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Channel: りんごの木の下で
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君と、この奇跡の聖夜を 3

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《ご注意》第一話の注意事項をご確認の上、ご了承いただける方のみ、閲覧してください。






出版社から歩くこと十数分。
本屋街を抜けて、坂道を上って駅に出たあたしは、シャルルの勤める東京国際医科大学病院についた。

「さてっと玄関は、あっちだっけ?」

キョロキョロと首を回した途端、あたしは不思議な行列を発見した。
女の人ばかりの行列。それも、十人や二十人じゃない。
ざっと見ているだけで、百人はゆうに超えている。あたしぐらいの若い女の子が多いけど、おばさんの団体もいるし、白髪を上品に結った着物姿のおばあちゃんまでいる。その人たちが病院前の歩道にずら~っと並んでいるの。
この寒空になんだろう?
あたしは興味を引かれて、その行列の先頭を探してみた。
すると、その行列はなんと、病院の玄関の中に続いていたのよっ!

「この病院、バーゲンでもしてるの?」

首を傾げながら、あたしは自動ドアから病院の中に入った。
天井がものすごく高く、明るいロビーには沢山の人が溢れていて、会計の番号呼び出しアナウンスや話し声でにぎやかだ。その中でも、行列は整然とずっと奥まで続いている。
あたしは、ぐるっと見回して受付を見つけて、タタッと走りよった。

「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「お嬢ちゃん、ママとはぐれたの?」
「は?」
「小児科はそっちの通路の奥よ。ひとりで行けるかな?」

あたしは目をパチクリ。制服姿のお姉さんはあたしを見てにっこりと笑った。
そのとき、ようやくあたしは自分が子どもに間違われていることに気づいたの。
冗談じゃないやいっ!

「あたしは十九歳よっ! キスしながらベッドインだってした、大人なんだからっ!」

そうよ、シャルルと華麗の館でねっ!
……その後ぐーすか寝ちゃったけど。
でも、子どもにゃできないわよっ。少なくとも、あの妖艶なシャルルと一緒に寝るなんて芸当は絶対にっ!

「あ……失礼しました」

お姉さんにぷっと吹き出されて、あたしはハッとした。
なんか、誤解されてるっ!
周囲からもじとっとした視線が集まっていたのがわかった。
やーんっ、違うのよ、あたしはきよい大和ナデシコよ、お願い、信じてお姉さんっ!
シャルルとは恋人だけど、心で結ばれてるだけだからねっ!
焦ってあたしは誤解だと叫んだけれど、お姉さんはチラッと含み笑いであたしを見上げるばかり。
ダメだ、信じてくれない。
それどころか、ますます周りから注目を浴びている気がする。
あたしはため息をついて、そちら方面の誤解を解くことについては、いさぎよくあきらめて、まだ微妙な表情のお姉さんにシャルルの診療科を聞いてみたの。
すると、帰って来た返事は、思ってもみないものだった。

「アルディ博士は総合診療科ですが、本日の受付は終了しました」
「えっ? だって、まだ午後一時五分よ? 午後はないの?」
「アルディ博士は午後しか診察されません。本日分三百名、すべて予約で受付終了です」
「さ、さんびゃくっ!?」
「はい」

はぁ~。
あたしが呆気にとられていると、お姉さんが言った。

「明日の予約を取られればいかがですか? 三時から予約開始です。皆さん、そのために並んでいらっしゃいますので、よろしければ、どうぞ。今日はまだ二百五十人ぐらいだと思いますから」

そう言いながら、首を少し伸ばして玄関の外を見やる。その視線の先は先刻の行列の方角だ。
まさか、あの行列って……。
おそるおそるあたしがそれを確かめると、お姉さんはにこりと頷いた。

「はい。アルディ博士の予約が取れる日は、毎日」

信じられないっ!
みんな、なんて元気なのっ!?
何時間も行列して診てもらうぐらいなら、家で寝てればいいじゃない!
というか、人嫌い、冷血、時に冷酷ですらあるシャルルが、そんなに人気のある先生と言うことがかなりびっくりだわ。奇麗だからか、……恐いものみたさかしら?
じゃあ、とてもじゃないけど、今日患者にまぎれてシャルルをびっくりさせてやろうなんてできないんじゃないのっ!
うーむ、どうしよう。
あたしははたと考えた。
でも、ここでスゴスゴお尻を見せて帰ってもつまらない。

「どうもありがとうっ!」

あたしはお姉さんとさよならして、病院の中を歩いた。最初は堂々と、次第にこっそりと泥棒さんのように。途中で警備員さんの姿を見た時は、咄嗟に、胸を大きくはって頭を聳やかせて歩いたのよ。そうしたら、チラッと見られただけで、おとがめなし。前にシャルルが解剖のために大学病院に堂々と侵入してたのを真似してみたの。えっへん!
そうしてあたしは迷路のような大きな病院をあちこち物色して、さんざん迷ったあげく、ようやく目当ての場所を見つけた。ノブを回すと、鍵はかかっていない。
ああ、神様はあたしに味方してくれてるわ、ハレルヤ!
あたしは、その『アルディ博士』と銘打たれた部屋に入り込んで、部屋の奥にあったソファの影に膝を抱えて座り込んだ。すると、真っ黒いソファがあたしの姿を完全に隠してくれている。
なんて素晴らしいの。
これで、シャルルが帰ってきたところを驚かしてやるのよ、うふふ。
待ってるわ、シャルル!

計画の成功を信じる無垢なあたしは、この後、あんなシャルルを目の前で見ることになるなんて、考えてもみなかったのよ、ほんとっ!








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