Quantcast
Channel: りんごの木の下で
Viewing all 577 articles
Browse latest View live

「愛と罰」第四回、更新しました。

$
0
0
最近、昔の漫画をブックオフで見つける喜びにはまっています。
昨日の戦利品は以下の通り。

「シティハンター第2巻」
「デザイナー」
「おいしい男の作り方」

一条ゆかり先生、大好きです♡ 
中学生の頃、ひとみ作品と同時に、有閑倶楽部を死ぬほど愛していました。あの6人組にあこがれました。中でも好きだったのは、清四郎。インテリイケメンに私は弱い(笑)
当時のりぼんの男子キャラはほとんど好きです。真壁君、郡司君、春海、久住君・・・。名前挙げるだけで、心が乙女に戻ります。
そして最近になって好きになったのが、シティハンターの冴羽リョウ(←字が出ない、泣)
さりげない優しさとか、男らしさとかが、アラフォーになって身にしみるようになりました(笑)
ちょっとずつ集めるのが、最近の楽しみです♪




「愛と罰」第四回、FC2で更新しました。




こちらは、パスワードをお持ちの方しか、入場できません。
パスワードはこのYahooブログの「ゲストブック」に必ず内緒コメでご請求ください。
(なお、YahooIDをお持ちの方しか、内緒コメはできません)
返信欄で、パスワードをお伝えします。
なお、パスワードご請求の際は以下の要項をご記入くださるようお願いいたします。

1、ハンドルネーム
2、当ブログ創作へのご感想(短くても結構です)

『愛と罰』の注意点です。
「シャルマリはすでに恋人。でもあることをきっかけにマリナはシャルルとの恋を忘れてしまう。
ジャンルはシャルマリ、鑑定医、記憶喪失、浮気、娼婦、お仕事を絡めたラブミステリ。鑑定医版なのでシャルルはかなりドSです。冷酷な彼は苦手という方。マリナ以外の女に触れる彼は嫌!という方。浮気ものには嫌悪感を覚える方。学問的なフィクション満載は許せない方。以上の方はご遠慮ください」
ご確認よろしくお願いします。ではでは。

愛という名の聖戦(56)

$
0
0
《ご注意》第一話の注意事項をご確認の上、ご了承いただける方のみ閲覧下さい。
■7~53話はお気に入り登録限定です。シャルルが病気設定です。閲覧は自己判断でお願いします。
 今後の公開範囲は、内容により適宜判断させていただきます。






愛という名の聖戦(56)




マルグリット総督ノーマン・ランサールの案内で、アルディ家の刑務所とも言うべきその建物に足を踏み入れたあたしはまず驚いた。
だって、どこもかしこもピッカピカ!
壁も床も天井も白い大理石で覆われて、まぶしいぐらい。
玄関を入ってすぐにはなぜか大きなソテツの木が真正面に植わっていて、そこから左右に廊下が枝分かれしてるんだけど、本当に綺麗で、甘く香しい匂いまで漂っているその感じは、問題人物の収容施設というよりは、南国のリゾートホテルといった雰囲気だった。

「現在の収容者は何名ですか?」

歩きながらジルが訊いた。
ランサールは足を止めずに答える。まっすぐに背筋を伸ばした隙のない後ろ姿は、テレビで見かける政治家のSPのようだとあたしは感じた。

「6名です。A級療養者が1名、B級療養者が3名、C級療養者が2名」

6名?
たった6人を見張るためだけに、島一つを使って、こんなご大層な施設を建てて、自動迎撃システムまでつけてるの!?
金持ちっていうのはなんて贅沢に人を呪うんだろうと、あたしは心底その道楽ぶりに呆れてものが言えなかった。

「スタッフは何名いますか?」とジル。

ランサールは前を向いたまま答える。

「私を含めて6名です」

つまり合計12名がこの島で暮らしてるってわけね。
ランサールの導きにしたがってホテルのような豪華な建物の奥に進んで行くジルのあとについて歩きながら、あたしはやっぱりアルディ家って変な家だとしみじみと思っていた。
だって、普通は鉄格子とかにするんじゃない?
これじゃあ幽閉というよりバカンスって言った方がふさわしいわ。
なーんて思っていたら、白い廊下の突き当たりに突然鉄格子があったのよ!
まるで巌窟王の映画に出てくるみたいな、ものすごく堅牢そうな鉄格子で、その奥は四方を真っ白な素材に囲まれた、白い筒みたいな窓のないまっすぐな廊下が延々と続いている。
うう……やっぱりここって刑務所なんだぁ……。

「この先がA級療養者専用の棟になります。本来であれば、A級療養者は一生誰にも会うことができない決まりです。ですが、ご当主様の生命に関わる事態ゆえ、特例として許可しました。あくまで特例ですので、くれぐれも口外なさらぬよう」

ランサールの説明に、あたしはなるほどと思った。
ミシェルに面会を取り付けるために、ジルはシャルルの病気のことをマルグリット側に伝えたんだ。
つまり、シャルルは白血病で、彼の治療のためにはミシェルの協力がどうしても必要だっていうことをよ。
よーし、絶対にミシェルの協力を取り付けてやるわ!
とあたしが胸を熱くして闘魂を燃やしていると、鉄格子の前に立ったランサールは、懐から鍵の束を取り出した。
直径二十センチぐらいの丸い輪に、たくさんの鍵がついているものよ。
彼は迷う様子もみせず、その鍵の中から一本を選び出し、鉄格子を閉ざしている南京錠に差し込んで、ぐっと押し込み、右にひねった。

「現在収監されているA級療養者はミシェル・ドゥ・アルディのみです」

ランサールの手の動きに合わせて、カチャンと鍵の回る音があたしにも聞こえてきた。
ランサールは南京錠を外し、鉄格子を開けて、ジルとあたしを中に導いた。
そのあとはどうするんだろうと思っていたら、なんとランサールは自分だけすばやく外に出て、あたしとジルを閉じ込める形で鉄格子を閉めて、南京錠をかけてしまったのよ!
ちょっと、何をするのよ!
あたしは鉄格子にしがみついて抗議したんだけど、ランサールは平静な顔で答えた。

「ミシェル・ドゥ・アルディは2号室です。自由に面会をどうぞ。終了したら、そのベルを鳴らして知らせて下さい」

彼が指差した方向を見ると、鉄格子のすぐ内側、つまりあたしの足元あたりには小さな台が置いてあって、その上には真鍮製のベルが一個、ちょこんと載ってあった。

「では失礼いたします」

そう言って、ランサールは元来た道を戻っていなくなってしまった。
あたしはジルを振り返って言った。

「ねぇジル。閉じ込められちゃったけど、いいのかしら? あたしたち、無事に出られるの?」

ジルは、何を今更、といいたげな顔で歩き出した。

「わかりません」

へ? わからない?
足早に歩く彼女にあたしは懸命についていった。

「A級療養者はマルグリットから生きて出られないというのが、アルディ家の掟です。B級、C級だと期間限定の収監ですが、A級は終生この島に幽閉されるのです。そのA級療養者であるミシェルに面会に来た私たちが無事ここから出られる保証は、はっきり言ってまったくありません」
「え」

ジルの言葉にあたしは思いっきりうろたえた。

「でも、さっきランサールは当主のために面会を許可したって言ってたじゃない?」
「そうですが」
「だったら問題ないんじゃない? シャルルのためにってわかってくれるわよ!」
「そううまくいきますかどうか」

ジルは足を止め、あたしを振り返って答えた。悲しげな顔。蛍光灯の光に金髪が反射して七色のプリズムを作っている。

「今回の面会の最重要ミッションは、ミシェルを説得して、骨髄移植のために彼をパリに連れ帰ることです。マルグリット側としては、私たちがシャルルのためにミシェルに面会をするのまでは許可した。が、A級療養者であるミシェルを島から連れ出るとなったら、果たして素直にいいというか……」

語尾を濁したジルの言い方が、あたしの不安を煽る。

「まさか、ダメっていうの?」

ジルは短く答えた。

「おそらくは」

ほおに手をあてて、悩ましげに浅いため息をはくジルを見ながら、あたしは焦った。

「ミシェルを連れて帰れないんじゃ意味ないわ。どうにか連れ出せない?」
「と申しましても……無理矢理ヘリで脱出したら迎撃システムの餌食になるだけですし、かと言って海に飛び込んでも、この落差では間違いなく即死です」

うわーんっ!
どっちに転んでも死んじゃう!
シャルルのためには生きてるミシェルを連れて帰らないといけないのよ、それなのにこんなところで、ミシェルと心中なんてしてる場合じゃないやい!!
あたしは真っ青を通り越して真っ白になってしまったんだけど、ジルはあたしの肩に手を置いて、優しく、でも意志をこめた強い口調で言った。

「マリナさん。ここまで来た以上、やるしかありません。日本のことわざに『虎穴に入らずんば虎子を得ず』とあるではないですか。まさに私たちは今虎の穴に入ったのです。覚悟を決めましょう。さあ行きましょう。ミシェルのところに」

そう言って、さっさと歩き出す彼女の青いツナギの後ろ姿を、あたしは慌てて追いかけた。
今回のジルはすごい。希望に満ち溢れていて、まったくくじけるということを知らないみたいなんだもの。
あたしも負けていられないなと思った。
えーい、脱出については後で悩もう!
今はやるっきゃないのよ、とにかく目の前のことを精一杯やろう!!

白い廊下は30メートルほど続いていて、やがてそれは突き当たりになり、またもや廊下は左右に枝分かれしていた。
でも、さっきと違うのは、その廊下には、進行方向側に扉が付いていたこと。
あたしたちが歩いていた来た長い廊下の突き当たりが「3」の番号の扉。
ということは、その左隣が「2」よね。
あたしとジルは突き当たりの廊下を左に曲がって、十数歩ほど歩いて、「2」の扉の前に立った。
扉は真っ白な木製の飾り扉で、回転式の真鍮製の取っ手がついている。

「私がノックしましょうか?」

ジルが訊いた。あたしは首を横に振った。

「ううん。あたしがする」
「ですが……」

心配そうな彼女に、あたしはにこっと笑ってみせた。

「大丈夫! あたしはシャルルのためにがんばるって決めたの。絶対にシャルルを救ってみせる。そのために、ミシェルを必ず説得してみせるわ」
「マリナさん」
「だからジルは見てて? あたしがちゃんとやれるかどうかを」

ジルはあたしをじっと見て、そして深く、とても深くうなずいた。
あたしはノックをすべく右手を握りしめてドアの前にかざして、一度その手をとめて、大きく深呼吸をした。
それから強くノックをした。指の第二関節のところで、はっきりとした音が出るように、三度。
一瞬の間を置いて、中から返事があった。
「ウイ」という気だるげな声に、あたしはどきっとした。
その声はシャルルととてもよく似ていた。でもシャルルよりも少しだけ低くて――あたしの記憶にあるミシェルの声そのものだったのよ。
ああ、この扉の向こうにミシェルがいるんだわ。
あたしは自分の中の勇気と力を総動員して言った。

「あたし、日本の池田マリナ。入るわよ」

声をかけながら、ドアノブを回して扉を引いた。







next

聖戦、再開!

$
0
0
こんばんは、えりさべつです。
毎日寒いですね。北国にお住いの方、雪は大丈夫でしょうか?
私も数年前まで雪国に住んでましたので、ニュースなどで豪雪の報を見ますと、他人事とは思えません。どうかくれぐれもお気をつけてお過ごしください。

先日は、別館の方にたくさんの方にご来館いただき、ありがとうございます。
その際、ブログへの感想をお願いしたところ、
「愛という名の聖戦」の続きを読みたい、というご意見を割といただきました。
あんな数年にもわたって放り出しているものを、覚えてくださっている方がいる。。
感動(泣ーーっ!)
そこで、自分でも読み返してみたりしました。
ちょうどシャルルのBDに、このお話のエピが浮かんだこともあり、
ちょっと再開したくなりました。

ラストまで突っ走れるかはわかりません(苦笑)
ですが、キリのいいところまではいきたいな♪

「首を長くして(気を長くして)続きを待ってます」とおっしゃってくださった方。
よかったら、お楽しみくださいませ♡


別館の方の「愛と罰」も、もちろん継続します。
(亀の歩みになるかもしれませんが、笑)
こちらも引き続きどうぞよろしくお願いします。

それでは春までもう少し。
風邪などひかないようにお互いにがんばりましょう!

シャルマリの流儀 最終回 について

$
0
0
タイトル「シャルマリの流儀」


プロローグ
1、小菅拘置所の別れーー「もう離さない、俺のものだ」の真意
2、恋人試用期間?ーー飯田橋と横浜はわりと近い
3、マリナの処女性議論ーーオレ、もらっちゃダメでしょ?
4、期待される別れ方ーーパリ行きの航空券は用意しましょう
5、友情継続問題ーー唯一の親友という十字架
6、将来の希望は?ーー友としてシャルマリを支えます!(模範的回答)
エピローグ
最後の対決


◇◇◇


最終回「最後の対決」はお気に入り登録者様限定にさせていただきます。

お手数ですが、新規登録の際は(登録後でも結構ですので)
ゲストブックか、こちらのコメント欄に登録完了のお申し出をお願いいたします。

Rとかじゃ、全然ないですっ(笑)
地名とか固有名詞とか出てますし、個人的な価値観とかがバンバン書いているので、検索よけです。
珈琲でも飲みながら、ぬるーく読んでください♪

ではよろしくお願いいたします。

「愛と罰」第三回、更新しました。

$
0
0
「愛と罰」第三回、FC2で更新しました。


今回からガラッと物語が変わります。
いよいよ主人公の登場!
娼婦殺しは、新たなるステージへ……。

ちなみに私のお気に入りキャラは、エルラー教授です。
ショコラが好きな気のいいおじさん先生。
学校では厳しい教授だと思いますが、家では一人娘にあま~いパパなんでしょうね(笑)。
休日には娘のために料理をしたりする。ずっと娘と二人暮らしだったから家事は完璧。洗濯、掃除はもちろん、キルティングなんかもさくさくこなしちゃう。
エルラー教授の一番の楽しみは、週末の朝。娘と二人で喫茶店に行って、コーヒーを飲みながらたわいないおしゃべりをすることが何よりのリフレッシュタイム。
そんなどこにでもいそうな、愛娘家の、普通のおじさんなのです。


そう、こないだのシャルルの誕生日に、途中で放り投げてあった「愛という名の聖戦」のエピソードが急に降って湧いてきました。シャルルからの逆誕プレ!?と嬉しくなったわたし。
あまりこの感覚が色褪せないうちに形にしたいなぁ…と思いますが、そんなに器用ではないので、二作同時は無理です(>_<) 心の本棚にとりあえずしまっとこ。。


「愛と罰」はこちらです



こちらは、パスワードをお持ちの方しか、入場できません。
パスワードはこのYahooブログの「ゲストブック」に必ず内緒コメでご請求ください。
(なお、YahooIDをお持ちの方しか、内緒コメはできません)
返信欄で、パスワードをお伝えします。
なお、パスワードご請求の際は以下の要項をご記入くださるようお願いいたします。

1、ハンドルネーム
2、当ブログ創作へのご感想(短くても結構です)

『愛と罰』の注意点です。
「シャルマリはすでに恋人。でもあることをきっかけにマリナはシャルルとの恋を忘れてしまう。
ジャンルはシャルマリ、鑑定医、記憶喪失、浮気、娼婦、お仕事を絡めたラブミステリ。鑑定医版なのでシャルルはかなりドSです。冷酷な彼は苦手という方。マリナ以外の女に触れる彼は嫌!という方。浮気ものには嫌悪感を覚える方。学問的なフィクション満載は許せない方。以上の方はご遠慮ください」
ご確認よろしくお願いします。ではでは。

美男と珍獣

$
0
0
「ああ、彼氏ほしいなぁ……」

あたしがぼそっとつぶやくと、

「あんた、彼氏募集中なの?」

と松井さんのするどいツッコミが入った。
うっ、相変わらず地獄耳ね。
これは独り言よ。
恋愛漫画を描いていたら、恋したくなっちゃったの!
あたしは今漫画の持ち込みに編集部に来ている。
松井さんはタバコをくわえてあたしのプロットを眺めながら、ニヤニヤしてあたしを見上げた。

「あんたさ、あのハーフに振られたの? いつぞや拘置所に一緒に行った、あのくせ毛のノッポの色男」

ぎくっ!
どーしてそんなにするどいのよ。
あたしは和矢に振られたなんて、ただの一言も言ってないわよ。
嫌だわ、ハイエナみたい。

「別に。大人として平和的に別れただけです」

和矢とは二年ほど付き合って、ついこの間お別れした。理由は特にない。
もちろんどちらかが浮気したじゃない。強いて言えば「性格の違い」かしら。
あたしは晴れた日でも家の中にいたい方なんだけど、和矢は、雨の日でも外に行きたがるの。
あたしはどちらかというとお日様の出ている時間帯は寝てて、夜に活動するタイプだけど、和矢は早寝早起き。
あたしは読書(まんが中心)だけど、和矢は体を動かすことが大好き。
総じて、あたしはインドアで、和矢はアウトドア。
付き合う前は気がつかなかったんだけど、あたしたちは以外と水と油だったのよ、これが。
もちろんそれですぐに「別れよう」なんてならなかったわよ。
お互いの好みに理解を示し合うように努力したと思うわ。
二年と少し。とてもいい時間を過ごせたし、楽しかった。
和矢と付き合ったことを後悔したりしない。
だから、あたしは、彼と別れたあとも、男性不信に陥ったりせずに、新しい恋に進もうって思えるのよ。
これは、和矢があたしを大切にあつかってくれたからだと思う。
ありがとう、和矢。

「へえ、あんたが大人ねぇ……」

松井さんが、鼻で笑った。
むっ、とってもバカにされた感じ。

「そうです。文句ありますか?」

あたしがツンとそっぽを向くと、松井さんのひっひと悪魔のような笑い声が耳に飛び込んできた。

「大人の割にはチビだと思ってさ。まるで小学生みたいだね」

わーん、うるさい。
どうせあたしはチビよ。まだ身長が150ないわよ。
人の気にしていることを言っちゃいけないって、お母さんに教わらなかったの?!
その口、針で縫っちゃうんだからねっ。

「ところでさ、男、紹介してやろうか?」

え、本当?

怒りも吹っ飛ぶ思いで、俄然、興味を惹かれたあたしは、一途に松井さんを見つめると、彼は原稿をテーブルにばさっと放り投げて、ソファに背中を凭れさせて、豊かなお腹をさすった。

「条件はいいよ。身長は182。顔は震えがくるほど美形で金持ち。しかも優秀。プラス、浮気の心配がまったくない」

きゃあ、すごいわ、すばらしいわっ!
どこからどう見ても欠点がない!

「だれ、その人?」

すると、松井さんはきっぱりと言った。

「シャルルドゥアルディ」

へ?

「だーかーら! フランス貴族の御曹司だよ。あいつとお見合いしてみるっていうのは、どう?」

あたしはびっくり仰天!
思わずソファから飛び上がって、ジャンプまでしてしまったくらい。
なんであたしとシャルルがお見合いなのよ。
あのね、あたしたちはパラドックスのラストで、実に気高く見事なお別れをしたのよ。
読者だって涙を飲んだあのラストシーンを、お見合いだなんて、俗世間的な再会の仕方で汚しちゃあダメだとおもうのよ、絶対に!!
あたしがそう主張すると、松井さんは「知らないよそんなこと」とあっさりあたしの主張を棄却。

「俺は社長に頼まれただけだもん。池田マリナに見合いの了解を取り付けろって」

なに、社長!?
一体なんのことかちんぷんかんなあたしの前で、松井さんは何やら非常に上機嫌に話を続ける。

「俺さぁ、どうやってあんたに見合いの話を持ち出そうかと頭ひねってたんだよねぇ。一回分の原稿を餌にするしかないかな、とか悲壮な決意まで固めてたんだけど、そしたらさ、あんたの方から『彼氏が欲しい』って言い出すじゃない? これはもう、神様のおぼしめしだよね。やっぱり日頃から行いのいい人間はちゃんとむくわれるんだよね~」

胸の前で両手を組んで、天を見上げながら、ひとり感慨に浸る松井さんを眺めつつ、あたしはぽっかーん。
どうやらこれは本気らしい。
あたしとシャルルがお見合い。
なっ、なんでそーなるのっ!?

「冗談じゃないわ。あたしは絶対に」

シャルルとは会わないと言おうとしたんだけど、それよりも先に、松井さんが、

「じゃ、今夜七時、帝国ホテルのフレンチレストランの個室を予約してるからね。遅れないでね。見合いだから、ちゃんとした格好してきてね。社長もくるからね。じゃあ、バイバイ」

とだけ言い捨てて、さっさと彼は編集部に戻ってしまった。
あたしの原稿をテーブルに残して。

「待てーーーーっ、って、今日の七時? って、もう四時半じゃない。あと二時間半後にシャルルとお見合いだってーの!? うっぎゃーっ、どーしよう?!」

白のトックリニットに、くたびれたオーバーオール姿という、着の身着のままで飯田橋のぼろアパートから出てきていたあたしは、呆然と口に手を突っ込んで、あたりを見回した。
誰か、助けてっ!!



◇◇◇



午後七時、帝国ホテル。
フレンチレストラン、特別個室にて。
テーブルには二人の男がついていた。一人は某出版社社長。四十代だろうか。ぴっちりと撫でつけられた髪からは、シトラス系の整髪料の香りが強く漂っている。上等なスーツはグレーの三つボタンで、タイはドットの細かな水玉だ。ポケットチーフはタイと同じ柄である。
その横に座っているのは本日の見合いの当事者である、シャルルドゥアルディだ。こちらは白のシャツにブラックのスーツを合わせている。タイもチーフもなし。シンプルな装いが、肩を覆うほど長いつややかな白金髪を一層引き立てている。
松井久治はテーブルの前に立ち、二人に向かってペコペコと頭を下げていた。

「申し訳ございません、池田マリナは少々遅れているようです」

腰を軽く浮かせるようにして、社長も頭をさげた。

「アルディ様、私からもおわびします。まったく池田君はどうしているのか」

大丈夫ですよ、と彼の謝罪を制する声がする。透き通るようなハリのいいテノールだった。
相変わらず気取った男だ、と松井は思った。この男と会うのは、地元の白妙姫の取材をした時以来だった。あの時も綺麗な男だと思ったが、今回はさらにその思いを強くした。目頭の恐ろしいほどの彫り込みの深さ。ビー玉のような青灰色の瞳。容貌のすべてが空々しいぐらいに整っていて、まるで美術館の石膏像が勝手に抜け出して、目の前で動いているみたいだ。

「おそらく心の準備をしているのでしょう」
「そうですか?」
「ええ。私は彼女の性格を熟知しておりますので」

微笑んで、グラスに手をのばす。ミネラルウォーターを上品な仕草で口につっと含むと、グラスの縁を唇から離して、また笑った。透明な液体に濡らされた唇に、妙になまめかしい。

「これまで待ったんです。あと少しぐらい待っても、どうということはありません」

アルディ氏はグラスをテーブルに置いた。
はあ、と社長が言った。
松井は身をすくめるようにして立ったまま、そんな二人をじっと眺めた。
一編集者にすぎない松井は、社長とこれだけ近距離で交わることすら初めてであり、彼の人となりなど全く知らなかったが、それでも彼が今何を思っているかは手にとるようにわかった。
社長はあきからに「物好きな」と思っている様子だった。だが、その思いを決して出さないように営業用スマイルを浮かべている。
ふと、アルディ氏が言った。

「物好きだと思っておられるようですね」

社長の愛想笑が一瞬、固まった。

「いえいえ、池田さんはとても端麗なお嬢さんで、我が社の漫画界を背負っていく人材ですから。アルディ氏はお目が高い」

社長の慌てた言葉に、松井はあちゃーと思った。
社長は池田マリナに会ったことはない。
池田マリナという漫画家が存在していることすら、今回の話が起こるまで知らなかったはずなのだ。
もうそれ以上の賛辞はおやめになった方が――
と止めたかったが、社長はどんどんと池田マリナを褒める。聞いていて恥ずかしくなるほどの賛美の羅列に、松井の方がいたたまれなくなった。仕事でなければさっさとこの場からトンズラしたい。

「いいんですよ」

とアルディ氏が顔の前に手をかざした。その顔には苦笑が浮かんでいる。

「は?」

言葉を遮られた社長は、目を開いてアルディ氏を見る。

「池田マリナはおほめいただけるような見るべき風貌は何もありません。漫画の方も、おそらく才能はないでしょう。それは御社の松井編集者がよくご存知です。――そうですね、他者と比べて抜きん出ているのは、物欲と食欲。あと生命力。それぐらいです」

社長は銅像のように沈黙した。

「私もたまに思うんですよ。どうしてあんな女に惹かれるんだろうと。――けれど、わからない。心と体を空っぽにして考えても、答えは出ない。目を閉じて暗闇の中で考えるんです。何時間も何日も。すると、私の頭の中に浮かんでくるのは、彼女の顔だけなのです。彼女が恋しくて恋しくてたまらくて、夜が眠れなくて――

こいつ、確か天才じゃなかったっけ?
らしくなく、言葉を選ぶようにして、訥々と話すアルディ氏を眺めていた松井は、ぽつりと言った。

「恋、ですね。それは」

アルディ氏は、松井をちらっと意味深長な目つきで見た。そして満足そうに頷いた。

「ええ、恋です。だから、もう抗うのはやめることにしました」

それから彼はテーブルに両肘をついて、俯き加減で、グラスを手にとった。くるくるとグラスを弄ぶ。天井のダウンライトで、水がきらきらと反射を生じ、白い顔が照らされる。青い瞳が思いつめたように光った。

「早く会いたい。そして彼女に伝えたい。愛してると」

激情をこらえるように目をほそめるアルディ氏を見ながら、松井は、へえ、と思った。振り返れば、白妙姫の取材の頃から、アルディ氏は池田マリナに夢中だった。
あれから数年――
池田マリナがあのハーフと付き合っている間もずっと彼女をひたむきに思っていたのか。案外可愛い男じゃないかと、松井は内心ほくそ笑む。

「それにしても遅いですね」

場を取り繕うように社長が言った。その時だった。
コンコンとノックの音が響き、ドアが開いた。レストランのボーイだった。アルディ氏はグラスをテーブルに置き、立ちあがった。ほどんど反射とも言える素早い動きだった。

「お客様がお着きになりました」

ボーイは体を引き、右手を差し伸べて、後ろに立った客を部屋に案内する。
入ってきたのは、皆が待ちかねた池田マリナだった。社長も、椅子から腰を浮かせて立ち上がり、ドアの方を向いた。
ああ、やっときた。

――のだがっ!

松井はぎょっとした。

「ちょっと、あんた!」

思わず、そんな言葉が出た。松井は興奮するとオネエ口調になる。気持ち悪いとわかっているが、止められないのだ。

「なんでそんな格好してんのよっ! 今日はお見合いだっていったでしょう。ここがどこだと思ってんの。天下の帝国ホテルよ、なのに、なんでオーバーオールなのよっ!?」

現れた池田マリナは、夕方に出版社で会った時と同じ格好のままだった。
白いトックリニットに、よれよれのオーバーオール。赤いボンボンでくくった髪までそのままだ。もちろん顔はすっぴん。靴はスニーカー。それもかなりくたびれていて、青い生地の部分はほつれがでている。
よくこれでホテルロビーを通過できたものだ、などと変なことに感心しながら、松井が責めると、池田マリナはあっさりと「別にいいでしょ」と言った。

「だって、これがあたしだもん」

そういうと、彼女は、部屋の中に入ってきて、まず社長を見た。社長はというと、お見合いにあるまじき姿で現れた彼女にボーゼンとしている。さきほど端麗だ、素晴らしい女性だと褒め上げた反動が一気に出たらしい。

「はじめまして。池田マリナです」

ぴょこんとお辞儀をされて、「あ、ああ」と間抜けな返事をする社長。それ以上の言葉が出ないらしい。
それで仁義は通したと判断したのか、池田マリナは次に体の向きを変えた。黙ってじっとしているフランス男の方を見る。

「久しぶり、シャルル」

ああ、とアルディ氏は答えた。明瞭な音声をともなわないかすれた声だった。

「あたし、ここに来るの勇気がいったわ。今更見合いだなんて、恥ずかしいし。パラドックスであんな別れ方したのに、どういう顔して再会すればいいのかとも思ったし。でもね、あたし、考えたらあんたのこと好きだったのよ。アルディ家のために一生懸命がんばるあんたのこと、尊敬してたし、カッコいいと思ってたわ。だから、もし、あんたとやり直せるのなら、嬉しいなーと思った。
ここに来るためにデパートに寄って、服買ったり化粧したりしてこようかと思ったんだけど、やめた。だって、無理しても続かないもん」

池田マリナは小首を傾げてニコッと笑った。

「こんなあたしでもよかったら、付き合ってみる?」

部屋の中に沈黙が漂った。社長も松井もただじっと成り行きを見守っていた。
アルディ氏は炎のようにきらめく瞳で池田マリナを見つめていたかと思うと、テーブルの縁を回って、彼女の正面にやってきた。二人の間の距離が50センチ程度になった。身長差はおそらく30センチほどあるだろう。アルディ氏は首を折るようにして一心に池田マリナを、そして彼女は咽頭元をめいっぱい伸ばして彼を見つめていた。

「そのままの君がいい」

その瞬間――
池田マリナは笑った。松井は驚いた。
その時の彼女の顔は、今まで松井が見たことのないくらい可愛らしい笑顔だったのだ。例えると、花壇に植えられた濃いピンクのチューリップが、一斉に青空に向かってパアッとほころんでいくような。
なによ、あんた、こんな顔もできるんじゃない……っ。
胸の一番奥深いところがキュウンと締め付けられるような甘酸っぱい感覚がよぎった。年甲斐もなく胸が高鳴る。思春期に戻ったかのようだ。松井は「ああ、妻の真琴に会いたいな」と無性に思った。

「それにしても、シャルルさぁ」
「なに?」
「お見合いってなんなの? どうやって出版社の社長に頼み込んだわけ?」
「大したことじゃない。株を少々買い占めただけだ」
「えっ? まさか、出版社の乗っ取り?」

二人の会話を聞いて、松井はびっくり仰天して社長を見た。引きつった笑いを浮かべる社長の顔がすべてを物語っていた。

「やり方が姑息よ、シャルル」
「いいだろ。君が和矢と別れたって情報を得て、黙ってられなくて」
「えっ、あんた、あたしに見張りでもつけてたの?」
「………」
「シンジラレナイ」
「愛って独善的なものさ」
「最っ低――っ!!」

池田マリナはぽかぽかと彼を叩いた。だが、男の方はかえってその攻撃を喜んでいるようだった。
ほとんどじゃれあいのように言い争う二人を見ながら、松井はふうっとため息を吐いた。
「美男と珍獣」というフレーズが頭の中を駆け巡る。
ああ、なんてバカバカしいことに付き合わされたのだろうと思った。





Fin


情実の白夜

$
0
0
おはようございます。
先週以来、別館のパスワードをご請求くださった皆様への感謝創作です。

「情実の白夜」→FC2で限定公開中。


(記事へのPWは、記事のパスワード入力欄のダイアログに質問が出てきます。ひとみっこなら誰でもわかるその答えがPWになってます。ローマ字で入力してください)

内容としては、いつぞやゲスト様とふかーい雑談をしたことが元ネタになってます。
「シャルルの仕事中ラブが見たいっ!」「それもできればラブ度上で」「秘書とかいる前で?」「それはやばすぎ」「じゃあ、夜?」「マリナはネグリジェかな」「シャルルはまだ仕事中でしょ」「じゃあ椅子に座りながらとか」「ながら…なに?笑」「大人だ」「大人だね」
と、アホな妄想で盛り上がったことを書いてみました。ゲスト様、あの節は楽しかったですね~☆
妄想が炸裂しています。朝からすみません。片目つぶってご覧くださいませ(笑)

【薫BD創作】朝焼けを一緒に

$
0
0
カーテンを開けると、ビルの谷間に朝焼けが見えた。夕焼けよりも透明度の高いオレンジ色で、鳥の音がバックサウンドだ。
「きれいだな」
思わずひとりごちる。
窓を開けて、ベランダに出た。日本の二月は寒い。暦の上では春だが、一年で最も気温が低下する時期だ。この冷たく張り詰めた空気が、薫は好きだった。身も心も引き締まる気がするのだ。
夜が明けて、朝が来る。
毎日がやってくる。
こんな当たり前のことに感謝できるようになったのは、最近だ。生まれて十八年間、いかに何も考えずに過ごしていたかと思う。心臓病を患っていたせいで、命の危険は何度も感じたが、「今日生きていてよかった」と実感するには、薫はまだ若すぎて、数え上げる幸福の数も足りなかった。
だけど、薫は朝焼けの空を見ながら、今、しみじみと思っていた。
生きていてよかった、と。
そう考えている間にも、朝焼けはどんどん色が薄くなっていく。夜を迎える夕焼けとは違い、朝焼けは希望の始まりに似て、色を失っても、光が消えることはない。
「薫、風邪をひくよ」
背後から声がかかる。優しい声だ。振り向いて、笑って見せた。
「一緒に見ない? 空、きれいだよ」
「空か」
「うん。なんてことない普通の空だけどさ。それがすごく素敵なんだ」
サンダルをつっかける音がして、薫のそばに暖かさがちかづいてきた。二人はベランダの柵にもたれて、同じように空を見た。
「本当だ。とてもきれいだね」
「だろ?」
「ああ。ありがとう。声をかけてくれて」
「いいものは一緒に楽しみたい。これ、あたしのわがまま」
くすと微笑む声。
「そういうわがままは大歓迎だよ」
そのまま二人で明るくなっていく空をじっと見ていた。
特別なこともドラマチックな事件も起こらない普通の朝。ただ肩を並べて見上げる空。
幸福な人生って、こういう「今幸せだな」と思えるささやかな瞬間瞬間を積み上げていくことをいうんだなと、薫は思った。



《Fin》

「愛と罰」第四回、更新しました。

$
0
0
最近、昔の漫画をブックオフで見つける喜びにはまっています。
昨日の戦利品は以下の通り。

「シティハンター第2巻」
「デザイナー」
「おいしい男の作り方」

一条ゆかり先生、大好きです♡ 
中学生の頃、ひとみ作品と同時に、有閑倶楽部を死ぬほど愛していました。あの6人組にあこがれました。中でも好きだったのは、清四郎。インテリイケメンに私は弱い(笑)
当時のりぼんの男子キャラはほとんど好きです。真壁君、郡司君、春海、久住君・・・。名前挙げるだけで、心が乙女に戻ります。
そして最近になって好きになったのが、シティハンターの冴羽リョウ(←字が出ない、泣)
さりげない優しさとか、男らしさとかが、アラフォーになって身にしみるようになりました(笑)
ちょっとずつ集めるのが、最近の楽しみです♪




「愛と罰」第四回、FC2で更新しました。




こちらは、パスワードをお持ちの方しか、入場できません。
パスワードはこのYahooブログの「ゲストブック」に必ず内緒コメでご請求ください。
(なお、YahooIDをお持ちの方しか、内緒コメはできません)
返信欄で、パスワードをお伝えします。
なお、パスワードご請求の際は以下の要項をご記入くださるようお願いいたします。

1、ハンドルネーム
2、当ブログ創作へのご感想(短くても結構です)

『愛と罰』の注意点です。
「シャルマリはすでに恋人。でもあることをきっかけにマリナはシャルルとの恋を忘れてしまう。
ジャンルはシャルマリ、鑑定医、記憶喪失、浮気、娼婦、お仕事を絡めたラブミステリ。鑑定医版なのでシャルルはかなりドSです。冷酷な彼は苦手という方。マリナ以外の女に触れる彼は嫌!という方。浮気ものには嫌悪感を覚える方。学問的なフィクション満載は許せない方。以上の方はご遠慮ください」
ご確認よろしくお願いします。ではでは。

愛という名の聖戦(56)

$
0
0
《ご注意》第一話の注意事項をご確認の上、ご了承いただける方のみ閲覧下さい。
■7~53話はお気に入り登録限定です。シャルルが病気設定です。閲覧は自己判断でお願いします。
 今後の公開範囲は、内容により適宜判断させていただきます。






愛という名の聖戦(56)




マルグリット総督ノーマン・ランサールの案内で、アルディ家の刑務所とも言うべきその建物に足を踏み入れたあたしはまず驚いた。
だって、どこもかしこもピッカピカ!
壁も床も天井も白い大理石で覆われて、まぶしいぐらい。
玄関を入ってすぐにはなぜか大きなソテツの木が真正面に植わっていて、そこから左右に廊下が枝分かれしてるんだけど、本当に綺麗で、甘く香しい匂いまで漂っているその感じは、問題人物の収容施設というよりは、南国のリゾートホテルといった雰囲気だった。

「現在の収容者は何名ですか?」

歩きながらジルが訊いた。
ランサールは足を止めずに答える。まっすぐに背筋を伸ばした隙のない後ろ姿は、テレビで見かける政治家のSPのようだとあたしは感じた。

「6名です。A級療養者が1名、B級療養者が3名、C級療養者が2名」

6名?
たった6人を見張るためだけに、島一つを使って、こんなご大層な施設を建てて、自動迎撃システムまでつけてるの!?
金持ちっていうのはなんて贅沢に人を呪うんだろうと、あたしは心底その道楽ぶりに呆れてものが言えなかった。

「スタッフは何名いますか?」とジル。

ランサールは前を向いたまま答える。

「私を含めて6名です」

つまり合計12名がこの島で暮らしてるってわけね。
ランサールの導きにしたがってホテルのような豪華な建物の奥に進んで行くジルのあとについて歩きながら、あたしはやっぱりアルディ家って変な家だとしみじみと思っていた。
だって、普通は鉄格子とかにするんじゃない?
これじゃあ幽閉というよりバカンスって言った方がふさわしいわ。
なーんて思っていたら、白い廊下の突き当たりに突然鉄格子があったのよ!
まるで巌窟王の映画に出てくるみたいな、ものすごく堅牢そうな鉄格子で、その奥は四方を真っ白な素材に囲まれた、白い筒みたいな窓のないまっすぐな廊下が延々と続いている。
うう……やっぱりここって刑務所なんだぁ……。

「この先がA級療養者専用の棟になります。本来であれば、A級療養者は一生誰にも会うことができない決まりです。ですが、ご当主様の生命に関わる事態ゆえ、特例として許可しました。あくまで特例ですので、くれぐれも口外なさらぬよう」

ランサールの説明に、あたしはなるほどと思った。
ミシェルに面会を取り付けるために、ジルはシャルルの病気のことをマルグリット側に伝えたんだ。
つまり、シャルルは白血病で、彼の治療のためにはミシェルの協力がどうしても必要だっていうことをよ。
よーし、絶対にミシェルの協力を取り付けてやるわ!
とあたしが胸を熱くして闘魂を燃やしていると、鉄格子の前に立ったランサールは、懐から鍵の束を取り出した。
直径二十センチぐらいの丸い輪に、たくさんの鍵がついているものよ。
彼は迷う様子もみせず、その鍵の中から一本を選び出し、鉄格子を閉ざしている南京錠に差し込んで、ぐっと押し込み、右にひねった。

「現在収監されているA級療養者はミシェル・ドゥ・アルディのみです」

ランサールの手の動きに合わせて、カチャンと鍵の回る音があたしにも聞こえてきた。
ランサールは南京錠を外し、鉄格子を開けて、ジルとあたしを中に導いた。
そのあとはどうするんだろうと思っていたら、なんとランサールは自分だけすばやく外に出て、あたしとジルを閉じ込める形で鉄格子を閉めて、南京錠をかけてしまったのよ!
ちょっと、何をするのよ!
あたしは鉄格子にしがみついて抗議したんだけど、ランサールは平静な顔で答えた。

「ミシェル・ドゥ・アルディは2号室です。自由に面会をどうぞ。終了したら、そのベルを鳴らして知らせて下さい」

彼が指差した方向を見ると、鉄格子のすぐ内側、つまりあたしの足元あたりには小さな台が置いてあって、その上には真鍮製のベルが一個、ちょこんと載ってあった。

「では失礼いたします」

そう言って、ランサールは元来た道を戻っていなくなってしまった。
あたしはジルを振り返って言った。

「ねぇジル。閉じ込められちゃったけど、いいのかしら? あたしたち、無事に出られるの?」

ジルは、何を今更、といいたげな顔で歩き出した。

「わかりません」

へ? わからない?
足早に歩く彼女にあたしは懸命についていった。

「A級療養者はマルグリットから生きて出られないというのが、アルディ家の掟です。B級、C級だと期間限定の収監ですが、A級は終生この島に幽閉されるのです。そのA級療養者であるミシェルに面会に来た私たちが無事ここから出られる保証は、はっきり言ってまったくありません」
「え」

ジルの言葉にあたしは思いっきりうろたえた。

「でも、さっきランサールは当主のために面会を許可したって言ってたじゃない?」
「そうですが」
「だったら問題ないんじゃない? シャルルのためにってわかってくれるわよ!」
「そううまくいきますかどうか」

ジルは足を止め、あたしを振り返って答えた。悲しげな顔。蛍光灯の光に金髪が反射して七色のプリズムを作っている。

「今回の面会の最重要ミッションは、ミシェルを説得して、骨髄移植のために彼をパリに連れ帰ることです。マルグリット側としては、私たちがシャルルのためにミシェルに面会をするのまでは許可した。が、A級療養者であるミシェルを島から連れ出るとなったら、果たして素直にいいというか……」

語尾を濁したジルの言い方が、あたしの不安を煽る。

「まさか、ダメっていうの?」

ジルは短く答えた。

「おそらくは」

ほおに手をあてて、悩ましげに浅いため息をはくジルを見ながら、あたしは焦った。

「ミシェルを連れて帰れないんじゃ意味ないわ。どうにか連れ出せない?」
「と申しましても……無理矢理ヘリで脱出したら迎撃システムの餌食になるだけですし、かと言って海に飛び込んでも、この落差では間違いなく即死です」

うわーんっ!
どっちに転んでも死んじゃう!
シャルルのためには生きてるミシェルを連れて帰らないといけないのよ、それなのにこんなところで、ミシェルと心中なんてしてる場合じゃないやい!!
あたしは真っ青を通り越して真っ白になってしまったんだけど、ジルはあたしの肩に手を置いて、優しく、でも意志をこめた強い口調で言った。

「マリナさん。ここまで来た以上、やるしかありません。日本のことわざに『虎穴に入らずんば虎子を得ず』とあるではないですか。まさに私たちは今虎の穴に入ったのです。覚悟を決めましょう。さあ行きましょう。ミシェルのところに」

そう言って、さっさと歩き出す彼女の青いツナギの後ろ姿を、あたしは慌てて追いかけた。
今回のジルはすごい。希望に満ち溢れていて、まったくくじけるということを知らないみたいなんだもの。
あたしも負けていられないなと思った。
えーい、脱出については後で悩もう!
今はやるっきゃないのよ、とにかく目の前のことを精一杯やろう!!

白い廊下は30メートルほど続いていて、やがてそれは突き当たりになり、またもや廊下は左右に枝分かれしていた。
でも、さっきと違うのは、その廊下には、進行方向側に扉が付いていたこと。
あたしたちが歩いていた来た長い廊下の突き当たりが「3」の番号の扉。
ということは、その左隣が「2」よね。
あたしとジルは突き当たりの廊下を左に曲がって、十数歩ほど歩いて、「2」の扉の前に立った。
扉は真っ白な木製の飾り扉で、回転式の真鍮製の取っ手がついている。

「私がノックしましょうか?」

ジルが訊いた。あたしは首を横に振った。

「ううん。あたしがする」
「ですが……」

心配そうな彼女に、あたしはにこっと笑ってみせた。

「大丈夫! あたしはシャルルのためにがんばるって決めたの。絶対にシャルルを救ってみせる。そのために、ミシェルを必ず説得してみせるわ」
「マリナさん」
「だからジルは見てて? あたしがちゃんとやれるかどうかを」

ジルはあたしをじっと見て、そして深く、とても深くうなずいた。
あたしはノックをすべく右手を握りしめてドアの前にかざして、一度その手をとめて、大きく深呼吸をした。
それから強くノックをした。指の第二関節のところで、はっきりとした音が出るように、三度。
一瞬の間を置いて、中から返事があった。
「ウイ」という気だるげな声に、あたしはどきっとした。
その声はシャルルととてもよく似ていた。でもシャルルよりも少しだけ低くて――あたしの記憶にあるミシェルの声そのものだったのよ。
ああ、この扉の向こうにミシェルがいるんだわ。
あたしは自分の中の勇気と力を総動員して言った。

「あたし、日本の池田マリナ。入るわよ」

声をかけながら、ドアノブを回して扉を引いた。







next

聖戦、再開!

$
0
0
こんばんは、えりさべつです。
毎日寒いですね。北国にお住いの方、雪は大丈夫でしょうか?
私も数年前まで雪国に住んでましたので、ニュースなどで豪雪の報を見ますと、他人事とは思えません。どうかくれぐれもお気をつけてお過ごしください。

先日は、別館の方にたくさんの方にご来館いただき、ありがとうございます。
その際、ブログへの感想をお願いしたところ、
「愛という名の聖戦」の続きを読みたい、というご意見を割といただきました。
あんな数年にもわたって放り出しているものを、覚えてくださっている方がいる。。
感動(泣ーーっ!)
そこで、自分でも読み返してみたりしました。
ちょうどシャルルのBDに、このお話のエピが浮かんだこともあり、
ちょっと再開したくなりました。

ラストまで突っ走れるかはわかりません(苦笑)
ですが、キリのいいところまではいきたいな♪

「首を長くして(気を長くして)続きを待ってます」とおっしゃってくださった方。
よかったら、お楽しみくださいませ♡


別館の方の「愛と罰」も、もちろん継続します。
(亀の歩みになるかもしれませんが、笑)
こちらも引き続きどうぞよろしくお願いします。

それでは春までもう少し。
風邪などひかないようにお互いにがんばりましょう!

愛という名の聖戦(57)

$
0
0
《ご注意》第一話の注意事項をご確認の上、ご了承いただける方のみ閲覧下さい。
■7~53話はお気に入り登録限定です。シャルルが病気設定です。閲覧は自己判断でお願いします。
 今後の公開範囲は、内容により適宜判断させていただきます。






愛という名の聖戦(57)



ミシェルに会いにいざいかんっ!
と勢い込んで「2」と番号がついたドアを開けて入っていこうとした途端、あたしはガシャーンと何かものすごく硬いものにぶつかったのだった。
当然のことながら、あまり起伏のないあたしのかわいそうな顔は、眼鏡を筆頭に額と鼻と顎をしこたま打ち付ける形になったのよっ、なによ、これ!?

「いったぁ……」
「マリナさん、大丈夫ですか?」

あまりの痛さに思わずしゃがみこんだあたしを、後ろからジルがいたわってくれた。うう、優しいわね。

「うん、大丈夫。ちょっと痛かったけど」

あたしは眼鏡をかけ直し、おでこをさすりながら瞬きを繰り返して、やっと唖然とした。
だって、白いドアを開けてすぐにあるのは、さっき、この棟に入ってくる時にあったのと同じような鉄格子なんだもの。この鉄格子は戸枠にがっしりと隙間なくはめられていて、出入りできる戸の部分には掌大の南京錠がかけられている。
こんなものがあったら中に入れないじゃないのよ!?

「邪魔よ、この鉄格子! どきなさいよ!」

あたしが鉄格子に向かって怒鳴っていると、くすくすという微笑む声。

「お説教で開くのは心のドアだけだぜ、マリナちゃん?」

鉄格子の向こうから低めのバリトンボイスが聞こえて、それであたしはようやくハッとして、声の聞こえた方角を見たの。
鉄格子の中は、パリのアルディ家にあるような瀟洒なサロンだった。
広さは、学校の教室ぐらい。
白いソファやこれまた白いテーブルセット、サイドボードにライティングビューローなんかの家具類も全部白で、それらが整然と置かれている。
四方の壁はここまでの廊下と同じく白一色で、奥の壁にかかってある丈の長いカーテンの色もだった。唯一違う色合いを感じるのは、白いカーテンのドレープの襞が重なってできる影ぐらいだった。
それにしてもなんでこんなに白白白なのかしら、目がチカチカするわ。
部屋の左側の奥の方に二つ扉が付いていて、あれは寝室や洗面室かしらとあたしは思った。
ミシェルは、カーテンの前にあるソファにいた。
白いシルクのリボンブラウスに黒いぴったりとした乗馬ズボン姿をしている。
彼は、西洋絵画で中世貴族の婦人が妖艶な体を寝椅子にそうしているみたいに、ソファに横たわっていた。
あたしはその光景に、自分がパリに戻ってきたかのような錯覚を感じた。
だって、シャルルがそこにいるみたいなんだもの……。

「あんた……ミシェルね」

あたしが訊くと、彼は口角を上げて微笑んだ。
それで彼は「ウイ」の返事を表しているつもりのようだった。
そのバラのような形のいい唇、限りなく青に近い灰色の瞳、雪のように白い肌、天使のようなカーブを描いたほお、高く通った鼻筋、そして全身からにじみ出る気品と誇り。
厭世的な微笑み方も気だるそうな雰囲気も、シャルルとよく似ている。とても。
あたしはなんだか泣きそうになってしまい、それを慌てて隠そうと、顔を背けた。

「ああ。我が愛しのマリナ!」

突然ミシェルが大声をあげたので、びっくりして彼の方を見ると、ミシェルは横たわったまま、まるでロミオがジュリエットに愛の告白をするときのように、両腕を高く上げていたの。
顔つきはさっきまでとは打って変わり、目を細めて空にやり、あでやかな笑顔を浮かべて、まさしく自己陶酔の極みといった感じ。

「幽閉の地マルグリットまでオレを助け出しに来てくれたのかい? ありがとう、オレのジャンヌダルク。体が震えるほど愛してるぜ」

な、何言ってるのよ!?
あたしはあんたになんか、本当は会いたくなかったんだからねっ!
でも、シャルルのためにしょうがなくここに来たのよ。
と言おうとして、あたしはミシェルとの出会いでもある「アンテロス」事件を思い出した。
そうだ、ミシェルってそもそも演技がかってるやつだったわ、油断大敵っ。
あたしは心を落ち着けて、つとめて冷静に言った。

「残念でした。あたしはあんたに用事があるだけよ」

途端、ミシェルは高く掲げていた両腕をパタンと下ろした。
表情まで一気になくなった。
冷たいよそよそしさがただようその顔は、はっきりとシャルルとは別人なんだと、あたしに思い知らせてくれたのだった。

「用事? 君がオレに?」

あたしは頷いた。

「そうよ。あんたに頼み事があるの」

彼はソファに横になりながら、片口を歪めて笑った。

「へえ。一体なに? シャルルを一緒に倒そうって相談?」
「まさか! そんなわけないでしょ!」
「なんだ、つまらないな」
「ふざけてる場合じゃないのよ。事態は深刻なんだから」
「深刻?」

きらっと目を輝かせる彼に、あたしはちょっと口ごもってから、思い切って言った。

「シャルルの命を救って欲しいの」

それからあたしは一気に説明した。
現在シャルルが白血病であること、あらゆる治療法を試したけれど、効果がなく、あと残されたすべは造血幹細胞移植しかないということ。
そして、それにはHLA型が一致するミシェルの協力が必要なんだということを、一生懸命に伝えたのよ。

「だからね、一緒にパリに帰って欲しいの。骨髄移植をして、シャルルを助けて」

ミシェルはあたしが話し終わるまで、一言も口を開かなかった。
ソファに横たわり、片腕で自分の頭を支えるようにして、強い光を浮かべたまなざしであたしをじっと見ながら、ただ黙ってあたしの言葉を聞いているだけだった。
あまりにもなんの反応もないので、あたしは首をかしげた。

「ミシェル? ちょっと、ちゃんと聞いてる?」

すると、ミシェルはいきなりガバッと起き上がった。
ソファに浅く座り、膝の上で両手を組んで、顔を少し伏せるようにする。そうすると、白金のストレートの髪が顔を覆って、表情があたしからはまったく見えなくなった。
ああ、そばにいって返事を求めたい。
この鉄格子が邪魔っけなのよ!
とあたしがもだえていると、

「はは、はははは……」

と笑い声。それがミシェルのものだと気付いた時には、

「はははははは!」

ミシェルは白漆喰で塗り固められた天井を仰いで、顔をしわくちゃに歪めて大笑いを始めていた。
あたしはびっくり。
なんでこいつは笑ってるのよ?!

「神から愛されたシャルルは、死神からも愛されちまったってわけだ」

ミシェルは笑うだけ笑ってから、顔をゆっくりと下げて、あたしを蔑むような目で見ながら言った。

「いいじゃないか、そのまま静かに死なせてやれば。――オレが唯一残念だと思うのは、できれば病死なんかじゃなく、オレがこの手で殺してやりたかったってことだけさ

ひどいわ。
シャルルはもうすぐ死ぬかもしれないのに、それなのに、どうしてそんなことが言えるの?
血を分けた兄弟でしょ?
いくら憎しみ合っていたとしても、もう二度と会えなくなるのよ?
あたしがそう言っても、ミシェルの態度は変わらなかった。

「オレたちは二度と会う必要はないんだよ、マリナちゃん」

どうして!?

「あいつもそう望んでるさ。オレに助けられるぐらいなら、死を選ぶってね」

あたしはぐっと言葉につまった。
それは確かにシャルルが言った通りのセリフだった。

「さ、用事がそれだけなら帰ってくれ。もっとも、ランサールが君たちを素直に帰すかどうかは知らないけれどね。それはオレの関知するところではないから」

ミシェルはそう言うと、あたしたちに背を向けて、部屋の奥にあるドアに向かっていった。
ままま、待って!
この目の前のサロンからいなくなられちゃあ、困るのよ。
だって、鉄格子があって、あたしは中に入れない、つまり話が終わってしまう。
それだけは絶対に避けないとならない!!

「お願い、ミシェル。シャルルを助けて!」

あたしは叫んだ。
だけど、ミシェルの足は止まらず、彼は奥のドアのノブに手をかけた。
あたしは必死で再び叫んだ。

「なんでもする! あんたの言うことをなんでも聞くから、シャルルを助けて!!」

瞬間、ミシェルの動きが止まったように見えた。
あたしの後ろで、悲鳴のような声が上がった。

「マリナさん、いけません! 交渉はもっと理性的に行わないと……っ」

ジルの声だ。彼女があたしの肩をつかんだ。彼女の着ているコバルトブルーのつなぎが、白一色の世界にあざやかに映えている。

「ミシェル、あなたが骨髄移植に応じてくれた場合、アルディ家内でのあなたの復権を約束します。具体的には、このマルグリット島からの即時解放と、当主であるシャルルに次ぐナンバー2のポストを用意します。プラス、アルディ家の総資産の30%と所有株式の十分の一をあなたに譲渡します。それではいかがでしょうか?」

ジルが持ち出した提案は、彼女が言った通り非常に理性的で、あたしはそれで自分が言ってはいけないことを言ったのを悟った。
だけど、一旦口から出した言葉はもう止められなかった。
あたしは再び同じ言葉を継いだ。

「お願いよミシェル。あたし、なんでもするわ。だからシャルルを、彼を助けて……!」

ミシェルがドアノブを握りしめたままゆっくりと振り返る。
最愛の人と残酷なほどに似たその顔を見て、あたしの中に何かが込み上げて来て、涙腺が熱く潤み始めた。
シャルル、どうしてる?
きっと睡眠薬が効いて眠っているわね。
あたし、あんたを助けたい。
絶対に死なせたくない。
だからそのためならなんだってやる、やってみせる。
思いっきり下唇を前歯で噛み締めて、寄せては返す激情を必死でこらえた。
泣かない、泣いたりするもんか。
あたしはありったけのプライドとシャルルへの愛という誇りを胸に、ただただ鉄格子越しに数メートル離れた場所に対峙するミシェルを、のめり込むように見据えたのだった。

「ジル、オレをバカにするな」

ミシェルは言った。

「アルディを餌にすればオレがなんでも言うことを聞くと思ったのか?」

ジルは唇を引き結んで沈黙した。彼女の歯ぎしりの音が聞こえた気がした。

「もうアルディなんかいらない」
「じゃあ何が欲しいのですか? 言ってください」

とジルは食いさがる。

「欲しいものは……そうだな」

ミシェルは視線を巡らせて、それをあたしにぴたりと据える。

「マリナちゃん、かな?」
「ミシェル!」ジルが叫んだ。
「シャルルのためならなんでもするんだろう?」

ほとんど口を動かさずミシェルが言う。その声には威圧的な響きがあった。

「ええ、確かにそう言ったわ」

心臓が高鳴りながら、あたしは頷いた。

「たとえば裸になれと言っても?」

カミーユのところでもそんなこと言われたなと思い出す。
あの時はシャルルが身代わりになってくれたっけ……とあたしの胸に甘く切ない感傷がよぎった。

「それぐらい朝飯前よ」

ならば、とミシェルは言った。

「オレとベッドを共にしろと言っても?」

あたしはほんの一瞬だけひるんだ。時間にすると0.01秒ほどだと思う。
でも、すぐに彼を睨みすえて答えた。

「いいわ。それでシャルルが助かるのなら、こたつだろうがベッドだろうが、なんだって共にしてやろうじゃないの!!」
「マリナさんっ!」

ジルがまたあたしの名を呼んで、今度は後ろからあたしを強く抱きしめた。
暴走するあたしを懸命に止めようとしてくれていることを感じ、あたしはまた泣きそうになった。
けれどあたしは首を振って、そっと彼女の手を外し、そんなジルの動きを制した。

「ジル、見ててといったはずよ。あたしがやることを」
「マリナさん……」

あたしはちょっと笑った。

「見ていて。しっかりと」

双子よりも淡くほんのわずかに翡翠がかった瞳をまたたく間に潤ませて、ジルはあたしを見つめた。マリナさん、という形に唇が動いたけれど、声にならなかった。

「いいだろう。その条件で」

ミシェルの声がして、あたしが部屋の方を見ると、ミシェルはサイドボードの前に行き、一番上の引き出しから何かを取り出した後、その引き出しを閉めて、つかつかとあたしたちの方にやってきた。

「ちょっとどいて」

そう言ってあたしとジルを下がらせると、ミシェルは鉄格子の隙間から手を伸ばして、ぶら下がっている南京錠に触れた。
彼はU字型のヘアピンを一本持っていた。
細くて長い指でそれを南京錠の鍵穴に差し込むと、何回かカチャカチャと回した。
やがて、カチャンという鍵が回った音が上がった。
鍵が、鍵が開いた!
ミシェルは器用に鉄格子の内側から南京錠を外し、それを床に放り出すと、鉄格子をゆっくりとあたしたちのいる外側に向かって押し開けた。

「あんた、鍵開けられたの?」

訊くと、彼はうなずいた。

「こんなものはいつだって開けられる。だけど、この島から出る手段がないから、おとなしくしていただけだ」

ミシェルは手にしていたヘアピンを捨てた。それからあたしに背を向け、顔だけ半分で振り返って、人差し指でちょいちょいと招く動作をした。暗い感じのする彼の目はまっすぐにあたしに向かってそそがれている。

「来いよ。こっちだ」
「え……?」

戸惑うあたしに、彼は一層低い声で言った。

「やるんだろ。ベッドルームは奥だ。楽しもうぜ」







next
*次回第58話は登録者様限定公開になります。

愛という名の聖戦(59)

$
0
0
《ご注意》第一話の注意事項をご確認の上、ご了承いただける方のみ閲覧下さい。
■7~53、58話はお気に入り登録限定です。シャルルが病気設定です。閲覧は自己判断でお願いします。
 今後の公開範囲は、内容により適宜判断させていただきます。





愛という名の聖戦(59)


身支度を整えたあたしは、深い深呼吸を何度も繰り返してから、そっと寝室から出た。
すると、ジルはソファに腰掛けてて、あたしの姿を見ると、すぐに立ち上がった。
そんな彼女の姿を見て、あたしは息が詰まりそうになった。
見間違いかと思って、何度も何度もしつこく瞬きをしてしまったのよ!
ああ、ついにあたし、ショックで狂っちまったのかもしれない。
だって、さっきまで……。
うう……言いたくないわ。
あたしは崩壊した自分の脳みそについて悲嘆にくれたのだけど、よくよく考えて見直すと、やっぱり目の前のジルは間違いなく見たまんまのジルだった。

「どうしたの、ジル、それ」

語尾がどうしようもなくかすれた。
だって、彼女の髪が、ない――。

「似合いますか?」

そう言ってジルは微笑んだ。
似合うとか似合わないとかそういう問題じゃないわ! 
白い首筋がくっきりと寒々しげに見えている。
シャルルそっくりで、女性的な優美さをたたえた美しく小さな顔を乗せた細い綺麗な首。
黄金の滝のように、あれほど豊かだった長い金髪は彼女の体のどこにもなく、前髪は生え際のあたり一センチほど残して切り落とされ、襟足も短く刈り込まれていて、野球少年のようなベリーショートになっている。

「どうしたのよ、それ」

思わず指差したあたしに、ジルは答えた。

「ご覧の通り、切りました」
「切った? どうやって?」
「ハサミで」
「ハサミ?」

ジルの視線を追って、あたしはあるものを発見した。
それはテーブルの上に置いてあった。
刃渡15センチほどの銀色のハサミと、ぶっつりと切られた金色の長い髪だったのだ。

「ハサミ、持ってたの?」
「いえ、ちょっとこの部屋の中を探させてもらいました。ミシェル、勝手にすみません」

ミシェルもさすがに驚いたのか、ずっと黙っていた。ハサミ使用の断りを受けて、ミシェルはわずかに肩をすくめて「かまわない。ご自由にどうぞ」と言った。

「割と簡単に見つかってよかったです」

よかったって……。
すがしい顔で微笑むジルに、あたしはたじろいだ。

「この部屋にあったハサミで切ったっていうの?」
「ええ」
「どうして……どうしてそんなことをしたのよ?」
「カツラをかぶるにはこの方が都合がいいのです」

カツラ?
なんのことだろう?

「長い髪で長期間カツラをかぶり続けるのは、蒸れたり、肩がこったりなど、負担が大きいですので、短い方が便利です」

頷いてから、ジルはつなぎの襟元にあるジッパーに手をかけ、服をはだけさせると、胸元から二つのカツラをとりだした。彼女はそれを両手に一つずつ持って、あたしたちに見せた。一つは金髪のストレートロングで、もう一つは白金髪のいわゆるおかっぱと呼ばれる髪型だった。
マルグリット上陸後、建物に入る前に、総督ランサールによってジルのカバンやあたしのポシェットなどの所持品はすべて没収された。それを事前に予測して、ジルはこの用意をしていたのだ。体の線を隠す余裕のあるつなぎを着ていたのはこのためだったのか、とあたしは感心した。

「私の考えたマルグリット脱出作戦を申します。お二人とも、何も言わずに従ってください、いいですね?」

唐突にジルは切り出した。マルグリット脱出作戦。その言葉に、あたしは、ミシェルとあたしの間に何が行われ、どういう決着になったのか、ジルがすべて承知していることを知ったの。

「まず、ミシェルと私の服を交換します。服の交換が終わり次第、ミシェルは金髪のカツラをかぶってマリナさんとこの療養棟を出てください。ここにはヘリコプターで来ました。聞くまでもないと思いますが、ミシェル、あなたはヘリの操縦はできますね?」

教師が質問するように言われて、ミシェルは卑屈そうな笑みを浮かべた。

「できるよ。その答えでご満足いただけますか?」
「ならば結構」

ジルは小さく頷く。

「ではマリナさんを乗せてこの島から直ちに離れてください。行き先はカンヌ空港です。アルディの専用機が待っています。乗り換えて、パリに向かってください」
「ドゴールに向かえばいいのか?」
「そうです。パイロットは待機してありますので、こちらは操縦する必要はありません。カンヌを離陸後、迎えの車をドゴールに用意しておくようにと、パーサーに命じてください。スムーズにアルディ本家に行くことができると思います」
「了解」とミシェルは軽く頷く。
「本家にベネトーという名の看護師がいます。彼にはこの計画をすべて言い含めてありますので、あなたは彼の指示に従って骨髄移植をすぐに受けてください」
「わかったが、シャルルはどうやって説得するんだ? オレからの提供と知って、あいつがそう素直に受け入れるかな?」

ミシェルは腕を組んで、わざと挑戦的な言い方をする。だが、ジルにとってはそれすらも想定内らしい。

「説得しません。彼には眠ったままでいてもらいます」
「眠ったまま?」
「ええ。もともとシャルルには睡眠薬を常用して長期間眠るという習慣がありますので、問題はないでしょう」
「冬眠とマリナが呼んでいるやつか」

いきなりあたしの名を出され、はっとした。そういえばミシェルはアルディ本家の地下でずっと暮らしながら、シャルルの情報を集めていたのだと思い出す。
冬眠――。
それは、シャルルが精神的なショックを受けた時に睡眠薬を自ら調合してバラの中で眠ってしまうことをあたしがやや揶揄する意味合いでよんでいた言葉。
もちろん、シャルル本人にも「冬眠」という言葉を使ったことはない。あたしが自分で言っていただけだ。なのに、どこかで口に出していたのだろうか? そんなつまらない針の穴ほどの情報すら知っているミシェルに、あたしの胃の腑はせり上がってきた。
なんだか、とても嫌な感じ。
何もかもミシェルに暴かれているみたい。

「検査などはその冬眠中でもできるだろう。だが、放射線治療や移植といったかなりの苦痛を伴う治療は、まさか眠ったままで耐えられるわけがない。ジル、無茶いうなよ」
「無茶だろうがなんだろうが、そうするようにベネトーには命じてあります。あなたがドナーだと知れば、シャルルは移植を拒否するでしょう。かといって、他に HLA型の適合者が見つかったなどという嘘は、彼には通用しません。ならば、彼の意思を葬ってでも、強行するのみです」

ミシェルは軽く頭を振って、額を手のひらで抑えた。

「それで君がオレのかわりにここに残るというわけか? シャルルは最低だな。あいつに関わるとみんな不幸になる。しかも本人は眠り姫、という体たらくだ」
「最低なのは」ジルの声が聞いたことのないほど低くなった。「あなただと言ったはずです。私はその言葉を一生取り下げる気はありません。話は以上です」

ジルは締めくくった。一瞬二人は睨み合った。ジルの方が先に視線を外した。彼女はブルーのつなぎをすばやく脱いだ。下には細身のTシャツとスパッツを身につけていた。

「ミシェル、あなたも脱いでください」

ミシェルは両手を天井に向けて、ため息をついた。

「せっかく今着たばかりなんだけどね」

絹の擦れる音を立てながらブラウスのリボンを外す彼を横目で見つつ、ジルは白金髪の方のカツラを被った。ぐいっと前髪を掻き上げて、ぶるっと首を振る。その間に、ミシェルは白いブラウスと黒の乗馬ズボンを脱ぎ捨て、下着一枚になった。ジルがそれを着て、ミシェルはコバルトブルーのつなぎをまとった。金髪のかつらをつけて、二人の入れ替わりは完了した。
それはあたしから見ても、あまり上出来な仕上がりとは言えなかった。同じ環境で育ってきたシャルルとジルの二人が入れ替わるのとは違って、ミシェルとジルは雰囲気が決定的に違っていた。いくら髪型や服を変えても、ジルはジルで、ミシェルはミシェルだった。
もちろんジルにそのことがわからなかったとは思えない。
だが、ミシェルの格好をした彼女は、あたしたちをサロンの入り口にある鉄格子の外まで強いて押し出した。

「では、すぐにここから立ち去ってください。ミシェル、この鉄格子の錠を閉められますね?」
「ああ、もちろん」

ジルになったミシェルは頷き、先ほどその辺に捨ててあったヘアピンを目ざとく認めて拾った。

「じゃあ、閉めるぜ」

ジルは強く頷く。

「ええ、どうぞ」

ミシェルは一拍呼吸を置いてから言った。

「君の勇気に敬意を表する。アデュウ、ジル」

部屋の中にジルを残して、ミシェルが鉄格子を閉めようとした。
まって、とあたしは叫んだ。ミシェルの手の動きが止まり、鉄格子が閉まりかけた中途半端な位置で停止した。

「駄目よ、ジル。あんたを置いていけないわ」

マルグリットはアルディの刑務所だ。ミシェルはA級療養者だと聞いた。生きている限り島から出ることはできない。このままジルをミシェルとして置きざりにしたら、ジルは一生幽閉される。
そんなことさせられないっ!!
一緒に帰るのよ!

「何を言うのです、今更」

ジルが美しい眉根をほんのわずかに寄せて、表情を曇らせた。

「他の脱出方法を考えましょう、きっとあるわ、他に良い方法が」
「マリナさん」ジルの声が少し笑いを含んだ。顔にも微笑みがあった。「さきほど私が言ったことと同じことをおっしゃっていますよ?」

そう言われて、あたしははっとした。あたしがベッドルームにミシェルと共に閉じこもった時、ジルの言った言葉が「他の方法を考えましょう」だったからだ。
彼女の呼びかけにあたしは応じなかった。シャルルのためにこうするしかないと決めたからだ。だから呼吸をするように自然に、ミシェルのふりをしてマルグリットに残ろうとしている彼女の気持ちがあたしには理解できた。
ジルもまた、必死でシャルルを救おうとしているのだ。
あたしは黙った。というよりも何も言えないでいた。

「マリナさん」

ジルがもう一度あたしを呼んだ。優しく柔らかな声だった。

「私たちは似ていますね」
「そうね」

とあたしは答えた。あたしも笑いを作って見せた。きっと泣き笑いのような顔をしていたと思う。
でも泣かないと決めていた。
絶対に泣いたりしてはいけないと、あたしの中のあたしが言っていたの。

「あたし、ジルが大好きよ」

あたしが震える声を抑えてそう言うと、ジルも言った。

「ありがとうマリナさん。私もあなたが好きです」あたしたちの間に目には見えない何かが通い合った。
それからジルはこうべを垂れて、あたしに向かって深くお辞儀をした。これまでお辞儀のたびに垂れ下がっていた長い髪はもうなく、カツラの髪の間から白いうなじが見えた。

「シャルルのことをどうぞよろしくお願いいたします」

あたしは思った。
愛ってなんて残酷なんだろう。
愛ってなんて悲しいのだろう。
そして、愛ってなんて気高いのだろう。
あたしはつい数分前まで自分がシャルルを救ったつもりになっていた。
身を犠牲にして、彼を助けたことに、ちょっとした悲劇のヒロイン気分でいた。
そう思わないと耐えられなかったというのもあるけれど、そんな自分に誇りを抱く感覚は確かにあったの。
でも、あたしのやったことは、今目の前にいるこのジルの無償の愛の足元にも及ばない。
あたしはシャルルの愛を得ている。
愛して愛されている。
だからあたしがシャルルの命を救うために頑張るのは、いわば自分のためだ。
あたしは、あたしを愛してくれるシャルルを失いたくないという思いがあった。
一人になりたくない。彼を失いたくない。彼のいない人生なんて耐えられない。
あたしはあたし自身が辛い思いをしたくなかっただけなのだ。
ジルはそうじゃない。
見返りのない愛のために身も心も捧げられる人こそが、一番尊くて素晴らしいのだと、あたしは教えられたのだった。
ああ、かなわない。
シャルルをこの世で一番愛してるのは、ジル、あんただわ。
でも、あたしもシャルルが好き。
彼を愛している。
彼を死なせたくないという思いは、真実なの。
だから、あたしもあたしにできることを精一杯やるしかないんだわ!!
あたしは必死で涙をこらえながら思った。
ジル、待っていて。
絶対に迎えにくるわ。
シャルルを助けて、彼と一緒にマルグリットに戻ってきてみせる。
だからそれまで待っていて――。
もういいだろ、という声がかかった。

「マリナちゃん、行くぜ」

手であたしを下がらせて、ミシェルが鉄格子を閉めた。カチャカチャと金属の擦れる音がして、南京錠がかけられた。ヘアピンを使ってミシェルが鍵穴を回した。開ける時よりもかなり早い動作だった。
鉄格子の外側のドアをミシェルが閉めた。ジルが完全に見えなくなった。
あたしは振り切るように踵を返し、ドアに背を向けた。

「行こう」とミシェルに言った。「一秒でも早くパリに帰るのよ」
「いいね」ミシェルはあたしの背中を軽く叩いた。あたしたちは走り出した。「そういう勇ましい女は大好きだよ。オレのジャンヌダルク」

白い壁で囲まれた長い廊下を全速力で走って、来た時にランサールと別れた鉄格子のところまで来た。足元の台に置かれていた真鍮製のベルをあたしは狂ったように鳴らした。白い廊下に共鳴するようにベルの音が響く。
すると、廊下の向こうからランサールがすぐにやってきた。

「面会は終了しましたか?」

ランサールの問いには、ミシェルが答えた。

「ええ、つつがなく。どうもありがとう。では私たちはこれで帰ります。すぐにヘリは飛べますか?」

普段のバリトンボイスとは打って変わって、ジルによく似たアルトの声を上手に作っていた。ランサールの目がちろっと値踏みするように彼を見た。
やはりバレたか。
と思ってヒヤヒヤした瞬間だった。

「いつでもテイクオフokです。どうぞ」

そう言ってランサールは手をかざし、出口に誘導する姿勢を見せた。あたしたちはその案内に従って建物の玄関に向かった。どうやら順調に出発できそうと、あたしはほっとしていた。隣を歩くミシェルからも安堵の気配を感じた。
あたしたちは、大きなソテツのある玄関に足を踏み入れた。ガラス扉越しに乗ってきたシルバー色のヘリの機体も目の前に見えた。その向こうには澄み切った地中海の空が広がっている。
さあシャルルの元に帰ろう――。
その時だ。
いきなり爆発音が上がった。すぐ近くだった。







next
※次回第60話はお気に入り登録者限定公開です。

シャルマリの流儀 ※追記あり

$
0
0
別館の方も少しずつ記事を増やしたい。
と思い、気の向くままにこんな話を作りました。
東/野/圭/吾さんの「名/探/偵/の/掟」をオマージュしました。
シャルマリ界のヒーロー天才シャルル・ドゥ・アルディが挑む、友達第一主義・幼稚体型・和矢一筋という三拍子がそろった難攻不落のヒロイン池田マリナとの恋の結末は?
コーヒーブレイクでさっと仕上げただけのものですので、期待はせずに(笑)
内容は小菅から~シャルマリの再会編です。
ご興味のある方は、別館へどうぞ♪


入場パスワードは、ゲストブックにご請求ください。
プロローグに続いて、第一回も更新しました。
楽しいっ!(^o^) 自分で読んでて大爆笑している私は相当おめでたいやつです。



※追記ーー
ヤフーブログの方でも「お気に入り登録者限定」で公開します。
登録の際は、ゲストブックにお申し出ください♪
タイトル「シャルマリの流儀」


プロローグ
1、小菅拘置所の別れーー「もう離さない、俺のものだ」の真意
2、恋人試用期間?ーー飯田橋と横浜はわりと近い
3、マリナの処女性議論ーーオレ、もらっちゃダメでしょ?
4、期待される別れ方ーーパリ行きの航空券は用意しましょう
5、友情継続問題ーー唯一の親友という十字架
6、将来の希望は?ーー友としてシャルマリを支えます!(模範的回答)
エピローグ
最後の対決


I'm forever yours.

$
0
0
冬の厳しい寒さが緩んだ二月後半のある午後のことだった。
私は彼と一緒にゆっくりとした足取りで都内の某駅に向かっていた。彼も私も口をきかなかった。
あと数分でついてしまう。そうしたら私だけ電車に乗らないといけない。
わかっている。だから私はちょっとだけ足の運びをさらにゆっくりとした。そうすると隣を歩く彼も歩幅を合わせてくれることがわかっていたから。
彼はいつもそう。私の言うことを聞いて、私のやることに従ってくれる。
本当な強い力で私を引っ張っていってほしいのに。
だけど私はそうはいわない。困らせたくないから。
人気のない街角を通って繁華街に出た。駅が数十メートル先に見えた。
「これからどうするの?」
すぐそばの大通りを走る車のノイズにかき消されないように大きめな声で訊くと、「特に決めていないよ」と彼は言った。
「とりあえず、毎日を過ごすだけさ」
「とりあえずって」私はくすっと笑った。
「忙しいでしょ? 知ってるわよ。あんたのことを待っている人たちが大勢いるのは」
「関係ないね」
彼は言った。前を向いたままの表情は穏やかだったけれど、口調はとんがっていた。
「あいつらは俺のことを理解していない。ただ俺のことを利用したいだけさ」
「利用?」
「そうさ。あいつらの欲望をかなえるのに、俺が都合いいから使いたい。それだけだ」
「そんなのさびしいわね」
「そういうもんだろ、世の中なんて」
「まあ、そうかもしれないけど」
「とにかく、そんなことは君の心配することじゃない」
「そう?」
「そうさ。君は君の心配だけしていればいい」
鼻の中に濃厚な揚げ物の匂いが飛び込んできた。私たちはマクドナルドハンバーガー店の前を通り過ぎていた。駅についた。半円の形をしたロータリーを回る。ケーキ屋、持ち帰りの寿司屋、パン屋、ドラッグストア、交番。それらの前を通り過ぎ、改札の前に立つ。
カバンから財布を取り出して、ピンクのデザインが施されたパスカードを取り出した。残高はまだあるはずだ。チャージをしなくても飯田橋に帰るぐらいはできるだろう。
財布をカバンにしまい直し、カバンの肩紐を肩にかけた。深呼吸をする。
笑って別れよう。じゃあねって笑って言うんだ。私は自分に言い聞かせる。楽しかった思い出が胸をよぎる。一緒に食べたご飯。一緒に歩いた道。くだらないおしゃべり。ウィンドウショッピング。物欲しそうにする私を見て、彼が買ってくれた小さなウサギのぬいぐるみはカバンの中に大切にしまってある。
ありがとう、とても楽しかった。
私も大丈夫よ。これでも色々忙しいから、あんたのことなんて普段はあんまり考えていられないの。
だからなにも心配はいらないわーー。
私は改札の前で振り返って、『さよなら』に変わる言葉を言った。
「元気でね。体に気をつけて」
その瞬間のことだった。私は腕を掴まれて引き寄せられた。あ、という暇もない出来事だった。私は彼の胸の中にいた。
私たちはキスをした。駅の、改札の前で。周りの人たちのざわめきが一瞬だけ頭の中に聞こえ、すぐにそれが消えた。
彼は唇を離して、私の体を少し離して私を見つめながら言った。真剣なまなざしだった。
「今生の別れみたいなこというなよ。すぐに戻ってくるからな」
私は彼の胸を押し戻した。人のざわめき。駅のアナウンス。横断歩道のメロディ。中洲のように改札前に立ち尽くした私たちの周りを、波のような人の群れが迷惑顔で通り過ぎていく。
「仕事はどうするのよ?」
「仕事と女を天秤にかけるほど落ちぶれちゃいないよ」
「自信家ね」
「君以外のことではね」
そう言って首をかしげて苦笑気味に笑う彼の顔に、私はしてやられた。どうやら私が何を言っても彼は別れないと決めているらしい。まったくと思う。私の悲壮な決意はどうなるのだ。
でも……。
「ありがとう」
「え?」
きょとんとする彼の首に私は飛びついた。再び周囲がざわついた。駅前でこんなことを自分がする日が来るとは思わなかった。そもそもフランス貴族の御曹司であり世紀の大天才と恋に落ちた日から、私の人生は波乱に満ちたものに変更されたのだろう。
「やっぱり別れたくない。あんたが大好きだから」
私が言うと、彼は満足したように「そうだろ?」と言って抱きしめる腕に力を込めた。
私は目を閉じ、ついでに彼以外への知覚をすべてシャットアウトした。
この世界には彼しかいない。彼と私だけーー。
それでいい。二人ならきっとやっていける。この先たとえどんなに大変なことが待っていようとも、人生の荒海をこの人と一緒に漕ぎ切ってみせようと思った。






《Fin》





美男と珍獣

$
0
0
「ああ、彼氏ほしいなぁ……」

あたしがぼそっとつぶやくと、

「あんた、彼氏募集中なの?」

と松井さんのするどいツッコミが入った。
うっ、相変わらず地獄耳ね。
これは独り言よ。
恋愛漫画を描いていたら、恋したくなっちゃったの!
あたしは今漫画の持ち込みに編集部に来ている。
松井さんはタバコをくわえてあたしのプロットを眺めながら、ニヤニヤしてあたしを見上げた。

「あんたさ、あのハーフに振られたの? いつぞや拘置所に一緒に行った、あのくせ毛のノッポの色男」

ぎくっ!
どーしてそんなにするどいのよ。
あたしは和矢に振られたなんて、ただの一言も言ってないわよ。
嫌だわ、ハイエナみたい。

「別に。大人として平和的に別れただけです」

和矢とは二年ほど付き合って、ついこの間お別れした。理由は特にない。
もちろんどちらかが浮気したとかじゃない。強いて言えば「性格の違い」かしら。
あたしは晴れた日でも家の中にいたい方なんだけど、和矢は、雨の日でも外に行きたがるの。
あたしはどちらかというとお日様の出ている時間帯は寝てて、夜に活動するタイプだけど、和矢は早寝早起き。
あたしは読書派(まんが中心)だけど、和矢は体を動かすことが大好き。
総じて、あたしはインドアで、和矢はアウトドア。
付き合う前は気がつかなかったんだけど、あたしたちは以外と水と油だったのよ、これが。
もちろんそれですぐに「別れよう」なんてならなかったわよ。
お互いの好みに理解を示し合うように努力したと思うわ。
二年と少し。とてもいい時間を過ごせたし、楽しかった。
和矢と付き合ったことを後悔したりしない。
だから、あたしは、彼と別れたあとも、男性不信に陥ったりせずに、新しい恋に進もうって思えるのよ。
これは、和矢があたしを大切にあつかってくれたからだと思う。
ありがとう、和矢。

「へえ、あんたが大人ねぇ……」

松井さんが、鼻で笑った。
むっ、とってもバカにされた感じ。

「そうです。文句ありますか?」

あたしがツンとそっぽを向くと、松井さんのひっひと悪魔のような笑い声が耳に飛び込んできた。

「大人の割にはチビだと思ってさ。まるで小学生みたいだね」

わーん、うるさい。
どうせあたしはチビよ。まだ身長が150ないわよ。
人の気にしていることを言っちゃいけないって、お母さんに教わらなかったの?!
その口、針で縫っちゃうんだからねっ。

「ところでさ、男、紹介してやろうか?」

え、本当?

怒りも吹っ飛ぶ思いで、俄然、興味を惹かれたあたしが、一途に松井さんを見つめると、彼は原稿をテーブルにばさっと放り投げて、ソファに背中を凭れさせて、豊かなお腹をさすった。

「条件はいいよ。身長は182。顔は震えがくるほど美形で金持ち。しかも優秀。プラス、浮気の心配がまったくない」

きゃあ、すごいわ、すばらしいわっ!
どこからどう見ても欠点がない!

「だれ、その人?」

すると、松井さんはきっぱりと言った。

「シャルルドゥアルディ」

へ?

「だーかーら! フランス貴族の御曹司だよ。あいつとお見合いしてみるっていうのは、どう?」

あたしはびっくり仰天!
思わずソファから飛び上がって、ジャンプまでしてしまったくらい。
なんであたしとシャルルがお見合いなのよ。
あのね、あたしたちはパラドックスのラストで、実に気高く見事なお別れをしたのよ。
読者だって涙を飲んだあのラストシーンを、お見合いだなんて、俗世間的な再会の仕方で汚しちゃあダメだとおもうのよ、絶対に!!
あたしがそう主張すると、松井さんは「知らないよそんなこと」とあっさりあたしの主張を棄却。

「俺は社長に頼まれただけだもん。池田マリナに見合いの了解を取り付けろって」

なに、社長!?
一体なんのことかちんぷんかんぷんなあたしの前で、松井さんは何やら非常に上機嫌に話を続ける。

「俺さぁ、どうやってあんたに見合いの話を持ち出そうかと頭ひねってたんだよねぇ。一回分の原稿を餌にするしかないかな、とか悲壮な決意まで固めてたんだけど、そしたらさ、あんたの方から『彼氏が欲しい』って言い出すじゃない? これはもう、神様のおぼしめしだよね。やっぱり日頃から行いのいい人間はちゃんとむくわれるんだよね~」

胸の前で両手を組んで、天を見上げながら、ひとり感慨に浸る松井さんを眺めつつ、あたしはぽっかーん。
どうやらこれは本気らしい。
あたしとシャルルがお見合い。
なっ、なんでそーなるのっ!?

「冗談じゃないわ。あたしは絶対に」

シャルルとは会わないと言おうとしたんだけど、それよりも先に、松井さんが、

「じゃ、今夜七時、帝国ホテルのフレンチレストランの個室を予約してるからね。遅れないでね。見合いだから、ちゃんとした格好してきてね。社長もくるからね。じゃあ、バイバイ」

とだけ言い捨てて、さっさと彼は編集部に戻ってしまった。
あたしの原稿をテーブルに残して。

「待てーーーーっ、って、今日の七時? って、もう四時半じゃない。あと二時間半後にシャルルとお見合いだってーの!? うっぎゃーっ、どーしよう?!」

白のトックリニットに、くたびれたオーバーオール姿という、着の身着のままで飯田橋のぼろアパートから出てきていたあたしは、呆然と口に手を突っ込んで、あたりを見回した。
誰か、助けてっ!!



◇◇◇



午後七時、帝国ホテル。
フレンチレストラン、特別個室にて。
テーブルには二人の男がついていた。一人は某出版社社長。四十代だろうか。ぴっちりと撫でつけられた髪からは、シトラス系の整髪料の香りが強く漂っている。上等なスーツはグレーの三つボタンで、タイはドットの細かな水玉だ。ポケットチーフはタイと同じ柄である。
その横に座っているのは本日の見合いの当事者である、シャルルドゥアルディだ。こちらは白のシャツにブラックのスーツを合わせている。タイもチーフもなし。シンプルな装いが、肩を覆うほど長いつややかな白金髪を一層引き立てている。
松井久治はテーブルの前に立ち、二人に向かってペコペコと頭を下げていた。

「申し訳ございません、池田マリナは少々遅れているようです」

腰を軽く浮かせるようにして、社長も頭をさげた。

「アルディ様、私からもおわびします。まったく池田君はどうしているのか」

大丈夫ですよ、と彼の謝罪を制する声がする。透き通るようなハリのいいテノールだった。
相変わらず気取った男だ、と松井は思った。この男と会うのは、地元の白妙姫の取材をした時以来だった。あの時も綺麗な男だと思ったが、今回はさらにその思いを強くした。目頭の恐ろしいほどの彫り込みの深さ。ビー玉のような青灰色の瞳。容貌のすべてが空々しいぐらいに整っていて、まるで美術館の石膏像が勝手に抜け出して、目の前で動いているみたいだ。

「おそらく心の準備をしているのでしょう」
「そうですか?」
「ええ。私は彼女の性格を熟知しておりますので」

微笑んで、グラスに手をのばす。ミネラルウォーターを上品な仕草で口につっと含むと、グラスの縁を唇から離して、また笑った。透明な液体に濡らされた唇が、妙になまめかしい。

「これまで待ったんです。あと少しぐらい待っても、どうということはありません」

アルディ氏はグラスをテーブルに置いた。
はあ、と社長が言った。
松井は身をすくめるようにして立ったまま、そんな二人をじっと眺めた。
一編集者にすぎない松井は、社長とこれだけ近距離で交わることすら初めてであり、彼の人となりなど全く知らなかったが、それでも彼が今何を思っているかは手にとるようにわかった。
社長はあきらかに「物好きな」と思っている様子だった。だが、その思いを決して出さないように営業用スマイルを浮かべている。
ふと、アルディ氏が言った。

「物好きだと思っておられるようですね」

社長の愛想笑が一瞬、固まった。

「いえいえ、池田さんはとても端麗なお嬢さんで、我が社の漫画界を背負っていく人材ですから。アルディ氏はお目が高い」

社長の慌てた言葉に、松井はあちゃーと思った。
社長は池田マリナに会ったことはない。
池田マリナという漫画家が存在していることすら、今回の話が起こるまで知らなかったはずなのだ。
もうそれ以上の賛辞はおやめになった方が――
と止めたかったが、社長はどんどんと池田マリナを褒める。聞いていて恥ずかしくなるほどの賛美の羅列に、松井の方がいたたまれなくなった。仕事でなければさっさとこの場からトンズラしたい。

「いいんですよ」

とアルディ氏が顔の前に手をかざした。その顔には苦笑が浮かんでいる。

「は?」

言葉を遮られた社長は、目を開いてアルディ氏を見る。

「池田マリナはおほめいただけるような見るべき風貌は何もありません。漫画の方も、おそらく才能はないでしょう。それは御社の松井編集者がよくご存知です。――そうですね、他者と比べて抜きん出ているのは、物欲と食欲。あと生命力。それぐらいです」

社長は銅像のように沈黙した。

「私もたまに思うんですよ。どうしてあんな女に惹かれるんだろうと。――けれど、わからない。心と体を空っぽにして考えても、答えは出ない。目を閉じて暗闇の中で考えるんです。何時間も何日も。すると、私の頭の中に浮かんでくるのは、彼女の顔だけなのです。彼女が恋しくて恋しくてたまらなくて、夜が眠れなくて――

こいつ、確か天才じゃなかったっけ?
らしくなく、言葉を選ぶようにして、訥々と話すアルディ氏を眺めていた松井は、ぽつりと言った。

「恋、ですね。それは」

アルディ氏は、松井をちらっと意味深長な目つきで見た。そして満足そうに頷いた。

「ええ、恋です。だから、もう抗うのはやめることにしました」

それから彼はテーブルに両肘をついて、俯き加減で、グラスを手にとった。くるくるとグラスを弄ぶ。天井のダウンライトで、水がきらきらと反射を生じ、白い顔が照らされる。青い瞳が思いつめたように光った。

「早く会いたい。そして彼女に伝えたい。愛してると」

激情をこらえるように目をほそめるアルディ氏を見ながら、松井は、へえ、と思った。振り返れば、白妙姫の取材の頃から、アルディ氏は池田マリナに夢中だった。
あれから数年――
池田マリナがあのハーフと付き合っている間もずっと彼女をひたむきに思っていたのか。案外可愛い男じゃないかと、松井は内心ほくそ笑む。

「それにしても遅いですね」

場を取り繕うように社長が言った。その時だった。
コンコンとノックの音が響き、ドアが開いた。レストランのボーイだった。アルディ氏はグラスをテーブルに置き、立ちあがった。ほとんど反射とも言える素早い動きだった。

「お連れ様がお着きになりました」

ボーイは体を引き、右手を差し伸べて、後ろに立った客を部屋に案内する。
入ってきたのは、皆が待ちかねた池田マリナだった。社長も、椅子から腰を浮かせて立ち上がり、ドアの方を向いた。
ああ、やっときた。

――のだがっ!

松井はぎょっとした。

「ちょっと、あんた!」

思わず、そんな言葉が出た。松井は興奮するとオネエ口調になる。気持ち悪いとわかっているが、止められないのだ。

「なんでそんな格好してんのよっ! 今日はお見合いだっていったでしょう。ここがどこだと思ってんの。天下の帝国ホテルよ、なのに、なんでオーバーオールなのよっ!?」

現れた池田マリナは、夕方に出版社で会った時と同じ格好のままだった。
白いトックリニットに、よれよれのオーバーオール。赤いボンボンでくくった髪までそのままだ。もちろん顔はすっぴん。靴はスニーカー。それもかなりくたびれていて、青い生地の部分はほつれがでている。
よくこれでホテルロビーを通過できたものだ、などと変なことに感心しながら、松井が責めると、池田マリナはあっさりと「別にいいでしょ」と言った。

「だって、これがあたしだもん」

そういうと、彼女は、部屋の中に入ってきて、まず社長を見た。社長はというと、お見合いにあるまじき姿で現れた彼女にボーゼンとしている。さきほど端麗だ、素晴らしい女性だと褒め上げた反動が一気に出たらしい。

「はじめまして。池田マリナです」

ぴょこんとお辞儀をされて、「あ、ああ」と間抜けな返事をする社長。それ以上の言葉が出ないらしい。
それで仁義は通したと判断したのか、池田マリナは次に体の向きを変えた。黙ってじっとしているフランス男の方を見る。

「久しぶり、シャルル」

ああ、とアルディ氏は答えた。明瞭な音声をともなわないかすれた声だった。

「あたし、ここに来るの勇気がいったわ。今更見合いだなんて、恥ずかしいし。パラドックスであんな別れ方したのに、どういう顔して再会すればいいのかとも思ったし。でもね、あたし、考えたらあんたのこと好きだったのよ。アルディ家のために一生懸命がんばるあんたのこと、尊敬してたし、カッコいいと思ってたわ。だから、もし、あんたとやり直せるのなら、嬉しいなーと思った。
ここに来るためにデパートに寄って、服買ったり化粧したりしてこようかと思ったんだけど、やめた。だって、無理しても続かないもん」

池田マリナは小首を傾げてニコッと笑った。

「こんなあたしでもよかったら、付き合ってみる?」

部屋の中に沈黙が漂った。社長も松井もただじっと成り行きを見守っていた。
アルディ氏は炎のようにきらめく瞳で池田マリナを見つめていたかと思うと、テーブルの縁を回って、彼女の正面にやってきた。二人の間の距離が50センチ程度になった。身長差はおそらく30センチほどあるだろう。アルディ氏は首を折るようにして一心に池田マリナを、そして彼女は咽頭元をめいっぱい伸ばして彼を見つめていた。

「そのままの君がいい」

その瞬間――
池田マリナは笑った。松井は驚いた。
その時の彼女の顔は、今まで松井が見たことのないくらい可愛らしい笑顔だったのだ。例えると、花壇に植えられた濃いピンクのチューリップが、一斉に青空に向かってパアッとほころんでいくような。
なによ、あんた、こんな顔もできるんじゃない……っ。
胸の一番奥深いところがキュウンと締め付けられるような甘酸っぱい感覚がよぎった。年甲斐もなく胸が高鳴る。思春期に戻ったかのようだ。松井は「ああ、妻の真琴に会いたいな」と無性に思った。

「それにしても、シャルルさぁ」
「なに?」
「お見合いってなんなの? どうやって出版社の社長に頼み込んだわけ?」
「大したことじゃない。株を少々買い占めただけだ」
「えっ? まさか、出版社の乗っ取り?」

二人の会話を聞いて、松井はびっくり仰天して社長を見た。引きつった笑いを浮かべる社長の顔がすべてを物語っていた。

「やり方が姑息よ、シャルル」
「いいだろ。君が和矢と別れたって情報を得て、黙ってられなくて」
「えっ、あんた、あたしに見張りでもつけてたの?」
「………」
「シンジラレナイ」
「愛って独善的なものさ」
「最っ低――っ!!」

池田マリナはぽかぽかと彼を叩いた。だが、男の方はかえってその攻撃を喜んでいるようだった。
ほとんどじゃれあいのように言い争う二人を見ながら、松井はふうっとため息を吐いた。
「美男と珍獣」というフレーズが頭の中を駆け巡る。
ああ、なんてバカバカしいことに付き合わされたのだろうと思った。





Fin


ラズベリーナイト

$
0
0
窓から見える桜は、枝のつぼみがどんどん膨らんでいる。
あと何日で咲くかしら。
満開の桜、早く来い。
あたしの漫画も、サクラサク――!

仕事に没頭していたら、いつの間にか夜が遅くなっていた
手を休めて、自分のために入れたコーヒーを一人で飲んでいると、なんだか寂しくなる。
隣に誰かいてほしいなぁ、という気になる。

あたしは顔をあげて、部屋の奥に置いてあるテレビをじーっと見た。テレビはつけっぱなしだった。一人暮らしももう長い。今更、無音がこわいなんて思わないし、全然平気。
面白いテレビ、最近少なくなったなぁ。クイズ番組は答えわかんないし、ドラマはストーリー作りの勉強だと思って一生懸命かじりついて見てるけど、「次回が気になってどうしようもない!」というほど熱中できるものはそうそうない。ニュースやスポーツは基本的に見ない。

じゃあなんのためにテレビをつけてるんだよって感じだけど、うーん、音声って感じかなぁ。

お風呂に入るときも、どうしてか、テレビをつけたまま入っちゃう。
「エコは地球のため」ってわかってるんだけどね。
お風呂から出たとき、自分は真っ裸で、びしょびしょに濡れてる。その姿はとっても無防備。
なのに部屋はがらんとして、物音一つせずにシーンとしてて、家具や、小物ひとつひとつや、空気自体すらが息を潜めてこちらを観察しているみたいな、あの感じがちょっとだけ苦手なの。

だから、風呂に入る時もテレビをつけてるままにする。クイズ番組か、バラエティ番組が好き。
にぎやかな声を聞いてると、その中の一員になったみたいに思えてくるから。
音声を流し聞きしながら体を拭いて、化粧水で顔をパンパンしたあと、乳液で今度はなでなでする。鏡の中の自分に笑いかけてみると、「一日の汚れや疲れがとれてすっきりさせてくれてありがとう!」って、鏡のなかのあたしが笑ってる。「もうちょっと痩せないとやばいよ?」と余計なことまで言われて、あたしはフンと目を背け、パジャマを着て、ドライヤーで手早く髪を乾かした。

テレビはあいからわずにぎやか。ひな壇に並んだ芸人さんたちがおしゃべりをしている。
あたしはいうと、ぼーんやりと眠気もある。きっとこのままお布団にレッツゴーしたら、気持ち良く夢の中に入れそう。
でも、寝られない。だって、ここからがあたしの仕事時間。
あたしは気持ちを切り替えて(だけどテレビはつけたまま)ちゃぶ台にすわった。マグカップをお供に、目はテレビを見ながら、頭の中では仕事のことを考えていた。

まだ誰も考えたこともないような物語を作っていくのよ。
まず主人公は平凡な女子高校生。じゃあ相手は年上? それとも同級生? 年下?
漫画の世界ではいろいろなシチュがウケる。つまり、どのシチュも書き尽くされているわけで、そこであたしは新しい世界を作って、「池田の漫画、面白いじゃん♪」と松井さんに思ってもらわなくちゃならない。
あたしの考えたキーワードは、楽しい恋が苦しい恋に変わる瞬間。
恋愛って楽しいと思っていた主人公が、あることをきっかけに、人を好きになることってしんどいことだと気付いていく物語よ。

その「あること」とは何か?

やっぱり、思ったようにならないときかなぁ?
彼の気持ちがわからなくなかったとき。やきもちやいたり、いじわるいっちゃったり、ものすごく素敵なライバルが出現したり。
それで、主人公は「なんでこんなことしちゃうのーっ」と思うようなことをしてしまう。
恋愛が主人公の毎日を壊して、かき乱して、平静でいられなくなっていく……

「おお、ドラマチック! いけるかもしれない!」

俄然、あたしはノリに乗って、プロットを作った。
それから、多分、時間としては真夜中になっていたと思うんだけど、あたしがプロットの最後の一文字を書き終えて満足したちょうどそのとき、玄関ドアを軽くノックする音が聞こえた。

「オレだけど……寝てた?」

遠慮がちな声。
あたしはくすっと笑ってしまう。外から来たんだから、電気が煌々とついているのはわかったでしょう?
なのに、気遣ってくれるのね。――あんたらしくもなく。
あたしはデスクから立ち上がって、玄関に向かった。
とりあえずキリのいいところまで仕事は進んだ。内容的にも満足だ。あとは……。
ノブを回して玄関扉を押して開け、廊下の暗がりに立つ彼を、手招きして三和土に引き込んだ。

「ごほうびっ」

あたしが言うと、彼はきょとんという顔をする。

「え?」
「だーかーら、今日ものすごーく仕事がんばったの。ごほうびちょうだい!」

一歩先に靴を脱いで、戸口に上がった。彼は三和土のまま。その段差15センチでは残念ながらあたしたちの身長はうまらない。でもね、ほら……アレはしやすい距離でしょ?

「ん、ん、ん~~~」

人差し指で指しながらあたしは唇を突き出した。それで彼はようやくわかったようで、少年みたいな恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。
それから太い指をあたしのほおから耳の後ろにさしこんで、言った。

「じゃ、ごほうび」

あたしは彼の首に抱きついて、お澄まし顔を作って目を閉じた。密かな息遣いが近づく気配。そして、やわらかな唇が、あたしの唇にふんわりと、とても優しく重ねられた。あたしを包んだその唇は、ちょっと冷い。外から来たばかりだからね。でも、全く不快じゃない。かえって、脳内を刷新するような最高級のラズベリーシャーベットを味わっているみたい。

――こわい。
――さみしい。
――つまんない。

一人で抱いていた感情の何もかもが、唇という粘膜のふれあいだけで、簡単に溶け出していくのがわかる。

――仕事をがんばって、一日も早く認められたい。
――有名な漫画家になってみせる!

そういう風に、自分で決めた目標がいつの間にかプレッシャーに変わって、パンパンに張り詰めてしまっていたあたしの心。吸い合う唇は、そんな弾ける寸前だった風船みたいなあたしの心を、ゆっくりゆっくりと、ガス抜きしてくれる。緊張がほどけて、後には、ラズベリーの甘さだけが残っていく。


恋が楽しいだけのものじゃないことはわかっている。
だけど、こんな瞬間に――
あたしは、人を好きになるって、やっぱり幸せなことだと思うのよ。





Fin

4月の雑感

$
0
0
こんにちは、えりさべつです
桜も終わりましたね。今頃は東北で見頃なのかな?
今年はなんやかんやで、ちゃんとお花見しないまま、桜の時期を過ぎ越てしまいました

私は下戸ですので、私のお花見は、文字どおり「花見」です
桜の下に立って、花をじーっと見ます。
花の形を覚えられるほど、見つめます。
桜を全身で呼吸して、桜色に脳細胞が染まるほどになった頃、「あーお花見したな」という気になります。

そして「桜」は、我々シャルルスキーにとって、大事なものですね。
「彼も見たいと思っているのかな」
なんて思いながら見る桜。もちろん、家族と一緒に写真を撮ったり、青空と桜のコントラストを楽しんだり。
優雅な時間を過ごすということが、春の贅沢だったりするのですが……。
なのに、今年はそういう時間が持てずに、残念でした。
来年は見たいな

4月期のドラマで「貴族探偵」というものがありますね。
ちょっと去年の「IQ246」を思い出しますが、主役の方の演技について、「貴族感があるのないの」とネットでは賛否両論なようです。が、「貴族感」ってなんだろうって改めて思いました。
わたし、リアル貴族は知り合いいない(笑)
だから、「貴族らしい」って本当はわからないはず。

思えば、私の「貴族感」って、ひとみ作品で形成された部分が大きいです。
他の漫画作品の影響ももちろん受けていますが、やっぱり、シャルルのイメージが強い。
でも、今、マリナシリーズを実写化されても、わたし的には受け付けられないと思うのです。
だって、リアルシャルルって、誰がやっても「うわおーー」って悶絶しそう…。

漫画や小説の実写化を企画される方は、とっても勇気があるなぁと思う日々です。


さて、ようやく4月の生活も落ち着き、PCに向かう時間もとれるようになりました。
皆様のところにもご訪問できずにすみません、少しずつお邪魔させてください。
私自身のブログ活動も、またマイペースで続けていけたらいいなと思っています。
ひとまず「聖戦」を再開します。
あと10話以内で終わる予定です。
明日、第62話をお気に入り登録者様限定で公開します♡

それでは、何かと忙しい春ですが、皆様もどうぞご自愛くださいね♪

愛という名の聖戦(63)

$
0
0
《ご注意》第一話の注意事項をご確認の上、ご了承いただける方のみ閲覧下さい。
■7~53、58、60~62話はお気に入り登録者様限定です。シャルルが病気設定です。閲覧は自己判断でお願いします。





愛という名の聖戦(63)




あたしはミシェルのことを信用していない。
だって、シャルルを失墜させたいからって、何の関係もない和矢を殺そうとした人よ?
根性がひね曲がっているわ。
とてもじゃないけど、人間的に受け入れられない。
でもね、ミシェルのIQは、シャルルよりもずっと高いし、あの当主争奪戦いの一件で、彼がシャルルに負けず劣らずの完璧主義だとわかった。
その彼が、これだけの自信をもって言うんだもの、信じても……いいのかもしれない。

「あっちね!?」

ミシェルは頷いた。

「ウイ。確かめてみれば?」

あたしは彼をじっと見て、挑戦的に輝く灰色の瞳の中に真実を探し、それを確認してから、ミシェルから視線を外して、狂ったように赤土のヘリポートを蹴って走りだした。
もちろん、彼がおしえてくれた茂みに向かってよ。
死んだと思ったシャルルが生きていると思うと、心が燃えた。
待っててシャルル、今行くわ!

「待ってください、マリナさん、私も行きます」

ジルがすぐさまついてきた。
あたしたちは戦闘機の残骸を避けながらヘリポートを駆け抜け、ミシェルが指差した茂みに飛び込んだ。
茂みに一歩足を踏み入れると、そこは深い森だった。
ヘリポートを焦がすように照りつけていた太陽はまったく遮断されて届かず、同じ島内とは思えないぐらい、薄暗くひんやりとしていた。
道とよべるようなものはどうやらないようで、高低様々な木が思いのままに生い茂っている。
乾いた赤土のヘリポートとは違い、湿地帯になっているらしく、靴がほんのわずかに沈む感触がする。
あたしは前を見渡した。
ブナに似た平たい葉の背の低い枝振りの良い木があたしたちの行き手を塞いでいた。

「シャルルーーーっ!」

彼の名を呼んでも、返事はない。
ただあたしの声が、自分の耳にこだましていくのを聞いただけだった。

「探しましょう、マリナさん」

力強くジルが言った。あたしは頷いた。
あたしたちは手分けしてそこらじゅうを見て回った。
声を出し合って迷子にならないようにしながら、太い枝をかいくぐって、懸命にシャルルの姿を探したの。

「シャルルっ、どこ? どこにいるの?」

あたしのすぐ後ろの梢がゆれて、ビクッと振り向くと、カラスのように真っ黒い鳥が突然飛びたった。
驚いたあたしは尻餅をついてしまい、たちまちキュロットがじわっと湿る感触がした。
うう、きもちわるい……。
不快感をこらえてあたしは立ち上がり、なおもシャルルの姿を求めて前に進んだ。
ジルもいつもの冷静さを捨てた声で叫んでいた。

「返事をしてください。シャルル、シャルル?」

ああ、お願い、見つかって!
この茂みにパラシュートごと飛ばされているはずだと言った、ミシェルの想定がどうかドンピシャでありますように!
これまでミシェルとはいろいろあったけど、あいつの言う通りになりますようにと祈ったのは、初めてだとあたしは思った。
その時だった――。

「マリナさん、来てください! シャルルがっ!」

ジルの悲鳴のような声があがった。
きゃあ、今行くわ!
と走ろうとした途端、見事にすってんころりん!
うわーん、泥だらけ!
だって、この地面、なんだか土がぐちゃぐちゃしてて滑りやすいのよ!
あたしは地面に両手をついて立ち上がり、果敢に前に向かって走りはじめた。
そのあとも結果的にジルの元に辿り着くまでに何度も転び、あたしは手も靴もどろどろになってしまったのよ。
でも、いい、シャルルが生きているなら泥だらけで。
あとで、療養棟のシャワーを借りられるかどうか、ミシェルに聞こうっと!
ジルは地面に腰を下ろして、誰かの頭を抱き起こしていた。
そばの木には、ぺしゃんこになったパラシュート本体が、梢に引っかかるようにして絡まっていた。
あたしは駆け寄った。

「シャルルっ!」

早く顔が見たくて、あたしはジルのそばにひざまずき、ヘルメットを乱暴に脱がした。

「ああ、マリナさん、慎重に! 頭部を打っているかもしれませんから」

現れたその顔は、確かにシャルルだった。
雪のようにキメの細かい白い肌。長い睫毛。天使のようなカーブを描いたほお。甘美な感じのする唇。輝くばかりの白金髪。
部分品だけ見ると、ミシェルとそっくりなんだけど、あたしにはわかる、これはシャルルよ。
ほんのわずかに紅潮したほおが、それを証明している。
病気が彼のほおを、平常時よりもあざやかな血色にしているのよ。
彼は、黒いボーターラインの入った白つなぎを着用していた。
木の枝で擦れたあとはかなりあり、汚れているが、血の跡などは一切なく、外傷がないとわかってあたしはひとまずホッとした。
ジルはあたしにシャルルの頭を抱えるように命じた。
あたしが膝に彼の頭を乗せると、彼女は彼のパラシュートの装具を外し始めながら、よく通る声で手早く言った。

「マリナさん大丈夫です。シャルルは気を失っているだけです」

ああ、よかった!

「飛ばされた場所が茂みであったことが、幸いしました」

茂みが?
あたしが聞くと、ジルは大きく頷いた。

「高所落下からの生還率が最も高いケースとして、落下地点に茂みや湿地帯があった場合が報告されています。クッション材となって、衝撃を吸収してくれるからです。今回も、葉の生い茂ったこの枝たちが、シャルルを受け止めてくれたのでしょう。これがもしヘリポートや海面に激突していたとしたら、即死していたはずです」

なるほど、じゃあ、本当に運が良かったってことなのね。
待って、ということは、もしもちょっと間違ってヘリポートの方へシャルルが飛ばされていたとしたら、あたしの眼の前にシャルルが叩きつけられていたのかもしれないってことになるわけで……。
ぞくっ。
全身を悪魔がざらりとした舌で舐めたような悪寒が走ったあたしは、その恐ろしい仮定を頭の中から打ち払いつつ、シャルルの持つ強運に心から感謝しながら、彼のほおを優しく叩いて「シャルル、シャルル」と呼んだ。
わずかにシャルルは身じろぎをした。
ああ、生きてる、生きてる!
感動しながら、三、四回繰り返し呼ぶと、白い花弁のような美しいまぶたが、ゆっくりと花開くように持ち上がっていき、そして、あたしの大好きな灰色の瞳が生命力を宿らせて現れた。
あたしはもうそれだけで泣いてしまいそうだった。
シャルルは焦点の合わない瞳で、あたしを見上げて、直後、ハッとしたように目を見開き、あたしの腕を強く掴んだ。

「……マリナ、マリナかっ!? どこもなんともないか!?」

あたしは、何度もうなずいた。

「あたしは大丈夫よ、この通り、元気」

次の瞬間、あたしを強い力で掴んでいたシャルルの手が、ふっと緩んだ。
シャルルは安心したように深い吐息を一つ吐いた。
それから天使もかくやと思うほど綺麗な微笑みを浮かべて、ひどく眩しそうに目を細めて、あたしを見つめて言ったの。

「ああ、よかった、君が無事で本当に良かった……。もし君に何かあったらと思うとたまらなかった。頼むマリナ。もう二度とこんなことはしないでくれ。君がオレのためを思ってくれるのなら、どうかオレのこの願いを聞いてほしい」

シャルルの灰色の瞳の中に、悲しみと切なさが輝いていた。
あたしはそれを見て、胸が引き裂かれるような思いになった。
ああ、悲しませた!
シャルルの強いまなざしに晒されて、あたしはその時はじめて、彼がどれだけあたしのことを思ってくれていたか、そしてどれだけ彼に心配をかけていたのかを、つくづく思い知ったのだった。
あたしはたまらなくなって、シャルルの柔らかな羽根のような頭をぎゅっと抱き寄せたの。
ごめんね、シャルル。
いっぱい心配かけてごめん……っ。
あたしが謝ると、彼はあたしの腕の中であたしを見上げて、「本当だよ」と言いながら、ゲンコツを作ってあたしの額を下からコツンと叩いた。

「とても心配した。君は、病人のオレに心配ばかりかける。いつになったら、君は大人の女性になってくれるのかな? ねえ、子供っぽいマリナちゃん?」

うう……。
返す言葉がないわ。
あたしが落ち込むと、シャルルは微笑んで、あたしのほおを指先で優しく撫でた。

「冗談だよ。無理して大人にならなくてもいいさ。オレが君を守ってみせるから。世界中の誰にも、一ミリだって傷つけさせやしない」

あたしはドキッとした。
もちろんあたしの体は五体満足、どっこも怪我してないし、もちろん病気にもなってないわ。
目の前で戦闘機とミサイルの激しい空中戦が繰り広げられたけど、あたしはそれを建物の中から見ているばかりだったんだもの、怪我のしようがない。
だから、無事といえば無事だったんだけど……。
ミシェルとのことがあったから、あたしは返事に一瞬口ごもった。
そのあたしのためらいを、敏感なシャルルは見逃してはくれなかったの。
電流が全身に通されたように、ピクピクッとあたしの腕の中で鋭い身じろぎをした彼は、あたしの腕をとって、素早く体を起こした。

「……っ!」

シャルルが低く呻いて、胸を押さえてうずくまった。

「大丈夫? どっか痛いの?」

あたしは慌てて彼の背中を起こしたんだけど、彼は首を振りながら、あたしの手を掴んでそれを止めた。

「大丈夫だ。肋骨が数本と、それから左の上腕部が折れているようだけど、たいしたことはないよ」

肋骨と左腕の骨折っ!?
たいしことあるじゃないのよ、痛いわよ!
あたしは慌てたんだけど、シャルルはそんなあたしの動揺などまったく無視して、あたしの目をじっと見て、訊いてきた。

「それよりマリナ。君は一体、この島で、何をした?」

うわっ、きた!
これにあたしはどう答えればいいの!?
まさか、正直にありのままミシェルとのことを話すわけにはいかない。
そんなことを言ったら、シャルルがどうなってしまうのか、あたしは考えただけで恐ろしかった。
かといって、公明正大に嘘をつくのも嫌だった。

「話せないようなことをしたのか?」

底まで透き通るようなクリアな瞳で見つめられて、あたしは自分がまな板の上の鯉になった気分だった。
嘘もつけない、かといって正直にも言えないなんて、あたしは一体どうしたらいいのだろうか。
あたしは二進も三進もいかなくなって、救いを求めて目を彷徨わせた。
すると、こちらを気遣わしげに見ているジルと、バチッと目があった。
わーん、ジル、助けてっ!
あたしの心の中の祈りが届いたのか、ジルは高級なバラのように整った笑顔を浮かべて、あたしとシャルルの間に口を挟んできた。

「シャルル、マリナさんはご覧の通り無事ですよ。マリナさんは熱意ある説得で、ミシェルの心を動かしたのです。お分かりでしょう。彼女は人の心を動かす力を持っています。ミシェルはマリナさんの深い愛情に心動かされて、あなたのドナーになることを承知してくれました。ちょうど、私とミシェルが入れ替わる形で、マリナさんはミシェルを連れてアルディ家に帰ろうとしていたところだったのです」

ジルがそう言うと、シャルルはあたしから体を離してよろりと立ち上がり、ジルの方を向いた。
その瞳は射るように鋭く、氷のように冷たかった。

「ミシェルが心動かされて、だと? ジル、君はそんなことを本気で言っているのか?」

あたしなら、あんな目で凝視されたら、ごめんなさいとすぐに白状してしまいそう。
だけど、ジルは全く臆する様子も見せず、笑顔を崩さずに、風に揺れる花のように、たおやかに頷くだけだった。

「ええ。彼も良いところがありますね。見直しました」

さすがジル、えらい!
あたしは心の中で彼女に大拍手を送った。
だけどシャルルは信じられないとばかりに、ますます眼差しを強くした。

「ジル、オレの目を見て答えろ。今、君の言ったことは真実だと誓えるか?」

さながら裁判官のように厳しい追及に、ジルは一瞬の躊躇もなく答えた。

「はい、誓います。どうか信じてください。この魂には一点の曇りもありません」

あたしは自分が本来ならばすべき誓いをジルに背負わせて、ただハラハラと見守るしかできない自分を、思いっきり呪った。
えーい、あたしの馬鹿、あほ、間抜け!
自分のお尻も自分で拭けないようでどうするのよ。
でも、バレたらシャルルが荒れてしまうし、それにあたし自身も正直に言うと、シャルルにだけは知られたくないと思ってしまったのよ。
あたしってこんなに卑怯者だったかしらと、あたしが心から自分自身を蔑んだその時だった。
パキリという音がして、そちらを向くと、ヘリポートのある方角の木陰から、青いつなぎ姿のミシェルがゆらりと姿を現すところだったの。

「アロウ、シャルル、久しぶり」

緊迫した空気にそぐわないのんきな口調で、ミシェルは言った。
あたしがこの双子をそろってみるのは、アルディ家当主争奪戦の際、薫の兄上の死刑執行に備えて日本に向かうために用意させたジェット機の前で二人が対峙したあの時以来だった。
あの時は、シャルルが太陽で、ミシェルが月だと思った。
いくらルパート大佐に追い回されようが、ヤコブ・メルシエに拷問されようが、シャルルはいつでも光り輝いていて、ミシェルはその彼にとって変わろうとする影のような存在にすぎなかったの。
ミシェルがシャルルを追い落とそうと傲慢な態度に出れば出るだけ、シャルルがどんどん際立っていったのよ。
でも、今、あたしの目の前で真っ青なツナギを着ているミシェルは、あの頃とは違い、まるで大空の化身のようにあでやかで美しく、立っているだけで見るものを魅了するような存在感を放っていた。







next

愛という名の聖戦(64)

$
0
0
《ご注意》第一話の注意事項をご確認の上、ご了承いただける方のみ閲覧下さい。
■7~53、58、60~62話はお気に入り登録者様限定です。シャルルが病気設定です。閲覧は自己判断でお願いします。





愛という名の聖戦(64)



シャルルは、目の前に不意に現れた自分と瓜二つの顔を睨み据えて言った。

「まだ生きていたのか、この死に損ない」

その声は、あたしの体を心配してくれていた時の優しい響きとはまるで違って、とても低かった。
ミシェルはクッと笑いながら、周囲の木を優雅な仕草でかき分けて、シャルルの前に立った。

「死に損ないはシャルル、君だろ? 一歩間違えたら今頃は天国だったぜ? 可愛いマリナちゃんをおいていっちまうのは無念だろ。よかったな、無事でさ」
「フン、馬鹿馬鹿しい」

シャルルは、苦しそうに胸を右手で押さえながらも、ミシェルから目をそらさずに、上半身を前のめりにして、せせら笑った。
グレーの透き通る瞳が冷たく光り、額からこぼれ落ちた前髪の間から、まっすぐにミシェルを射抜いた。

「たまたまオレが助かったと思っているのか? 違うね。ミサイルの発射角度と爆風のスピード、方向、熱量など、すべて計算した上で、オレは、戦闘機から脱出したんだよ。オレは自分で結果を選択できる。ルパートという能無しにすがっても、当主の座を得られなかったお前のような凡人とは違うさ」

ミシェルの顔色がさっと変わった。

「もう一度言ってみろ。オレが凡人だと?」
「ああそうだ」

シャルルは唇を歪めて頷いた。

「貴様は凡人だ。だから、こんな島に幽閉されてたんだろ? 凡人で負け犬のミシェル・ドゥ・アルディくん?」

負け犬、というところに、シャルルは、特にアクセントをおいた。
途端、ミシェルの灰色の目に激しい怒りが燃え上がり、二人の間には火花がバチバチっ!
わーんっ、こわい!
あたしが固唾を飲んで、二人を見ていると、ジルが双子の間に割り込んだ。

「お話は、ひとまずその辺りで終わってください」

テキパキとそう言い、ジルはシャルルのそばに寄って、ミシェルを振り返った。

「ミシェル、残っているミサイルの発射装置を切れますか?」

怒りが削がれた形のミシェルは、面白くなさそうに、ぷんとそっぽを向いた。

「療養棟に戻ればできるけど」

ええっ、ミサイルを止められるの!?
ミシェルによると、療養棟の中にある事務室に、ミサイルの集中制御装置があるから、忍び込んで、ホストコンピュータをいじれば止まるという。

「総督ランサールをはじめ、スタッフは全員避難して事務室は無人になっている。時間は多少かかるかもしれないが、システム解除はできると思う。ちなみに事務室の扉は、このピンで開閉可能だ」

A級療養者棟の錠を開閉したときに使ったピンを手にしながら言うミシェルに、ジルは頷いて言った。

「では、早速戻って、発射システムをオフにしてください。一刻も早く本土に戻って、シャルルを治療しなくてはなりません」

そうだ、シャルルは骨折しているのよ。
本当なら、こうやって立っているのも辛いはず。

「さあヘリポートに戻りましょう」

ジルがシャルルの右腕をとって、介添えをしようとした。

「ジル、待て」

シャルルは、そんなジルの手を肩を震わせて振り払った。
そして透明な高い声で言ったの。

「オレの質問がまだ途中だ。ミシェルも来たのならちょうどいい。マリナがこの島で何をしていたのか、こいつに訊くことにしよう」

その瞬間、ジルはあたしの目からもはっきりとわかるぐらい蒼白になった。
きっとジルはわかったのだと思う。
シャルルが、自らの尊厳と誇りにかけて、これ以上のごまかしや言い訳を許さないと宣言しているのを。
それを悟り、ジルはこれからどうすればよいのか、取るべき方策を失ってしまったのだろう。
そうだ、シャルルをごまかせるわけがなかったんだ。
シャルルは必ず真実を求め続けるに違いない。
隠しきれない。
あたしは、心臓がドキンドキンした。
もうだめだ、覚悟を決めよう。
シャルルを愛しているのならば、あたしは彼に対して真実でなければならないんだわ。
もしここでジルがごまかし続けてくれたとしても、シャルルは不信感をいだき続けて、それは結果としてあたしたちの関係を壊し、愛は失われてしまうだろう。
それくらいなら、ちゃんと話して、シャルルの怒りを受けた方がいい。
あたしにとって一番大切なことは、シャルルが生きることよ。
そのためならば、裁きを受けよう。
よし、言おう。
ミシェルに協力してもらって、造血幹細胞移植を受けて欲しいって。
そのことがどれほどあんたにとって屈辱的かはわかっているけれど、あたしのために生きて欲しいって、心を込めて彼に話そう!
あたしはそう決心して、その思いを固めるために、一度目を閉じ、暗闇の中で、気を落ち着けたの。
両手も体の脇にくっつけて、ぎゅっと握りしめた。

「いいよ。話してやるよ。マリナちゃんはね」

ミシェルが楽しそうに話し出した。
その口調は、あきらかにこの状況を面白がっていた。

「まって! ミシェル、あたしが話す!!」

大声で叫ぶと、ミシェルの声が止まった。
あたしは唾を一回飲み込んでから、思い切って顔を上げた。
三人が、あたしをまっすぐに見つめていた。
その中で、あたしは、思いつめたように光るシャルルの灰色の瞳だけを見つめて言った。

「シャルル、あたしね、あんたを裏切ったわ」

シャルルが目を見開いた。
青に限りなく近い灰色の瞳の中に、絶望の色があざやかに生まれてくるのを見て、あたしは、心臓が喉まで上がってくるのを感じた。
こわい。
自分を救うために、あたしがミシェルとベッドを共にしたと知ったら、シャルルはなんていうだろう。
怒り、悲しみ、あたしのことなんて、憎悪してしまうかもしれない。
そう考えると、あたしはぞっとした。
彼に嫌われると思うと、この世のすべてから見捨てられるような思いだった。
でもいいっ!
たとえ、シャルルから嫌われても、憎まれてもかまわない。
シャルルが絶対にやめてくれと言ったことをやってしまったあたしは見捨てられてもしようがないんだもの。
愛と命は天秤にかけるようなものじゃないってわかっているけれども、あたしは、シャルルが生きることを選択してくれるなら、それでいいっ!
辛いけれど、きっと耐えていける!
そう思いながら、あたしは臆病になりながる心を彼への愛で激励して奮い立たせて、言った。

「あたしね、ミシェルと」
「マリナさん、ダメです!」

その時、突然、ジルが両手をあたしにかざしながら、金切り声で叫んだ。
あたしは目をむいてジルを見た。
ジルは、歯を食いしばりながら、あたしに向かって激しく首を横に振っている。
拒否の意志を全身で発したジルの様子に、必死にあたしを守ろうとしてくれている彼女の気持ちが、痛いほどに伝わってきて、あたしは胸が熱くなるのを止められなかった。
ジルは本当に素敵な女性だ!!

「いいのよ。もういいの、ジル」

あたしは感謝を込めて言った。

「ありがとうジル。それから、あんたに責任を押し付けるようなことをしちゃってごめんね。でも、やっぱり自分のしたことは、自分で責任をとらなくちゃいけないんだわ。あたしはシャルルへの愛でこの島に来たのに、卑怯者になってこの島を出るところだったんだわ。それはシャルルを裏切ることだし、あたしを信じて、あたしを見守ってくれたジル、あんたをも裏切ることだったのよ。もし、あたしがこのまま真実を黙っていたら、あたしは、きっとすぐ、そんな自分のことが大嫌いになっちまったと思うのよ」

すると、ジルはハッとしたように目を見開き、直後、片手で口を覆って、あたしから顔を反らせた。
短くなった髪のせいで、すっきりと見える白いうなじから、ブラウスに覆われた細い肩が小刻みに震えていた。
ああジルはあたしの気持ちを受け留めてくれたんだ、と思った。
ありがとう、ジル。
もう一度お礼を言ってから、あたしはシャルルを見た。
そうして、彼の雪の華のような美しい顔を見つめながら、自分の心をきちんと確認して、整理して、そこに曇りがないかどうかをもう一度見直してから、それを一つ一つの言葉に、慎重に紡ぎだしていったの。

「真実を告げる前に、あんたに言っておくわ。これから話すことについて、ジルには全く責任はないの。ジルは、あたしのためを思ってくれただけよ。それを了解してくれないと、話すにはいかないわ」

シャルルは一瞬、目を見開き、その瞳にさっと影をよぎらせた。
直後、彼は、顔を伏せ、甘美な感じのする唇を皮肉げに歪めて、短く言った。

「わかった。もういいよ」

あたしはびっくりした。
え?
もういいって?
驚くあたしから視線を外して、シャルルはおもむろにミシェルの方に向き直った。
そして、彼は、地底で響くような声で、つぶやくように言ったのだった。
シャルルの胸の前で握られた拳は、小さく痙攣していた。

「貴様、よほど死にたいらしいな」

その一言で、あたしは、彼が、あたしとミシェルの間に何があったのかを悟ったことに気付いたのよっ!
ううっ!
追い詰められた気分のあたしの前で、ミシェルは平然とした様子で腕を組み、からかうように言った。

「色気がないように見えて、お前のマリナちゃんは結構可愛かったぜ。陶酔に浸る瞬間は、なかなかに色っぽい」

ミシェルが笑ったその瞬間、シャルルは骨折しているとも思えないほど俊敏に動いて、右腕を振り上げて、ミシェルを殴りたおしたのだった。
ひえっ!
ミシェルが派手に地面に倒れ込み、あたしは、思わず悲鳴を上げて、口を手で覆った。
ミシェルはすぐに身を起こして、手についた泥を振り飛ばし、ペッと血を吐きながら、怒りの目でシャルルを振り仰いだ。

「ちっ。乱暴なやつ。これから、オレの世話になるってのに、感謝がないね」

その声に押しかぶせるように、シャルルが答えた。

「ミシェル、頼む。オレにお前の造血幹細胞をくれ。移植のドナーとなり、オレがこの先も生きられるように協力してほしい」

淡々とつぶやくシャルルの端正な顔を、あたしは呆然として眺めた。
シャルルが、ミシェルにお願いしたっ!
グレーの瞳を半ば伏せたシャルルの顔は、彼独特の物憂げで、孤独をたたえた無表情で覆われていた。







next
Viewing all 577 articles
Browse latest View live