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テーマソング創作 「夜も昼もハッピーエンド」5

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《ご注意》この記事はいわゆる二次創作です。苦手な方は閲覧をおやめください。シャルマリです。登場予定キャラはヒミツ… 全7回を予定。(6,000字、読了時間14分)





5、金曜日のバイオリニスト


 
198X年7月8日(金)
北海道、十勝川温泉の旅館。午後七時五分。
 
 
「――で、あんたがなぜここに来ているわけだい?」
響谷薫は、帯広空港から車で一時間ほどの距離にある温泉旅館の廊下で、二度と会いたくないと思っていたフランス男と面を突き合わせていた。相手は部屋に入らせてくれというが、こちらとしてはどうしても部屋に入れるわけはいかない。結果として薫はドアにもたれかかり、奴が薫の前に立っているという有様だった。はたから見たら、何かしらの修羅場に見えるだろう。くっだらない。
「あたしゃ、さっき演奏会が終わってこれから眠るところなんだ。邪魔しないでくれるかい? 明朝は早くに札幌に発つんだ。あんたに構っている暇なんてないんだよ」
「君に用はない。マリナを出してくれ」
「マリナ?」と薫はおどけて見せた。「知らないね。あいつとはしばらく会ってない。アパートにいるだろ。そっちにいけよ」
「しらばっくれても無駄だ。マリナが君に随行していることは捜査済みだ」
捜査だと?
何でこいつ警察官のようなことを言うんだ?
「マリナに会わせてくれ。大事な話がある」
薫は唇を引きつらせて笑った。どうやらこの部屋の中にマリナがいないという嘘は通じらないらしい。
「わかーった。わかったよ。じゃあこうしよう。あたしが、その大事な話っていうのを聞いてマリナに伝えてやる。あんたに会うかどうかはその後にマリナが決める。それでどうだ?」
シャルルは薫をにらんだ。しばし黙ったあと、やがて彼はその厳しい視線を薫の顔の向こうのドアへと移して、きっぱりと、よく通る大きな声でいった。
「マリナ! 出てこい! いつまで俺から逃げるつもりだ!」
それはほとんど怒鳴り声とも言えるもので、薫は唇を突き出してぴゅうと口笛を吹いた。すっげ。こいつ面白い。
「出てこい! 早く出てこないと、ドアをぶち破るぞ!」
他の部屋のドアが、恐る恐るという感じで、開いていくのが薫には見えた。それはそうだろう。ホテルの細い廊下では、怒鳴り声は何倍にも拡大される。このままだと警察に通報されるのも時間の問題か。
まあ、そうなってもあたしには関係ないけど。
そう思いながら、薫がシャルルの怒声を真正面から涼しい顔で浴びていた時だった。背中を押してくるわずかな圧力を確かに感じた。
「ストップ」と薫はシャルルの前に手をかざした。「天照大神様のお出ましらしいぜ」
言いながら、薫はドアの前から体を避けた。蚊の止まりそうほどの遅さで、ドアは外側に向かってゆっくりと開いていき、開いたその隙間から仁王のような顔をしてこちらをにらんでいるマリナの形相がだんだんとあらわになってくる。
「マリナ」とシャルルが声をかけた直後、途中まで開いていたドアが一気に開いた。
「あんた、何を考えているのっ!? 今が何時だと思っているの!? 良い子は寝る時間よ。それなのに突然やって来て、廊下で騒ぎ立てるなんて、この非常識!」
シャルルの何倍もの大声をあげて怒鳴るマリナに、すかさずシャルルは言い返す。
「君が早く出てこないからだろう!」
マリナは両手を腰に当てて、シャルルをにらんだ。
「あたしがどうしようとあたしの勝手でしょう!」
「逃げたことを認めるんだな?」
「逃げてなんかないもん」
「いや、君は俺から逃げた。美女丸から聞いた」
「美、美女丸?」明らかにマリナは焦った様子で、「そんなやつ、知らないわ」と言いだした。美女丸もかわいそうに。
「だいたいあんた、おかしいわよ。4年もご無沙汰で、どうして突然会いにくるのよ? あたしのことなんて忘れていたんでしょう? 結婚するんでしょう? だったらそのまま幸せに結婚すればいいじゃない。あたしは貧乏だから、いくらあんたが昔の男だからといっても祝いなんか出せないわよ」
「祝い欲しさに来たわけじゃない。話をしにきた」
「今更何を話すのよ。思い出話しするほど年寄りじゃないわよ」
「これからのことだ」
「あたしとあんたにこれからなんかないわ。永遠にサヨナラって言ったのはあんたじゃない!」
「少し冷静になって話を聞いてくれ」
「あたしは冷静よ。全身が氷みたいに冷静だわ」
「いや君は興奮している。俺は普通の君と話がしたい」
「普通のあたしってなんなのよ? 4年ぶりに会ったくせに、普通のあたしとか言わないで。この4年間あたしがどういう風に過ごしていたか、何にも知らないくせに」
「それなら君も俺の4年間を知らないだろう。お互い様だ」
「だからお互いに知らないままでいいじゃない。今更知り合う必要ないわよ。結婚祝いなら、そのうち出世払いで送るから」
「違う! とにかく俺の話を聞いてくれ。俺はこの4年間ずっと君のことをっ」
「シャラーーップ! そこまでだ」
永遠に続きそうな問答を、薫は両手を二人の前に大きくかざして静止した。
「恥さらし。阿呆。周りをよく見ろ」
それで二人はようやく状況に気づいたらしい。先ほどシャルルの怒鳴り声で恐る恐る様子を伺っていた隣客たちが、今度はワイドショーでも見るかのような顔をして、廊下に出て来ていたのだ。それも二人や三人ではない。
薫の部屋は一番奥のロイヤルスイートだ。豪華な部屋に泊まる客が繰り広げる修羅場はさぞ面白いことだろう。あー、みっともない。
「二人とも入れ。ほら」と薫は二人の尻を蹴っ飛ばすように中に入れると、演奏会のために培った極上の営業スマイルを野次馬に向けた。
「どうもお騒がせしました。お休みなさい」
感嘆のため息が漏れたが、薫は素っ気なくドアを閉めた。
 
  
―――――――――――


ロイヤルスイートの部屋は、廊下の真正面にメインリビングがある。その右脇にドアがあり、サブ寝室がひとつ、逆側にはメインの寝室があり、それぞれの寝室には洗面室とバスが完備されていた。メイン寝室の方のバスは小さな庭がついた温泉露天風呂が併設されている。
薫はリビングに二人を導くと、自分はサイドボードにいき、グラスを三脚とりだしてボートの上に置いた。それからボードの横にあるワインクーラーの前に腰をかがめて、中を覗き込む。
「うーん、夜だからやっぱ赤かな。おっ、ラフィットがある。これにしよう」
とひとりごちながら、深緑色のボトルを取り出し、手早く栓を抜いてから、三脚のグラスに注いだ。右手に二脚、左に一脚もって、応接セットのソファまでやってきて、テーブルの上に置く。
「あれだけ騒いだら喉が乾いただろ。まあ、飲めよ。アルコールは脳血管を開くから、リラックスできるぜ。アルディ大先生よ、そうだろ?」
薫は一人がけのソファに座り、グラスの一脚を手にして、くいっと呷った。「うまい!」と満足そうに息をついてから、目をあげて二人を見やる。
シャルルは応接セットの前に開けた大きな窓の前に立っていた。その横顔は、紫紺のベールに覆われる十勝川の水面を凝視している。一方のマリナは借りて来た猫のように、入り口付近で突っ立ったままだ。
しかたないか。
「マリナ、こっちに来いよ」と薫が呼ぶと、マリナは呪文が解けたように、ようやくおずおずと、薫のそばにやってきた。
「そこに座れ」
薫が指差したのは、窓に向き合うソファだった。シャルルの背中を真正面に見る形になったマリナは困った顔をしながらも、言われた通りに座った。
「はっきり言っておく。あたしは石だ」と薫は突然いった。「ただしワインを飲む石だけどね。でも石は喋らないし動かない。だから、おまえさんたちがどんな話をしようが、もう邪魔はしないよ、思う存分に好きなことを話してもらっていい」
マリナがすがるような眼差しで薫を見つめた。そんなと言いたいようだったが、薫は無視してワインを味わった。
だいたいの事情はマリナから聞いている。マリナはこいつが好きで、でも迷惑をかけたくなくて逃げて来たという。それはいいが、なぜシャルルはマリナを追いかけて来たのか? 金もない女を追いかけてくる理由が、恋以外にあるのなら、ただの変態だ。シャルルは間違いなくマリナを愛している。それはいい。
だが結婚間近だというこの時期に会いにくるその根性が、気に入らない。何をしに来たのだ? 積年の思いを遂げに来たのか? 恨みじゃあるまいし、一度関係を持てばすっきりするというものでもないだろう。もしシャルルがそういう考えでマリナに会いに来たのなら、生きていることを後悔するようにさせてやると、薫は決めていた。
シャルルは振り向いた。ほぼ夜の闇に包まれたガラス窓の前に立つ彼の上に、天井からのダウンライトがちょうど当たっていた。白金の髪がキラキラと光って、無表情が能面のように冷たく見える。
「まずは報告をしたい。君のおかげで当主に復権できた。4年間何をしていたかという問いには、当主に復権するためだったと答えるしかない。チェコで過ごしていたのが一年。そのあと、ドイツに渡って二年。パリに戻り一年。思ったよりも時間がかかってしまった」
マリナがどういうのかと思い、観察していたところ、
「色々と大変だったのね。さっきはごめんね。変な言い方をしちゃって」
と明るい声でいった。シャルルに向けた顔も笑顔で、どうやら自分の中で何らかの切り替えをマリナがしたことは明らかだった。やるな、こいつ。
「ずっと心配していたの。あのあとあんたがどうなったのかなーと。だから、あんな風にいっちゃったのよ。ほら、あたしって友情に篤いでしょう。だから、不幸な友達を見ると心が騒ぐのよね。今回会えて、嬉しい報告を聞けてよかったわ。安心したわ。どうか幸せになってね」
マリナはそういって話を切り上げようとしたが、シャルルはさっと動き、マリナの向かいのソファに座った。腿に肘をつき、両手を組んで前のめりになる。
「当主復権の条件として、結婚することになった。早ければ来週にも結婚する」
マリナが息を詰めるのが、薫からもわかった。こいつが結婚することは知っていただろうに、本人の口から告げられるとやはりショックらしい。意外と乙女だな。
「もちろん覚悟していた。当主に戻るということはそういうことだ。でも実際にその時が来てみると、俺はなんのために当主に戻ろうとしていたのかと考えた。もともと俺はアルディの当主になりたかったわけじゃない。本当に欲しいものは永遠に手に入らないとわかっていたから、当主になることでしか自分を保てなかっただけだ」
意思の力で感情を抑えながらも、言葉の端々から孤独がにじみでるシャルルの告白に、薫はワインを飲む手を止めた。誰にも触れられたくない胸の傷が痛み、それをこらえようと奥歯を噛みしめる。今も国立の家で昏睡を続けている兄のことを思いだした。自分がバイオリンを引けば兄も目覚めるのではないかという、願掛けにも近い行動を始めて早3年。一向に目覚めない兄に、失望と悲しみは日ごとに重くなる。まるで高級ワイン瓶の底に積もる澱のように。
いつまであたしは、この焦燥の中で待てるだろう……?
「好きだ。君が」とシャルルはいった。
マリナが身震いするのがはっきりとわかった。
「薫」
と助けを求めるが、
「あたしは石だ」と答えてやった。見る間にマリナの顔が歪む。
白い顔に雷のような緊張をみなぎらせながら、シャルルはいった。
「もし今君がしあわせではないのなら、俺との未来を考えてくれ」
その言葉で、マリナと和矢の現在の関係を、シャルルが察していることを薫は知った。まあ、逃げた先が美女丸やあたしだったりした時点で、バレバレだろうけれど。
マリナはうろたえて、また薫を見る。
「あたしは石だ」
もはやマリナは泣きそうだ。情緒の振れ幅が大きいこいつの胸中はさぞ大波になっていることだろう。
「無理よ。あたしには和矢がっ」
とマリナは小さな声でいったが、シャルルは青く見えるほど澄んだ灰色の瞳に、非難がましい色をはっきりと浮かべて、冷酷に吐き捨てた。
「そんな嘘は通じない。君たちは交際していない」
「どうしてそんなことが言えるのよっ!?」
「君が美女丸やカオルを頼ったからだ」
やっぱりな。どんなアホでも気づくよ。マリナもシャルルの知らない縁故を頼って逃げればいいのに。
それとも意外と追って来て欲しかったんだったりして……? だとすると、二時間ドラマの痴情のもつれみたいじゃないか。そんな馬鹿馬鹿しいことに巻き込まれたあたしと美女丸は一体なんなのだ。
肩を落す薫の前で、マリナは狼狽し、首を激しく横に振る。
「友達だもの。友達を頼ってもいいじゃないの! あんたのいっていることは支離滅裂よ! 今更好きだなんて、ちゃんちゃらおかしい、冗談はよしこちゃんよ!」
「真剣に考えてくれ」
「あたしは真剣よ。いつも真剣白刃取りよ! あんたとの未来なんてないの。一ミリも一グラムもない!」
「なぜ?」
「結婚控えた人と未来を考えられるわけないでしょーがっ!!」
「何とかする」
「どう何とかするのよ!?」
「俺を信じろ」
「信じられるか! いくらあんたを信じても、あんたの家は常識外れのアンポンタンばっかりだもん! どうせまたルパートが戦闘機でやってきて、ミサイルを打ったり、あんたを電気椅子で拷問したりするわ。あたしはもう二度と、あんな風に苦しむあんたを見たくないのよ。そんなの、絶対に嫌だったら嫌よっ!!」
最後は悲鳴のような喚き声だった。シャルルは目を見開き、絶句したという顔で、頭を抱え込むマリナを見つめた。
「ごめん」と薫は深いため息をひとつはいて、左手を上げた。マリナが顔を覆っていた手を下ろす。
「石だけど発言させてくれ。お地蔵さんみたいに人を導く石もあるから、いいよな。さっきから聞いていると、つまるところお前さんたちは、お互い死ぬほど好き合っているということだろ?」
シャルルとマリナが顔を見合わせた。二人とも同じ表情をしている。薫ははあっとため息をもう一度つく。……やっぱり。この阿呆ども!
マリナはすぐに目をそらした。気まずい沈黙が、部屋を包む。
薫はやれやれといった風情で立ち上がり、ダイニングにいって、椅子にかけてあったサマージャケットをとった。
「あたし、でかけてくるわ。帯広の街の中に屋台横丁があるんだ。そこに行ってみたいと思っていたからさ。遅くなったら市内のホテルに泊まるから、帰ってこないかも」
「ええっ?」とマリナが立ち上がる。
薫は右目を潰したような鮮やかなウインクをしながら、ニヒルな笑顔を浮かべた。
「石は出かけるからあとはごゆっくり。相思相愛のお二人さん」
「ちょ、待ってよ!」
追いかけてくるマリナを無視して、薫は疾風のように素早く部屋を出た。廊下を歩きながらジャケットを羽織る。
シャルル、ふんばれよ。男なら恋した女一人ぐらい手に入れてみろ。今夜は眠らせないぐらい言ってさ――。
薫は初めて心の中でシャルルにエールを送った。
 
 
 
 

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