《ご注意》この記事はいわゆる二次創作です。苦手な方は閲覧をおやめください。シャルマリです。登場予定キャラはヒミツ… 全7回。(8,600字、読了時間19分)
7、日曜日の愛してまんが家
198X年7月10日(日)
札幌、日航ホテル。午前6時15分。
はっきりいって、あたしは好きよ。シャルルが大好き。
でもね、どうしても彼が傷つくのは見たくないのよ。どれだけシャルルが大丈夫だ、信じろといってくれても、あたしの中のあたしが、首を縦に振らない以上、もう仕方がないと思うわ。
好きじゃない人と結婚しなくちゃならないシャルルのことを思うと、もちろん心は痛む。でも命は安泰、体も元気! だったら、その方がずっといい! だって命があっての恋だもんねっ。
あたしは、ベッドボードにあるデジタル時計を見た。六時を少し過ぎたところだった。隣の気配を伺うと、寝息が聞こえる。そこであたしは、遮光カーテンを引いているためまだ暗いままの部屋でゆらりと幽霊のように起き上がり、あたしの反対側、ベッドの隅の方で向こう向きに眠っているシャルルを見つめた。
彼は、つい一時間前ぐらいにようやく寝ついたみたいだった。
昨日の温泉旅館でもそうだったのよ。
ドア越しの気配ですぐにわかったの、ああ、今寝たのねって。
あたしはベッドのスプリングをはずませないように気をつけながらベッドを降り、ベッドの縁を回って、寝ているシャルルの顔のそばに跪いた。そっと彼の顔の上に手をかざした。
「ふふ、本当に綺麗な顔だわ」
今だけはあたしのシャルル。
今ぐらいひとりじめしてもいいわよね。
だってこれが最後だもの――
帯広でのデートは、とても楽しかった。
最初の豚丼のお店では、注文したものが出てくる間、あたしが昔トマムに住んでいた話をした。それからもちろん、美女丸と一緒に巻き込まれた殺人事件の話もね。美女丸の名前を聞くと、シャルルは不愉快そうに遠くを睨んだ。
そのあとの六花亭では、お互いの空白の四年間を話した。シャルルがクリームヒルトという女性と一時期婚約していたと聞いた時は、かなりびっくりだったわっ! でも、あたしと和矢が一分だって付き合っていないと聞いた時のシャルルも、あたしと同じぐらいびっくりしていたようだけどね。
移動するタクシーの中では、シャルルは腕を組んで、深く背を持たれて目を閉じ、ほとんど喋らなかった。ナイタイ高原牧場のあとは、さらに会話がはずまなかったの。だってあたしは「昨夜は寝不足」なんて失言をしちまうし、シャルルは「未来を見てくれ」なんてとんでもないことを言うし。
それでその気まずい雰囲気のまま札幌に来たわけだけど……
さて、あたしが寝ている間に出発するって言っていたから、そろそろベッドに戻らなきゃと思うけれど、あたしはもう少しだけシャルルの顔を見ていたかった。
彼の顔を、脳に焼き付けておきたかった。
ありがとう、シャルル。どうか幸せになってね。もう二度と、苦しんだり悲しんだりしないでね。これから先、どこにいても誰といても、たとえおばあちゃんになっても、あんたの幸せを祈っているわ。
そう思いながら、長いまつ毛をふせて規則的な寝息を立てるシャルルを見つめていると、あたしは鼻の奥がツーンと熱くなってくるのを感じた。
「大好きよ、シャルル」
とたん、シャルルの目が開いたのよっ、カッと突然っ!!
ひいっ!
シャルルはガバッと起き上がると、長い腕を伸ばして、あたしの体をかっさらうようにすばやく、押しつぶすほどの激しさで抱きしめようとしたのっ!
「ぎゃあ、やめて!」
焦ったあたしはシャルルを突き飛ばした。
けれどその勢いで、自分が後ろに吹っ飛んでいき、絨毯の上にどーんと尻餅をついた。最後に頭が部屋とバスルームの境の壁にゴッチン。
ああ、星がとぶぅ……。
あたしが頭をさすりながら起き上がると、ちょうどシャルルも起き上がるところだった。ベッドに腰をかけたまま、足を下ろす。
「た、たぬき寝入りなんてひどいわ」
「君もだろ。お返しさ」
シャルルの視線の厳しさに、あたしは唾をごっくん。
「まんが家は、徹夜はお手の物なのよ。一晩やふた晩眠らずにいることは当たり前なの。いわば職業病! 他意はないわ!」
「だったらアルディ当主も徹夜はお手の物だ。お互い様だよ、マリナちゃん。他意はないさ」
ああ、そう。
意味がないんだ。
ついあたしがしょんぼりとしていると、それを敏感に察したのか、シャルルがいった。
「それとも他意が欲しかった?」
あたしはぎくっとした。心の中を見抜かれたみたいだった。
「別に!」
すると、シャルルはちょっと目を伏せた。
「俺は他意が欲しかったよ。君が俺のことを思って眠れないならどれだけ嬉しかっただろう」
え……?
ドキンとしてシャルルを見つめるあたしの前で、シャルルは腿の上に手を置き、前のめりになって、切々といった。
「お願いだ。マリナ。君の心を打ち明けてくれ。昨日一日、どれだけ楽しく過ごしても、君の心はまったく見えなかった。俺を信じられないなら、そういってくれてかまわないし、お前の力不足だと罵ってくれてもいい。どうかちゃんといってほしい」
サイドランプだけが灯る薄暗がりの部屋でもはっきりとわかる青灰色の瞳には、悲しみが満ちていて、あたしは胸をつかれ、今まで秘めていた思いを口にする決意をした。
「あんたが好きよ。ずっとずっと好きだったわ。この四年間、一日だって忘れたことなんかなかった。毎日祈っていた。あんたが元気で無事でいますようにって。ご飯を食べるときも、お風呂に入るときも、歩いている時も、どんな時もあんたのことを考えていた」
シャルルが息を飲むのがわかった。
「でも怖いの。昔一緒に逃避行したとき、あんたは怪我したり拷問されたりしたわよね。その時の光景が忘れられないの。またあたしがそばにいたら、アルディ家はあんたを責めるわ。あんたはいつもあたしをかばって、自分だけが傷を負う。あたしも痛いのは嫌だけど、かといって、大切な人がそばでしょっちゅう怪我をしているのを笑って見てはいられないわ。――とにかく怖いの。怖いのよ」
最後の方は、つぶやきのように言葉があたしの口に吸い込まれてしまった。
あたしはうつむいた。シャルルの顔をみられなかった。
こんないくじなしのあたしなんて嫌いになっただろうか? 一緒に戦おうと、どうしていってくれない?と思ったかもしれない。昔のあたしは、「どこまでも一緒よ」といえた。
なのに、今はいえない。
あの頃は若かったなぁと思う。キラキラした眩しい世界を信じて、突き進んでいけたし、またそういう雄々しい自分のことが割と好きだった。今のあたしは、自分のことが好きじゃない。
「よくわかった。無理にいわせてすまなかった」
シャルルがしずかにいった。「一旦はパリに帰る。けれど、これだけは覚えていて、マリナ」
あたしは顔をあげた。怖いぐらいに真剣なシャルルの顔がそこにあった。眼差しはあたしだけを見ていて、一瞬たりともそれない。
「親族会議を説得して、必ず君との交際の了承を得る。誰からも祝福される交際をしよう。そうなったらまた君に会いにきていいかい?」
ほんとにっ!?
「そんなことができるの?」
「誰に向かっていっている?」
そういうと、シャルルはベッドをきしませて立ち上がり、床に座り込むあたしの前まで来て、床に片膝をついて、その上に左手を乗せて体重を支えながら、右手であたしのほおに触れた。
「たとえ太陽が西から昇っても俺に間違いはないんだよ」
シャルルはあざやかに微笑んだ。
そうね、もしここに百人いたら、全員がシャルルに恋をしただろうと思えるぐらい……
あたしは、自分の目から涙がこぼれ落ちるのを感じた。
「待ってるわ」
涙で喘ぎながらあたしがそういうと、シャルルは嬉しそうにうなずいて、あたしのほおに置いた手を自分に引き寄せながら、ゆっくりと天使のようなそのほおを傾けて、あたしに顔を近づけていった。……
唇と唇が重なろうとした、まさしくその直前だった。
「マリナ、シャルル、起きろーーーっ!!」
ノックもなしにいきなりドアがばあんと開かれ、東京に帰ったはずの薫が部屋の中に飛び込んで来たのよ!
薫はあたしたちの様子をみると、一瞬のけぞり、ひゅっと短い口笛を吹いた。
「失礼。接吻の邪魔をしちまった」
そう言われて、あたしはハタと我に帰って、またシャルルを突き飛ばしちまったんだけど、まずかったかしらね。
「あんた、危篤じゃなかった?」
「そんなもん信じたのか。アホか。それよりもやばいぜ。変なフランス人たちがロビーに殺到している」
「変なフランス人?」
「軍服を着た連中だ。うちの一人は肩章に紋章と星が二つあるから、大佐だろう」
とたん、シャルルが舌打ちした。
「ルパートだ。もうばれたのか」
ルパート!
やっぱり来た!
「そいつはあんたの知り合いか?」
「我が家の親族会議長で、空軍大佐だ。俺を追ってきた」
言い捨ててシャルルはバスルームに入った。衣擦れの音と、ベルトのバックルの音がするところからすると、着替えをしているらしい。
「あんた、何をやらかしたんだ?」
とドア越しに薫が訊ねると、
「まだ何もやっていない」
「何もやっていないのに、あんな物騒な連中が早朝のホテルに押しかけてくるかよ?」
「おそらく俺が逃げると思って先手をうって捕まえにきたんだ。身代わりを置いてきたのだが、見破られたらしい」
「ツメが甘いね、大先生。どうすんの? 一緒に帰るの?」
「いや、俺がここにいることが判明したら、アルディから逃亡の意思があったとみなされる。そうしたら、一週間で戻るつもりだったという言い訳は通用しない。そういう人間は当主資格を剥奪され、地中海にある孤島に生涯幽閉されるきまりだ」
シャルルはすっかり着替え終わってバスルームから出て来たあと、注意深く部屋の中を見回していた。
「現代版巌窟王かよ。アホくさいきまり。孤島なんて維持するのも大変だろうに」
「ともかく、だからルパートにつかまらずに、パリに帰らなければならないんだ。どうしても」
「どうしても?――ということはお前さんたち?」
薫はシャルルへ意味ありげな視線をやった後、あたしを見た。
あたしは頭をかいて照れ笑いするしかない。
だってなんだか恥ずかしいもんっ
「なるほど、ついにマリナ城陥落か。そういうことだったら、あたしもひと肌脱ぐしかないか。誰にも見せたことのない玉肌なんだけどさっ」
「馬鹿薫!」
そんな会話を交わしているうちに、廊下の方から、どやどやという足音が聞こえた!
ぎゃあ、これは絶対ルパートたち。
ホテルの廊下って絨毯なのに、どうしてこれだけ足音が聞こえるのよ。
歩き方をもう少し改めた方がいいわよ。
あんたたちがもし京都の二条城とかいったら、鶯張りの廊下が大合唱するにちがいないわ。
だから外国人はマナーが悪いとかいわれて、テレビで特集されてから後悔してもしーらないんだから。
「おい来たぜ! このホテルの廊下は一本しかない。ドアから出てったんじゃはちあわせだ」と薫。
「さて、どうするか」
とシャルルは一瞬だけ考えるそぶりを見せてから、窓の方にいった。カーテンを開けると、北海道の早い夜明けは、すでに街を明るく照らしていた。
「避難用梯子があるな」
「それに気づいたか。上等だ」ニヤッと笑う薫を、シャルルは無視して、梯子の蓋をあける。
「君が安い部屋をリザーブしてくれたおかげで、ここは5階だ。降りられない高さじゃない」
「なら、あたしが奴らをひきとめて、時間稼ぎをするよ」
「頼めるか?」
シャルルは非常用窓をこじ開け、避難梯子を下ろしながら、振り返りもせずに訊ねる。
「了解。マリナはどうする? どっちについていく?」
固唾を飲んで成り行きを見守っていたあたしは、いきなり選択を迫られて、すっかり動揺!
うわーん、廊下のルパートも嫌だけど、あたしは高所恐怖症なのよ。
そんな頼りない梯子で5階から降りるなんて死んでもいやだぁ!
それであたしが右往左往していると、薫は戸口まで駆け寄って叫んだ。
「このど阿呆。悩んでいる時間があるか。もういい、あたしが廊下にでるから、お前はシャルルと窓から出ろ。運がよければ生きて会おうぜ」
と言うが早いか薫はすり抜けるようにドアを出てしまったの!
慌ててドアに近寄ってみると、カードキーがドアの内側すぐのところに落ちていた。
きっと薫が捨てていったんだわ、誰もこの部屋に入れないように。
すぐにドアの外からは、薫と男性の声が聞こえた。フランス語の物々しいやりとりだった。
大丈夫かしら。
「マリナ、来い!」
そう言われて振り返ってみると、なんとシャルルは窓の外にいたのよ!
もう梯子を降り始めてるの!?
あたしは大急ぎでその窓に駆け寄った。
「俺が先に行く。君も降りて来い。何があっても君を受け止めるから、安心して、さあ!」
シャルルは来い来いという手招きをしながら、素早く梯子を降りて行く。
あたしも恐る恐る窓を乗り越えて、梯子に捕まって最初の一段に足をかけた。
でも、見れば見るほど、怖い!
梯子は、いわば縄梯子の金属バージョン。
建物に固定されているわけじゃないから、人が体重をかけるたびに、あっちにゆーらゆら、こっちにゆーらゆらと不安定なの。
「ダメ~~これ以上いったら死ぬ~~」
あたしは梯子に捕まって叫ぶのが精一杯。
降りるなんてとんでも八分、落ちて天国よ!
「大丈夫。もし滑っても俺が受け止めるから」
「ダメ! 絶対死ぬ!」
あたしは死ぬを繰り返し、それでシャルルも思いあまったのか、もどかしげに片手を梯子から外して自分のシャツの襟を掴んで、それを一気に外側へ引き裂いたのだった!
ボタンが乾いた音を立てながら、次々に青空へ飛んで行く様がはっきりと見えた。
シャルルはシャツの下には何も着ておらず、開いた前身頃の間から、細身なのにたくましい彼の上半身が、胸からひきしまった腹部にかけてのぞいているの!
きゃあ、素敵♡
シャルルはシャツを大きく開いて、上半身をあたしに見せつけながら、叫んだ。
「俺に抱かれずに死ねるのか!?」
あたしは、シャルルのみだらな半裸に見とれて思わず指の力を抜いてしまい、あっと思った時にはそのまま梯子から滑り落ちてしまったのよっ!!
ぎゃああ、本当に死ぬ!
途中で、シャルルが片手であたしを抱きとめてくれたのだけど、あまりにもあたしが重かったのか、それとも落下の勢いがすごかったのかはさだかではないけれども、数秒後、シャルルは梯子を持った方の片手をパッと離して、今度は二人で急落下!
落ち始めた瞬間、シャルルが裸の胸に深くあたしの頭を抱え込んだ。
うわーん、死んでも命がありますように!
シャルルの素敵な体を感じるのが死ぬ時だけなんて、絶対に嫌だわ!
頭をつっきる猛烈な風を感じたその直後、体を叩きつけるものすごい衝撃を感じた。と、あたしたちは抱き合ったまま上にぼよよんと大きく跳ね上がり、再び落ちて、またぼよんと上がった。
それを何度も繰り返して、ようやく寝そべることができたのよ、ほう。
どうやら空気がたくさん入った巨大な豆腐みたいな直方体のマットの上に、あたしたちは落ちたらしい。
「間に合ってよかった」
大きなため息とともに聞こえた声に、シャルルの腕の中から恐る恐る顔をあげると、目に入ったのは、キリリとした涼しげな目元、アメリカ兵も真っ青のベリーショート。
あれ、これって美女丸!?
美女丸はあたしたちの落ちたマットを支えている。
「どうなるかと思ったぞ。マリナ、急に手を離したらいかんだろうが」
という美女丸の右隣で明るく笑うのは、風にたなびくアーモンド色の長い髪!
「日本製の救助マットは優秀だね。帰ったらパリの消防本部にも導入を薦めてみるよ」
「カーク! あんたまでどうしてここに?」
さらに横をやると、カークの右側には、微笑みを浮かべたジルがいた。長い金髪をカークと同じように風に散らせながら、瞳に涙を浮かべていた。
「あんまり危ないことをしないでください。シャルル、マリナさん。胸がつぶれそうでした。薫があらかじめ消防に連絡して、このマットを要請してくれていたからよかったですが……」
このシートは薫のおかげだったのね。
もしかして、薫ったら、フロントあたりであたしたちの夜明かしをずっと見守ってくれていたのかしら。
あたしが傷ついて、いつ飛び出してくるかもしれないと考えて。
「ごめんね、ジル。心配させて」
と一応ジルをねぎらったものの、あたしはちんぷんかんぷん。
薫はともかく、どうして、みんながここにいるのよ!?
それを訊ねると、ジルがあたしを起こしてくれながら答えた。
「和矢から要請があったのです。何か起こるかもしれないから、みんなでバックアップしようと。それで私たちもパリから急遽来日しました。ちょうど私の変装をルパートに見破られてしまったあとでしたので」
和矢が!?
「大丈夫か?」
優しい声がかかった方を見て、あたしはびっくり。
「無茶はお前たちの専売特許だものなぁ。たぶん、一生このままだよな?」
そういったのは、電話で会話したきりの和矢だったの!
彼はシャルルに向けて手を差し出した。
シャルルはその手を素直にとって、「ありがとう」といい、マットから降りた。
「あんまり無茶しないようにするよ」
「無理無理。我慢すんなって。無茶も楽しめばいいじゃん。アドベンチャーゲームを人生でやってると思えばいいさ。マリナと一緒なら、すげー楽しい人生になるぜ?」
シャルルは和矢をじっと見て、それから訊ねた。
「いいのか?」
和矢はうなずいた。
「お前らの人生を見守ることが、俺の使命だもん」
笑い合う和矢とシャルルを見ていて、あたしは胸が熱くなった。
「楽しそうだな、結構」
冷たい声があたりに響いて、振り返ると、ホテルの裏口からルパート大佐が部下を引き連れてやってくるところだった。部下の一人が薫を後ろ手に拘束している。薫は屈辱そうに顔を歪めていた。
「当主候補者シャルル、身代わりを立ててまで日本に来た今回の件についてだが」
場に緊張が立ち込めた。
ジルがルパートの前に立ちふさがり「待ってください」といった。カークはそんなジルを優しく制した。首を横にふって、場を見守ろうという意思を伝えている。
「不問に処す」
へっ!?
どうして?
不審に思ったのはあたしだけではなかったようで、シャルルは厳しい眼差しでルパートを睨みながら、訊ねた。
「どういうつもりだ?」
すると、ルパートは答えた。
「君の花嫁を探すために、私は条件を設定した。まずは家柄。第二に容姿。第三に社交性。第四に健康だ。この中から、アルディの未来にふさわしい花嫁を検索した結果、見つけた花嫁は、池田マリナだ」
あ、あたし!?
「ちょっと、待ってよ、どうしてあたしよ!? あたしは日本の三流まんが家で、見た目はこの通りちんちくりんよ?」
「そうだ、なぜ?」とシャルル。
むっ。
自分でちんちくりんというのはかまわないけれど、人に言われるのはムカつくのよ、アホシャルル。
「まず家柄だが、私の調査によると、池田家は天皇家を血筋とする由緒正しい家柄だ。現在の当主はただのサラリーマンらしいが。また、千人を越す友人がいるという調査結果もある。これだけの社交性があれば、アルディ夫人として問題ない。最後に健康だが、生まれてから一度も健康診断で異常がなかったという報告を得ている。ならば、立派な後継者をもうけてくれるだろうと判断した」
美女丸があたしの腕をつっついてきた。
「おい、お前んちって天皇家の関係だったのか?」
知らないわよ、そんなもん。
うちは由緒正しいサラリーマンよ、捏造じゃないの!?
「ちょっと待てよ」と薫。「容姿についてはどうなるんだ?」
そうだそうだ、とみんながうなずく。
ルパートは眉ひとつ動かさずにいった。
「悪くない」
あたしは感動した。
ルパート大佐、あんたって本当はすごく正直でいい人だったのね!
とたん、弾けるように薫が笑い出した。カークもジルも、美女丸も、なんと和矢まで笑い出したのよ!
あんたたちね、あたしをなんだと思ってるの!?
腹を抱えて笑い転げる連中をよそに、ルパートがシャルルに向き直る。
「君はこの花嫁とアルディのために後継者作りに励めるか?」
シャルルはニヤッと笑って、拳を握りしめた。
「励む。俺は立派な種馬になるぜ!」
あたしは思わずシャルルの頭をゲンコツでゴイン!
ばかやろう。
そんなプロポーズがあるか!
女心を勉強して出直してこい!
あたしは憤怒の勢いで、ひとりで駅に向かった。
「まって、マリナ」
と、シャツの前身頃をかき合わせながら追いかけてくるシャルル。子作りがんばれよー、可愛い子を期待してるぜーと囃し立てるみんなの声が響いて、増え始めた出勤客があたしたちをジロジロ見て恥ずかしいったら、もう!
でもね、しあわせ♡
追いついたシャルルの手を、あたしは自分から握りしめた。
見上げれば、輝くような笑顔がそこにはあった。
「ねえ、これから札幌の街をデートしない?」
「いいね、君と歩くのは大好きだ」
「あたしも! 二人でずっといたいね」
時計台、開拓の村、テレビ塔、羊ヶ丘、札幌ラーメンにジンギスカンに海鮮丼にスープカレーに三平汁に石狩鍋にちゃんちゃん焼きにニシン漬け、最後はジャンプ台から街を見下ろして、夜はすすきのでラストナイトフィーバー!
あたしがそういうと、シャルルは、朝日に輝く白金の髪をさらりとたらしてあたしの顔をのぞきこんだ。
「ならホテルをとらなくちゃね。今夜も東京へ帰れない」
つまり、すすきののあとは、あのたくましい胸板に包まれて……子作り!?
「意外と天国は近いな」
青灰色の瞳をキラッと光らせながらつぶやくシャルルに、あたしはドッキン。
わーん、やっぱり二人はこわい!
誰かお願い、付き添ってください!
おわり
▶テーマソングの発表はあとがきにて☆