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Channel: りんごの木の下で
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君と、この奇跡の聖夜を 1

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《ご注意》
1、2015マリナBD創作「愛と別れのカイロス」続編です。ですが、未読の方も大丈夫です。
2、シャルマリです。シャルルはアルディ家当主を返上後、一介の勤務医となり、マリナのボロアパートの隣室に住んでいる設定です。二人の恋は始まったばかり…。
3、登場する名称は、実在のものとは無関係です。







君と、この奇跡の聖夜を






「だから、今日は燃えるゴミの日!」
「そんなことはわかってますっ!」
「じゃあ、なんでワインの瓶が出てるんだいっ!? あの白髪頭の変な外人さん、あんたのコレでしょーが!!」

大家さんに、くいっと親指を出されて、あたしは心臓が止まるかと思った。
なにそれ、冗談じゃないわっ!

「変な言い方しないでちょうだい! あたしとシャルルはきよい関係よ! キスしかしてないんだからねっ!」

大家さんはあたしの言葉をまるっきり無視して、心底怒りが収まらないと言うように、手にした箒でゴミ置き場のワインボトルをぶっ叩いた。

「まったく……金に釣られて、あんな外人に部屋を貸さなきゃ良かった」

うちのボロアパートの大家さんは御年八十を超えるご老人。でも、ものすごく元気で、町内のご意見番を仰せつかるほどの口達者なおじいさんなの。
しかも、暇を嫌うという、昭和の働き者を地でいく性格をしている。
だから、しょっちゅうアパートの前の道路やゴミ置き場を掃除しているし、それでも時間が余ると、そばの交差点の交通整理を勝手に始めちゃう。それで、余計に車の運転手達が混乱して、あわや大事故、という場面をあたしは何度も目にしている。
それでも、町内のドンだから、警察も誰も何も言えないらしい。
唯一、彼を止めることが出来た奥さんは、十年前に、先に天国にいっちゃったとのこと。
ああ、運命って皮肉。
奥さん、ダメよ、こういう人を置いて先にいっちゃあ。
きっと寂しくて、一人になるのが嫌で、あちこちに顔を出しているんだなと、優しい気持ちでいたのに、今朝は、マンガ家らしくやっと寝付いたところを叩き起こされたわけ。
くっそ、これまでのあたしの優しい気持ちを返せっ!

「あの外人、この間は、燃えるゴミが日曜に出してあった。このアパートに越してから、半年もたっとるのに、まだゴミ一つまともに出せない。本当に厄介者だよ」

まあね、わかるわよ。
ゴミって、人間性でるものねぇ。
あたしのボロアパートのある飯田橋は、燃えるゴミが火・木・金。燃えないゴミが隔週の水曜日で、瓶や缶、ペットボトルといった資源ゴミは土曜日なの。とくに資源ゴミはちゃんと洗って出さないといけない。それが、洗いもしない赤ワインのボトルがそのまんま、しかも、燃えるゴミの日に投げ出されてあったら、怒りたくもなるわね。
それで大家さんは警察犬並みの嗅覚とシャロークホームズばりの推理で、犯人を突き止めて、その保護者というか、関係者である、あたしのところに乗り込んできたってわけ。
でもね、仕方ないと思うわ。
ゴミを自分を捨ててるだけでも、ノーベル賞だと思うんだけど。
だって、元アルディ家当主よ?
シャルル=ゴミという図すら想像できなかったもの、前はね。
それが今は、たとえゴミの日を守らなかろうが、その中身がワインボトルばかりだろうが、とにかく収集所に自分の手でゴミという名のものを運ぶ人間になっただなんて、ああ、人間も変わればかわるもんだ。
そう思って、あたしがひとりで感動に涙ぐんでいると、それをぶちこわすように大家さんのだみ声が。

「とにかく池田さん。これ、あんたが拾って、資源の日に捨てて」

言い捨てて去って行こうとする大家さんに、あたしはびっくり。

「なんであたしがっ!?」
「あんたのダンナだろ?」
「ダンナじゃないわ!」
「あんたのために隣に越してきたんだから、ダンナみたいなもんでしょ。世話をしっかりしてやりな。でないと近所迷惑だから」

言うだけ言って、大家さんはさっさと行ってしまった。どうやら、いつもの交通整理に向かったらしい。
あたしはため息をついて、ワインボトルを拾い上げた。
濃い色のボトルに赤紫色のぶどうの絵。見たことの銘柄だ。なんだかすごく美味しそう。シャルルのヤツ、ひとりで楽しんでたなんてゆるせない。
よし、ここはあたしがシャルルに日本のゴミ出しについてとくと教えてやろう。
大家さんにはほめられるし、シャルルにも感謝されるだろう。
報酬に、彼の部屋に乗り込んでワインを奪い取ってやろう。そうしよう。
その考えに気を良くしたあたしは、猛然とアパートの階段を駆け上がって、自分の部屋の隣の3号室の扉を激しくノックしてから、勢い良く飛び込んだ。

「シャルル、また鍵が開いてるわよ―――……っ!?」

途端に、あたしは凍り付いてしまった。

「マリナ……? なに、突然……?」

寝ぼけ眼のシャルルがゆっくりとベッドから立ち上がろうとしている。その肌から純白のシーツがこぼれ落ちて、あたしの視界にはシャルルの輝くような……。

「し、失礼しましたっ!!」

あたしは一気に回れ右をして、アパート中に響き渡る音を立てて扉を閉めてから、そこに崩れ落ちてしまった。
なんでまっぱだかなのよっ!
ここはニッポン、しかも十二月。
さらに木造四十年ボロアパートっ!
死んじまうわよ、あんたは寒さで、あたしは心臓発作でね、このバカやろうっ!







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