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Channel: りんごの木の下で
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【マリナBD短編】「ハジメテ」

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「あっ、やめて……?」

あたし、ハジメテなんだから。

「ダメだぜ。まだまだだ」
「本当に……ああ…っ!」
「そんなこと言って、まだ大丈夫だろう?」

大丈夫じゃないわ。
ほら、こんなに震えてるの。

「お願い、これ以上……あんっ」

瞬間、ブラシが宙を舞った。
パフッとファンデーションの粉が畳に散って、ああ、もったいない。

「いい声だね。メイクなんか止めて、あたしとメイク・ラブするかい?」

そう言うと、薫はいきなりあたしの首を引き寄せてキスしようとしたのよっ!
ぎゃあ、花の操が奪われるっ!!
あたしは慌てて薫をドーンと力のかぎり突き飛ばした。
あんたに身も心もまかせきってる、かよわい乙女になにすんのよっ!?
そもそも、あんたがあたしのほっぺたに添えていた手を、突然、耳の下に伸ばすから悪いんでしょ。
あたしは耳が弱いのよっ、親友ならそれぐらい知っときなさい!

「フン。いい態度じゃないか。それにしても、やりにくくてしょうがないったらない! マリナおまえさん、ちょっとの間ぐらい、じっとしてられないのか?」
「充分じっとしてるじゃないのよっ!? さっきから、あたしは自分がお地蔵さんになったつもりなんだからねっ!」
「それなら、いっそのこと鎌倉に運んでやろうか? あのどでかい大仏の隣に座ってれば、結構名物になるぜ、眼鏡をかけた変な女のお地蔵さんが出現したってね」

薫はひーひっひとお腹を抱えて笑い出した。
ああ、これも漫画家のサガね。
大仏のとなりに、お地蔵さんといえば定番の、あの赤い前掛け姿で鎮座する自分がリアルに思い描けてしまって、あたしは怒りが、頭のチョンチョリンの先まで大沸騰っ!
やい、薫っ!
あんた、中学からの親友に対して、言うことはそれしかないの、この皮肉屋!!

「それならあんたが大仏とならびなさいよ」

途端に薫はピタリと笑いを止めて振り返る。

「なんであたしがっ!?」
「いいじゃない。たださえ、人前にでる商売してるんだから。ヴァイオリンもって大仏のとなりに立つ……プッ! それ、最高っ! おばあちゃんのファンがさらに増えるわよ! 最近、人気なんだって? いよっ、『薫ちゃん』!」

きゃはははとあたしが笑い出した瞬間、顔の真ん中に、白い粉をこれでもかとつけたパフが力一杯投げつけられた。

「ぶほっ!!」
「あたしゃ、もう知らん。好きにやってろ」

薫はさっさと立ち上がって部屋を出て行こうとする。
あたしは顔からさーっと血が引いて行くのがわかった。
まずいっ!
ここで見捨てられたら、薫にメイクしてもらって大変身という計画が、すべてパァよ!

「薫っ、待って!」
「化粧道具はすべて置いて行ってやるから、自分でやれ」
「無理よっ! あたしはお化粧なんて生まれてから一度もやったことないんだものっ、歌舞伎役者になるのがオチよっ!」
「歌舞伎役者なら簡単だろ。塗りたくればいい。どんなに間違ってもお岩さんになるだけだ。それなら女だしね。まぁ、どちらにしても、すごい思い出になるし、アイツが驚くこと、うけあいだぜ」

あまりにも確信めいた答えに、あたしははたと考え込んでしまった。
それもそうね。
塗るだけ塗って、驚かせてみようか……って、お化け屋敷じゃないんだいっ!

「あたしはね、ロマンチックにいきたいのよっ!」
「そいつは歌舞伎役者やお岩さんに失礼だぜ。アイツらも充分ロマンチックだ。お岩さんなんか、夫を寝取られた恨みで、何百年もさまよってるんだぜ。ロマン以外の何者でもない」
「そういうことじゃなくてっ!」
「ロマンは自分で作んな、じゃあな」

あっさり言い捨ててから、ガタついた玄関扉のノブに手を伸ばす薫に、

「お願いよ、薫、いや、薫様。このお願いを聞いてくれたら、聞いてくれたら……あたしの千人を超える友達をあんたのコンサートに動員するわ! 今度のマンガはあんたを主人公にするし、あんたの似顔絵入りの響谷薫ファンクラブ通信だって作るわよ! それから、それから、えっとえっと……」

思いつく限りの条件を並べ立てたけど、ガチャッとノブが回る音がして、あたしは慌てて叫んだ。

「やっと恋が実ったのよ! だから、絶対に大事にしたいのよっ!!」

すると、薫の身体がピタリと止まった。
一瞬、その場で黙り込んでいたかと思うと、すぐに振り返って、戻って来てくれたのっ!
どの条件が彼女の心を打ったのかしら?
まあ、いいわ。
結果よければすべてよしよ!

「目を閉じて。次に笑ったら、おでこに目ん玉100個描いてやる」

それじゃあ、まさしく百目小僧!
本当にお化け屋敷になるじゃないのよ。
心底恐れたあたしは、それからというもの、それこそ借りて来た猫みたいに大人しく、薫のメイクに身を委ねた。
手を動かしながら、薫が言った。

「……それにしても、なんでこのボロアパートで過ごすんだ? 今日はおまえさんの誕生日だろ? キザなアイツならディナーしてホテルで夜景とか、そういうイメージだけど」
「わかんないわ」
「ふーん」
「なに? 薫?」
「いや、何でもない。それにしても、おまえさんも変わったね。化粧して恋人を待つ、なんてさ」

そう言われて、あたしはカッと赤くなってしまった。

「ま、自分の部屋で初体験ってのもオツなものさ。ああ、我が親友マリナちゃんが、ついにオトナの階段を上るってわけだ」

なんて言い方すんのよ、お下品薫!
……でもね。
多分、そうなると思ってる自分がいる。

「お、当たりか!? 祝杯だな」

うるさい、おまつり薫。
あたしはドキドキしてるのよ。
大好きだから、そうなってもいいと思ってるけど、どこかで怖いの。
痛いかなとか、こんなあたしで嫌いにならないかなとか、色々考えちゃうし、それでも、不思議な引力みたいなので、そっちに引き寄せられる力があたしの中に働いているの。
今夜はきっと特別な夜になる。
だから薫にお化粧を頼んだ。
ほんのちょっぴりでも奇麗だなと、思って欲しかったから。
ますます真っ赤になったあたしが何も言えずにいると、薫は器用な手つきで小さな筆にルージュの容器からすくって、あたしの唇にひいてから、「完了」と言った。
あたしを立たせて、じぃっと見つめる。

「自信もちなよ。……奇麗だから」
「……ほんと?」
「男ってのは、自分の好きな女が、世界一奇麗に見えるもんだよ」
「それって、あばたもえくぼってこと?」
「おまえさんは、あばたにキスしてくれる男を選んだんだろう?」

胸が熱くなって、薫を見つめ返した。

「ありがとう」
「どういたしまして」

薫は鮮やかな笑顔で笑ってから、おもむろに立ち上がって窓辺で携帯電話を取り出して、小声で何やらこっそりと一言二言を話した。それから「じゃあ、帰るか」と言った。
扉まで来て、薫はぴたりを足を止めた。

「あとであたしからのバースディプレゼントが届くから、受け取ってくれよ」

プレゼント?
うわぁ、嬉しいっ、何かしら!
手を叩いて喜ぶあたしを見ながら、薫はニヤニヤと笑って、帰って行った。
それから一時間後、届いたプレゼントについては……。
しかもそれを二人で受け取るはめになったものだから、あたしはもう何も言いたくない。
薫のばかやろうっ!
気の回りすぎる親友は……恥ずかしいのよっ、覚えとけっ!







《Fin》



マリナちゃんバースディ。
長編でお祝い済みですが、短編もしてみました。
相手はご自由にご想像ください。
薫のプレゼント(笑)さて?

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