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愛すればこそロマンチック 5

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愛すればこそロマンチック(5)



5 解決済み!? 少年画家 X の死




「少年画家の名前は、サミュエル・グレーナル。18歳だ。5歳の時に絵画コンクールに入選。コレージュを卒業後はリセに進まず、画家として活動を開始。以降、いくつもの賞を総なめにし、一流画家としての地位を確立。新作が出るたびに、一号あたりの値段がニュースになったといわれている。彼が死んだ現在、作品の価値はさらに上がっている」

ルーアンに向かう車の中で、シャルルは説明をしてくれた。
アルディ家の広いロールスロイスの後部座席にシャルルが座り、それに向かう席に、あたしとエリナが並んでいた。

「彼が死んだのは、9月19日の深夜だ。場所はルーアン郊外の農道。理由は、ひき逃げだ」

ひき逃げ?

「新聞記事によると、創作の合間に家の近所を散歩していた彼は、猛スピードで走ってきた車に後ろからはねられたらしい。ほぼ即死だったようだ」

意外な事実にあたしは、驚いた。

「まさか、彼をひいた車を運転していたのが、ピエールなの?」
「ちがう」

とシャルルは首を横に振った。
腕を組んで、あごを軽く引いている。

「犯人は直後に警察に自首している。近くのバーでしこたま飲んだ帰りだったらしく、妻に付き添われる形でね。すでに裁判は結審し判決も出ている。飲酒運転での死亡事故だ。当分の間は刑務所暮らしだ。よって、自由に国外に出ているピエールではありえない」
「そっか……」

あたしはがっくりときながら、でも、どこかでホッとしていた。
エリナの愛するピエールが、人をひいた犯人だったなんて、大変だもの!

「ねえシャルル。ピエールが犯人じゃないなら、新聞に彼の名前が載っていたわけじゃないでしょ。だったら、どうして、そのサミュエルっていう少年画家のひき逃げと、ピエールが関係あるってわかったの?」

シャルルが執事に運ばせた新聞は、9ヶ月分。
山ほどの情報の中から、どうしてサミュエルの交通事故記事が選ばれたのだろう。

「簡単なことさ。ピエールがエリナに与えた本があっただろう。あのヒントがあれば、誰でもわかる。まさか、君はわからなかったのか? 君は、バカか?」

バカで悪かったわね!
ちんぷんかんぷんだから、あんたのところに来たんじゃない!
無垢なあたしがほおをふくらませてむくれると、シャルルは呆れたというため息を長く吐いてから、しぶしぶという感じで、口を重たげに開いた。

「そもそも、どうしてピエールはあのメッセージカードと、本をエリナに残したか。カードにあるように、ピエールの望みはエリナとの結婚だ。つまり、彼は恋人であるエリナに追いかけてきてほしいんだ。ということは、エリナが追えるようなヒントが必ずあるはずだ。そう思って本のほうをチェックすると、案の定あった」

それは、なに!?

「あの本は、聖書だ」

聖書?
それって、教会で使うあの聖書?

「ギリシャ語で訳されてるタイプのものだ。旧新約あわせて二千ページ近い中に、たった一箇所だけ、朱色のペンでアンダーラインが記されている箇所があった。ここだ」

そう言って、シャルルはピエールがエリナに預けたあの本を開いて、あたしたちに示した。
確かに、そのページの数行に、赤い線が引いてある。
シャルルは車内に低く響くテノールで、読み上げた。

「マタイによる福音書の一節だ――

『イエスは言われた。シモン・バルヨナ。あなたは幸いだ。あなたにこのことを示したのは、人間ではなく、私の天の父なのだ。私もいっておく。あなたはペトロ。私はこの岩の上に私の教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。私はあなたに天の国の鍵をさずける。あなたが地上でつなぐことは天の国でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天の国でも解かれる。――』」

まるで天使が聖書を朗読しているような美しい調べについ状況もわすれてうっとりとしていると、シャルルがふっと呼吸を置いた。

「ラインの引かれてあるのは、以上だ。ここで出てくるシモンという人物は、イエスに一番最初に従った男であり、岩という意味の『ペトロ』という名前をイエスから与えられた一番弟子だ。岩――つまり教会の土台という名前のとおり、初代ローマ教皇となった」

ローマ教皇ね、知ってるわ。
テレビで見たことがある。
確か数年前、バチカン宮殿での数日間にわたるコンクラーベを終えて、新しい教皇が選出されたニュースだったと記憶しているけど、サン・ピエトロ広場を埋め尽くす何万人もの大群衆の熱量のすごさと、新教皇選出の知らせが煙突からの煙の色だっていう古典的なやり方だということに、当時のあたしはしみじみと驚いたものだった。
そのあとしばらくして登場した新教皇の、あまりの衣装のキンキラキンさと、それに不思議と調和したお顔の見たこともないような神々しい優しさとに、信仰心なんてまったくないけど、ついついテレビの前でしばし見いってしまったもの。
そうか。
ピエールのやつもそうだったのかも!
あたしは勢いを得て、シャルルにたずねた。

「もしかして、ピエールはローマ教皇のファンだったのかしら?」

シャルルは呆れたように首を小さく振った。

「ファンじゃない。ペトロという名は、フランス語で発音すると、『ピエール』なんだ」
「ええぇぇっ!?」

あたしは驚いて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
ということはぁ!

「エリナが結婚しようとしていたピエールは、実はローマ教皇だったの!?」

瞬間、シャルルがバタンとその聖書を勢いよく閉じ、もうたまらないとばかりに、吐き出すように早口で言った。

「どうしてそうなるんだっ!? 終生独身を誓うどこの教皇が自由に日本まで出歩いて、毎日カフェに通って、そこの店員と恋仲になる? そんなことがあったら、世界中を駆け巡るニュースになってる。第一、現在の教皇は御年72歳の老人だ!」

あ、そう。
よかった~~~、エリナのピエールが普通の人で!
ローマ教皇を義理の弟に持つなんて、できれば遠慮したいもの。

「なら、どういうことなの?」

ホッとするあたしをよそに、シャルルは苛立たしげに続けた。

「自分をピエールだと名乗ったことに、彼の強烈な意志があるんだってことさ」
「えっ? ピエールって偽名なの?」
「さあね。もしかしたら本名かもしれないし、今はどちらとも言えないな。ただ確かに言えることは、ピエールはペトロに自分をなぞらえたんだ。でなければわざわざ印をつけた聖書をエリナに渡す意味がない。つまり、ペトロの人となりを理解することが、ピエールが何者であるかを解くヒントなんだ」

あたしは目の前が一気に開けていくような思いがした。
聖書のペトロを知ることが、ピエールを見つけることにつながるんだ!

「ペトロの特徴は、まず、師イエスの一番弟子であったこと。そして師であるイエスより、年長者だったという説が有力だ。ピエールは23歳だとエリナに申告していたのだろう。ここから考えると、ピエールには誰か師と呼べる存在がいて、そしてこの師は――たとえばXと呼ぼう。Xは、23歳以下でなければならない」

そうか、わかった!
あたしは日本から連れてきた相棒のポシェットからメモ帳とペンを取り出すと、これまでシャルルから聞いたことを整理して書いてみた。

*これまでわかっていること
事実1、ピエールは、聖書のペトロに自分をなぞらえた。
事実2、ピエールには、Xという師がいて、ピエールはXの一番弟子だった。
事実3、Xは、23歳のピエールよりも年下

あたしが色めき立ってシャルルにこのメモ帳を見せると、彼はその青に近い灰色の瞳に強い光を浮かべて頷いた。

「加えて、エリナに残したピエールのカードの内容から言って、ピエールの後悔の源は、そう昔の出来事はでないと推察される」

あたしはメモ帳に次の一項を加えた。

事実4、ピエール来日は10月26日(何かあったのはそれ以前?)

「そしてこれが最も大事なことだが、ペトロは、師であるイエスを見捨てた人間だ。イエスが十字架にかかる時、ペトロは師を見捨てて逃げたんだ。結果、イエスは死んだ」

ペトロが師を見捨てた人間!
じゃあ、ピエールも!?

「つまり、ピエールも師Xを見捨てたという図式になる。ならば、Xの身には何らかの異変が、それも相当重大なことが起きているはずだ」

いよいよピエールの謎の核心に迫ってきたことを感じて、あたしは心臓がドキドキしながら、メモ帳にさらに第五項目を加えた。

事実5、師Xを、ピエールは見捨てた。

「以上の条件を満たすXを、ピエールが来日する以前数ヶ月にわたって新聞記事に探した結果が、少年画家サミュエル・グレーナルの死亡記事だったわけだ。ひき逃げ犯人は捕まっているし、『罪を犯した』という手紙の内容が具体的に何を指すのかはまだちょっとわからないが、これで大方の推理は間違っていないはずだ。今、この車は、そのサミュエルの家に向かってる。ピエールはきっとそこにいるはずだ。
それから、エリナが教えられたという電話番号だが、あれは、パリ市庁東アジア移民局の番号だ。おそらく、ひとりでパリに放り出される彼女へのケアのつもりだったんだろう。日本語を話せる人間が電話口に出なかったのは、不幸だったと思うしかない」

きゃあ、シャルルはやっぱり天才!!
たしかにXが少年画家サミュエルなら、あたしが書いたメモにある事実にも、すべてバッチリ合う!
あたしは、たった一冊の古びた聖書から会ったこともないピエールの意図を正確に読み取ったシャルルの天才ぶりと、『天才は一%の能力と九十九%の努力である』という言葉通り、9ヶ月分のフランス中の新聞からたったひとりのXを探し当てたそのねちっこい執念ぶりとを大いにたたえるとともに、そんな彼との友達関係が復活できたしあわせをしみじみと実感したのだった。
『罪を犯しました』という大げさなあの手紙は、きっと、尊敬する師を守り切れなかった後悔とか、自分だけしあわせになる罪悪感とかで、だから、せめて結婚前にエリナにそんな自分のすべてを知ってもらって、許しを乞おうとしたんだ。
そんなピエールの一途で悲しくも不器用な生き方にあたしは涙しながらも、前途が見えたエリナの結婚問題に心から安堵したのだった。
あーー、よかった。
あとは二人が再会して、ピエールにいくらでも懺悔してもらって、結婚前に心の重荷を吐き出して、エリナが許しを与えて、晴れてハッピーエンドね♡

「ありがとうシャルル。よかったわね、ねっ、エリナ!」

あたしが隣のエリナに呼びかけると、それまでずっと黙ってあたしたちの会話を聞いていたエリナが言った。

「うん。ありがとう、シャルルさん。ああ、早くピエールに会いたい。結婚式はあさってだもん!」

エリナはちょっと心配そうな感じだった。
あたしはそんなエリナの肩を、腕をまわして強く自分に引き寄せて、ぎゅっと抱いたのだった。
お互いの頭がこつんとおでこの横のところでぶつかって、エリナは、てへ、と笑った。
でも、目頭のあたりがいまにも泣き出しそうに歪んでいて、いつも通りきっちりとピンクのルージュを塗ったその唇はかすかに震えて、自分の中の激情を必死で我慢している様子がありありと見えて、あたしは妹の肩をさらに強く抱いて、かわいい頭をよしよしとしてあげたの。
……そうよね、ピエールが消えて、今日でもう三日目。
悲しさや寂しさだって、一番辛くなる頃かもしれない。
空港で再会後は泣きじゃくっていたものの、それ以降はずっと元気そうに見えていたエリナが、いかに理性で感情を抑えて我慢をしてきたのか、あたしは、ようやく知ったのだった。
大丈夫よエリナ。
あんたの辛さは、おねえちゃんが受け止めてあげる。
だから、無理しないでいいのよ。
必ずピエールを見つけて、しあわせに導いてあげるわ、まかせて!!
そしてその暁には、ぜひ、この壮大な結婚までのドラマを漫画のネタにさせてくれたら嬉しいなっ! 

「だが、エリナ」

シャルルが伏せがちな眼差しでエリナを見て、静かな声で言った。

「これからオレ達が出会う事実は、君の希望に沿わないかもしれない。それが嫌ならいますぐ日本に帰ることだ。手配はしよう。ピエールのことは忘れ、新しいしあわせを見つけることを考えた方がいい」

深刻そうなシャルルの言い方に、あたしはびっくりした。

「帰りません! 何があってもピエールと結婚式をします!」

ピエールとの結婚しか脳内にはないエリナは、もちろん叫ぶようにそう答えて、あとは甲羅を丸めた亀のように、自分の膝を見つめて黙り込んでしまったのよ。

「やいシャルル、今の言葉、どういう意味よ? これからあたしたちが出会う事実は希望に沿わないかもって」

すると、シャルルは腕を組み直し、車のシートに深く体を預けながら、言った。

「これがただの鬼ごっこならそれでいいさ。だが、ピエールは罪の償いを望んでいる。これから行く先には、必ず彼の罪がある」
「それは、先生が死んじゃったのに、自分だけ結婚する罪悪感でしょ?」
「そんな程度の罪悪感ぐらいで、あんな意味深な手紙を残して、結婚式直前に婚約者をたったひとりで異国にほうりだすか?」

そう言われて、あたしは考え込んでしまった。
確かに、そうだ。

「ピエールには罪があるんだ。それは、エリナを置いて姿を消さないとならないぐらい深刻で、後ろ暗い罪がだ。それを忘れて、恋人との再会というロマンチックな気分で行くと、裏切られた思いになるかもしれない。期待が大きいと、絶望もまた大きくなるものだ」

シャルルの声がなんだか投げやりな口調に聞こえて、あたしは胸を小さな針でつんつんと刺されている気がした。
まるで、彼を愛という言葉で期待させて最後の最後に捨てちゃった自分自身を責められているような感じがしたのだ。

「ピエールの罪って……なんなの? Xである少年画家サミュエルが死んだのはひき逃げで、犯人もちゃんとつかまって裁かれたんでしょ? ピエールがそれにどう関係しているの?」

あたしは、ちょっとびびりながら、たずねた。

「さあね」

シャルルはそれきりあたしが何を言っても返事をしなかった。
エリナも貝のように黙り込んでいるし、お通夜のような重苦しい雰囲気になった車内で、あたしはきゅっと唇を噛み締めて、さきほどのピエールメモにもう一行書き込んだ。

事実6、ピエールは、何か重大な罪を犯した。

仕方がない、事実から目を背けてもいいことは何もないもの、ちゃんと目の前のものを見て、そして前に進むしかないのよ!

そう決意した数秒後、一定速度でずっと走っていた車がゆっくりと減速を始めた。
高速道路から降りて、一般道路に入っていったことがわかった。
枯れた光景の中に、緑色の畑がポツポツと点在していて、あまり大きくはない農家の屋敷が所々申し訳なさそうに立っていた。
と、車はインターを降りたそのすぐ近くの道路沿いで止まった。
車が止まったのは、真新しいアスファルト整備された片側一車線ずつ計二車線のわりと広い農道だ。
比較的まっすぐで、見る限りカーブはない。
最初にあたしが降りて、つぎにエリナが車から降りた。
風もないのに、空気が氷のように冷たくて、めちゃくちゃ寒い!
凍てついた晴空の下、車の左側、つまり道にそうように、テニスコート一面以上はありそうなむき出しの土庭が広がっていて、その奥にグリーンの切妻屋根を持つ白壁の家があった。
三方を畑に取り囲まれていて、正面が道路に面している格好だ。
家は建築からあまり年数が経っていないらしく、緑色の屋根も白い壁も、冬枯れした周囲の景色からはくっきりと浮き立つ原色のままだ。
豪華な三階建てで、正面には木製の飾り彫りが美しい玄関ドアと、その隣にリビングだろうか、温室製のテラスがあるのが見える。
だが、すでに住む人は誰もいない様子で、家の周囲やもともと手入れされていないただ土を敷き詰めただけの庭のあちこちから尖った形の短い雑草が無数に生えていた。
雨はしばらく降っていないようで、土は乾いていた。

「ここが少年画家サミュエル・グレーナルの家だ」

最後に車から降りたシャルルが言った。
あたしはその家を見つめて、それから周辺を見渡した。
取り立てて何も変わったところのない地方の農村という感じ。
両隣の家はかなり離れていて、いくつもの畑を挟んで、家の形が小さく見える程度。
しばらくきょろきょろとあたりを見回してから、あたしはサミュエルの家に目を戻した。
彼の家は、建物自体は新しくてそれなりに立派だけど、いかんせん、人気の少年画家にしてはずいぶんつつましいというか、寂しいところに暮らしていたんだと思った。

「そして、彼が死んだ場所がこの家の目の前。すなわち、今、オレたちが乗ってきたアルディの車が止まっているちょうどこの場所だ」

家の真ん前でひかれたの!?
事故があったのは9月19日だから、夏が終わったばかりの夜。
散歩に出た時の事故だと新聞に掲載されていたとシャルルが言ってたけど、自分ちの敷地から道路に出た瞬間によっぱらいにひき逃げされるなんて、不運すぎる……かわいそうだわ。
サミュエルのあまりの不幸に心を痛めつつ、あたしがエリナとともに、ピエールを探すべく、家に向かって土庭を歩いていると、後ろからシャルルの声。

「おかしいな……いや、これは……もしかすると……」

ぶつぶつ何やらひとりでつぶやいていたかと思うと、直後、彼はよく通る声で言った。

「マリナ、オレは少し調べたいことがある。ここから別行動しよう」

えっ!?
と思って振り向くと、車のドアがバタンと閉まり、シャルルがおりたばかりの車の後部座席に座っているのが見えた。
ちょっと、こんなところで放り出されても困るのよっ!!
駆け寄る必死のあたしをあざ笑うように、世界のセレブが認める超高級車ロールスロイスはそのご自慢のエンジンをふかしてあっという間に走り去っちまい、あとには目がしみるような排気ガスと、哀れ見捨てられた女が一人ポツンと残されるばかり!
なっ、なっ、なんなのよーーっ!!
天才って、協調性とやさしさにかけるわ、ほんっと最低!!
ついさきほどシャルルの才能をほめたたえたことなど宇宙の彼方に消し去ったあたしは、烈火のごとく怒り狂いつつ、この怒りを諸悪の根源であるピエールにすべてぶつけるべく、緑と白のコントラストが目にもあざやかなサミュエルの家にずかずかと向かったのだった。

「ピエールっ! 私よ、エリナよ!」

すでにエリナが玄関のドアを叩いていた。
よっし、あたしもっ!

「ピエーーール! ピエールちゃん、ピエール様、ピエール大魔神! さっさと出てきなさい! 出てこないと殴るからねっ!」

あたしたちは、最後には玄関ドアを破らんばかりの勢いでがんがんと叩いたのだけど、家の中からは全く反応はなかった。
家の中にはいないみたいね。
じゃあ、周りに潜んでいるのかも。
そう思って、あたしたちは、もちろん、家の周囲も見て回ったし、裏にあった物置小屋の中や、放置された丸太の影、庭のすみずみからまわりの畑の畦道まで走り回って呼びかけたのよ。
けれど、ピエールの姿はどこにもなかった。

「おねえちゃん、ピエールがいないわ。どうして? ここにいるんじゃなかったの!?」

泣きそうなエリナの顔を見ながらあたしは困惑した。
なぜいないの!?
ピエールはエリナに追ってきてほしいんじゃなかったの?
そのために彼は聖書と手紙をエリナに託したはずなのに、なのに、師サミュエルの家にいないなんて……まさか、シャルルの推理が間違っていたというのだろうか!?







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