愛すればこそロマンチック(6)
6 姉妹の絆が壊れるとき
それからというもの、エリナは土庭にべったりと座り込んでわーわーと子供のように泣き続けるし、だんだんと日が傾いて足元から凍りつくように冷え込んでくるし、かといって近くにコンビニもショッピングセンターもないから暖をとる場所もないしで、あたしはもう考えることを放棄して路傍の石にでもなってしまいたい思いだった。
しかし、くさってもあたしは姉。
ここであたしがしっかりしなきゃあと、あたしはなけなしの理性と知恵を総動員して振り絞り、すばらしいアイディアを思いついたのよ!
「エリナ、ピエールの似顔絵を作ろう!」
するとエリナは、涙にくれた顔を上げた。
「似顔絵?」
「そうよ。あたしが描くわ。そしてこの近所の家に聞いてみましょう。ピエールが来ていたら、見かけた人が一人や二人は絶対いるはずだもの!」
この提案にエリナは元気を取り戻したらしく、たちまち笑顔になって、あたしたちはサミュエルの家の戸口に陣取って、ピエールの似顔絵作成に取り掛かったのだった。
漫画家の必須アイテム、鉛筆とメモ帳。
それも罫線のはいっていない白地のもの。
今回は結婚式に出るだけだから、さすがにいらないかなと思ったけど、さっきの『わかっている事実メモ』にも使えたし、持ってきてやっぱりよかった!
理想を言うとスケッチブックがいいんだけど、それに筆記具もパステルや絵の具がほしい。
が、どんな状況だって描くわよ、あたしはプロだもん!
ああ、いかなる時でも絵を描くことを忘れないこの高邁なハングリー精神が、いつかきっと漫画の世界で大輪の花に咲かせるに違いない。
あたしは近い未来に来るべきその日を夢見つつ、誠実に鉛筆を走らせて、エリナとふたりで身を寄せ合いながらあーでもないこでーもないと言うこと三十分、ついに似顔絵は完成した。
あたしとしては渾身の出来だったのだけど、エリナは不満そうだった。
「うーん。あんまり似てない。ピエールの顎はもっと高原を飛ぶ鷲みたいだし、瞳は深夜に燻したアーモンドみたいで、口はとろけるショコラ、鼻はアルプス山脈なのよ」
やかましいっ!
あんたの教え方がわかりにくすぎるのよっ!
とろけるショコラって、とろけちまったら形がないじゃない、描けないわよ!
「とにかく『ピエール』って名前をつけとけばわかるわよ。フランス語でピエールって書いてよ」
途端、エリナは腕を組んで、小首をかしげて、片手をすぼませた口にあてた。
「おねえちゃん、フランス語でピエールってどうやって書くの? PEEP?」
それもわかんないの!?
ああこの世広しと言え、結婚相手の名前の綴り方すらわからない人間など、この二十一世紀には、ほんのわずかしかいないに違いない。
と言ったって、あたしも『フランソワ・ローランサン』の綴りを百%正解する自信はないけど……。
あたしがしみじみと、自分たち姉妹に組み込まれたDNAの能力の低さを嘆いていたその時だった。
バリバリバリという雷鳴に近い音が遠くから聞こえてきた。
なに、まさか、雨!?
と思うまもなく、その音は一気に近づいてきて、あたしはその音の方角を見上げて、おおっと声を上げてしまった。
なんと、ヘリが近づいてきていたのっ!!
シルバーに黒いラインが入った、シャープな感じの中型のヘリ。
それはあたしたちのいるサミュエルの家の上空までほんの数十秒でやってきて、庭のちょうど真上でピタッと止まった。
耳を引き裂くようなものすごい轟音を立てながら、上空でホバリングしたままドアが空いて、縄はしごがシュルッと下され、インディゴブルーの軍服を着た一人の男が、巻き上がる強風をものともせずに、慣れた動作で素早くおりてくる。
あたしはもうただびっくり。
「ルパート大佐!?」
トンと地面に足をついて、小脇に抱えた軍帽をきちんと目深に被ってあたしたちの方を向いたのは、まちがいなく、シャルルの十五番目の叔父であり、アルディ家筆頭親族であるとともに親族会議議長であり、フランス空軍大佐の地位にあるルパート・ドゥ・アルディだった。
傾き始めた夕日が、きりりと引き締まった端正な顔と、青々とした軍服越しでもわかるたくましい体つきをくっきりと風景の中から浮き立たせていて、うう、凛々しい!
「シャルルからの依頼でパリから来た」
ルパートは無表情でそう言って、冴え冴えとしたサックスブルーの瞳であたしたちふたりを見た。
「おまえたちの通訳をする」
「通訳? あんたが?」
通訳って、この場合、あたしたちのしゃべる日本語をフランス語に、そして相手のしゃべるフランス語を日本語に変換してくれるっていう、便利な人のこと?
「そうだ。日没まであと一時間二十五分三十秒。その間、私を有効に使え。そのあとは、今夜の宿に案内する。以上がシャルルの指示だ」
あたしは驚いて、隣にいたエリナのほっぺをぎゅっとつねりあげた。
「いったぁーい! なにするのよ、おねえちゃん!!」
飛び上がって叫ぶエリナを横目で見ながら、あたしはこれは夢じゃないんだ、と思った。
あのシャルルが……あの偏屈で冷淡なシャルルが、あたしたちのために、通訳、兼、案内、兼、宿泊接待係としてルパート大佐を派遣してくれたなんて……。
信じられないやさしさだわ、明日には地球が滅亡するのかもしれない。
いやだ、困るわ、まだあたしはこの世に未練がたっぷりあるのよ!
こんなところで、気まぐれなシャルルのやさしさによる天変地異なんかで人生がぶった切られた日には、あたしは後悔のあまり死んでも死に切れないわ、成仏できない!
漫画で大成功を収めて、愛する和矢と愛の告白をし合ってふたりでしあわせな恋人生活をたっぷりと送って、果てはタキシードをカッコよく決めた彼に、純白のウエディングドレスを着てお姫様だっこをされながら祝福のフラワーシャワーを浴びるまでは、あたしは絶対現世にしがみついてやるわよっ!
そんなあたしの鼻息荒い思いに気づいたのか、ルパートが言った。
「私が不要か。では好きにしろ。私としては、ここに来たことで任務は果たしている。では失礼する」
くるりと背中を向けて、再び縄ばしごに手をかけてヘリに戻ろうとするルパートを、あたしはあせって腕を掴んで引き留めた。
まって、そうじゃない、誤解よぉ!
ここで見捨てられたら、あたしたち姉妹はのたれ死にする!
「必要です! ものすごーーく必要! 待ってました! あなたこそあたしたちの救世主。だから、行かないで!」
ルパートはまるで汚らわしいものでも払うように、あたしの腕をパシッと振りきった。
「では早く行動のスケジュールを言え」
はい、はい。仰せのままに。
あたしはそれからはもう平身低頭して、救世主ルパート様に、ピエール捜索の協力をお願いしたのだった。
まず、似顔絵に『ピエール』という名前を書き込んでもらった。
その際、ルパート大佐のすさまじく冷たい視線にさらされたけど、それは見ないふりをして、それから、サミュエルの家の近所にピエールをここ数日で見かけていないか、聞き込みに回ったのよ。
ルパート大佐は、機械のように、忠実に通訳をしてくれた。
さながら最新鋭の通訳ロボットがそばにいるみたいで、ほんの一週間前まで生死をかけたデッドヒートを繰り広げていた彼をそんな風に従わせていることに妙な爽快感を覚えたあたしは、シャルルが小菅で彼にムリヤリ「敬礼」をさせていたことを思い出し、これも当主としての任務のひとつかもしれないと考えた。
ルパートがどれだけ自分に忠誠を尽くすかのテストとか。
もしこれでルパートが嫌って言ったら、マルグリットに送るつもりかも。
すっごく、ありそう!
それならあたしも協力を惜しまないわ!
あたしはその考えに大いに納得して、シャルルとアルディ家の未来のために、派遣されたルパートをしっかりと教育させてもらうことにして、それから、エリナとともに教育対象であるルパートを引き連れて、右隣の茶色い平屋建ての家を訪ねた。
戸口からは、まるで新婚の奥さんがキッチンに立つ時に付けているようなヒラヒラのフリルのエプロン姿をつけた中年の太ったおばさんが出てきた。
おばさんはいきなり訪問したあたしたち、というよりも完璧な軍人姿のルパートにびっくりしたようだったけれども、サミュエルのことをたずねると、豊かなまなじりに深い皺を寄せて哀悼の意を表した。
「サミュエルね、あの子は……いい子だったよ。となりに越してきたのは二年前でね。廃屋同然だったあばら家に住み着いたのさ」
じゃあ、あのグリーンの切妻屋根と白壁の三階建の家は?
聞くと、それは去年始めの頃に建てたばかりだという返事で、なるほど、ペンキの色がやけに新しかったはずだと納得したのだった。
「絵描きだから滅多に姿は見なかったけど、たまに会うとニコニコして挨拶してくれたり、画商から菓子をもらったとか言っておすそわけに来てくれたりしたこともあったね。私は、そういう世界にうといからあんまり知らなかったけど、すごい画家だったらしいね。そのわりには、地味に暮らしていたよ。人の出入りもほとんどなかったね。たまに車がとまってたのを見かけたぐらいだね」
そのあと、あたしが描いた似顔絵とピエールの名前を見せると、おばさんはたちまち顔をしかめた。
「ああ、ピエールね。こいつはサミュエルの弟子だよ。たった一人の弟子。サミュエルがここに越してきた時から一緒だったよ。金髪で、わりと面の整った大男さ」
やっぱり!
シャルルの推理は当たっていた、やっぱりピエールはサミュエルの弟子だったんだと、あたしとエリナが手を取り合って小躍りせんばかりに喜んでいると、おばさんが言った。
「お嬢ちゃんがた、ピエールと何の関係があるんだい?」
じろっと値踏みするような目つきで見られて、あたしはちょっとたじろきながら、彼とここにいる妹が結婚することになっているんだと告げた。
「へえ、結婚!」
ルパートが平坦に通訳するけど、さすがにフランス語を解さないあたしにも、その嫌味っぽさが伝わってくる。
だっておばさんの口元が、馬鹿にしてる感じで思いっきり歪んでるんだもの……。
「変わってるね。あんなやつと結婚するなんて」
そのあと、肝心のピエールをここ数日見たかという質問をしたんだけど、まったく見かけていないというそっけない答えが返ってきただけだった。
おばさんの顔は、たとえ見かけたとしても挨拶を交わす気なんかまったくない、といわんばかりで、お礼を言ってその家を辞去してから、あたしはなんだか暗い気持ちになった。
ピエールは近所の人にあまり好かれてなかったのかしらねぇ……。
そしてその気持ちは次にたずねた逆どなりの家で、決定的なものになった。
出てきたのは、日本で言えば中学生ぐらいかしら、ハシバミ色の大きな目で、白いタートルネックセーターにチェック柄のスカートを着た、長い黒髪の大人びた女の子だった。
「ピエール? サミュエルが死んで、煙のようにいなくなっちゃって以来、一度も姿を見てない。サミュエルの絵を全部売り飛ばして、外国に逃げちゃったって、ママンたちが噂してたけど?」
あたしの隣でエリナがうっと呻く声が聞こえた。
けれど、女の子はぺらぺらとしゃべり続け、それをルパートが容赦ない機械的な声で日本語に変えてあたしたちに伝え続ける。
「あのひき逃げだって、本当はピエールの差し金じゃないかってみんな言ってる」
え!?
「だってサミュエルは普段、散歩なんかしてなかったもの。私だって、彼が散歩しているのは見たことない」
普段サミュエルは散歩をしてなかったの!?
「それに、一度だけだけど、あの二人が庭でものすごいケンカをしているのを見たことがあるわ。『絵を売る』とか『売らない』とか言い合ってた。それでサミュエルが死んだすぐあとに、ピエールはいなくなったのよ? 家の中をあらためたら、絵が一枚も残ってなかったって。ひき逃げ犯人は自首したから、それ以上問題にはならなかったけど、あやしいと思わない?」
彼女の言葉に、あたしは思わずつぶやいてしまった。
「あやしいわね、確かに」
途端、エリナが目をむいてあたしを見たのはわかったけど、しょうがないでしょ。
だって、あやしいものはあやしいわ。
普段しもしない散歩を、しかも夜中にして、たまたまよっぱらい運転にひき逃げされるなんて偶然がすぎるし、もちろん不幸な偶然って世の中にはあるけど、でも、それだけで片付けられない感じがする。
あたしにそう思わせていたのは、何よりもピエール本人が残していたあの手紙だった。
あの手紙にあった彼が犯した『重大な罪』とは何か――。
それが師サミュエルの死に関わっていることはもはや明白だった。
じゃあ、ピエールはサミュエルの死にどう関わっているのか?
もし、ピエールが何らかの理由でお金を必要としていて、師であるサミュエルの絵を売りたいと考えて、けれど、サミュエル本人がそれを断固として許可しなかったらどうなるだろう?
売る売らないでもめた二人は、ついにあの夜決定的にぶつかり、ピエールが何らかの手段を講じてサミュエルを夜道まで引きずり出して、通りかかった車の前に彼を突き飛ばしたとしたら……。
あたしは自分で考えついたその仮定にぞっとした。
もしそれが真実なら、ピエールは殺人犯人だわ。
「とにかく、他の家にも聞き込みに行ってみましょう! 話はそれからよ!」
あたしたち三人は、それから周辺の家をいつくも精力的にたずねたけれど、ことごとく無駄足に終わった。
ほとんどがいかにピエールがろくでなしの何もしない弟子で、サミュエルがかわいそうだったかを告げるものだった。
が、その中にたったひとつ、違う意見があった。
サミュエルの家の前のまっすぐな道路を数百メートルも先に行ったところにある、レンガ造りの古い洋館に住まう品のいい中年紳士だった。
ルパートの同時通訳によると、
「サミュエルが絵画賞を取った時、我が家の食事に招待したことがある。そのとき身の上を少しだが聞いた。サミュエルとピエールは二人とも親を亡くした孤児で、同じ施設出身だったんだ。なんでも絵ばかり描いていたサミュエルは、子どもの頃施設でいじめられていたらしい。それを助けてくれたのが、五歳上のピエールだった。だから、その恩を全力で返したいってサミュエルは言っていた。ろくでなしだってわかってても、サミュエルがピエールをそばに置いたのは、それが理由じゃないかな?」
というものだった。
その時の絵画賞を報じたという新聞記事も見せてもらい、あたしははじめてサミュエルの顔を知ったの。
白黒写真だから目や髪の色はわかんないけど、マッシュルームカットが特徴的なかわいい雰囲気の男の子で、蝶ネクタイとチェックのスーツがぴったりと似合ってて、まるでおぼっちゃま学校の入学式の写真のようだった。
そのほか、ピエールを最近見かけたという情報もまったくなく、次第にエリナの顔からは血の気が引いて、最後には能面のように表情すらなくなり、そのうちに西の空が赤く血のように染まって、太陽が山間に沈んでしまったの。
「では、宿泊場所に案内する」
号令のようなルパートの言葉に合わせるように、サミュエルの庭に再びヘリが戻ってきて、あたしたちが連行されたのは、つい数時間前に出発してきたパリのアルディ家だった。
来る時にはロールスロイスで一時間半かかったその道のりが、なんと20分で済んでしまって、ああお金持ちって時間すら好きにできるんだな、とあたしはセレブ界にゆるされる自由度と、庶民生活の不自由度とをしみじみと痛感したのだった。
到着してすぐ、ルパートはどこかにいなくなって、あたしとエリナは昼と同じ、紫水晶のシャンデリアの食堂で夕食をとった。
でも、エリナはちっとも食べようとはせず、一言もしゃべりもしない。
ただじっとうつむいているばかりで、あたしは食べながら、それとなくエリナに帰国の話を持ちかけてみた。
だって、このままじゃエリナがきっと疲れ切ってしまうもの。
ここはひとつ、いったん日本に帰ったほうがいい。
「お父さんもお母さんもユリナちゃんも心配してるだろうし、もしピエールが潔白ならば、日本にもう一度やってきてあんたに会いに来るわよ」
そうあたしが言った途端、エリナがバーンとテーブルを両手で激しくたたいた。
「……おねえちゃんはもう協力してくれなくていいわ。明日から私はひとりでピエールを探す。おねえちゃんは日本に帰って。和矢さんが待ってるんでしょ?」
あたしが息をのむようにして見つめると、エリナはゆっくりと顔を上げた。
下唇を切れそうなほど噛みしめていて、泣きたいのに必死でこらえている様子がありありとわかって、あたしは胸がつかれた。
「私は最後までピエールを信じるわ。それが愛だもの。人からちょっと言われたぐらいでうたがったり、ましてや見捨てたりしない。おねえちゃんは、本当に人を愛することがどういうことかを知らないんだわ。だから和矢さんとの約束も平気で破ってシャルルさんに頼ったりできるのよ。おねえちゃんは無神経で軽薄で幼稚よ!!」
あたしは驚いて、のけぞった。
まさか、エリナにそんな風に言われるなんて思ってもみなかったもの。
ああこれが、ただただ妹のしあわせだけを願って、粉骨砕身の活躍をしてきたいたいけな姉に対する言葉なのだろうか、あまりにもひどい。
……傷つく!!
「ちょっとまって。あたしは別に……」
「もういい! おねえちゃんのバカっ!!」
叫ぶが早いか、エリナは椅子を蹴飛ばす勢いで食堂を飛び出して行き、あたしは慌ててチキンを突き刺したフォークとナイフを置き、膝の上のナプキンを放り出すように椅子に投げて、転げるように走ってエリナの後を追った。
が、廊下に出た時には、すでにエリナの姿は見えなかった。
「エリナは、メイドに部屋に案内させた」
びっくりして廊下の奥を見れば、サミュエルの家の前で別れたきりだったシャルルが、常夜灯がほんわかと照る廊下の角からそのすらりとしたしなやかな姿を現すところだったのよ!
帰ってきていたんだ!
あたしは厚い霧のなかに太陽を見つけたような気分だった。
「目を離さないように言い含めておいたから、心配はいらない。しばらくそっとしておくといい。それよりも、君が得たピエールの情報を教えてくれ」
冷静な声でそう言われて、あたしはほっと息をついた。
エリナのことはそれで安心ねという思いと、さきほどエリナから手ひどく傷つけられた心がズキンズキンと新しい傷口を開いて、そこからどくどくと血が流れているのを感じていたの。
「あたしって、そんなに無神経で軽薄かなぁ……?」
あまりのショックにがっくりと肩を落とすと、シャルルはフンと軽い鼻息を吐いて、整った顎を少し突き出すようにしてあたしの頭の上のほうを見ながら、腕を腰に当てて胸をそらして、別に気にすることはないだろう、と言った。
「君が軽薄なのは今にはじまったことじゃない。昔から変わることなく軽薄だ。いや、もっと正確に言うと、異常だ」
な、な、なんですってーーっ!?
シャルル、あんた、よくもそこまで悪し様に言ってくれたわね!!
怒り心頭のあたしがぱっくりと彼に噛みつこうとすると、シャルルはすっと華麗な所作と脚さばきでそんなあたしを見事に避けて、くいっと踵を返してさっさと食堂に入ってしまった。
まさに姿が部屋の中に消えようとするその瞬間、シャルルの透明な声が響いた。
「君はそのままでいい。無理に変わろうとすることはない。むしろ、変わらなきゃならないのは、君のありのままを受け入れることができない周りの人間なんだ」
去り際にシャルルが言ったその言葉は、なぜか、あたしの心の奥底に沈んでいって、ずぅっとあたしは忘れることができなかった。
そう、この事件が終わってからも、長く、いつまでも。
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