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愛という名の聖戦(73)

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《ご注意》第一話の注意事項をご確認の上、ご了承いただける方のみ閲覧下さい。7~53、58、60~62、66、68話はお気に入り登録者様限定です。シャルルが病気設定です。閲覧は自己判断でお願いします。





愛という名の聖戦(73)




お乳を飲ませ終わったあたしは、ジルにカイを抱っこしてもらい、痛んでいたコンタクトを直して視界もスッキリ爽快、そのあとしばらく間、薫とおしゃべりをしていた。
ケンは薫の腕の中ですやすやと眠っていた。

「お話中に申し訳ないのですが、そろそろお時間です。カオル、聖堂へどうぞ」

ジルが優雅な微笑を浮かべながら、あたしたちの間に声をかけてきた。

「おっ、もうそんな時間?」

ジルはうなずいた。

「お席で美しい花嫁の登場をお待ちくださいね」

薫は立ち上がり、あたしに、抱いていたケンを返した。
それから彼女は外していた蝶ネクタイを繊細な手つきですばやく止めながら、天井を向いて大口を開けて笑った。

「ジル、それは問題発言だな。神の宮で嘘をついちゃいけないぜ」
「は?」

キョトンとするジルに、顔を向けて、にこりと笑う薫。
まあ、その顔といったら、色気がほとばしるような顔ってこういうことをいうのねっ!

「美しい、という点が嘘だ。花婿は美しいだろうが、はっきり言って花嫁は平凡だ。人並み外れたちんちくりんといった方が正しいかな」

うるさい、アホ薫。
さっさと行けっ!
あたしが怒り心頭で薫を追い出そうとしたその時、苦笑いをしていたジルが口に手を押さえて、「あっ」と小さく声を上げた。

「忘れていました。先ほど届いたお祝いの品があったのです」

そう言いながら、カイを抱っこしたままジルは戸口へと駆け寄っていき、扉を開いて、その向こうから一台のワゴンを部屋の中に引き入れたの。
ワゴンの天板の上には、純白の艶やかな化粧箱。
大きさは、ちょっと大きめのクッション一つぐらいで、目の覚めるような真っ赤なリボンが十文字掛けで結ばれている。
あら、誰からかしら?
不思議に思うあたしの前に、そのワゴンを片手で押してきたジルは言った。

「パン工房『クープ』オーナー吉田明彦氏から、つい先ほど送られてきました」

店長から!?
あたしは驚いた。
プロレスラーのように体の大きい店長や、人のいい職人ニコル、それからお調子者ジャンという個性派な連中に囲まれて、あたしは出産の一ヶ月前まで仕事に行っていた。
アルディ家は大富豪だから働く必要なんかないだろうと思ったそこの読者諸君、甘いわよっ。
シャルルと生きて行くと決めた時、もう一つ決めたことがあるの。
アルディ家のお金にたよらず、自分の足でしっかりと歩いていこうということ。
シャルルはまだ病後の体。
無理はきかないし、してほしくない。
だからあたしががんばって、経済的にも彼を支えていこうと決心したのよ!!
出産後は、さすがに双子の世話でなかなか復帰のめどは立てられないでいるんだけれど、いつかまたお仕事ができたらいいなと思っている。
今日の結婚式には、お店をお休みにして、店長もニコルもジャンも来てくれることになっている。
なのに……この贈り物はなんだろう?

「ジル、それ、開けてくれる?」

頼むと、ジルはうなずいて、カイを抱いたまま空いた方の片手で器用にリボンをほどき、化粧箱の蓋を開けた。
その中身が見えた瞬間、あたしはわぁっと叫んでしまった。
あたしの横から箱をのぞきこんだ薫も、感嘆したというような声を漏らした。

「すご…っ、これパンか?」

その箱の中には、パン屋さんの3人が力を総結集してつくった、あたしがいた。
ニコニコ顔で、両手でピースサインをしている。
ニコルが顔や手を作ったのだろう。彼はロールパンが天才的に上手なのよ。
チョコレートで描かれた目や口やメガネ、それからほおの丸みを表現したピンクのシュガーパウダーといった、繊細な表現は、ジャンにちがいなかった。
頭の上に、弧を描くように配置されているのは『マリナおめでとう 末長くお幸せに!』の文字。
これは、店長のお得意の、国際賞を総なめにしたという極細ハニーデニッシュだわ。
あたしのために、みんなでこれを作ってくれたんだ!!
結婚式のためにお店をわざわざお休みにしてくれただけでも、もう十分だったのに、忙しい毎日の中、こんな素敵な贈り物まで……わーんっ、うれしすぎて涙が出る!!
店長、ニコル、ジャン、ありがとう。
本当にありがとう!!

「おまえさん、愛されてるな」

優しい声で薫がそう言ったので、あたしは感極まった思いをこらえながらうなずいた。

「最高のなかまたちよ。あとで紹介するわね」

薫はいいねと言いながら、部屋を出て行き、彼女と入れ替わるようにして、白いタキシードに身を包んだシャルルが入ってきた。
あたしをまっすぐに見つめるブルーグレーの瞳といい、純白の衣装に包まれた姿といい、肩まで伸ばした白金髪といい、あたりを威圧するような雰囲気といい、見慣れているのに、あたしはついついドッキンドキン!
ああ、やっぱりシャルルは最高にカッコイイな。

「シャルル、今薫が出て行ったばかりなんだけど、彼女と会った?」

ときめきを隠しながら聞くと、シャルルは首を横に振った。

「いや、会ってない」
「そう。すごく元気みたいよ。ありがとう、あんたのおかげだわ」

すると、シャルルは右手の人差し指を自分の口の前に立てて、唇をすぼめて、シッと短く言った。

「それは内緒だろ?」

叱るように言われて、あたしは顎を引いた。

「そうだった」

シャルルが薫の治療にかかわったことは、薫には秘密にしている。
再生心臓を作ったことはもちろん、その前段階の治療も、兄上のこともすべて。
和矢と円城寺教授にも、シャルルがきつく口止めしたらしい。
別に話していいんじゃないのと思うんだけど、シャルルはどうしてか、「あいつには感謝されたくない」の一点張りなの。
大丈夫よ、薫は素直に感謝しないから、とシャルルに言おうと思ったんだけど、あたしがそれを言うと、ただでさえ険悪な二人の仲をますますこじれさせるだけな気がして、言わないことにしたの。
触らぬ神にたたりなしって言うもんね、シャルルvs薫の構図にはできるだけ関わり合いになりたくないわ、血を見そぉ!

「ごめんね、内緒内緒!」

舌をちろっと出してあたしが謝ると、シャルルは眉間をわずかだけ寄せて、困ったような微笑を浮かべた。

「まあ、よほどの阿呆じゃないかぎり、多少は察していると思うけどね」

そう言いながら、シャルルは、まずジルが抱っこしているカイのほおに優しく口づけ、こちらに近づいてきた。

「元気そうだな。オレ達のべべ共は」

次にシャルルは、あたしの腕にいるケンのほおにちゅっとキスをして、その姿勢のまま、上目遣いにあたしを見た。
反り返った長いまつげの下に輝く青灰色の瞳は、底が見えるぐらいに透き通っていて、まるで生きた宝石のよう、あたしはウットリ。

「ところでマリナ。結婚指輪を予定していたものから、別のものに変えるが、いいだろうか」

えっ?
驚くあたしの前で、シャルルは背筋を伸ばし、胸元に手を入れた。
えっとね、ご説明すると、あたしたちの式では、新郎が新婦に、新婦が新郎にという、よくある指輪交換のあのスタイルではなくて、新郎が新婦にだけ指輪を渡す形式なのよ。
なんでもそれがアルディ家の伝統なんだとか。
それで、あたしがもらうそのリングは、シャルルのデザインで、さる有名ブランドに発注される形で作られることになったの。
ふむふむ、シャルルのデザインなら、きっとおしゃれで素敵なリングにちがいない。
愛を誓う指輪ってどんなのかな、るんるん♪
と期待に胸をパンパンに膨らませていたあたしだったのだけど、実際に出来上がった指輪を見て、正直がっくり。
だって、ものすごーくシンプルだったんだもの!
つるんとした、ただの輪っか。
材質は一応プラチナなんだけど、その辺の宝石屋さんをのぞいたら、どこにでもごろごろしているんじゃないかと思うような、なんの変哲もないリングで、とっても意外だった。
今時、TVショッピングとかでも、もっとハイセンスなものを売ってそうな気がする……と、きゃあっ、あたしったらなんてイケナイことを!
そう考えた欲深い自分を、あたしはとっても反省したのよ。
きっとこれは、シャルルの深い深い配慮があってのデザインなんだわ。
毎日、一生つけるものだから、傷つきにくく、邪魔にならない方がいいとか、メンテナンスしやすい方がいいとか。
そうよ、ゴテゴテしているのより、こっちがいいわよ!
と思って、それなりに殊勝な気持ちで、その簡素リングを結婚式でいただくことを楽しみにしていたあたしだったのだけど、それが変更ってどういうことかしら?

「これにする」

言いながら、彼が胸元から取り出したのは、割と大きめの紺色のビロードの箱。
一見して指輪の箱とわかる。
いつになく慎重なしぐさで、シャルルがその箱を開いた。
その瞬間――
あたしは我が目を疑った。
だって、すっごく立派でお高そうな指輪がそこにはあったんだもの!!
まあ、すてき!
いや、簡素リングでも別によかったのよ。
でもね、目の前に提示された今度のリングは、あの清々しいほどプレーンなリングとは打って変わって、それはそれは大きな、燦然と輝くダイヤモンドがどーんとついていたのよっ!
その石は、親指の爪よりも大きくて、長方形のバゲットカットという、ダイヤモンドのカットとしてはやや珍しい大胆なカッティングで、その石の左右には、小さな無色のダイヤがたくさんついていたの。
大小それぞれのダイヤが、キラキラとまばゆい複雑な光を放っていて、その素晴らしさといったら、まさに永遠の輝き、最高のきらめきだわ!!
あたしはすっかり興奮し、ダイヤの魅力に思わず涙があふれそうに……いや違った、こんな素敵なリングを用意してくれたシャルルのその尊い尊い愛に、涙があふれそうになったのだった♡

「ありがとう、シャルル。すっごく嬉しい!」

お礼を言いつつ、このすばらしい現実を夢では終わらせたくなくて、ケンを抱いたまま顎を突き出して、リングをしかと見つめた。
ああ、見れば見るほど、ザ・豪華。
それに、こんな色のダイヤモンドって初めて見たわ。
ブルーダイヤモンドっていうのかしら?
神秘的な青灰色。
見ているだけで、魂を吸い込まれてしまいそうな美しさって、きっとこういうことを言うのね。

「きれいね……。ねぇ、シャルル。このダイヤ、あんたの目の色と同じ色をしてるわね」

そう言ったとたん、あたしは自分の口から出たその言葉に、ハッとしたの。
シャルルの目の色と同じ――
あたまのてっぺんに雷が落ちた感覚だった。
そういう宝石を、あたしは知ってるわ。
あれは確か……。
あたしは必死で頭の中の記憶をさぐり、そうしてすぐに思い出したの。

「あ……っ」

ケンを抱く腕に、知らずと力が入る。
食い入るように宝石を見ていたあたしは、その視線をつとシャルルにあげた。

「まさか、これ」

息をのむあたしを静かに見返しながら、シャルルは言った。

「代々当主夫人が持つ家宝だ。だから、これは君が持つべきだろう?」

その言葉に、あたしの中のもやもやが確信へと変わる。
やっぱり!
薫の治療のために、シャルルがアメリカへと渡してしまった、あれだ。
エロイーズママンが、普段はなかなか会うことのできない息子シャルルを思って、その死の床まで手元に置いていたという宝石!!
“アルディの青バラ”だ!!







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▷ご参考:アルディの青バラの章(第22話~第26話)

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