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Channel: りんごの木の下で
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if~君に逢えたら~ 2

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《ご注意》この記事はいわゆる二次創作です。苦手な方は閲覧をおやめください。
シャルマリです。登場する個人、団体は実在のものとは一切関係ありません。





if~君に逢えたら~(2)



あたしは、翌日東京大学に行った。
仕上げなくちゃならない原稿があったから、夜明け近くまで机に向かって、いつのまにか寝ちゃったの。
はっとしておきたら、もう昼過ぎだったの。

やばい、早く行かなきゃ!

大学には通ったことがないけれど、普通の学校というものは、夜はやっていないはずだわ。
あたしはそう思って、見苦しくない程度にだけ身支度を整えて、慌てて部屋を飛び出したのよ。
駅前でシャルルへのお土産を買った。
何がいいかと悩みに悩んで、結局買ったのは、コンビニでペットボトルの水数本。
だって、シャルルに何を出したら喜ぶのか全然わかんなかったんだもの! 変なもの持って行ったらそれだけで逆鱗に触れそうだし、かといって彼を喜ばせるスイーツなんて想像もつかないし、お金だってかかるし、なのにポイント外しちゃったら馬鹿馬鹿しいし……。
そう思って水にしたのよ。
水を飲まない人間はいないわ。南アルプスの天然水。
確かヨーロッパは硬水が多いと聞いたから、ザ・日本の美味しい水を飲んでもらおう。日本に住んでいるんだからしょっちゅう飲んでいるかもしれないけど、なんとなくあいつは日本に住んでいてもボルヴィックとかコントレックスとかばっかり飲んでそうな気がするのよね……。

あたしの住んでいる飯田橋からは、メトロ南北線で、東京大学までは一本で行ける。
「東大前」って駅があるのよ、便利でしょ。昔はこんな駅はなかったわよ。世の中はどんどん変わっていくものね。

あたしはコンビニの袋を手に、意気揚々とメトロを降りて、磁気カードを通して、改札を通り、地下から出た。
ところが地上に出た途端、迷ってしまったの!
だって目の前に大学らしき建物が見えたから、それだわと思って喜び勇んで行ったら、なんかやたらと狭くて、小さくて、変だなと思ってその辺を歩く女の子に聞いてみたの。
そしたらなんと「あのー、ここは東大じゃなくて、◯×女子大学ですよ」ですとっ!
なんで東大前の駅前に別の大学があるのよ、ひどいわっ!!
ということで、ねずみ捕り並みの大学トラップにまんまとはまったあたしは、憤懣やるかたない思いでその女子大学を後にして、街路樹に囲まれた大通りに再び戻り、あたりをさんざんキョロキョロ、もちろん足も使ってウロチョロもしたあげく、迷いに迷い、近くの商店のおじさんに「東大はどちちですか」と聞いてようやく日本の誇るトップ大学、東京大学にたどり着いたのだった。
地下鉄を降りてから一時間よ、はあはあぜいぜい。

いわゆる「赤門」と呼ばれるあの門に出るのかな、と思っていたら、つんつんとしたやりみたいな塀がずーっと続いていて、その途切れ目から見えたのは、ニュースでよく見えるのっぽの東大学舎ではなくて、近代的な校舎だったの。
見ると、それはあくまで最初の一館目にすぎず、隣にまったく雰囲気の違う校舎が建っていて、さらにその奥には別の、そしてまた奥には全然違う建物が、といったぐあいにたくさんの建物が東大の中にはあった。
うう、この中のどこにシャルルがいるんだろう。
ひとつひとつたずねていっていたら、日が暮れそう。

あたしはしばし立ち止まって腕を組んで、悩んで、ややして名案がひらめいた。
門のところに立っていた守衛さん!
あの人に訊いてみればいいんだわ。

そうと決めたあたしはさっそくとって返して、たとえ誰かが襲ってきてもこの人が大学を守れるわけはなさそうな、マッチ棒みたいに細い制服姿のおじさんに、シャルルの名前を出して、彼の居所を教えてくださいと頼んでみた。

「ああ、アルディ教授ね」
守衛のおじさんは、すぐにうなずきながら、四角い電話ボックスのような銀色の守衛室の窓口においてあったバインダーを取り上げた。
パラパラとそれをめくる。
全職員名簿かしら。
とあたしが思っていると、おじさんは「そうだそうだ」と痩せた体に似合わない大きな声を上げた。
「5号館だ。美術学研究棟。4階の一番奥にアルディ教授の部屋はあるはずですよ」
「5号館? それ、どっちにいったらあります?」
「えーっとね、5号館は……」

おじさんはバインダーを窓口の小棚に置くと、守衛ボックスからおもむろにでてきた。
あたしの横にたって、白いモールのついた制服の右腕を高く持ち上げて、まっすぐ大学敷地の奥へと伸びているアスファルト歩道の奥を指ししめす。
「この道をひたすらまっすぐ行くと、薄ピンク色をした大きな3階建ての建物にぶつかります。それは図書館。それを右手に見ながら、隣の8号館との間にある細い階段を上っていって。登りきると、白い4階建ての建物が見えてくるから。それが5号館」
「はあ」

あたしが頭の中で一生懸命その行き方を反芻していると、よっぽどそのあたしの様子が心もとなかったのか、守衛のおじさんは「待ってて」と言いながらボックスの中へと戻り、すぐに一枚の紙を手にしながら出てきた。
「これ、校内地図」
そんなものがあるなら、最初から見せてよ!
あたしはちょっと憤慨しながらもお礼を言って、まずは最初の目印図書館に向かった。

足元の黒いアスファルト歩道は、どうやら舗装されてまだ間もないらしい。真夏の太陽をぎらぎらと強く反射して、足の裏から燃えるように熱くて、あたしはいつの間にか息が切れていた。
暑いなぁ。シャルルのところに行ったら、何か飲み物をもらおう。
あっ、お土産のこの水に氷を入れて飲ませてくれたら嬉しいなっ!
そんなことを思いながら、あたしが左手でカラカラに乾いた唇を拭った時だった。
薬指にしていたダイヤの指輪が口元にひっかかって、痛かった。
ああ、そうだった、指輪、してたんだった……。
ふふ、と笑ってしまった。
まだ慣れない。
これまでしたことがない、立て爪の指輪。ちゃんとした宝石なんて、はじめて身につけるかもしれない。
足をとめずに、左手を上げて、太陽に透かしてみた。
「手~のひらを太陽に~」
なんて歌いながら、ついつい笑ってしまう。
だって、ダイヤが綺麗。
小さいながらも、和矢があたしのために選んでくれた宝石は「俺は宝石だぜー」「ガラスとは違うんだぜー」「金かかってんだぜー」「それ以上に熱い思いがこもってんだぜー」と盛んに自己主張していた。

きらきら。
その輝きが、あたしに大切なことを教えてくれた。
あたしは、ここに和解の使者としてやってきた。
男二人の友情を回復させるために。
だからあえて、この指輪だってつけてきたのよ。
この指輪を見て、シャルルがどういう反応をするか、ちょっと心配だけど……。

ミーンミーンという蝉の鳴き声が響いている。あたしは歩き続けながら、背中がほんの少しだけ冷たくなった気がした。
気がつかないかもしれないじゃない。そうよ、人の手なんか普通はじっと見ないわ。探偵じゃあるまいし。どうしても不安なら、シャルルの前でだけ右手で左手を隠していればいいのよ。そうよそうよ。

……でも。

どこかであたしはわかっていた。
シャルルにはそんな小手先のごまかしは通用しない。
きっと彼はあたしのこの指輪に気づく。その時彼がどんな反応を示すのか。

考えると、怖くて、いっせーので回れ右をして、ここから逃げ出してしまいたかった。だって、和解の使者になれそうもないもん。指輪なんかしてこなきゃよかったかな。
でも、結婚式に来てと頼むのが、あたしの最終的な要件。
だったら、指輪ぐらいでたじろいでどうするのっていう気もした。
ばーんと指輪を見せて、「あたし、和矢と結婚するの、祝福して!」ってぐらい開き直らるべきかもしれない。

そうだわ。あたしがうじうじ、こんなことしちゃっていいのかな、なんて迷っていたら、きっとその方がシャルルも傷つく。あたしはあたし。和矢を選んだ自分を信じていればいいんだ。
だって、あたしは和矢が好きだもの。
大好きだもん。
和矢と結婚したい。
よし!
あたしはこころを決めた。
もう迷わない!
指輪も隠さない!
それで、「結婚するから、あんたにも祝福してほしい」とちゃんと言おう!

ーーそうあたしがすっきりと思った瞬間だった。
すっかりと自分の世界に入り込んでいたあたしは、目の前をよぎった人影にまったく気づかず、思いっきりぶつかってしまったのだった。
ぎゃっ!
まったくそんなことを予期していなかったあたしは、ゴムまりのようにポーンと弾き飛ばされて、アスファルトの上に思いっきり尻餅をついてしまったのだった。
コンビニ袋も当然一緒に落下。袋から飛び出したペットボトルがごろごろと重たげに転がった。

「あいたたた……」
顎を上げて、のけぞると、
「ごめんっ! 大丈夫かい!?」
低く柔らかい気遣わしげな声。
「うん、大丈夫。ごめんなさい。あたしこそ前を見てなくて」
お尻をさすりさすり顔を上げると、そこにいたのは、両手をさしだしてあたしを見ている大学生男子。
スポーツバックをたすき掛けにした、黒い大きなフレームのメガネが印象的な、真面目そうで清潔感の溢れる感じの男の子だった。
いや、男の子といっても二十歳は超えているわね。
細く尖った顎が十代の感じじゃない。
きっと朝に丁寧にヒゲを剃っているんだろうし、もともとヒゲが濃くはないんだろう、つるんとした顎なんだけど、肌の表面が擦れていて、剃り慣れている感じがする。
でも、整髪料を一切使っていない髪や、ほおや目の輝きは、少年っぽさが残っていた。

彼はあたしのペットボトルを拾ってコンビニ袋に戻してくれた。
「ケガは?」
と訊かれて、あたしはあははと笑いながら、その袋を受け取りつつ立ち上がった。
別に笑う必要なんてどこにもなかったんだけど、思いっきり尻餅をついたのが、恥ずかしくて、なんとなく笑っちゃったのよ。
そんなあたしのから笑いに、彼もつられたのかちょっと笑った。はにかんだような慣れていない笑顔。
「本当にごめんね、ちょっと俺いそいでて。ーーあれ?」
済まさなそうに話していた彼が、急に眉根を寄せて小さく呻いた。
ブルーのシャツを捲った右肘を左手で軽く抱き、右手は口元を押さえて、その様子は何かを考えているという感じなの。
それで、あたしはなんとも居心地が悪くなった。
だって、今まで普通に話していたのに、いきなりじっと凝視されだしたのよ。
それも変なものを見たとでも言いたげな目つきで!
うわーん、一体なに!?
あたしって、初対面の人から見ても怪しいのかしらっ!?

「あのー……、あたしの顔になんかついてる?」
すると、彼はハッとしたように、目を開いて、手を顎から離した。
その手を顔の前で左右に振った。首も一緒に横に振った。
「いや、ごめん。君が似てたから」
「似てた? 誰に?」
「うちの教授が描く絵に」
「うちの教授って、この大学の先生?」
「うん」
彼は神妙な顔になって、強くうなずいた。
「俺は美術科の院生なんだけど、去年来た教授が変な人でさ。講義もしないで、部屋に閉じこもってずっと絵を描いてばっかなんだ。しかも、クロッキーばっかで全然仕上げない。ーーで、何百枚ってあるそのクロッキーが、君に似てるんだ。ものすごく」

心臓がドキンとした。

「その教授の名前って……?」

聞かなくてもわかる。
そう思ったけれど、あたしは口に出して、言葉にして聞いていた。
右手で、左手をぎゅっと握り締める。尖ったダイヤの感触が掌に刺さった。

「シャルル ドゥ アルディって名前のフランス人教授だよ」

ーーやっぱり!
息を飲むあたしの様子にますますなんだろうと思ったのか、少年っぽさの残る東大生の彼は、唇を前に突き出して、不思議そうに小首をかしげていた。






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