《ご注意》この記事はいわゆる二次創作です。苦手な方は閲覧をおやめください。シャルマリです。登場予定キャラはヒミツ… 全7回を予定。(3,200字、読了時間8分)
1、月曜日の薔薇王
198X年7月4日(月)
「では決議する」
アルディ家親族会議議長ルパートの声が広い議場に響いた。
「第三十一代当主シャルルを、改めて当主に差し戻すことにする。異議のあるものは起立を」
立ち上がるものは誰もいない。ルパートは手を高くあげてゆっくりと拍手を始めた。
「それでは決定した。我らの主。アルディの誉であるシャルルを迎え入れようぞ、皆のもの起立を」
寸暇も開けず、まるで訓練した軍隊のように、五十人を超える親族が一斉に立ち上がり、全員が踵を返して戸口を向いた。
係員を務める一番年若のメンバーが二人、観音扉の取手を両手で持ち、呼吸を揃えてそれを引いた。アンティークランプだけが灯る議場に、廊下の奥から日光が一筋の光となって差し込んでいく。その光は扉が開くに従ってみるみるうちに太く、異質な光と変わって議場を照らした。
衆目の中をシャルルは歩む。白金の長い髪がキラッと光った。
カツン、カツン。
フォックストロットのように優雅な足音が議場に響き、親族たちは入ってくる新当主が背負うまばゆい光に思わず目を細めた。
「第三十一代当主シャルル ドゥ アルディに敬礼!」
ルパートの声がとぶ。皆はザッと胸をはり、姿勢をただした。普段、アルディ家では敬礼などしない。これは軍人であるルパート流の歓迎であり挑戦状でもあった。
シャルルは微動だにしない親族たちの間を悠然と通り抜けて、議場の中央、扇型の要部分に当たる場所にある、彼らの長たる席に座った。続いて全議員も腰を落として、立っているのは議長のルパートのみとなった。
「当主シャルル」とルパートは新しい当主に呼びかけた。
シャルルは、肘置きに肘をつき、右手のひらでひたいを支えて目を伏せていた。
「我々はミカエリスを見事倒し、グノームの聖剣を奪い返したあなたに忠誠を誓う。ロベール様の死去以後、数年に渡って我が家は当主不在であった。その間、我が家の勢力は確実に衰えた。詳しくは述べる必要はないだろう。皆の胸のうちには不満、不安、恐れがくすぶっている。これを大火にしないように鎮め、なおかつ正しく有効な炎へとあなたは制御してゆかねばならぬ」
会場は水を打ったように静まり返った。
ルパートは演壇に両手を乗せたまま、蝋人形を思わせる整った顔をまつげ一筋すら動かさず続けた。
「アルディ当主は薔薇王とも呼ぶ。誇り高く汚れなき、我らの主だ。今こそ我々の間には真の薔薇王が必要だ。違うか、諸君?」
瞬間、沈黙だった親族たちが雄牛のように叫んだ。
「その通りだーー!」
「かつての栄誉を取り戻せ!」
熱狂が熱狂をうみ、会場はこれまでにないほどの一体感を見せた。
「この数年どれほどアルディが乱れたことか!」
「強い王となって、アルディを繁栄させてくれ」
「それでこそ薔薇王だ。シャルルよ、我らの薔薇王に!」
続けざまに、割れんばかりに声は上がった。それは津波のように、人々の正気を飲み込んでゆく凄まじさだった。ルパートが長くしなやかな右手を平らにして、切るような仕草で議場にかざした。
すると、たちまち議場は、これまでのどよめきが嘘のように静まり返った。立ち上がっていたものも正気顔に戻って慌てて座る。
ルパートは冷ややかな目で全体が凪になったのを見渡してから、顔をわずかに傾けて、当主席を見た。
「シャルル。彼らの声を聞いたか」
シャルルは瞼を閉じたままきっぱりと応答した。
「あいにくと俺はまだ難聴じゃないぜ」
「では、薔薇王として当主の責務を果たすと誓うな?」
「当主の責務と一口にいってもいろいろある――財産管理、運用、分家承認、分家後継者任命――ただ君たちがいっているのは、俺に種付け馬になれということだろう?」
一瞬ざわめいた他の連中をよそに、ルパートは余裕の表情で片口を歪めた。
「その通りだ。一刻も早く然るべき家柄の令嬢と結婚し、後継者を設けろ。断れば君はその地位を失い、孤島へ幽閉だ」
恫喝に近いルパートの言い分に、シャルルは目を開けずにうすらと笑う。
「相変わらず穏便じゃないね。俺は頭に大怪我をしてまでチェコからやっと帰って来たんだ。もうしばらくパリにいさせてくれよ」
「パリで暮らしたいのならば、我々の薦めた女性と結婚すればいいだけだ。これ以上問答する気はない。さあ答えは?」
その時、初めてシャルルは目を開けた。
「答えはウイだ。決まっている」
シャルルはルパートをしっかと睨んだ。一分近く焼き尽くすような眼差しでルパートとにらみ合った後、シャルルは扇型になっている議場を東側からゆっくりと見渡した。視線の上に蝶が何羽も舞い降りそうなほど、ゆっくり、ゆっくりと。
視線が西のはじまで到達した後、シャルルはフッと体から力を抜いて立ち上がった。両手をズボンのポケットに軽く突っ込んで、顎をわずかにあげ、彼らしい物憂げな眼差しを議場の中心に置く。
「我らの薔薇王となるか?」
今一度尋ねるルパートに、シャルルは皆を向いたまま、敢然と答えた。
「誓う。俺は薔薇王になる」
おおっと感嘆の声が上がった。喜びの声だった。拍手も多くの場所から捧げられた。
「賢明なる判断だ。すぐに花嫁を手配する」
とルパートがうつむいて微笑を含む。
「ただし」とシャルルがいった。「できるだけ結婚式は早くして欲しい。一ヶ月後でも一週間後でもいい」
ざわっと議場が呻いた。
この提案はさすがに予想外だったようで、
「一週間?」とルパートが目を剥いた。
「そうだ」
「どうしてそんなに急ぐ?」
「気が変わるかもしれないから」
シャルルは素っ気なくそういうと、あっけにとられている議場の中央を通り戸口に向かい、出て行く直前に振り向きざま、いった。
「結婚前に相手方に一ヶ月間滞在しなくてはならないという家訓があるが、それは本日この瞬間をもって改訂する。以上だ。解散」
―――――――――――
自室に帰ると、シャルルはドアの鍵をしっかりとおろし、サイドボードに行って上に置いてあったデキャンタからグラスにワインを注いでそれを呷った。うねる波のように白い喉が動き、ひときわ大きくしなったあと、唇がグラスから離れてアルコール臭い息が漏れた。空になったグラスを乱暴に置き、デキャンタを手に再びワインを注ごうとして、シャルルは自分の手がひどく震えていることに気づいた。
途端、こらえていた感情が一気に爆発した。怒りや悲しみというのではない。何のために自分は生きているのだろうという虚しさだ。マリナとあって、世界はこんなにも素晴らしいと思ったはずなのに、彼女にもそう告げたのに――今の俺はただルパートや親族連中に言われるがまま種付け馬になろうとしているだけ。
あれほどこだわった当主という座はこんなくだらないものだったのか。このように馬鹿げたことに、俺は命を注ぎ込んだのか。偉そうに誇りだと叫んだのか。シャルルは己を思い切り殴り飛ばしてやりたい思いだった。もし自分というものの体が別にあったのならば、必ずそうしていただろう。
シャルルはデキャンタを、ワインの入ったまま床に叩きつけた。激しい破壊音がしたが、心はちっとも晴れなかった。
こうなったら……
シャルルはデスクに行き、受話器を取り上げた。
「ジル、すぐに来てくれ」
5分ほどで彼女はやってきた。親族会議の結果を耳にしたようで、美しい繻子のようなストレートロングの金髪を垂らして頭を下げ、「当主復権おめでとうございます」といった。
「祝いなんて不要だ。それよりも君に頼みがある」
「何でしょうか?」
「一週間だけ俺のふりをしてくれないか?」
ジルはひどく驚いた顔を見せた。デキャンタが床で割れているのを見ても顔色ひとつ変えなかったのに。
「どうしてですか?」
シャルルはいった。「日本に行く」
「本気ですか?」
彼は頷いた。
「もう一度だけ会いたい。それだけで帰ってくるから」
ジルは何も答えなかった。ただひどく悲しげな顔をした。彼女は心の全てをシャルルにシンクロしていたように見えた。
シャルルはそんなジルの態度を黙殺して、彼女に背を向け、グラスのそばに置いてあったショコラを一つつまみながらいった。
「ルパートにはくれぐれも内密に。根回しはよろしく」
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