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愛凍る 第3話

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《ご注意》この記事はいわゆる二次創作です。苦手な方は閲覧しないでください。cpはシャル×マリです。登場予定キャラはシャルル、マリナ、ミシェル、和矢、ジル、カーク。オリキャラあり。
舞台はパリ。
シャルルとの恋を叶えるために必死で奮闘するマリナちゃんを見たい!と思ったのが、このお話を書いた動機です。
2017マリナBD創作。全20話程度を予定。





愛凍る


第3話



ミシェル・ドゥ・アルディの手記(その3)



「シャルルがカプセルに入って三日後に、池田マリナが来るとはね。彼女はこの屋敷に隠しカメラでも取り付けてるのかな?」
「さあ。私は存じません。ですが隠しカメラなど当家にあるわけございませんが、そうでしょう?」
「では、隠しカメラのような人間、といえばいいかい? 我が愛しの腹心くん」

それでもジルは泰然としていた。

「あなたの質問の内容がよくわかりません」

すました顔が、女だてらに強固な意志を感じさせた。これ以上聞いても無駄か。

「わかった。まあいい」

ジルへの尋問をそこで引き上げることにしたのは、その先に待っているメインディシュの方に興味が向いたからだ。
俺は池田マリナをすぐに呼ぶようにジルに命じた。ジルはうなずき部屋を出て行った。俺は仕事の資料をデスクの引き出しに全てしまいこんだ。そして、さて――と思いながら、椅子に深く持たれて、客が来るのを待った。
やがてドアが外からノックされ、ジルに続いて小柄な客が入ってきた。

「シャルル!」

池田マリナは俺を見るなり、弾んだ声で言った。ほおも紅潮していて、喜びが抑えられないといった感じだ。

「マリナさん」
池田マリナの興奮に水を浴びせるように、ジルの声がきりりと響く。
「先ほど申したように、これはミシェルです。シャルルではありません」

どうやらこの部屋に案内する途中に、俺がシャルルのふりをして当主を務めていることを説明したらしい。
俺は立ち上がって、彼女たちの元に向かった。

「シャルルじゃなくて申し訳ないけど、歓迎するよ。ようこそ」

池田マリナは、以前見た時よりも幾分大人になっていたようだった。特徴的だった大きなメガネはそのままだが、ほおの肉がほんの少し落ちたようだ。それが表情に大人びた陰影を与えていた。何よりも化粧をしていた。派手なメイクではないのだが、よく似合う色のルージュが、匂い立つような色香を感じさせた。
とは言っても、所詮は山猿女だ。魅力などまったくない。

「ああ、そうね――声がミシェルだわ。あたしったら動転しちゃって――えーっと、ミシェル、あんたを信用していいのかどうかもまだ半信半疑なんだけど、とにかく訊くわね。シャルルは本当に冬眠しちゃったの?」

俺はうなずいた。
シャルルの元に案内しようかというと、池田マリナは、少し考えてから「お願いするわ」と言った。

「ではこちらにどうぞ」

俺が彼女をエスコートして出口に向かった。途端、ジルの小さな叫び声が上がった。

「ミ、ミシェル!」

彼女は、非難がましい目で俺を見ていた。俺たち兄弟よりも幾分淡いブルーグレーの瞳には、こういう感情がよく似合う。

「大丈夫だよ、ジル。俺はシャルルに負けない医療知識を持ってる。マリナちゃんがショックで卒倒しようが泡を吹こうが対応できるさ」

ジルは俺を睨んだまま何も言わない。池田マリナが心配そうに俺たちを代わる代わるに見た。

「ジル、どうしたの?」

「なんでもないよ。彼女はちょっと疲れてるんだ。ジル、君はお茶でも飲んでいたらいいよ。君の好きなマスカテル・フレーバーをね」

俺はジルを部屋に残してマリナとともに廊下に出た。

「しかし、驚いたよ。突然君がパリに来るとは。俺の得た情報では君は日本にいるはずだったんだが」

廊下を歩きながら俺が言うと、マリナがキッと俺を見上げた。

「あんた、また姑息な手であたしたちのことを調べてたの?」
「おっと」俺は彼女に向かって手をあげた。「シャルルの身代わりをするなら、必要なことだろ? シャルルからちょっと聞いただけさ。怒るなよ」
「シャルルがあんたに話したの?」
「ちょっとだけね」
「彼はあんたにどんな風に話したの?」
「君とほんの少しの間だけ交際したが、性格の不一致から自然に別れたとだけ聞いた」
「ふーん……」
「なに?」と俺が訊くと、マリナは別に、と答えた。
「ちょっと意外だったから。シャルルがあたしとのことをそんな風に言うとは思わなかったの」
「じゃあ、どんな風に言うと思ってたの?」
マリナは口ごもった。
「わかんないわ」
俺は苦笑した。
「でも、そんなに簡単に別れたなんて言って欲しくなかったのよ」

この時、池田マリナは自分の頭を軽く叩きながら、苦笑いをした。その笑い方は、失敗を見つかった幼稚園児みたいな、泣きそうな笑い方だった。
階段を降りて、カプセルのある地下室に向かいながら、俺は訊ねた。

「君さあ、何をしに来たの?」

池田マリナはすぐに答えた。

「シャルルに好きって言いたくて来たのよ」
「好き? シャルルを? 君が?」
「うん」
「だって、君はクロス・カズヤが好きだったじゃないか?」

池田マリナは顔を赤らめた。そしてポツポツと話し出した。
小菅の拘置所前でルパートとともに旅立ったシャルルを見送ってから、和矢と交際を始めた。その中でお互いに「なにか違う」と感じはじめた。よく話し合った結果、自分たちは初恋の幻想に囚われていただけだと、ようやく気づき、気持ち良く別れた。和矢の父親は仕事柄海外出張が多く、貯めたマイレージで和矢に航空券をプレゼントした。和矢はそれを金券ショップで売り、マリナに改めて格安航空券を買い与えた。それで今回、マリナはこうしてパリに来ることができた――
池田マリナの話を総合するとそんな感じだ。
池田マリナは気づいていないようだが、おそらくクロス・カズヤはジルと裏で通じている。ジルはシャルルのカプセル入りに心を痛めて「どうかシャルルを助けてほしい」とカズヤに連絡したのだろう。それで、ちょうどマリナとの別れを模索していたカズヤは、その決断を下したにちがいない。

そもそも本当にクロス・カズヤは、マリナと別れたがっていたのだろうか?

「シャルルに会って思いが通じたら、カズヤに報告するの?」

俺がさぐりを入れると、案の定の返事があった。

「うん。そのつもり。和矢も心配してくれて、何があったらいつでも連絡しろって成田まで見送ってくれたぐらいだもん。ちゃんと報告したいわ」

俺はカズヤを気の毒に思った。別れた女を丁寧に成田まで送る男がいるだろうか。そこに未練を感じない池田マリナという女の鈍感さに呆れつつも、そうするうちに俺たちは目的の部屋の前についた。

「どうぞ、マドモアゼル」

俺は彼女を部屋の中に招いた。ジルの手によって、部屋には毎日新鮮なバラが運ばれていて、色とりどりのバラで部屋は溢れていた。

「前と同じ、バラ、バラ、バラ……だわ」

とマリナはつぶやいた。その顔は惚けていて、以前奴がここで眠っていた時のことを思い出しているのだろうか。

「なんて綺麗。息をのむほどだわ。あれ、でも枯れているバラも結構あるわね。前はこんなことなかったのに」

マリナが足元のバラを拾った。そのバラはわずかに外側の花弁が茶色く変色していた。

「この部屋全体が殺菌室になっていて、バラは一日しかもたないからね」と俺は口ぞえた。
「そういえばそう聞いた気がする。毎日交換してるって」

マリナはカプセルに近寄っていって、その前にひざまずいた。透明なカプセルの中で、シャルルは長い睫毛を伏せて、静かな顔で眠っている。バラに埋もれた白い顔は、我が兄ながら寒気がするほど美しい。

「シャルル、あたしよ」
喘ぐようにマリナは呼びかけた。
「ようやく来れたわ。ごめんね、遅くなってごめん」

俺は黙ってその様子を見ていた。さながら眠り姫と王子という感じか。男女が逆だが。マリナは人並みの容姿だが、バラに囲まれて悲しげな顔をして、眠る男を見守る姿は、いくら山猿女でもそれなりに絵になる。

マリナはしばらく、シャルルの寝顔を眺めた後、何かを決したように立ち上がった。くるっと回れ右をして俺の元にやってくる。

「ミシェル、お願い、シャルルを目覚めさせて」

俺は首を横に振った。

「お願い」
「ダメ」
「お願いってば、お願い!」
「ノン、ノン、ノン!」

しばらくこの問答を繰り返した後、マリナは周囲を見たわした。白衣を着た1名のスタッフが常置しているのだが、マリナに睨まれて、彼は飛び上がった。このスタッフはジルが用意した研究員で、ジルのほか、俺とシャルルの入れ替わりを知っているのは彼だけだ。

「あなた、カプセル開けてくれない!?」

もちろん、彼はうなずかなかった。無言で彼女から視線を逸らすのみ。それで一層マリナはイラついたらしく、シャルルのカプセルをどんと叩いた。

「えーい。誰でもいいからとにかくシャルルを目覚めさせろっての! そうしないとこの機械、すべて叩き壊してやるわよ!」

「おっと、ストップマリナちゃん。それ以上衝撃を与えると、シャルルがバカになるぜ」

途端、彼女は驚いたように動きを止めた。その瞬間を俺は見逃さなかった。俺は声に力を込めて言った。

「シャルルが入った後、このカプセルにはちょっとした仕掛けをしたんだ。無理やりにカプセルを開けようとしたら作動する仕掛けをね」

マリナがごくんと唾を飲む音が聞こえた。

「その、仕掛けってなによ?」

俺はニヤッと笑った。

「脳細胞破壊薬」

マリナの目がみるみる見開いていく。

「カプセル内部を通っている睡眠薬注入用の点滴の管に、ロックをかけた状態でセットしてある。無理にカプセルを開けようとしたら――その薬はシャルルの体内に入り――脳細胞はほぼ破壊。かかる時間は約一分だ」
「な、んですってぇ……?」
「一旦死んだ脳細胞は二度と復活しない。さながらシャルルは生きた屍のようになるだろう。だから、ジルも他の人間も、このカプセルに決して手出しをしてこない。薬のロック解除のナンバーを知っているのは俺だけだから」

一瞬の沈黙。
ややしてマリナの震えた声が上がった。

「どうしてそんな……」

その問いに俺は明瞭に答えた。

「理由は二点。シャルルの希望通り彼を永遠に眠らせるために。もう一点は、俺の今の地位を守るためさ。君のように心変わりしやすい人間がチョロチョロ出てきて、シャルルをあっちこっちに動かすたびに、俺の処遇も変わるようじゃ、俺もやってられないからね」
「ひどいやつ!」
「なんとでも。永久に眠りたいと言ったのはシャルル本人だ。俺はそれにのっとって行動しているだけさ。もっとも、脳細胞破壊薬はオプショナルサービスだがね」

俺が笑うと、マリナは両手を握りしめてうつむいた。小さな体が小刻みに震えていて、少々刺激が強すぎたかと思ったが、かまわないと思い直した。どうか身の程を思い知って日本に帰れ。二度とシャルルを目覚めさせようとなど思うな。
しかし、池田マリナは敢然と顔を上げた。涙に濡れた瞳には、信念がきらめき立っていた。

「あたしはあきらめないわ。必ずシャルルを起こしてみせる」

俺はどうやって起こすのだと訊いた。

「彼が黙っていられない状況を作るのよ」

俺は眉をひそめた。

「シャルルとどうしても会いたいの。シャルルに大好きって言いたいの。シャルルだけが大好きだって絶対言う!」

そう叫んで、池田マリナは猛然と走って俺の横を駆け抜け、白い部屋を出て行った。俺はわけが分からずその後をおった。彼女の足の長さからすると、途中で俺が追いつかないはずはなかったのだが、俺が動揺していたのか、それとも彼女が奇跡的な速さで走ったのかそれはわからぬが、俺がたどり着いた時には、彼女は先刻の俺の執務室に戻っていた。俺のデスクの引き出しを漁っている。

「何をしてる!?」

彼女は顔をあげて言った。

「金をちょうだい!」

何のために金がいるのかはわからなかったが、俺はすぐに執事に言いつけて金を用意させた。ユーロ紙幣でひと束。一ヶ月はゆうにホテル暮らしをできるだけの金額だ。

「ありがとう、じゃあね」

と言って出て行こうとするマリナの腕を、俺はつかんだ。

「何をする気だ?」

「シャルルを起こすの。シャルルが黙っていられないような難事件を見つけてくる。そうしたら彼はあたしと一緒にその事件を捜査してくれるわ!」

彼女は俺の手を振り払い出て行った。
それが11月4日、午前11時58分のことだった。




私が彼女を見たのはそれが最後だ。彼女はおそらくシャルルを刺激するような難事件を引き下げて、カプセルの前に戻ってくるつもりだったのだろう。もちろん眠っているシャルルには聞こえないが、日本人はそういう人情話が好きだから。
いや、彼女が訴えたかったのは、むしろそばにいる私だったのだろう。自らの必死さをそういう形で見せ付けることによって、カプセルの解除をさせようとしたのだ。

いずれにせよ、稚拙な思考と言わざるをえない。私はそのような考えが嫌いだ。現在、私はオーストラリアで行なわれている国際会議に出席している。シャルルのカプセル管理はジルに一任してある。
この手記はホテルの一室で書いている。ファックスでそちらに送信する。私がフランスに帰国するのは早くて一週間後、それまでにこの事態が解決し、あの東洋の山猿女が日本に帰国していることを私は強く願う。おそらくシャルルもそう願うであろう。

カーク・フランシス・ルーカス刑事殿、あなたが彼女の友人であり、今回の事件の担当官であるのなら、一日も早い事件解決を望む。そして彼女が二度とフランスに来ることのないようにしていただきたい。犯罪に寄与したものは、国務省が入国禁止を含めた措置を講ずるはずだ。その手はずをすみやかにとることを願う。これは当家の総意だ。
それとも靴下怪人など、微罪すぎて初めから捕まえる気などなかったのか?  もしそうなら私はパリに帰っても靴下を履かないことにしよう。

なお、この文面は極秘文書として、プライバシーを厳重に管理されたし。関係機関外に情報漏出を確認した場合は、直ちに法的措置を講ずる。公共電波を使用しているので、署名は差し控えさせていただく。ちなみにこの文書には当家の名は一度も記していない。よってこの文書により当家を特定することはできないと申し添えておこう。――以上だ。M.H





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