《ご注意》シャルマリ・銀バラ二次創作です。かつ本作品はフィクションです。楽しく読んでください。
それから、あたしたちはアンドリューが用意してくれたホテルで、一晩を過ごして、約束の夜を待ったのよ。
急に連れてこられた美女丸やカークは元気だったけれど、多少の疲れはみせていたし、薫と兄上に至っては直前までベッドとお友達だったという立派な病人っ!
はっきりいって、一晩休む時間がとれたことはすごくありがたかった。
けれど、どうしてわざわざ敵に塩を送ることをしたのかしらね?
ホテルに向かう前、何気なく繰り出したあどけないあたしのこの問いに、レオンハルトが実に明快な答えをくれたの。
「全世界に散らばっている騎士を集めるためだ。おそらくノロイ・アクスクーは、そこで、俺をとらえ、新総帥の証として、息子に赤いモルダウを処刑させるつもりだろう」
ひえっ!
「あんたはどうなるの?」
レオンハルトは、顔をかしげて、長い髪で顔の半分を隠しながら、虚ろな目で皮肉げに微笑した。
「俺は、赤いモルダウを始末できなかった恥の総帥として、赤いモルダウと一緒に処刑されるだろうな」
ううう……。
あんたの騎士団って、どうして簡単に処刑とかするの?
昔々のローマ帝国にだって血なまぐさいあらそいがあったけれど、みんな、もっと必死に生きていたわよ。
アグリッピナ皇后なんて、冷酷に人を殺しまくっていたけれどね。
でも、それは自分が生き残るために仕方がなかったと言える。
殺さないと殺される、そういう世界だったのよ。
少なくとも騎士団の人たちは、あんたを殺さないと、あんたに殺されるってわけじゃないでしょう?
だったら、許せないわ。
憤然としてあたしがいうと、レオンハルトは目を見開いた。
ん?
「すまない。意外だった。あなたからそのような見解を聞けるとは」
失礼ねっ!
あたしはひどく気分を害した。
「カミルス、いや違った、ブリタ二クスっていう人があたしの友達なの。ネロの義理の弟だけど、知ってる?」
すると、レオンハルトは今度こそ、彫りの深い二重瞼をくっきりと伸ばし、黒い目を落とさんばかりに見開いて、あたしをまじまじと凝視した。
でもそれはほんの一瞬で、すぐに穏やかな微笑みになっていったの。
「それはすばらしい。ぜひ今度紹介してくれ」
紹介できないのよ。
だって、アストラル・トリップだもん、行き方はあたしにもわかんないわ。
カミルスは息もとまるほど素敵なひとでね。
そう、そこにいる薫とうり二つなの。
なに?
彼女の兄さんだって、彼女と似ているだろうですって?
うるさいわね。
美形が何人いたって、地球の害にはならないわよ。
カミルスは滝のように見事な金髪だったんだけど、魔女みたいなネロママに殺されかけたときに、ショックのあまりに一晩で総銀髪になっちゃったの。
おでこにはその時の大きな傷跡があって、金の髪飾りで隠しているんだけど、金と銀のきらめきがそれはもう素敵なの。
瞳は見事なエメラルド・グリーン。
優しくて、皮肉屋で、情熱家で、がんばりやさんなのよ。
絶対帝位に返り咲いてやると、どんなに辛い目にあっても負けなかった。
不屈の人だったわ。
最後の最後になって、ネロ皇帝を倒したところまでは覚えているんだけど、そのあとのことが残念ながら記憶にないのよ。
ああ、どうしているかしら。
できるなら、また会いたいわっ。
あたしが力説すると、レオンハルトは穏やかな顔で聞いてくれていた。
優しいっ!
と、あたしは後ろから肩をぐいっとつかまれた。
見ると、呆れたといわんばかりの薫の顔がそこに。
「アホ」
え?
「レオンハルトのあの微笑み。あれは、気の毒だなって顔だ。おまえさん、レオンハルトに精神遅滞児童って思われたぜ」
うわーんっ、どうしてそうなるの?
あたしはありのままを言っただけなのに!!
だって、本当にいつの間にかローマに行っていて、いつの間にか甲府に帰っていたのよ。
ああ、カミルスに会いたいなぁ。
いつか目の前に現れてくれないかしら、ぐすっぐすっ。
そんなあたしの悲しみをよそに、一方のレオンハルトは、誰がなんといっても、ユメミとカレルの魂を戻そうとしなかった。
「どうする? 無理やり縛り上げてやらせるか?」
カークが少々強引な提案をした。
あんたねっ、普段の取り調べでもそんなことをしてるんじゃないでしょうね、ぞくっ。
これに対しては、美女丸が断固反対した。
「あの体と面構えを見てみろ。ああいうタイプは力ではいうことをきかん。それにあいつに何かあった場合、二人の魂がどういうことになるのか、想像もつかんぞ」
美女丸は胃の底から吐き出すようにして、チッと舌打ちした。
黙り込んだ男二人に、薫がトドメの一言。
「眠りの森のプラハ男女、になったら大変だぜ。もう少し待った方がいい」
この薫の言葉により、魂預かりにされているユメミとカレルは、そのままにされることなった。
もちろん、これに冷静でいられないのは、クリームヒルト。
薫の一喝によって一度は静まった彼女の動揺は、シャルルの解散命令を受けて病室から追い出されたことによって再び復活してしまったの。
誰からかまわず殴っていた先ほどとは打って変わり、今度はさめざめと泣いていた。
車椅子に眠るカレルの方を見ようともせず、病院の廊下に置かれた長椅子で、身をすくめるように小さくなって。
「僕がクリームヒルトのそばにいる」
兄上のこの提案に、薫は実にヒステリックに反応した。
「どうして兄さんが、あんなわがまま女のためにそこまでする必要があるんだよっ!?」
けれど、兄上もさるもの。
「昔のおまえの方が、もっと手強かったよ。泣いて喚いて叫んで、そうかと思うと次の瞬間には笑って。いつだって僕は振り回されていた。だから、慣れている」
世界の誰よりも愛しいと言わんばかりの眼差しで見つめられて、薫は赤面して黙り込んだ。
あたしは思わず笑ってしまったのよ。
わっはっは、兄上の完全勝利ね。
この先もこうやって、薫は兄上の手のひらで転がされていくんだろうなぁ。
それも楽しいわよ。
ねっ、薫。
「僕と美馬さんで、シャルルの病室の前を24時間ガードするよ」
と申し出たのは、スタジャンとジーンズが茶色のくせっけにとってもにあうイツキ。
「それは申し訳ない」
美女丸が自分も加わるといったが、美馬は、
「君たちには、ホテルの方をお願いしたい。敵は明晩を指定しているのだから、何もしてこないとは思うけれどね。相手は未知の世界の連中だから」
なるほど、と美女丸がうなずく。
「唯一知っておられる方は、あまり話してくれそうもない」
美馬の痛烈な皮肉はレオンハルトに向けられたものだったのだけど、当のレオンハルトはまったく気にするようもなさそうで、完全に無表情だった。
う、この人ってそういえば、何考えているかわからない微笑か、ちょっと目を剥くか、それぐらいしか、顔のバリエーションがないわよね。
漫画で描くならとても楽だけど、あんまりお友達になりたくないタイプ。
ユメミはコロコロ表情が変わってとても可愛いのになぁ。
レオンハルトのどういうところに恋をしたのか、彼女の魂が戻ったら、聞いてみよう。
「わかった。頼むよ」
とカークが美馬たちにいい、「了解」と四人の男たちは固い握手を交わした。
かくてあたしたちは、シャルルと美馬とイツキの病院組、クリームヒルトと兄上のグラナート家組、あたし、薫、アンドリュー、美女丸、カーク、レオンハルト、眠ったままのユメミとカレルというホテル組の合計三組に分かれ、カークの指導で、王立劇場へのアクセスを確認しあった。
病院組とグラナート家組は、それぞれで王立劇場に向かう。
一方、ホテル組は、午後七時にホテルロビーに集合して、タクシーが乗れる程度の少人数に分かれて、行動することを決めた。
行き方は、王立劇場のあるプラハ中央駅から歩いてすぐ近くなんだけど、警察の規制でプラハ中央駅が利用不可のため、タクシーを劇場から一キロ離れた地点で乗り捨て、そこからはカークの指示通りひたすら歩くというもの!
うう、体力勝負ね。
あたしは、心優しいアンドリューにおねだりして、ホテルについてから、たらふくたべさせてもらったのよ、うふっ。
ホテルの部屋は美女丸とカーク、レオンハルトとカレルとアンドリュー、ユメミとあたしが、それぞれ同室だった。
薫は兄上がいないため、ひとり部屋。
ユメミの寝顔におやすみなさいをいってから、あたしもすぐさま、夢の世界へ!
だって、疲れていたんだもの、あとは明日よ、おやすみ、ぐう!
ドアを何度もノックされて、あたしが飛び起きてドアを開けると、血相を変えた美女丸の顔があった。
「早く開けろ。何かあったかと思うじゃないか」
むかっ。
あたしは安らかに寝ていただけよ。
「今何時だと思ってるの、良い子と漫画家は寝ている時間よ」
「七時半だ」
そんなに朝早く起こすな、ばかやろう。
あたしが怒ると、倍以上の大声が帰って来た。
「いまは夜だ。この睡眠おばけ!」
あら、失礼。
24時間も寝ちまうなんて、あたしったら、よっぽど疲れていたのね。
あっという間に、約束の夜がきた。
うーむ。
心の準備がない。
まあ、いっか。
同室のユメミは魂を抜かれちまっていて、トイレもご飯もいらないんだもの。
誰も声をかけてくれないとなると、あたしたち二人は、永遠に眠り姫になるわよ、当然でしょう。
あたしがそう言うと、美女丸は一気に脱力したように、肩を落として、ドアに手をすがった。
「もういい。お前と話していてもらちがあかん。それよりも、レオンハルトとカレルがいない」
えっ!?
「手分けをしてホテル内を捜索したが、みつからない」
「カレルは自分で歩いていったの? 魂が戻ったの!?」
「知らんっ」
そのとき、廊下の向こう側から真っ青になったアンドリューが走って来た。
よほど走り回ったらしく、髪が唇に絡みついている。
「どうしよう! どこにもいないよっ」
横を向いて、美女丸が舌打ちをする。
「困ったな。まったく勝手なことをしやがって。だいたい、お前が兄貴から目を話すから悪いんだ、アンドリュー」
すると、アンドリューは気分を害したように、細い眉根をシワがよるほど寄せて、美女丸をちょっと睨んだ。
「だってそれは、あなたが僕を自分の部屋に呼んだんじゃないか。これからの決戦のために稽古をつけてやるといってさ」
美女丸のばかやろう。
すべてあんたのせいじゃないのよ、反省しろ!!
美女丸は素知らぬ顔でいった。
「まさか、あいつ、先にいったんじゃないだろうな」
とたん、アンドリューが悲鳴のような声をあげた。
「そういえば、伝言のメモを見たのって、兄さんだけだよね!? 僕たちに内容を伝えると、兄さんはすぐにメモを握りつぶした。まさか、約束の時間が違っていたの?」
「かもしれん。あの面構えならやりそうだ」
偏見たっぷりの美女丸の言い分に、アンドリューは両手をほおにあてて動揺した。
「まさかと思うけれど、兄さんは、グノームの聖剣を取り出しにプラハ城に行ったりしてないよねっ? カレルを殺したりしてないよねっ?」
まさかでしょう!!
そんなことをしたら、アクスクーに捕まっている和矢たちが殺されるわ!
みんなで解決しようとしているのに、そんなことになったら、あたしはレオンハルトを一生恨むわよ!
「人質の命がかかっている。無謀な行動はしないと思うが……」
美女丸は難しい顔をして、語尾を濁した。
そこにカークと薫もやって来て、やはりホテルの内外どこにも彼らの姿がないことを報告してくれ、あらためて、あたしたちは今後のことを相談した。
「とにかく皆と情報共有をしよう」
カークがいい、直ちにこのことは、シャルルのいる病院とグラナート家に報告された。
病院組とグラナート家組は、予定通り王立劇場に向かうことになったんだけど、なんと、クリームヒルトまで一緒に来るといったらしい。
うるさいから来ないでいいのに。
やっぱりカレルが心配なのかしら……。
「おい、ユメミはどうする?」
カークがあたしの部屋の中を覗き込みながら、ベッドに横たわる彼女を見て、いった。
ううむ。
ここに寝たままの方が安全な気もするけれど、高天たちを救い出すときに、彼女が必要になるかもしれない。
でもやっぱり連れていくと危険かも。
いやまてよ。
高天やアキは、おそらく人間の姿でつかまっているはず。
だったら、ユメミがドキッとして、狼と猫に変身すれば、敵の手から逃げられるんじゃないかしら。
あたしがそう言うと、美女丸もカークも笑うばかりで、なかなか信じてくれなかったのよ、ひどい。
薫なんて、「ついにか、かわいそうにな、マリナちゃん」とあたしの頭を撫でる始末。
なんでよっ!
カークが目尻の涙をぬぐいながら背筋を伸ばす。
「変身はともかく、ユメミも連れていった方がいいと思うよ。相手の騎士団の弱点になるかもしれないし」
「しかし、レオンハルトの弱点になる可能性の方が大きいぞ」
美女丸の言い分に、あたしは思わず大きくうなずいた。
そうね。
どこからどうみても、レオンハルトはユメミを愛してるってバレバレだもん。
高天たちが捕まったって知った時、レオンハルトが一番に心配したのは、サントス駅に向かったユメミのことだったもんねぇ。
手元には、冷泉寺貴緒の羽があったっていうのに、彼女については一言もなしだもの。
なかなかわかりやすくて、かえってかわいい。
「ここではっきりしておこう」
薫が一同を見渡していった。
「あたしたちは何を望むかだ。あたしは世話になったシャルルに頼まれたからプラハにきた。来てみたら黒須とガイが誘拐されていた。黙ってはいられない。助けるためには全力を尽くす。しかし、騎士団の連中のことは、二の次だ」
ごくっ。
「だってさ、カッコつけても仕方がないだろう。あたしはこの通り、病後の体だ。全員助けるなんて、誇大広告は打てんからな」
「もっともだ」
美女丸もカークもうなずいた。
「君の誠意をすごく感じたよ。君は、それでいいと思う。俺は警官として、誘拐されている皆を助けたいし、秘密結社の内部紛争で、殺されそうになっているレオンハルトを助けたいと思う」
「俺は、曲がったことはゆるせん。それだけだ」
最後にびしりといった美女丸に、カークと薫が視線を交わして苦笑する。
そしてカークがいった。
「よし。じゃあ、ユメミは俺が担ぐ」
かっこよく宣言したカークに、薫がぴゅうっと口笛。
「彼女はつまようじみたいなマリナちゃんとはちがって、なかなかのグラマーちゃんだからな。よかったな、カーク。役得じゃんか♪」
瞬間、トマトみたいにカークは真っ赤になって、この任務を拒否!!
わーん、薫のバカ!
どうしてここであたしの名前がでてくるのよ!?
だいたい、あたしってこのシリーズの主人公なのに、つまようじだの卵型ボディだの、言われたい放題すぎない!?
他のシリーズの女の子たちは、心はともかく外見はとってもきらきらしいのに、それに比べてあたしときたら……うっうっ。
これ以上ひどくあたしを書くと、スプラッターイラスト付きの不幸の手紙を、シリーズ100周年まで送り続けてやるんだからねっ、原稿書いているそこの作者、覚悟しておきなさいっ!!
と小心者の作者を脅しておいてから、あたしは、皆とともに急いでホテルを出て、夜のプラハの街へと飛び出した。
雲ひとつない夜。
日本と違って、黒天鵞絨を空に敷き詰めたように闇が濃い。そして、闇と同様、寒さも手で掴むことができそうなほど厳しかった。
う~~~っ、寒い!
でも、すごく月が綺麗。満月かな?
車窓から見える月景色にうっとりしつつ、あたしたちは、劇場から一キロ以上離れたナ・スナメンツ通り添いでタクシーを降りたんだけど、そこにも警官の姿がちらほらといて、制帽の下の冷たい目でギロッと睨まれて、あたしは心臓がちぢみあがるかと思った。
あたしは、アンドリューと美女丸と同じ班だったの。
ちなみにユメミを抱える役割は、カークの懇願によって美女丸に変更されたの。
でも、日本人であるユメミを抱きかかえた凛々しい日本男児の美女丸は、プラハの目ぬき通りではかなり目立つっ!
いざとなったら、新婚旅行に来た新妻が具合が悪くなったと言う設定にしようと、タクシーの中で打ち合わせをした。
その証拠にほっぺちゅーぐらいしろと、あたしは言ってやった。
美女丸はかなり抵抗したけどね。
けれど、警官はあたしたちにあまり関心を示すことはなく、あたしたちはカークの指導通り、観光客を装いながら、網の目のようになっているプラハの夜の街を何度も曲がりながら、早足で駆け抜けた。
あゆみに従ってどんどん警察の姿が増え、心臓もドキドキが止まらないっ!
「もうすぐのはずだよ」
アンドリューがいい、あたしたちは、一つの建物の影からそっと顔を伺った。
あたしは思わずわあっと声を上げてしまった。
オレンジ色のハロゲンランプでライトアップされている、五本の柱がくっきりと浮かび上がっている。両翼には青と赤の色鮮やかな幟が立っている。
これが、王立劇場!!
「こっちだ」
美女丸の誘導で、あたしたちは一度そこから後ろずさり、一本横の通りに向かって、そこから建物の右側にある、いわゆるスタッフ出口にアクセス、黒く無愛想な小さな鉄扉からこっそりと劇場に忍び込んだのだった。
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