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シャルマリの流儀 エピローグ

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タイトル「シャルマリの流儀」


プロローグ
1、小菅拘置所の別れーー「もう離さない、俺のものだ」の真意
2、恋人試用期間?ーー飯田橋と横浜はわりと近い
3、マリナの処女性議論ーーオレ、もらっちゃダメでしょ?
4、期待される別れ方ーーパリ行きの航空券は用意しましょう
5、友情継続問題ーー唯一の親友という十字架
6、将来の希望は?ーー友としてシャルマリを支えます!(模範的回答)
エピローグ
最後の対決


◇◇◇



エピローグ



浮気は男の甲斐性だなんて、誰が言い出したんだろう――。
ある調査によると、結婚一年後の男性の浮気率はなんと驚きの54.8%なのだ。これを見て多いと思うかどうかは千差万別だと思うが、「一生この人と一緒に暮らそう」と曲がりなりにも決意したにもかかわらず、どうしてパートナーを裏切ってしまうのか、オレには理解できない。
裏切るぐらいなら初めから誓わなければいいではないか。
恋人と結婚。日本においてはたかが紙切れ一枚の違いだ。役所での手続きは簡単。届出をする当人たちが意気込んで行っても、紺色の古びたアームカバーをしたおじさん職員に「はい、結構ですよ」さめた顔で受付されておしまいなのだ。神聖でもなんでもなく、書類上の不備がなければ、あっけなく夫婦になれる。
愛だの恋だので生活が続かないことは、結婚式が終わればわかる。極端な例をいえば「成田離婚」という言葉も流行った。お互いがそれまで生きてきた生活をすり合わせて、共同生活をするわけなのだから、そこには違和感やストレスも生じる。問題はそのストレスを超えて「相手と一緒にいたい」と思うかどうかだ。


オレが最近関わった裁判は、ある夫婦の事件だった。
二人は高校生の時のクラスメイトで、妻は夫にひそかな片思いをしていたという。内向的な性格の彼女はなかなか言い出すことができず、やがて彼と彼女の親友が交際をはじめた。彼女は黙って見ていた。そのうち彼と親友は別れた。別れた理由は知らない。彼女は勇気を出して告白し、晴れて彼と付き合うようになった。それが大学生の時である。
その後、順調に交際を続けた二人は結婚した。子供には恵まれなかったが、幸せな結婚生活を営んだ。
だが、数ヶ月前から夫の様子に異変を覚えた。帰りが遅くなったり、休日には仕事だといって出かけるようになった。「どうしたの?」と聞いても「仕事が忙しくて」としか答えない。なのに、妙に優しいのだ。突然ケーキを買ってきたり、肩を揉んだりしてくれた。夫の優しさは、彼女の心に嬉しさよりも胸騒ぎを巻き起きした。なぜならば夫はどちらかというと冷ややかな性質の持ち主だったからだ。
夫の仕事はある事務機器メーカーの経理だった。残業や休日出勤はこれまでほとんどなかった。なぜ急に仕事が忙しくなったの? どうして突然優しくなったの? 夫にはなにか秘密がある――。日を重ねるたび、その思いは確信にかわった。
ある夜、夫の会社の前で、彼が出てくるのを物陰から待った。そして出てきた彼の後をつけた。
妻は衝撃的な光景を目にすることになった。
夫は町の交差点で手を挙げた。あんなにいい笑顔は見たことがありませんでした、と後に妻は述懐している。夫が笑顔を向けた先にいたのは、なんと、彼が大学時代に別れた、妻の親友だったのだ。
二人が腕を組んだとか抱き合ったとか、そのようなことは妻は見ていないらしい。
それなのにどうしてこんなことをしたのか、と問われた際、妻が述べた陳述だ。
「たとえ指先すら触れ合っていないとしても、あの夫の嬉しそうな顔がすべてです。私はその瞬間、何もかもわかりました。どうして夫の帰りがおそくなったのか。どうして夫が優しくなったのか。夫は浮気をしていたのです。夫は彼女がずっと忘れられなかったのです。私は妻です。戸籍もそうなってます。生活だって共にしています。なのに夫の中で、私は永遠の二番手だったんです――」
妻は物陰から飛び出して、相手の女を車通りの激しい交差点に突き飛ばした。女は転がるように道路に倒れ、通りかかった車にそのままひかれた。女は即死だった。
彼女は、傷害致死罪で懲役5年の実刑判決となった。
浮気があったのかどうかは争点のひとつだったが、夫は最後まで認めなかった。妻側の弁護士もあまりやる気はないようで、殺人罪ではなく傷害致死罪になればそれでよいと考えていた様子で、夫への深い追求はなされなかった。
判決を裁判長が言い渡すとき、彼女は俯いてじっと何かに耐えていた。彼女の夫はついに一度も傍聴席に現れなかった。聞くと、弁護士を通じて離婚の手続きをとったらしい。


夫は本当に浮気をしていたのか?
その問いは、謎のままだ。そして夫はおそらく一生真実を語らないだろう。




――あれは後味の悪い事件だったな……。
通常の勤務を終え最寄りの駅についたオレは、駅舎から出て、真夏の夕焼け空を見上げた。スカイブルーの空と、太陽色で染まったビルディングのでこぼこした輪郭が、絵の具では到底作り出せないようなファジイな紫色でつながっている。
ここのところ激務が続き、頭も体もかなり疲れていたオレは、太ももの筋肉を弛緩させるような歩みで疲労を散らしながら家に向かいつつ思った。
もしこの先、オレが結婚することがあったら、浮気だけはしない。
ただ一人だけを心から愛そう。それが人をしあわせにするってことだし、自分もしあわせになるってことに、ちがいない。
結婚一年後の浮気率54.8%なんて、くそくらえだぜ!
百年後千年後も愛を誓うぞ!!
と、オレはまだ見ぬ愛しい人への熱いラブを胸に、鞄を肩に抱えなおして、坂道を走るように家に急いだのだった。
最後の角を曲がり家が見えた途端、オレは「ん?」と思った。
家の前に誰か立っている。シルエットからして女だ。グレイのパンツスーツの小柄な女。誰だ?
目を凝らしながら近寄って行って、家の前まであと5メートルぐらいという地点まできたとき、その人物の姿をはっきりと認識して、心臓がつよく収縮した。ぎゅーっと引き絞れて身体中のあらゆる血管に送られる血が瞬間遮断する。
「お前、マリナ?」
呼びかけると、彼女はこちらに気づいたようだった。表情筋をあざやかに緩ませて、ダリアの花が咲くように見事な笑顔を浮かべる。
「和矢っ」
「おいおい、本当にマリナかよ?」
オレは慌てて彼女に駆け寄った。オレ達は、オレの家の門の前で向かい合った。マリナに会うのは、二年前の同窓会以来だ。去年シャルルと結婚して、現在はアルディ夫人として公私ともに忙しく過ごしていると風の噂で聞いていた。彼女は言った。
「ごめんね、突然来て」
「いや。別にかまわないよ。まあ、びっくりしたけど。――で、どうした?」
「ちょっと話があって」
そう言って、拳を口元にあてるマリナ。化粧気のない顔に、憂いの影がよぎる。
「ま、とりあえず入れよ」
オレはマリナを家に引き入れた。いつものように迎えに出てきた家政婦の市原さんはオレが女連れで帰ってきたのを見て、肝をつぶしたようだった。そしてその女が、かつてよくこの家にも遊びに来ていたオレの彼女――池田マリナであることを知ると、縁日で子供にすくい上げられた出目金のように目を大きく見開いて口をパクパクとさせた。
「お変わりになりましたねぇ……別人のようでございます」
オレはマリナをリビングに通した。マリナはソファに座った。セカンドバックを足元に置き、つま先は斜め四十五度にぴたりと揃えて伸ばし、腿の上に上品に手をそえている。その姿からは昔の野生児マリナなどまったく想像もつかない。
市原さんが紅茶を淹れてくれた。彼女お手製の菓子も一緒に供された。
「シフォンケーキでございます。あんずジャムと合います」
市原さんはかの日のマリナの食欲をよく覚えているようだった。おかわりも沢山ございますよ、と彼女は言った。だが、マリナは笑みを浮かべながら手をかざした。
「ありがとう。でもお菓子はいいわ。お茶だけいただきます」
まあ、と市原さんがつぶやいた。正直に驚きの声が漏れたという感じだった。
「それではごゆっくり」というと彼女は後ずさりをするようにリビングを出て行った。市原さんは出て行った後、廊下にしゃがみ込んで、リビングの扉をすこーーしだけ開けて、片目をちらっと覗かせて盗み聞きするんだろうなと思った。それを咎める気はなかった。むしろ歓迎したい思いだった。マリナは今や人妻だ。その彼女と二人きりになるつもりは毛頭ない。自らの潔白を証明するためにも、家政婦は見た状態をやるに違いない市原さんの存在はありがたかった。
市原さんが出て行った廊下につながるドアが薄らと開くのを、顔を動かさないまま目の端で確認したオレは、安心してマリナに話しかけた。
「――で、突然、どうしたんだ? なんかあったか?」
「あのね」とマリナは言った。左手で髪をかきあげて、耳にかける。ちょっと色っぽい仕草だった。ドキマギしながら「ん?」と首をかしげる。
「シャルルが浮気してるみたいなの」
「はぁ? 浮気? あいつが?」
「うん」
オレは素直にびっくりした。マリナ一途なあいつが浮気するとは。しかも結婚してまだ一年だ。54.8%のなかにあのシャルルドゥアルディが入ってしまったのか。まさに驚天動地とはこのことだ。これはシャルマリ流派のみんなも相当度肝をぬかれるだろうな。
「おいマリナ、それ、本当か?」
「本人には確かめてないわ。でも、あやしいの」マリナは唇をかみしめた。眼差しを伏せる。「最近帰るのが遅いの。ひどいときは、明け方に帰ってきて、11時までひたすら寝て仕事に行って、また午前様よ。あたしのことなんかまるで無視。それから、電話があったの」
「電話? 誰から?」
「女の人よ。名前は言わなかったわ。でも……」
「でも?」
訊くと、マリナは顔をさっと赤らめてそむけた。
「おたくの旦那さんの右太ももの裏には、二つホクロがあるでしょう?って……」
オレはつい「うっ」と変な声を漏らしてしまった。「ごめん」と消えそうな声でマリナが言った。つまりシャルルと愛人関係にあるとその電話の女は言いたいらしい。妻であるマリナへの宣戦布告なのだろう。
「いや、でもさ」オレは意味もなく辺りを見渡しながら側頭部を右手でぽりぽりとかいた。生々しくなってきた話にどう対応すればよいのか、正直いって困った。なんで別れた女のカウンセリングを受け付けなきゃならないんだよ――若干やさぐれる。
とにかくここは穏便にすませようと、一生懸命考えて、オレは笑顔を作って言った。
「多分さ、それ、いやがらせだよ」
「いやがらせ?」
「ああ」オレは膝の上に両手を置き、前のめりになって、マリナに向かい強く頷いた。「あいつはアルディ家の当主で、その他の分野でもいろいろ活躍する大天才だ。やっかみも多い。お前たち夫婦の仲をこわして、あいつの精神状態を追い込みたいって輩だっているさ。でもなマリナ。そんなのひとつひとつ気にしていても仕方がないぜ。放っとけ。それが一番いい」
「じゃあ、事実無根のことだっていうの?」
「そうさ。あのシャルルがお前を裏切るわけない。そんなこと、お前が一番よくわかってるだろ?」
マリナは考える様子を見せた。一分間ほど黙り込んで、その後慎重な口調で切り出した。
「でも、ただのやっかみな人が、太ももの裏のホクロの数を知ってる?」
オレは低く唸った。それはそうだ。オレだって、いくら親友とはいえ、そんなものは知らない。
「それはさっ」オレは人差し指を立てた。目が泳ぐのを止められない。「えーっと、えーっと、それは多分、昔の女だろう」
「昔の女ですって?」マリナの顔がたちまちこわばる。しまったと思ったが、一度口から出した言葉は引っ込められない。オレは覚悟を決めてその先を続けた。
「マリナ。お前とうまくいくまで、つまりお前と再会するまでにシャルルに女関係が何もなかったと思うか? あれだけの男だ。女が放ってはおかないし、シャルルだってパラドクスでお前を手放して、ものすごく傷ついた。だから、その傷をごまかすために他の女を一時的に求めたからといって、お前にそれが責められるか?」
「…………」
マリナは無言で膝の上の両手をぎゅっと握りしめていた。たとえ酷くとも、真実は言うべきだ。その意思を固めてオレは言った。
「いいか? そもそもこの話はシャルマリ流派のための二次創作物だ。そのシャルマリ流派自体が、パラドクス後のシャルルの乱行を黙認している。むしろそういうシャルルを好む傾向すらあるぐらいだ。もちろん彼女達だって、実際に浮気する男はゆるさないだろう。だけど、愛した女(マリナ)を思い切れない苦しさを行きずりの女で……というシャルルの若い頃のあやまちにはなぜか寛大なんだよ」
沈黙し続けるマリナに、オレは激流のように言葉を叩きつける。
「だから、お前もゆるせ。きっと今回のことは、そういう昔の商売女が、シャルルの敵と手を組んだだけのことさ。陽動されるな。いいか。シャルルはお前を愛している。そうに決まっている。あいつのことはこのオレが保証する。だから、どんなにあいつが忙しくても、無視されているように感じても、寂しくても、今後は絶対にオレのところになんか来るな。夫婦の問題は夫婦で解決しろ。他人を介在させていいことは一つもない。わかったか?」
うつむいたままマリナははらはらと落涙した。彼女の一部がはがれ落ちていくような悲しい姿だった。スマートなパンツスーツの膝がたちまち濡れて色が変わっていった。
負けると思う時が負ける時――それが常套句だった彼女が、自分のために泣く姿は痛々しかった。
さなぎが蝶になるということは、輝きを失うことを意味するのだろうか……。オレは胸を痛めながら、納得してくれたのならいいが、と思った。
その時だった。
玄関チャイムを狂ったように鳴らす音が聞こえた。同時に廊下で「あれぇ」という市原さんの声が上がり、直後、彼女を押しのけるようにして、シャルルがリビングに飛び込んできた。走ってきたらしく、肩で荒い息をしている。
「シャルル、おまえっ!」
叫んだオレの姿など目に入らないとばかりに、シャルルはマリナの元に駆け寄る。マリナは腰を浮かせるように立ち上がった。
「シャルル……」
「ごめん、マリナ」
腕を掴まれながら頭を下げられて、マリナは震えながら頭を強く振った。
「ううん、ううん。あたしこそ勝手に出て行っちゃってごめんなさい……」
シャルルは顔を起こして、微笑んだ。泣き笑いのような顔だった。
「君がカズヤのもとに行ったと知り、気が狂うか思ったよ。君を再び失ったらオレはもう生きていけない」
「あたしも……あたしもあんたがいないと生きていけないっ! 和矢なんていらない。誰もいらない。シャルルだけがいればあたしは幸せなの。世界はそれで完結しているの。シャルル、永遠に愛してるわ!!」
マリナはシャルルの首元にすがりつくように抱きついた。彼女のくびれた腰をシャルルが強く抱え込む。黒須家のリビングルームで抱き合う二人は一本の観葉植物のようだった。
オレはそんな二人の様子をじっと見ていた。いつの間にかリビングに入ってきていた市原さんがぼっちゃま、と小さな声でささやいた。オレは右手の人差し指をすっと差し出して、ある人物を示して言った。
「お前、誰だ?」
部屋の空気が一瞬、止まった。
オレが指差したそいつはくす、と微笑んだ。何もかも計算通りという笑い方だった。それを見て――オレの中の疑惑は確信へと変わった。
「あたし?」とその女は言った。「マリナよ。何言ってるの?」
「いいや、お前はマリナじゃない」オレはかぶりを振る。「今思うとオレはずっと違和感を覚えていた。何時からかはわからないが、目の前にいる女の子は、マリナの姿をした別人じゃないのか――?という気がしていたんだ。確かにマリナっぽかった。この話がはじまった頃の外見描写はちょんちょりんとかもちゃんとあってマリナそのものだったし、食べ物に目がないというエピソードもあった。でも何かが違ったんだ」
マリナはシャルルの胸から身を起こし、彼から離れて、両手を腰に当てた。
「和矢、あんたするどいわね」マリナは顎を引き、オレを上目遣いに見て、声を立てて笑った。「そうよ、あたしはマリナじゃないわ」
「お前、誰だ?」
「ズバリ、あたしの名前はシャルマリ流派よ」
「シャルマリ流派?」
「ええ」
頷く彼女にオレは息をのんだ。シャルルも同じように呼吸を止めた気配がわかった。
「よくわかったわね」
「大人の女を演出しすぎだ。ここ数話の変化はあまりにも極端だった」
「まあね。あたしもちょっとやりすぎだと思ったわ。芸能人かというぐらいスタイリッシュを持たせるんだもの、でも、仕方なかったのよ」
「仕方ない?」
「シャルルに釣り合う女にならなきゃいけなかったから。いつまでもブラウスにキュロット穿いて、しかも赤いぼんぼんのちょんちょりんってわけにはいかないでしょ? 1990年代ならゆるされただろうけど」
マリナは細い腕を組んで、足も交差して、つる植物のようにしなやかに立って苦笑する。そういう風に立つと、体の線を浮き立たせたパンツスーツが艶かしくて、もうどこからどう見てもバスト2センチのマリナと同一人物には見えなかった。むしろどうして今まで騙されていたのかが不思議だった。
シャルルがたずねた。「なぜ、シャルマリ流派がマリナになっている?」
「何言ってんの、今更。二次創作のマリナ=シャルマリ流派だってことは、あんたもわかってたでしょ? シャルマリ流派は『シャルル』と『マリナ』がくっつけば満足なの。その過程でマリナのキャラクター性を犠牲にすることはあまり問題にされない。だから二次創作物でマリナは、かわいい女になったり、妖艶な女になったり、卑屈になったり、素直になったり、根暗な性格になったり、やたら一途になったり、内向的になったりと、原作からはほど遠くキャラ変させられる。結局、シャルマリ流派は、自分たちの性格に『マリナ』という名前を着せているだけなのよ。シリーズ主人公池田マリナを追放したのは他でもないシャルマリ流派よ」
それは正論だった。反論の余地が見つからず、オレは拳を握り締める。
「……本物のマリナはどこにやったんだ?」怒りを抑えながら訊くと、マリナの顔をした女は答える。「封印してるわ」
「封印だと? どこに?」
「どこだと思う?」
オレは考えた。マリナが、マリナでなくなったのはどこだろう――。前回の同窓会? いや、別れを告げたコーヒーショップ? 順調に交際していた頃? いや、この話が連載開始した頃か? ――いやもしかすると――?
「パラドクス?」
「まさか……もっと前?」
オレ達が順に訊くと、偽マリナは答えた。
「さあね。探せば?」
「なに?」
「すべてが思い通りになる二次創作物の世界に首までつかったあんたたちに、原作の破天荒なマリナが見つけ出せるものならばね♪」
その瞬間、ヒュウンという電子音がした。目の前が一瞬真っ暗になる。それはコンマ一秒の千分の一ほどの時間だったと思う。次に明るくなって、視界に再び黒須家のリビングルームが見えた時、そこにいたのはオレとシャルルと市原さんだけだった。大人のマリナの姿をしたあの女はどこにもいなかった。
先ほどの力が抜けていくような音はシャットダウンの音だったのだ。
この二次創作物の世界が終わったんだ、――オレは誰にも説明されることなく、そう直感した。
部屋の中に重い沈黙が立ち込めた。
「これからどうする?」
顔を上げると、オレはシャルルに言った。
「もちろんマリナを探すさ」
とシャルルは答えた。
「だけど、どこに封印されたのか、見当がつかないぜ」
「ふん」
シャルルは空の一点を厳しい表情で見つめていた。「オレは必ず本物のマリナを見つけだす」
「一筋縄じゃいかない感じだぜ」
「かまわない」
「まったくもう……」力の入ったやつの様子にオレは頭をぽりぽりとかく。「よし、オレも付き合うよ」
「え? 君がか? だがこれはシャルマリ創作だ。ラストまで付き合っても君にいいことはないぜ?」
「ケツの穴のちいせぇこと言ってんじゃねーよ」
オレは笑った。
「オレ達、親友だろ。今度こそ一緒に闘おうぜ」オレは、シャツの袖をまくり上げて、シャルルに向けてぐっと力こぶをつくって見せた。いつぞやの夜間工事で稼いだ金で、完治させた腕だった。




最後の対決 につづく


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