でもあたしが好きなのは……っ」
和矢よ。
あたしが好きなのは和矢だけ。
だから、彼さえそばにいてくれればいいのよ。
そう言おうとしたのに……。
まるで口が縫い付けられたように動かなかった。
シャルルと一生会えなくなると思ったら、ナイフで貫かれたように胸が痛くて、殺されるってこんな風なのかって思うぐらい苦しかった。
何もかも頭の中からふっとんだ、そばにいた和矢の存在も。
あの時のその感情をなんと表現していいのか、明確な言葉を探し当てることができなくてあたしが戸惑っていると、シャルルが突然、昨日崖の上でエリナにしたのと同じようにあたしを米俵みたいにガバッと肩の上に担ぎ上げたのよっ。
ぎゃあぁ、このワンピは丈が短いのよ、パンツが見えちゃう!!
「悪いな、カズヤ。バカなマリナちゃんは自分のことがわかってないみたいだから、オレがもらってくぜ。マリナをひとりじめしたければ、おまえも三つの約束なんてみみっちいこと言わずに、力づくで奪い返しに来いよ!!」
ええっ!?
まって、あたしの意思はどーなるの!?
でも大丈夫よ、和矢が止めてくれるわ!
あたしが万感の期待を込めて和矢の方を見ると、なんと彼は動こうとせずに口に手を当てて叫んだのよ!
「わかった。きっと奪い返しに行く!」
きっとって何よ、今でしょ!?
もうこの際パンツが見えようがなんだろうがかまっていられず、恥を捨ててあたしはシャルルの軍服をつかむは蹴るわと死に物狂いで暴れたんだけど、シャルルはあたしを担いだまま颯爽とサロンを出て行く。
後ろでエリナのはしゃぐ声が聞こえた。
「きゃあ、やっぱり愛はロマンチックだわ! 結婚式場から愛する人を連れ去るなんて、まるで映画の『卒業』みたい! がんばってシャルルさん! おねえちゃんは小学生なみのウブウブだから、初体験は優しくしてあげてね!」
エリナのアホンダラーーーっ!!
サロンの外には真っ赤なオープンカーが待っていて、あたしはその後部座席に押し込まれ、なんと運転席にはルパート大佐がいたっ!!
彼はこの世にこれほど不愉快なことはないというような顔をして「くだらん…実にくだらん」とつぶやいてから、一気に車をスタートさせた。
かくて、あたしたちを乗せたオープンカーは冬の風をきるようにパリの街中を疾走しはじめたのだった。
「どこへ行くの?」
「ランス」
「ランスって、まさか!?」
けけ、結婚式をあげるつもり?!
そんな、心の準備が整ってないっ!
「式の前にせめて電話を一本! 日本にいる父さんと母さんに『育ててくれてありがとう』って言わせて!」
貞節と礼儀を重んじる大和撫子のあたしがそう提案すると、シャルルは信じられないという顔であたしを見た。
「本当? マリナ、本当にオレの花嫁になってくれるの?」
「え? あ、いや……」
あれ? あたしって実はシャルルが好きだったの?
あたしが頭をひねりながらつぶやくと、シャルルはいきなり肩から下げていた銃を祝砲のように空に向けて撃ったの!
ガガーンという音が青い空に鳴り響いて、あたしは鼓膜が破れるかと思った。
何やってんのよ、警察に捕まるわよ!
シャルルは天を仰いで大声で叫んだ。
「トレヴィアン!! やっとマリナを手にいれたぜ!!」
わーんっ、本当にこれでいいのかしら!?
誰かお願い、暴走するシャルルを止めてくださいっ!
天才の華麗なる策略に乗って、煙に巻かれたような状態であたしの未来が決定されようとしてる!!
悶絶するあたしと輝くような笑顔のシャルルを乗せたオープンカーは、石積みの建物に囲まれた真冬のシャンゼリゼを、戦闘機のような猛スピードで駆けぬけていった。
完
