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テーマソング創作 「夜も昼もハッピーエンド」2

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《ご注意》この記事はいわゆる二次創作です。苦手な方は閲覧をおやめください。シャルマリです。登場予定キャラはヒミツ… 全7回を予定。(5,100字、読了時間14分)




2、火曜日のLovers


198X年7月5日(火)


変装したシャルルの出発を、シャルルに似せた男装姿でドゴール空港まで見送ったジルは、すぐさまその足でパリ市警本部に向かった。
シャルルはミカエリスとの闘争が決着後、すぐに、地方に左遷されていたカークとボイエ警部をパリ市警の刑事課に移動させるよう動いた。二階級特進を遂げたカークは今や警部補である。
ジルは受付でカークの呼び出しを頼んだ。
「身分証明書のご提示をお願いします」
フランスの誇るアルディ当主の顔もわからないのか。
アルディも落ちたものねと、ジルはもどかしげに、アルディの紋章をかたどったネックレスを見せる。これは彼女がシャルルのそばにつくようになった幼い頃、先代ロベール公より賜った品で、シャルルの身代わりをする際は余計なことを言わずにこれを使えと指示されたのだ。
ジルのネックレスを見たとたん、受付嬢は銃で打たれたように震えた。
「申し訳ございませんでした。ただちにお呼びします!」と、受話器を取り上げる。
それからまつこと二、三分。
カークが小走りに廊下の奥から、やってきた。
彼は一目で面会者がジルだと気付いたようで、柔和な微笑みを浮かべた。
「突然どうしたの、何かあったかい?」
ジルは無言で手招きをして、彼を建物の外まで連れ出した。防犯カメラも人の気配もないところまでつれだす。
「おいジル。まだ昼間だよ」と肩をすくめて赤くなるカーク。
ジルはムッとしてため息をはいた。
「何をお考えですか?」
「あれ? 違うの?」とカークは目を瞬く。
「違います。まったく違います」
「うわっ、オレ、恥ずかしい!」とカークは頭を掻きむしった。普段なら可愛いと思う仕草だが、今は正直それどころではない。
「とにかく私の話を聞いてください。シャルルのことです」
カークは手の動きを止めた。「シャルル? 彼がどうしたの?」
「当主に復権しました」
「おめでとう、やっとだね!」
「ええ、それはよかったのですが」
語尾を濁すジルの様子に、カークは察したらしい。
「例の結婚問題?」と訊ねた。
「そうです」とことば少なに頷くジルの顔は曇っていた。
ジルはシャルルと今もよく似ているが、大人になった二人は、輪郭に男女の相違がもっともよく観察できた。シャルルは背負った絶望が表に出ているのか、線がシャープで、皮膚のエッジが鋭く、精悍だった。反対にジルは女性らしい優しさがほおやあごに宿っていた。
その彼女が悲しみに沈むと、心をひどく打つ。
カークは心配そうにいった。
「今時、当主になるからって結婚もセットって時代遅れだろう。本当に好きな人と結婚すべきだよ。家訓だっていうのなら、シャルルが改革していけばいいのに」
「そうなのですが」とジルはまた吐息を吐く。「シャルルはさっさと結婚を決めてしまいまして」
「本当に?」
「はい。しかもできるだけ早急に相手を決めろとルパートに申し出ました。ルパートはすっかりその気で、相手探しをしています」
カークは唸る。「シャルル、本当に後悔しないかなぁ」
「それでここからが本論です」と前置きしてからジルはいった。「シャルルは一週間だけ私に身代わりを依頼して、つい先ほど日本に向けて発ちました」
「へ?」
「マリナさんにもう一度だけ会うつもりのようです。でも、私はやめたほうがいいと思うのです。シャルルの話ではマリナさんは和矢さんと幸福にお暮らしとのこと。それを見て、また新たな傷を負い帰ってきて、愛してもいない花嫁と結婚するなど……耐えられることではありません」
カークは強くうなずいた。
「ですからマリナさんとシャルルが会わないようにしたいのです。彼女が旅行にでも出かけていてくれると良いのですが、そのためにはどう動いたら良いのかわからず……私が動いたらシャルルには露見してしまいます。カーク、何かよい知恵はないですか?」
うーんとカークは腕を抱えて、空を睨んで唸った。ジルはそんな彼をすがるような眼差しで見つめた。
「そうだ!」とカークが叫んだ。「和矢に頼めばいいんだよ」
「和矢さんに?」
うん、とカークは輝く顔でジルを見る。
「今君が話した通りのことを頼めばいい。そうしたら和矢はわかってくれる。オレ、彼とほんの少しだけ話したことがあるんだけど、彼はとてもいい男だ。気持ちが優しくて、思いやりがあって、でもさっぱりとしていて。そしてシャルルのことをとても大事に思っている。マリナよりもシャルルにこだわりがあるんじゃないかって、あのモザンビーク行きの一件の時なんかは感じたくらいだもん」
そう言った途端ジルが訝しげな視線をよこしてきたので、カークは慌てた。
「いや、変な意味じゃないよ! 和矢はマリナもシャルルも大切にしているって意味だよ!」
顔を真っ赤にしながら必死に否定をするカークに、ジルは思わず顔をほころばせる。
「わかっています。すみません、ちょっとからかいました」
ジルは手を口にあてて体をしならせながらくすくす笑った。
「あんまりからかわないでよ、もう!」
カークは憤然とそっぽを向いた。
すぐにジルは笑いを納めて、
「すばらしい案ですわ。すぐに和矢さんに連絡してみます。ありがとうカーク。あなたにはいつも助けられてばかりですね」
「バカだな、恋人を助けるのはあたりまえ」
カークは少し乱暴にジルの白い手を掴んで、ぎゅっと握った。


―――――――――――


時差を考え、和矢が在宅していると思われる時間に黒須家に電話すると、和矢本人が電話にでた。
「お久しぶりです。アルディ家のジルです」
と挨拶をすると、和矢は嬉しそうな声を出して彼女の安否を問うてくれた。
「元気にしております、ありがとう。あなたは?」
「とても元気だよ。もりもり」
受話器をもちながら、もう片方の手で力こぶを作っている和矢の姿が目に浮かび、ジルは微笑む。
「ところでお願いがありまして、今日はお電話しました」
このように切り出して、ジルは慎重に頼みたい事柄を申し出た。和矢は適切な相槌をうちながら、ほぼ無言でジルの話をきいていた。
「――というわけなのです、お願いできますか?」
少しばかり胸が苦しくなる思いで、声を低くして訊ねると、
「いいよ。オッケ」と和矢は答えた。
あまりにあっけない了承にジルは不審になる。
「本当にいいのですか?」
そう言うと、受話器越しに和矢の笑い声が聞こえてきた。
「大丈夫だって。うまくやるから。ジル、オレを信じて。オレはシャルルが好きだ。あいつを傷つける何者からもあいつを守ってみせる」
力強い、思いのこもった熱い声だった。
「わかりました。ありがとう、和矢さん」
電話を置いたあとジルはお気に入りの紅茶をじっくりと淹れて、ソファに腰を下ろして立ち上る湯気を見つめた。
よかった。
これでシャルルが傷つかずにすむ……
ホッとしながらジルがカップを口にやろうとした瞬間だった。
ずっと考えていなかったひとつの可能性が心の中にひらめいた。
マリナと会えなかったシャルルが、彼女を探し求めて、アルディに帰ってこなかったらどうする?
そうしたらシャルルは再びアルディを裏切ったことになる。
ルパートも親族会議も絶対に許さない。
シャルルはマルグリット島へ送られる。空軍を自由に統べるルパートは、たとえ日本だって追いかけていくだろう。数年前だってそうだったのだから。
それに反抗すれば今度こそ処分されてしまうかもしれない!
ジルはカップを乱暴にソーサーに置いて、デスクに戻り受話器に飛びついた。それを取り上げて、交換手に再び黒須家に繋げと命じる。
「お出になりません」と虚しい答えが返ってくる。
なぜ?
電話を交わしたのはつい三十分ほど前。
もう和矢は動いてしまったの?
ジルは混乱し震えながら、受話器をもどして、部屋を飛び出した。屋敷の前にとめてあった白いポルシェに乗ってパリの街を疾走する。
19区にあるカークのアパルトマンに行くと、彼の部屋には明かりがついていた。車を路上に止めたまま、ジルは四階にある彼の部屋に向かい、ドアを狂ったように叩いた。
「カーク、カーク!」
ドアがすぐさま開いて、驚いた顔のカークが出てくる。シャワー後だったのだろうか、Tシャツに短パン、アーモンド色の長髪からは水滴が垂れていて、頭に適当にタオルをのせている。
「どうしたの、ジル」
「私、大変なことをっ」
ジルの慌てふためきように、カークは瞳を厳しくして、
「とにかく入って」と彼女を部屋の中に引き込んだ。ソファを勧めて、コーヒーを入れるよと言った。
だが、ジルは、
「何もいりません、とにかく話を聞いて!」と彼の腕にすがった。
「わかった」
カークは彼女の肩を抱きながら隣に座って、こわばった顔を見つめる。ジルは考えたことを一気に彼に打ち明けた。……

「どうしよう。シャルルの身に何かあったら!」両手を頭にあてて、ジルは激しく左右に振った。もう少しで涙が落ちそうだが、目をいっぱいに開いて、水滴としておちることだけはかろうじて止まっている。
「おちついて」とカークは彼女の手首を優しく掴んだ。「シャルルは、マリナに会えても会えなくても戻ってくる。絶対にね」
「どうしてです? どうしてそう言えるのです?」
「それは簡単だよ。シャルルは君に身代わりを一週間だけといって依頼したのだろう。彼は約束を破る男じゃない。自分が戻らなければ、君がシャルルのふりをし続けなきゃならない。君は女性だ。男装してシャルルのふりをすることはできても、ルパートの用意してくる花嫁と結婚まではできないだろう?」
ジルは目を見開いてカークを見た。
「シャルルがそんなことを君にさせるわけはない。だから彼を信じて待っていればいいんだよ」
カークの言葉をききながら、ジルは次第に落ち着いてきた。
「ね?」とカークはニコと笑った。
カークは本当に不思議な人だと、ジルは思う。特別な言葉や着飾った文句を語るわけではないのに、話す言葉ひとつひとつが心に染み入ってくるのだ。
「そうね……そうでした」
彼の人柄かしら。
それともこれが恋というものかしら。
一緒にいるだけで心が安らいで、声を聞くだけで荒れていた気持ちが凪になって、顔を見るだけで幸せになれて――
シャルル、あなたもそうだったのね。
何者にも変えがたいこの幸福を感じたくて、日本に向かったのでしょう。
心を殺して生きる前に、もう一度、あともう一度だけ、心から愛しい人に会いたくて。
「ごめんなさい。私ったら取り乱して」
できるなら、もう一度と言わず、ずっとシャルルに幸福でいてほしい。
けれど、私にそんな力はない。
かつて彼のためを思って、結婚前の思い出作りにとマリナを呼び寄せたけれど、それがシャルルにとってどうだったのか今でもわからない。
だからこそ、今回もう一度だけと自分から決めて彼女に会いにいったシャルルを、心から応援しよう。
それが私の役目!
「シャルルを信じて待ちます」
ジルの顔が柔らかくなったのを見て、カークは安心したように微笑んで、彼女の頭にポンと手を乗せた。
「少し妬けるな」
「え?」
驚いて彼を見ると、カークは優しく首を振った。
「いや、なんでもない。コーヒー飲む?」
「はい」
カークはタオルを首にかけながら立ち上がり、キッチンに向かった。言いたいことをごまかして背を向けたカークに、ジルは少し意地悪をしてみたくなった。
「ね、カーク」
「なに?」
「もしシャルルが帰ってこなかったら、シャルルの代わりに女性と結婚していいですか?」
とたん、キッチンで激しい音が上がった。カークがキャニスターを流し台に落としたらしい。彼は肩を引きつらせていたかと思うと、一気に振り返って叫んだ。
「いいわけないだろ! 君は近いうちにオレの花嫁になるんだから!」
二人はその叫びの残響が消えないうちに、お互いを凝視しあい――直後、カークは全身から湯気が出そうなほど真っ赤になり、ジルは手の甲を口にあてて身をよじって笑いだした。
「意地悪!」とカークが顔をくしゃくしゃにして叫んだ。
「すみません」とジルは目尻をぬぐった。「大好きです、カーク」
カークは耳まで赤くしながら彼女を軽く睨んだあと、再び背中を向けコーヒーフィルターのセットをはじめた。
「泊まっていく?」
「そうですね。見た目はシャルルですから、男同士で語り合っていたことにしましょうか?」
「それ、名案だね。外野もうるさくない」
「でしょう。ということで、今夜は語り合い以外をしちゃダメですよ?」
カークはドリッパーにポットの湯を注ぎながら、首だけで振り返ってまたジルを睨む。
「ジル、君ってやっぱり意地悪だ」
ジルはソファの座面に両手をつき、華奢な肩を薔薇の蕾のようにすくめて微笑んだ。元から美しいジルのブルーグレーの瞳は、今や幸福に磨き上げられて、カークが息を呑むほどにきらめいていた。




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