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Xmas創作①「冷泉寺貴緒の緑の星」

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冷泉寺貴緒の緑の星




街を歩いていると、クリスマスカロルが聞こえた。
もう12月か。
今年はあまり寒くない。
季節を感じないまま、というか、夏が過ぎて、秋をしっかりと意識しないまま、冬がやってきた気がする。
普段から体を鍛えているおかげで、多少気温が低下しても、それをつらいと感じることはない。
けれど、それがめぐりくる四季のうつろいに気づかない鈍感さをやしなっているのだとすれば、改めなければならないなと、あたしは思った。


もともと12月は嫌いだ。
街も、人も、無意味にうわついている。
どこの店でも、ショッピングセンターでも、果ては我が父の研究所でも、クリスマスの飾り付けがなされている。
まるでクリスマスを無視しては、罪深い、と誰かがお触れを出しているようだ。
だから、あえて自分だけは冷静に、過ごしているようにしてきたつもりだ。
祝いたければ自分なりのやり方で祝う。
決して世間的に迎合したりはしたくない。


でも――

歩いていた足がふと止まった。
ショウウィンドゥに飾られていたツリーが目に入ったからだ。
綺麗な深緑色をした、飾りの一切ないヌードツリーだ。
高さは、あたしの背よりちょっと大きいぐらい。
あれはフェルト製か?
普通ならギザギザしているもみの木の先端がふわりとたいそう柔らかそうで、そのめずらしさが、あたしの興味を引いたのだと思う。
あたしは店に入って、それを手に取った。

「いかがですか? オーストラリアの羊の毛で織った、一点ものなんですよ。幹を分割できないので、お持ち帰りがちょっと大変ですけど、配送も承ります」

愛想の良い店員が話しかけてきた。
あたしは少し逡巡してから、それを購入して、店を出た。
一抱えもあるツリーをいだいて街路を歩くと、人目を引いた。
天気予報は雨だったが、それは外れたようで、厚い雲の間から冬らしい弱々しい陽がまぶしいくらい射していた。




12月、あたしがクリスマスを祝わなくなったのは、レオンに出会ってからだ。
彼の誕生日……というか、彼がミカエリスに捨てられていた日が、12月24日、クリスマスイブだということを聞いてから、あたしはクリスマスが嫌いになった。
自分の子を捨てた両親がいる。
レオンを捨てたやつがいる。
そう思うと、たまらなく憎くて、クリスマス自体がのろわしくなって、とても「メリークリスマス!」なんてはしゃぐことはできなかったし、同時にあたしがクリスマスを祝うと、レオンを侮辱してしまう気がした。
こんな気持ちをレオンに話したら、

「馬鹿だな。気遣いすぎだよ」

と言って笑うのだろうけど。


でも、今年は「メリークリスマス」って言ってもいい気がする。
レオンはもう、誕生日を呪わないだろう。

彼にとって誕生日は、もう苦しみの始まりではなく、愛の始まりとなったのだから。

レオンの誕生日に革命をもたらした少女――見た目は平凡なのに、まるで聖母マリアのように愛情深くひとを包み込む少女――ユメミは、おそらくケーキやご馳走を食べきれないぐらいに作って、クリスマスを大々的に祝うのだろうし、彼にすばらしい友情を誓った友である高天や光坂も、くったくのない笑顔で、クリスマスとともに、彼の誕生を心から祝うだろう。

だから、あたしは――

手の中にある、綺麗にラッピングされた緑色のツリーをぽんぽんと軽く揺する。


このツリーをレオンにあげよう。

「今の気持ちをこのツリーに飾れよ」

と言ってやろう。
いっぱいのデコレーションも一緒に贈ろう。
てっぺんの星も、赤と白のキャンディケーンも、靴下も、玉飾りも、キャンドルも、ギンギラギンのモールも、山のように、溢れるほどに贈って、彼が笑いながらツリーを飾るのを見たい。
レオンが自分の誕生日を、しあわせで飾るのを見たいんだ。
そうしたら、あたしも彼から卒業できる気がする。



あたしはツリーを抱えなおして、カロルの流れる駅へ向かって、足を速めた。

「レオン、メリークリスマス!」

という台詞をくりかえし脳内練習しながら。




ところが――

いつもの場所に到着して、ドアを開けた途端、レオンがいないことに気づいた。
代わりにとばかりに、ニンニクと肉の焼ける香ばしいにおいが、身体中の細胞を染める勢いで充満している。

「おお、冷泉寺っ、気のきいたもんもってるじゃないか!」

と高天がまず近寄ってきて、あたしの抱いたツリーをひょいと奪ってしまった。
ほらみろよ、緑一色のツリーだぜ、とみんなの方に向けて大声で言う。
すると、たちまち光坂やキッチンにいたはずのユメミも足早に集まってきた。

「へぇ~~、冷泉寺さんもクリスマスを祝うんだね」

光坂は、じーっとあたしを見た。嫌な目だ。ニコニコした笑顔だが、眼光はさながら獲物を狙う猫のように鋭い。
いや、猫だったのか、こいつは。

「感触がとってもやわらかい。優しいツリーだわ」

ユメミは大切なものに触れるように、恐る恐る手を伸ばして、指先でそっと撫でる。
皆がツリーを喜んでくれたみたいだった。
でも、あたしが望んでいた顔はない。

――レオンだ。レオンはどこいった?

あたしの様子から察したのか、光坂が教えてくれた。

「レオンさん、ちょっと出かけてるよ。すぐもどるって」

そうか。
あたしはほっとしたような、がっかりしたような、なんだかわからない気持ちになった。

「お♪ かざりもちゃんと用意してきたんじゃん! しかもこんなにいっぱい。じゃあ、これからみんなで飾っちゃおうぜ! いいんだろ、冷泉寺?」

無邪気で人懐こい笑顔でそう聞かれると、「ダメだ」なんて言えない。
本当はレオンにあげたかったんだけどな……という言葉を口内で噛み砕いて、
「じゃあ、みんなで飾るか」という台詞に変換した。


一時間後、ツリーは見事な出来栄えになった。
雪であるわた飾りは、ユメミが担当した。
さすが主婦、土台であるツリーのフェルト地の上に、あっという間にわたを実にバランス良く貼り付けていった。
電飾は高天と光坂の男二人組、効果的なライトの見せ方であれやこれやと苦労していたようだが、器用な光坂がなんとかバカ狼をリードして、割と上品なイルミネーションに仕上がっている。
残りの飾りは、あたしの担当だ。
禁断の木の実の象徴だというキラキラのボール。
羊飼いの杖を模したキャンディーケーンに、サンタクロースがプレゼントを投げ込むための大きな靴下、御子イエスを暗殺者から守った蜘蛛の巣をかたどったギンギラギンのモール……。
あたしはそれらを慎重に、すべてのものが美しくより良く見えるように計算して飾っていった。

そして――最後。
あとは、トップスターが上に乗れば、クリスマスツリーの完成となった。
あたしが星を手に、背伸びをしてかかとを浮かせたその時だった。

「オレがやるよ」

肩を後ろから掴まれて、びっくりして振り返ると、あたしの真後ろにはいつの間にかレオンが立っていた。

「あれ、レオン」
「おかえり、レオンさん!」
「ちょうどよかったわ、いま、みんなでツリーを作っていたのよ」

声をかける三人に続いて、あたしも言った。

「いなかったんじゃなかったのか?」

レオンは、首をかるくかしげて、ちょっとスマなさそうな顔をした。

「騎士団の本部から緊急連絡が入ってね。ホットラインで通信をしていたんだ。一番すてきな時間に間に合ってよかった。冷泉寺、その星、オレに飾らせてくれるか?」

あたしは一瞬、口ごもってから、

「いいよ。ほら」

後ろにいるレオンに、持っていた星を渡した。

「ありがとう」

彼は胸の前で星を両手で持けとった。
それから、レオンは、まるで宝物を抱くように、いとおしむようにそれをしばらくじっと見つめていた。
あたしも、他の三人も、神聖な儀式が行われているように、そんなレオンを黙って見つめていた。
やがて、レオンはふっと口元をゆるめ、星を右手に持ち、そのしなやかな腕をまっすぐ上に伸ばして、もう片方の手で星の後ろの針金を止めて、皆が飾り付けを終えたツリーの頂点に据えた。
レオンが腕を下ろしたのを見届けて、知らぬ間にしのび足で戸口に立っていた光坂が、部屋の電気をパチンと落とす。
そのとたん、わっと上がる大歓声。

「わぉ! やったぜぃ! 完成っ!!」
「天吾と人吾にも見せてやりたいわ!」
「最高に素敵だね! こんなツリー、初めてだよ!」

あたしも息をのんだ。
きれいだ。思ったよりずっと。
ツリーが生まれた。そんな風に言えば伝わるだろうか。
もみの木のフェルトがあたたかみのある聖さを醸し出して――ゆきも、電飾も、あたしが飾ったモールなども、それからレオンの星も、すべての配置が完璧で、おそらくどれ一つ動かしてもこの調和が崩れてしまうだろうと思えるぐらい――見事なツリーだったのだ。
高天とユメミは犬のように手を取り合ってツリーの周りを駆け回りはじめ、光坂は自分のかざった電飾を満悦そうにながめて、感嘆の吐息を何度もついている。
そんな三人を見ながら、レオンはほんの少し頭を落とすようにして、あたしにだけ聞こえる声で、言った。

「冷泉寺、ありがとう」

あたしは、ドキッとしてレオンを見た。
レオンはあたしの方を見て、おだやかな笑顔を浮かべていた。

「あのツリー、オレへのプレゼントだったのだろう?」

レオンのその問いかけで、あたしは、このツリーを持ってきたのがあたしだということも、そしてその意味すらもレオンが悟っていることを知り、とっさに言葉が出なかった。
恥ずかしさ半分、面白くない思いを半分感じながら、あたしは、フンと顔をそむけて、つぶやいた。

「別に。あいつらが喜ぶかと思っただけだよ」
「そうか」
「そうだよ。でも、あんたもたまには人間らしいことをしていいだろう」
「ああ、とても嬉しい」

正直な感想に、あたしは喉の奥が干上がる。

「クリスマスがこんなに楽しいものとは知らなかった。これまで騎士団の中で、ミカエリスの中で、義務的にクリスマスを祝ってきたけれど、間違いなく、今年がもっともすばらしいクリスマスだよ」

レオンは微笑み続けている。
瞬間、あたしの口からは、練習してきたセリフが止める間もなくこぼれ出ていた。

「……メリークリスマス、レオン」

地獄の果てのような深淵にツリーだけが静かにまたたく幻想的な空間で、あたしの視界の中にいるレオンが、この世のすべてのしあわせを集めたような面差しで笑う。
ああなんて、レオンは美しいのだろう。
寒夜の研いだ星のよう。
凛として気高く、濡れたようにあでやかで、
そして、はるか彼方にとおくて――


あこがれているから、
いや、死ぬほど好きだから、
この手で触れたいのに……。


――あたしはこうやって生涯、黙って見上げてるだけなんだ。



「メリークリスマス、冷泉寺。これからもよろしく」

なのに、レオンときたら、無神経にもあたしの肩に再び手をのせた。
くそ。簡単に触れてくれるな。
これじゃあ、あたしはあんたから卒業できないじゃないか。

「しかたがない。あんたが無茶しなくなるまでは、お付き合いするよ」

あたしは、ただの幼馴染と呼ぶには魅力的すぎるこの男に、「フン」とひとつ盛大な鼻息をお見舞いしてから、彼の手を振り払い、ツリーの前でバカ騒ぎする高天たちの元にゆっくりと歩いていった。






《Fin》


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