今年のシャルルBD創作は、気ままに軽い物語をやります。
CPはシャルマリ。登場予定キャラ:シャルル、マリナ、美馬、花純、薫、和矢、美女丸。
2次創作にご理解のある方のみ、この先お進みください。苦情等はお受けできません。
10
あまりのシャルルの驚き方に、再会したらまずは一発、あの天使のようなほおが腫れ上がるぐらい殴ってやると決めていたその決意はあっけなく崩れた。
サングラスを片手に足を高く組んでみる。シャルルの目が彷徨いながらマリナの足を追跡する。そのことにマリナはしびれるような快感を覚えた。かつて一度も向けられたことのないまなざし。女を見る目。シャルルは確かにマリナに女を感じている。
「うふ」
肩を揺らしながら、マリナは再び大きく足を組み直す。シャルルの目がまたそれを追う……。
「久しぶりね、会いたかったわ」
まるでシャルルなど大して待っていなかったとでも言いたげな態度をとっていることにマリナ自身が一番驚いていた。美馬にさせられた大人びた装いのせいだ。派手な化粧、衣装。外見は時に別人格を作るのか。
とはいいつつ――
三年前と変わらず壮絶な美を保つシャルルを前に、マリナは鼓動を抑えきれなかった。咽頭に溜まった唾を飲みしだく。
「それほどに驚いた?」
マリナの声が高く弾んだ。器用に結い上げた後頭部に手をやった。つられるように笑みがこぼれる。
「これね、美馬さんの仕業よ。コンタクトレンズと鬘、キラキラしたサロンでお化粧までしてもらっちゃったの。馬子にも衣装ってこのことね。あたしもびっくりしたもの。でもあんたならすぐに見抜くかと思っていたけれど」
言いながらマリナは鬘をとった。癖のある彼女の髪が溢れでる。鬘で押さえつけられていたせいで、変な癖がさらについていた。
「騙す形になってすまない。だが、君とマリナちゃんの安全を考えた」
美馬のゆったりとした穏やかな声に、場は一瞬和やかになったかのように思われた。しかし、シャルルは首を横に振った。
「安全だと?」
シャルルはかすれた声で呻き、上目遣いに美馬をねめつけた。青に限りなく近い灰色の瞳が凄みをおびて光り、ゾッとした。
シャルルは怒ってる? どうして?
桜川望ちゃんだなんて騙したから? 美馬さんの婚約者だと名乗ったから? 嫉妬? ――それなら理解できるとマリナは思った。シャルルは嫉妬深い男だ。かつてアルディ分家の事件に関わった時、負傷したカークの膝枕をしただけで『貴様、マリナの膝からどけ!』と叫んだことがあった。冷ややかだが乱暴ではないシャルルの口からそんな言葉がでたことに、当時マリナはかなり驚いたものだ。心の狭いやつ、と思った。
マリナに対する恋情を連綿と綴った手紙を読んで、あれはカークに嫉妬していたのだとわかった。マリナとカークは恋人ではない。シャルルの愛情、そして嫉妬の深さに、マリナは恐れおののき、できれば彼が自分への恋を自然経由的に忘れ去ってくれることを願ったのである。
「君と連絡が取れない理由をマリナちゃんと協議した。マリナちゃんはかつて君が巻き込まれたアルディ家の内紛を教えてくれた。今回もそういったことが起こっている可能性はゼロじゃない――オレたちがそう考えたのも理解してくれるだろう?」
だが美馬の説明をもってしてもシャルルは表情をゆるめなかった。テーブル越しに美馬をねめつけたまま微動だにしない。
じっとりとした押し殺した静寂。張り詰めた空気……。
美馬は困り果て、精悍な顎を撫でながらどうしたものかと苦慮しているらしかった。
「あのねっ、シャルル」
おずおずと仲裁に入ったマリナに、シャルルは厳しい視線を返した。
「美馬さんはシャルルのことを心配してくれたの。前みたいにミシェルに捕まったりしたらって。あたしがのこのこ訪ねて行って、人質になったら大変だからって、ねっ、美馬さん。そうよね?」
「ああ、そうだね」
美馬は優しく微笑み、それから言った。
「あまり適切な手段でなかったことは認める。どうかそこは許してほしい。しかし、シャルル」
「なんだ」
シャルルは訊いた。
「マリナちゃんがどれだけ心配していたと思う?」
「み、美馬さん!」
マリナは美馬を制した。だが彼は続けた。
「居留守を使うにはそれなりの事情があるとは思うし、オレにその事情を話す必要はないよ。でも、彼女にはちゃんと説明してあげてほしい。マリナちゃんは三年間もずっとシャルルのことを待っていたんだから。とても一途にね」
「み、美馬さん!」
マリナは再び美馬を制した。
しかし美馬は関せずすらすらと言った。
「彼女は一発、いや二発だって張り倒したいそうだ。オレは、シャルルはマリナちゃんの罰を甘んじて受けるべきだと思う。そして二人でよく話し合って、三年間の空白を埋めたらいい」
シャルルは押し黙ったまま答えない。美馬は苦笑しながら、マリナの肩に手を乗せた。
「マリナちゃん、今度こそシャルルをしっかりとつかんで離しちゃだめだぜ。じゃあ、オレはここで失礼するよ」
そう言い置いて立ち上がった美馬に、マリナは驚いて、ソファに手をついて体を浮かせた。
「まって美馬さん! 漫画の件が! あと、写真もっ!」
立ち上がったマリナを、美馬は手で制した。
「漫画の件は前にも言った通り、彼女がオッケーしない限りオレにはどうしようもないんだ。だから諦めよう。写真は……そうだな。カメラを貸してくれれば、自分で撮って編集部に送っておくよ。エッフェル塔、凱旋門、ルーブルを背景に撮影すればいいんだよね?」
「美馬さんが自分で自分を撮るの?」
「一人で記念撮影をしている寂しい男って見られるけどね」
マリナは首を振ると、傍に置いていたポーチを弄り、件の“写ルンです”を取り出した。このポーチは美馬が用意したもので、彼女が日本から持ってきたポシェットは服と一緒にホテルに預けてある。
「そんなこと……美馬さんみたいに素敵な人を、誰もそんな目でみないわ」
遠慮がちに“写ルンです”を美馬に渡す。
「ありがとう。じゃあ、本当に幸せに。今度、ゆっくりと話そう」
美馬は“写ルンです”をジャケットの内ポケットにしまい、右手の人差し指と中指をチョキの形にして、眉の上でポンと弾かせてウインクをした。そして扉に向かう。すらりとした背中に洗練された立ち居振る舞い、すべてが完璧だった――。
「待て、美馬」
シャルルの声が飛んだ。
「帰るなら、マリナも連れて行け。連れてきたのは君だろう」
マリナは驚かずにいられなかった。今シャルルはなんといったの? 彼を見ると、シャルルは足の間に両手を重ねて、うつむいていた。長く垂らした白金髪が顔の半分を隠し、表情が見えなかった。なんとか彼の顔をちゃんと見ようとしたが、どうしてもよく見えなかった。
美馬がすかさず戻ってきてシャルルの横に立った。不審な目を彼に向ける。
「何を言っているんだ、シャルル、君は。マリナちゃんになんということを」
シャルルは顔を上げず、微動だにしないで答える。
「マリナを連れて行けと、そう言ったんだ。オレたちは恋人でもなんでもない。マリナを置いていかれては迷惑だ」
美馬は顔をしかめ、手を口に当てて首を振る。
「だって、マリナちゃんはシャルルを待っているって言っていた。三年の間、ただ君が戻ってきてくれることだけを待ち望んでいたと、そうじゃないのか――」
言いながらマリナを振り返る。
「違うの? マリナちゃん」
マリナはなんとか動揺しないようにしようと頑張っていたが、その努力もむなしく、恐ろしく動揺していた、しきっていた。
連れて帰れ? 確かにそういった? 置いていかれては困るですって? なんなのそれ?
悪心がこみ上げ、動悸が早まり、顔が火照った。腕で鳩尾を抑えながら懸命に考える。なぜ、帰れと言われなければならないのだろう。シャルルは何を考えているのだろう。そして三十秒ほどで答えを見つけた。見つけてみるととても簡単な謎解きだった。
「わかったわ、シャルル。やっぱりアルディ家で何かあるのね、だから、あたしがいたら困るのね。あんたは今誰かに狙われているんでしょう。だからあたしを守ろうとしてそんなことを言うのね。ありがとう。嬉しいわ」
美馬は頷いた。心からホッとしたようであった。
「そうか。いや、それなら理解できる。でもシャルル、やっぱり君は言葉が足りないよ。もうちょっとで誤解してしまうところだった」
「誤解じゃない。連れて帰れといったのは、マリナが不要だからだ」
「え?」
「美馬」シャルルの髪がわずかに揺れた。白金髪に照明が反射した。「君がオレを騙したことは許す。居留守を使ったのは友情に反することだから。だがこれきりにしてくれ」
「もちろんだが……」
美馬の返事を受けて、シャルルは顔をあげてマリナをねめつけた。
シャルルの瞳は氷のようだった。少なくともマリナにはそう感じられた。コートも肌着も着ずに冬の街に飛び出していったように、激しく背筋が震えたのだから。
鳥肌が立った。
「出て行け。二度とその顔を見せるな」
マリナの鼓動が飛び跳ねた。ただ目をパチクリさせて浅い呼吸を繰り返す。ああ、これは本当にシャルルが言っているのだろうか?
シャルルはまたうつむいた。
「…………」
「…………」
マリナと美馬。二人ともタオルを口に押し込まれたように黙った。マリナは喘いだ。胸がひゅうと音がした。耳鳴りがした。鼻水が出た。気の毒な乙女は体が訴えてくるあらゆる不調と戦いながら、目の前の愛しい男が「冗談だよ」と笑ってくれる瞬間を待った。
そうよ、きっと、そう。今日はエイプリルフールじゃないけれど、アルディ家の伝統の騙し日とかあるに違いない。この家は変な家だから、どんなことがあっても驚かないわ。
シャルルが望むなら、見事に騙されてあげる。
しかし、彼女が待ち望んだ瞬間はついに訪れなかった。
願いを込めてマリナがシャルルを見つめながら、「シャルル、あたし――」と話しかけると、シャルルはため息をついた。それは、心から彼女のことを疎んじているとマリナに思われた。
「シャルル、あたし」勇気を出してもう一度話しかける。これには沈黙が返ってきた。
「シャルル、おいっ、なんとか言えよっ!」
美馬が叫ぶように言った。
シャルルはマリナと目を合わせた。引力のある灰色の瞳には憎悪があった。マリナはひるんだ。なぜ自分が彼に憎悪されるのかまったくわからず、あまりの衝撃に涙がこぼれおちた。肌が異常にぞくぞくする。かつてないほどの恐ろしい速さで心臓が跳ねる。
彼の薄い唇がほとんど開かずに言った。
「もう一度言う。殴られたくなければ、今すぐに出て行け」
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