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愛すればこそロマンチック 4

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愛すればこそロマンチック(4)




4 やっぱり華麗なるフランスの華



アルディ家に行くと、あたしたちは以前のように面会手続きを取らされて、面会番号を渡され、うやうやしく控え室に案内されたの。
なんと、第九控え室!
シャルルがパリに戻ったのが、あたしたちと小菅で別れた12月30日。
それで今日が1月2日。
その短い間で、なんでこんなに面会人が押し寄せてるの?
それを手近にいた執事スタイルのおじさんに聞いたら、実ににこやかな笑顔で、日本語で優しく答えてくれた。

「みなさま、シャルル様を待っていらしたのですよ。あの方はわがアルディの星であり、フランスの華ですから」

そういえば、シャルルが言ってたっけ。
今までオレのまわりに群がっていた連中はアルディの名前や地位に集まってきていただけだって。

やっぱりそうなのかしら。
みんな、シャルル自身を求めてきているんじゃなくて、アルディという名前を背負った彼を求めて来ているのかしら?
だとすると……シャルルがかわいそう。

シャルルの心中を思って胸が痛くなりながら、ふと控え室の中を振り返ってみると、エリナが部屋の中央に盛られたケーキやサンドイッチの山から、一番おいしそうなフルーツタルトを皿にとって食べていた。

ずるいっ、あたしも食べたい!

ルーブルで買い置きの食料は尽きたし、美術館を出てから、すぐにデパートに行って、アルディ家に来たから、信じられないことにあたしは朝食ぬきでパリの街を歩き回っていたのだ。
あたしも大慌ててエリナの隣に行って、二人で脇目もふらず心ゆくまでいただいていたのだけど、ややしてドアが慇懃に開いて、さきほどのおじさん執事が姿を見せた。

「イケダマリナ様、どうぞ」

あれ、まだ番号来てないわよ?

「シャルル様がお呼びでございます」

シャルルが?
エリナは喜んで皿をテーブルに置いた。

「早い。さすがおねえちゃん!」

あんたはいいわよ、こどもみたいに能天気によろこんでりゃいんだから!
大人はね、いろいろ複雑なのよ。
なんせ、あたしとシャルルはつい四日ほど前までは恋人同士で、しかもアデュウしたばっかりなんだからね。
なかなか会いにくいものなのよ。

そこまで思って、あたしはふと気になった。
どうしてシャルルはあたしに会ってくれるんだろう。
彼の性格なら、一度アデュウって言ったら、たとえ天と地が裂けても、永遠にさよならを貫きそうよね。あたしに会うぐらいなら、また永久量の睡眠薬を投与させてバラの中で眠るとか言い出しそう。

なのに、どうして?

不思議に思いながら、あたしは案内に従って、長い廊下を進んで、なんとなく見覚えがある扉の前についた。

「どうぞ。シャルル様がお待ちです」

よーし、まずは深呼吸して、どきどきする心臓を落ち着けて、気持ちをしずめよう。
それから……。

あたしは胸に手を当て、日本であたしを信じて待ってくれている和矢の優しい顔を思い浮かべて、彼への精一杯の謝罪と愛を込めながら約束の言葉をゆっくりとつぶやいた。
和矢の名前を三度口に出して、心を和矢でいっぱいにするという、あの大切な約束を。

「和矢、和矢、か……」

あたしがそこまで言った時だった。
隣にいたエリナがすばやく、

「失礼しまーす!」

と勢い良く扉をノックして、あっという間にノブを引いちゃったのよ!

なんてことするのよ、かよわいあたしの心臓を壊す気!?

突然の事態にすっかり慌てふためくかわいそうなあたしにちっともかまうことなく、エリナはさっさと部屋に入っていったのだった。

「はじめまして、シャルルさん。私、マリナの妹のエリナです」

明るいエリナの声に、しかたなくあたしもおずおずと、気の弱い泥棒さんのように一歩ずつ抜き足差し足で、毛足の長い絨毯にそっと足を踏み入れたのだった。


すると、そこにいた……シャルルが。


シャルルは渋いダークナッツ色をした大きな机の向こうに座っていた。
背後の窓から降り注ぐ冬の柔らかな日差しが、彼の輪郭を白く縁取って、全体的に重厚感のある堅苦しい印象の部屋の中で、シャルルのいるその場所だけふわりと別世界のように見えた。
シャルルは、髪型も姿も何も変わっていなかった。
輝くような光沢のある薄むらさき色のリボンブラウスを着ている。
太陽光で繊細な乱反射をしているそれがとっても似合っていて、高貴な感じのする白い顔と肩にかかるくせのない白金髪を、一層見事なものに引き立てていたの。
シャルルは微笑んでいた。
遠くからでもよくわかる澄んだブルーグレーの瞳を細めながら、ほおを優しくゆるめ、品のいい薄い唇を弓なりにして微笑む彼は、一瞬息の仕方を忘れるほどに美しかった。

シャルルを見慣れているあたしでさえそうだったのだから、エリナなんて部屋に入ったきり両手を体の横でペンギンみたいにして突っ立っている。

ああ、シャルルはきれいだなぁ……。

まるで天使が舞い降りてデスクにいるみたい。
ルーブルで見たキスしている天使像も整った顔していたけど、シャルルと比べると、まるで月とスッポン、王子様とナス、白鳥とアリンコよ!
カミルスもミーシャもきれいだと思ったけど、やっぱりシャルルが一番だわ!

あたしはそんな彼に見惚れつつも、心の底から嬉しかった。
いろいろなことがあったけど、シャルルは元気にアルディ家当主に戻れたんだ……っ。
よかった、本当によかった。
ひとりで大いなる感動に浸っていると、シャルルが言った。

「驚いたな。マリナ、君とこんなにすぐに会うとは」

微笑んだまま、声もとってもおだやかだった。
あたしはほっとして、彼のデスクの方に近寄った。
あんな別れ方した直後だから、ぎこちなくなるんじゃないかとか、なんて話せばいいんだろうかとか、いろいろ心配だったけど、この分なら平和にすごせそうだわ。

「あたしもこんなにすぐあんたに会うとは思わなかったわ」

アデュウというフランス語が、『永遠のさよなら』だってことは前から知っていた。
だから、小菅でシャルルを見送ったあの朝、もう二度と彼には会えないのだと、心の中で悲壮な覚悟をあたしはしていたのだった。

「あれからどうなったか、すごく気になってたのよ。ルパートが言った当主復権の条件……剣を取り戻すことと、例の政治工作のもみ消しは、結局どうなったの?」
「ああ、それならまもなく解決する」

あっさりとしたその答えに、あたしはつい叫んでしまった。

「うそでしょ? そんなに早く解決するわけないわ!」

するとシャルルは、左手の人差し指でこめかみを指しながら、ニヤッと笑った。

「要はここの使い方さ。まあ、評価は結果を見てからお好きにどうぞ」

うーーん、自信がすごい。
一度は使ってみたい台詞だわ、できれば漫画を突きつけながら、松井さんに。
などとあたしが感心していると、シャルルは笑いを引っ込めた。

「それで、あれほど華々しく別れたわずか数日後にオレを訪問しなければならないほどの君の緊急の要件とは、一体なに?」

シャルルらしい皮肉げな言い方に、あたしはハッとした。
そうだった、ピエール探し!

「あのねっ、妹の結婚相手が突然行方不明になっちゃったの! それで、あんたの知恵を貸してほしくて」

あたしは大急ぎで、パリに着いてからの悲しくもつらい姉妹の奮闘劇と、ピエールについての一切を簡単に説明してから、まだ突っ立ったままのエリナのカバンから本を取り出して、表紙をめくって、例のへびのフラダンスカードを見えるようにして、シャルルのデスクに置いた。
シャルルは手を伸ばして、まずカードに目を走らせた。
一瞬、彼の目が光り、それから次に、シャルルは神経質そうに黒い皮表紙の本をめくって、パラパラと開きはじめていった。そのまま無言で本を読んでいた彼は、しばらくしてから黙ったまま顔を上げた。

そしてあたしを見たの、じぃっと。
それも、レーザービームなんか比じゃないくらいの激しい目つきで、あたしを責めるように、じぃ~~~っと。

なに、なんなのっ!?

あたしはおののきつつ、彼の瞳を見返していて、次第にあたしたちの間で起こった恋愛にまつわるあれやこれやを思い出して、なんとも言えない息詰まる気分になってしまった。

もしかして、シャルル、怒ってる!?
そうよね、アデュウしたのに、その数日後にノコノコやってきて、わけのわかんない頼みごとをしたら、なんだこいつって腹も立つわよね。

ああ、やっぱり会いに来なければよかった!
あたしのばか、ばか、ばか!

とあたしが自己後悔と自己嫌悪の嵐に苛まれて、自分の愚かさを心の中で殴りつけていると、突然、彼はくすっと笑って、ふっと瞳の力を抜いた。

「いいよ。協力する」

打って変わったその雰囲気に、あたしはびっくりした。
え、本当にいいの?

「例の剣と政治工作の案件は、人を使ってやらせていて、オレは報告を待つだけの状態だ。だがこうやって家にいると、訪問客の相手をしなければならない。くだらない連中の退屈な話から逃げられるのなら、何でもいい」

そのあまりにそっけない言い方に、あたしがあっけにとられていると、シャルルは素知らぬ顔で、エリナのほうを向いた。

「エリナ。君に幾つか質問がある。まず、ピエールが来日したのは、いつ?」

シャルルに見惚れていたエリナは、それこそ入学したての一年生のように、背筋をまっすぐ伸ばして、はきはきと即答した。

「10月26日です! 私の勤めるカフェに彼が初めて来た日ですから、忘れません」

シャルルは頷いた。

「ピエールのパスポートとか、そういった公的な証明書を見たことはある? フランス国が発行した身分証明書や、国際運転免許証でもいい」

エリナは今度はぶんぶんと首を強く横に振った。

「見たことありません。だって恋をするのに必要ないでしょう?」
「なるほど。では最後の質問。ピエールが君に話したのは、名前と年齢だけ?」
「はい。23歳って確かに言ってました。あ、あと、電話番号も聞いてますけど、私がフランス語を話せないので、通じないんです」

エリナはバッグからメモ帳を取り出して、控えてあったその電話番号をシャルルに伝えた。シャルルは皮肉げな微笑をうかべてわずかに頷くと、デスクの上に置いてあったベルを手にとって、三度鳴らした。
すぐに扉のノック音が響き、外側に向かって開かれた。

「お呼びですか?」

あたしたちをこの部屋に案内してくれたおじさん執事がそこに来ていた。

「去年の1月から9月まで、フランスで発行されたすべての新聞をあつめてくれ」
「かしこまりました」

お仕着せの洋服を折り目が見えないぐらい慇懃なお辞儀をして、そのおじさん執事は一切の音もたてずに扉を閉めた。

「ちょっとシャルル、どういうこと? まさかピエールが新聞にのってるっていうの?」

あたしの質問にシャルルはまったく答えず、ただ椅子の背もたれに深く座って、組んだ腕の片方を立てて指先を口に当て、物憂げな表情をうかべて、でも目だけはなにかを見定めるように強く光らせて、天井に近い空中をじっと見上げているばかりだったの。
その人間離れした超然とした彼の様子に、あたしははたと思い当たった。
あ、これ、発作だ!

「おねえちゃん、どうなってるの?」

いぶかしげにエリナがつんつんとあたしの袖をひっぱって聞いてくるけど、こうなったらどうしようもないのよ、ひたすらシャルルが説明してくるのを待つほかはね。
そうと決めたあたしは腹を据えて、さきほどシャルルがしたようにデスクの上のベルをとって、三度鳴らした。

「お呼びですか?」

と再びやってきたおじさん執事に、あたしはにっこりと笑った。

「あのね、食事を用意してほしいの。美味しくて豪華なのを、二人分――ううん、倍の四人分お願いね!」

それからあたしとエリナは、紫水晶のシャンデリアがまぶしい食堂で、しばらくの間一切の思い煩いをわすれて、スズキをメインとした至高の食卓を堪能した。
こんな豪華な食事はひさしぶり、いや、ずっとシャルルと逃亡していたから人間らしい食事すらひさしぶりだと思いながら、思い残すことがないようにおかわりもいっぱいした。

あたしたちがすっかり満足して、食後の紅茶をいただいていた頃、食堂の扉が開いて、ようやくシャルルが姿を見せた。
リボンブラウスの上に、上品な灰色を基調としたヘリンボーン柄のツイードジャケットを着て、下はタックのない細身の黒ズボンを合わせている。
激しくミスマッチなその感じが、ドキッとするほど素敵!

「出かけるぞ」

きゃあ、わかったのね!?

シャルルはあたしたちを振り返ろうともせず食堂を出て行き、あたしはカップを放り出すようにテーブルに戻して、エリナを連れて彼の後を追った。
見ると、シャルルの白いほおがわずかに紅潮している。

「どこに行くの!? 何がわかったの!?」

シャルルは長い足をすばやく繰り出して廊下を歩きながら、早口でつぶやいた。

「パリから北西100キロほどにあるルーアンという町だ。今から三ヶ月前に、その町の郊外で、一人の少年画家が死んでいる」

少年画家が死んだ!?

「それがピエールの犯した罪なの? その少年画家をピエールが……っ?」
「それを、今から確かめに行く。君たちはどうする?」

あたしはもちろんと頷いた。

「一緒に行くわ。いかいでか!」







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