《ご注意》シャルマリ2次創作。大人向け。登場する国、地域は実在するものとは無関係です。
第十五話
翌朝10時、再び大使館事務所に赴いて、和矢が先月の16日にモザンビークに入国している事実を知った。彼は今もモザンビークに留まったままである。
「すぐにモザンビークに行ってくる」
「待って、あたしも行くわ」
危険だからやめろと何度も止めたが、マリナの決意は固かった。オレは彼女を翻意させるのをあきらめ、午後の便でオレたちはケープタウンを発ち、モザンビークのマプト国際空港に到着した。
マウラの故郷ザウラ村は南アフリカとジンバプエと、三国の国境付近にある。キャサリンからの情報によると、四輪駆動車で八時間はかかるということだった。さて、どうしたものか、とオレはよく晴れたモザンの空を見上げた。現在時刻は午後3時半。到着する頃には深夜になる。
向こうは宿泊施設もないだろう。和矢がいるかどうか確定していないのに、これから向かっていいものか?
オレが決めかねていると、
「どうしたの? 早く行きましょうよ」
急いたマリナの声。オレが彼女を振り返ると、明日にするなんて考えてもいないといわんばかりの彼女の顔。これで明日にしますなんていったら、噛みつかれそうだ。噛みつかれて喜ぶ趣味はない。
「そうだな、早く行こう」
1秒でも早く和矢を見つけて、マリナを喜ばせてやりたい。二人は大切な友人だ。彼らには幸せに暮らしてもらいたい……
オレは、空港前に停車していたタクシーの何台かに、ザウラ村までの案内を交渉し、そのうちの一台がオーケーした。一泊二日の日程で、幌付きジープをチャーターしてザウラ村に向かうことになったのである。そのための食料や水、懐中電灯などを空港の売店で買い込んで、我々はすぐさま出発した。
一時間ほどは舗装道路で快適だったが、そのあとは岩をけずっただけのような荒い道になり、振動が尻に痛かった。風が冷たい。
「懐かしい?」
突然マリナがいった。今、なんといった?
「この辺、あんたもいたところ?」
「ああ……。いや、オレがいたのは、もっと北方の密林地帯だ」
「ふぅん。それで和矢はあんたを探してもなかなか会えなかったのね」
「………」
「じゃあ、懐かしいって気はしない?」
「特にしないね。季節が違うし」
「でも、知っている人に会えるかもよ? あんたが治療していた人とか、あんたの顔を見たらきっと喜ぶわ」
オレは鼻で笑った。
「それは戦争を知らない人間のいうことだよ。あの頃のことを、思い出したい人間などいるわけがない。君が同級生に会うのとは違うんだよ」
すると、マリナは動揺も露わに、首を思いっきりのばしてオレの顔を覗き込んだ。
「あたしは、あんたが懐かしいと思ったかなって思っただけよ。悪気はないわ」
「カズヤのことがなければ、オレはこの国に再び来なかったよ」
「あっそ……、そりゃあ、迷惑かけたわね……」
マリナは不満そうに黙り込み、オレも不快だったので黙った。
タイヤの音がうるさくて、がなりたてるようにしなければお互いの声が聞こえにくかったので、それからの長いドライブの間、「はい、水」とか「トイレ、行っておけ」などといった必要最小限の会話以外は、ほとんど話さなかった。
午後11時すぎ。到着したのは、村とも呼べない廃墟の集落だった。
「ここで間違いないのか?」
運転手に確かめると、間違いないという。内戦前はそれなりに栄えた村だったが、ゲリラの襲撃をうけて、村民のほとんどが殺されたか逃げたかして、一度は無人になり、現在住んでいるのは、帰還難民の数軒らしい。
「この辺りは強盗はでるかい?」
「まず出ませんね。貧しいやつしか住んでませんし、旅行者も来ませんから、商売にならないです」
「よくわかった。じゃあ、出発は明朝11時。それまでは休んでいい」
「はい。ただ、旦那。絶対に、道を逸れて歩いちゃいけませんよ」
「わかっているよ」
親切な運転手は道端にジープを停車して、寝に入った。オレはマリナと共に周辺を歩いた。雲ひとつない晴れた夜で、満月がオレたちの足元を照らしてくれた。わずかな家の明かりを頼りに、村を見て回った。廃墟となっている家には、誰も住んでいる形跡がなかった。一目見ただけで家々は深閑としていた。
オレたちはキャサリンから聞いたレストランの場所に向かった。
思ったよりもレストランは大きく、二階建ての建物だった。灯火はなく、まっくらだったので、入るのにいささか躊躇したが、オレが周りを確認している間に、マリナは自分の懐中電灯を持ってさっさと入ってしまった。
おいっ、待てよ! 中に誰か、わるいやつがひそんでいたらどうするんだ!
慌ててオレが後に続くと、中は襲撃のあとがそのままだった。倒れたテーブル、砕けたコップや皿は床に散らばっていて、干からびた食べ物が散乱していた。銃弾の痕が無数にあり、いかに激しい襲撃だったのか、雄弁に物語っている。
マリナはぼうっと突っ立っていて、そばに行くと、彼女の前にあるそのテーブルの前には、小さな花束があった。花は枯れていたが、かすみ草はそのままの風情を保っていた。
「やっぱりここに来ていたんだな」
テーブルの前にひざまずいてオレがいうと、マリナは震えながら頷いた。
「ここで和矢が撃たれたのね」
和矢のものかマウラの両親のものか、それとも他の被害者のものか。経年劣化で黒くなった血痕がおびただしくそこら中に広がっていた。
マリナは突然、顔を手で覆った。まさか泣くのか? とたじろぐオレ。しかしマリナは、すぐに手を下ろして、目を細めてニコッと笑った。
「それで、これからどこを探せばいいの? 天才のあんたなら、わかってるんでしょう? 教えてよ、時間を無駄にしたくないわ」
オレは起き上がって、膝をパンパンと手で払った。やけにその音が大きく響くのは、無人の建物のせいか。その音に反応してマリナがピクンと動いた。
「明日の朝になればわかるよ。たぶん」
「たぶんって何?」
「とにかく、待とう。朝までここで野宿になるが、あきらめてくれよ。夜明けは6時ごろだ。そう長い時間じゃない」
「野宿だって平気よ。問題ないわ。ほら、あたしは、昔、小菅の拘置所の前でだって、一晩過ごしたことだってあるし。あんたが薫の手術をしてくれた時」
「そ、そうだったな」
「いつルパートが来るかわからないから、トイレなんて、近くの公園まで全速力で走っていってたのよ。お腹も空いたし、寒いし、あの日は大変だったわ~」
「……そう」
話すことに疲れを覚えたので、オレは奥の方にあった階段を上った。上は襲撃が少ないだろうと思った予想はあたり、ソファやテーブルが古びてはいたものの、傷つけられることなくそのままの様子であった。オレはあえてそれには腰をおろさず、床にハンカチを敷いて、その上に座り壁にもたれた。そうやると、割れ目のはいった窓から月が見えた。
マリナが静かに上がってきて、隅の方のソファに横になった。
夜がひどく冷えて来た……
「はっくしゅんっ!」
翌朝、鼻をすするオレを見て、マリナがせせら笑った。
「風邪をひいたの? 案外、軟弱ね~。やっぱり貴族様ね。野生の場では何の役にもたたないのっ」
最大の侮辱を受けたオレは、マリナを焼き殺してやるつもりで睨んだ。が、彼女はまったくオレの白眼視など気にするそぶりもなく、女王然としたそぶりで命令した。
「じゃあ、今日どうすればいいか、いいなさい」
「はいはい、マリナ様……くしゅん!」
鼻水をこらえながら、オレは村の家々を訪問した。
「どうしてどの家に人が住んでいるかわかるの? 家はいっぱいあるのに。洗濯物?」
「洗濯物もそうだけど、昨夜、あかりが付いていただろ? まずそこから訪ねて行って、あとは、訪ねた家の人たちに聞き取り調査をしているだけ、くしゅん!」
「へえ、あんなに真っ暗な中の家の明かりを覚えてるんだ」
「君と脳みそのシワの数が違うからね」
「なっ、何よそれーっ。あたしだって、昔よりはシワが多くなったんだから」
「顔に?」
「脳みそによ!」
怒るマリナを尻目に、オレは急ぎ足で一軒の家に向かった。石と土で作られた質素な家で、壁の一部が壊れており、そこを葦のような植物で覆っている。昨夜、明かりがともってなかった家だ。
オレは鼻をすすりあげてから、目の前の家に向かって、ロワ語で「こんにちは」といった。はい、と女性の声が応じた。
簡素なドアを開けて出て来たのは、色の黒い若い女性だった。黒い大きな瞳、化粧気のまったくない小さな顔。長い黒髪を顔の両側に三つ編みにしていて、晒しのワンピースを着ている。
「オレはフランスからクロス・カズヤを探して来たアルディといいます。こっちは」と隣のマリナを指して「カズヤの妻のマリナです。あなたはマウラ・シバさんですね?」
訊ねると、彼女の顔にまるで悪魔をみたかのように恐怖が浮かんだ。ふらっとよろめき、扉にすがりついた。
「カズヤはここにいますか?」
マウラは一言も答えない。
だが、オレの声を聞きつけたらしく、部屋の奥から男が出て来た。
「マウラ? どうした?」
暗がりから出て来たその顔――!
「和矢!」
とマリナが叫んだ。
「君、やっぱりここにいたのか……」
村の人間から聞いた情報を総合して、ある程度予想はしていた。けれど、実際にマウラと暮らしている姿を見た今も、信じられなかった。
和矢、君はなぜ、こんなところにいる?
しかし、次の瞬間、和矢から発せられた言葉を聞いて、オレはさらに、頭が飛んでいってしまいそうなほど仰天した。
「あなたたちは誰ですか? オレらに何の用?」
全く見知らぬ他人を見る視線をよこされて、まず虚脱し、直後に激しい憤怒に襲われたオレは、恨みをこめてマウラを睨んだ。マウラは焦った様子で、和矢にいった。
「この人たちは私の知り合いよ。少し話があるから、そのあたりを散歩してきてもらえる?」
和矢は首を横に振った。
「心配だ。オレも同席する」
マウラはにこりと微笑んだ。
「大丈夫よ。とても信頼のおける人たちなの。だから、ね?」
それで和矢は一応の納得をしたらしく、訝るようにこちらを見ながら外にでていった。
「入ってください、さあ」
彼女の家は、一部屋しかない家だった。敷物を敷いだだけの寝台が二つ。かまどに鍋。皿やスプーン。着替えの入ったカゴ。すべてが整理整頓された状態で、部屋の中にあった。もっとも他にも部屋があったと思われる構造物だが、おそらく襲撃のために破壊されて、使えるのがこの一室ということなのだろう。
お茶をという申し出を断り、オレは早速の説明を求めた。オレたちは立ったまま話を始めた。
「私はカズヤさんへ恩返しがしたくて、お金を貯めました。お金がたまったので、送金したいと連絡すると、彼が取りにくると言いました。ケープタウンでお金は渡しました。その時、彼から両親に花を手向けに行かないか?と誘われました。国を出てから一度も帰っていなかったのですが、良い機会だと思い、彼と一緒に帰国して花を手向けました。日帰りは無理なので、一晩この家に泊まり、翌朝、マプトに帰る予定になってました。でも、その夜に大変なことが起こったんです」
簡潔な説明の仕方だった。おそらくマウラは優秀な看護師にちがいない。だが、その看護師がなぜこんなことをしている?
「それはなんだ?」
小鼻をおさえながら聞くと、マウラは顔を歪めて答えた。
「カズヤさんは星空にとても感動して、もっとよく星をみたいといいました。危険だから、夜は歩いちゃだめと私は止めました。でも、ちょっと目を離した隙に彼の姿はいなくなっていて、サバンナから爆音が聞こえました。カズヤさんは地中の地雷を踏んでしまったんです。幸い、外傷はなかったのですが、どこかに頭をぶつけたらしく、それきり自分が誰かを思い出せなくなってしまったのです。すぐにマプトの病院で診断してもらいましたが、脳に異常はありませんでした」
「ほう。それで?」
マウラは、言いにくそうに、先を続けた。
「彼が記憶を失ったのはココですから、しばらくココで様子を見ようと……。医師もいきなり環境を変えるのはよくないと言いました」
「どうして彼の家族に連絡しなかった?」
マウラは顔をしかめ、それからポツポツと必死にいった。
「私は、日本語を話せませんから、状況を説明できない」
「そんなことは理由にならないっ!」
マウラはビクッと震えた。
「彼には妻子も仕事もある。君は看護師だろう。まず真っ先にすることは家族に連絡することだ。それなのに、こんなところに隔離して、何がしたい? 君はカズヤを家庭から奪いたかったのか? それが君の恩返しか? 死んだ親の代わりをさせたかったのか?」
「違う!」マウラは目を剥いて叫んだ。「私はただ、彼に治ってほしかっただけ! 奪う気なんかない!」
必死で言い募るマウラを、オレはきっぱりと言い捨てた。
「君の行動には不純な動機を感じる。カズヤは連れて帰る。彼の肩もオレが治す。君は今後一生、カズヤに関わるな」
マウラはみるみる目を見開いた。オレはそんな彼女を冷ややかに見ながら、家の中にあった和矢のものと思われるディバッグを手にとって中を探った。和矢のパスポートが入っているのを確認して、そのディバッグを担ぎあげる。
マウラは金縛りにあったかのように動かない。ただ大きな目だけを見開いて、オレの一挙手一投足を凝視している。その緊張感たるや、彼女は手術室の看護師だったのだろうとオレは確信した――
「カズヤの他の荷物は捨ててくれ。では失礼する」
そう言って、放心状態のマリナの手を取って、外に出たオレは、数メートル先の窪地の上にいる和矢を見つけた。
彼は残酷なほどの青空の下で目を閉じて、まるで指揮をするように手を遊ばせていた。何かを瞑想しているのか。それとも吹く風の感触を楽しんでいるのか。優しい……といえば聞こえがいいが、不安定な微笑を相手もいないのに浮かべている。
――これは、一刻も早く連れ帰って治療しなければ!
ところが、マリナがオレよりも一瞬早く彼の元に駆け寄り、「和矢さん」と声をかけた。かっ、和矢さん? なんだ、その呼び方は? とオレは困惑する。
「今、幸せですか?」
マリナは和矢をまっすぐに見つめて訊いた。
和矢は目の前にいるのが自分の妻だということが本当にわからないのか、素直に「うん」と答えて、自分の胸を撫でる仕草をした。
「とても幸せだよ。満ち足りて、なんの不足もない」
「仕事は何をしているの?」
「近所の農家の手伝いをしている。あと、ときどき、子守も」
「マウラはあなたの家族?」
「そうだよ。彼女はオレの娘だ」
マリナはうなずいて、それから信じられないことに満面の笑顔で、こう言ったのだった。
「マウラを大切にね。どうかお元気で。さようなら」
そしてオレを振り返り、
「じゃあ、シャルル、あたしたちは帰りましょうか」
といった。
「えっ? 帰る?」
オレは自分の耳を疑った。耳垢が詰まってしまったのだろうか? おとといからシャルロットに耳掃除をしてもらっていないせいだ!
「お元気で。――って、オレ、日本語が話せるんだ。すげぇ、オレってバイリンガル」
と嬉しそうに笑う和矢。おい、お前はバイリンガルじゃなくて、日本人の血も入った立派なハーフなんだよ。バイリンガルじゃなかったら、日本人の父に謝れ!
「おいおい、マリナ。カズヤをおいて帰る気か?」
「そうよ」とうなずくマリナ。
「何を考えているんだ。カズヤは君のおっ……」夫だろうが、という前に、マリナはオレの口を力いっぱい叩いた。い、痛すぎる。
「じゃあね、バイバイ!」
と和矢にさよならを言いながら、痛みに朦朧としたオレの手を、マリナは無理やりひっぱって、街道沿いで我々を待つジープのところへ連行していく。
「おいっ、ちょっと待てよ! 君はカズヤを探しに来たんだろ。あいつが記憶喪失だってことは君も気づいただろう。そんなものは連れ帰って治療すればいずれ治る。それなのに、なぜおいていく?」
「いいのよ。これで」
マリナは足を止めずにいった。
「あたしたち、離婚することが決まっていたの」
「ああ、離婚ね――ん? 離婚っ!?」
ぴたりと足を止めたオレをよそに、マリナはどんどん歩いていく。
「健人をどちらがひきとるかでもめていてね。健人はパパのことが大好きだから、絶対に見つけなきゃって思っていたけれど、和矢は、マウラとここにいる方が幸せそうだわ。それならそれでいいじゃない。健人はあたしが一人でちゃんと育てるわ」
二の句も告げなかった。いや、実際をいうとマリナに質問をしたのだから、二の句は告げたのだが、自分がどんな言葉を選択したのか、ぼんやりとした記憶しか留まらなかった。母語ではない日本語を間違いなく話せたのは、我ながらさすがとしか言いようがない。
オレは急いでマリナの後を追い、彼女の肩をつかんだ。
「なんだよそれ。離婚って、どうして、そんなことになったんだよ?」
しかし、オレの手は汚いもののようにすげなく払われた。
怒りを覚えたオレは、声が尖るのを止められなかった。
「なるほど。つまり、ここでカズヤを見捨てれば、君は息子を独り占めできる。そのためなら、カズヤのことなんてどうでもいいってわけか」
「………」
「君がそこまで冷酷な女だと思わなかったよ」
「そうね、あたしも自分がここまでするとは思わなかった。でも、しょうがないわ。こうしないと、健人を取られちゃう」
「卑怯だと思わないのか」
「なんと言われようが、息子はあたしにとって宝物なの。夫婦なんていつでも別れられるもん。そんな脆い関係にすがりたくない」
マリナはうつむいて笑った。その直後、マリナのゆがんだほおを、透明な涙がつーっとすばやく伝ったのである。マリナは顔を背けて、サッと手でほおをぬぐった。オレはひどく驚いた。あのマリナが、こんな自嘲的な笑い方をするなんて思わなかったのだ。
――そういえば、元々マリナは、和矢の動かない右腕の件でマウラに嫉妬していたんだっけか。なら、今回の南ア旅行だって、和矢が強行した可能性がある。離婚という話も、それで生じたのではないか? 和矢は優しいいい男だが、優しすぎて身近な人を傷つける。自己と他人を同一視して、他人にも犠牲を強いてしまうのだ。
素直に甘えることをマリナが苦手としているのは、結婚前に「抱かれるのが嫌」という相談を受けた時によくわかった。マリナは意外と和矢には本音を話せないのだ。
だったら、話せるようにしてやればいい。
そうするには、どうしてやればいいか?
かける言葉を探しているうちに、オレたちは、ジープが待つ場所に到着してしまったのだった。おっと、まずい。
「さあ、帰ろ。日本行きの便は今日中にあるかしら?」
無理におどけたような甲高い声をあげながら、マリナは村の方を振り返ることもなく、サッサとジープに乗り込んでいった。
おいおい、本気でおいていく気かよ? 絶対後悔するぜ!
慌ててオレは車の枠をつかんで、車内に顔を突き出してマリナに問いかける。
「ちょっと待てといっているだろう。どうして君はそう短絡的なんだ。オレに話してみろ。力になれることなら、なんでもする……はっくしゅんっ!」
話の間じゅう耐えに耐えていたオレのくしゃみは、車中に響き渡った。
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