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Channel: りんごの木の下で
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パラドクス☆インポッシブル 20

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《ご注意》シャルマリ・銀バラ二次創作です。かつ本作品はフィクションです。楽しく読んでください。





入ってすぐに、小さな窓口があった。
思ったよりもずっと明るくて、窓口のカウンターは木製の飾り彫のうえに、ガラス仕切りがあった。
壁はゴシック形式の重厚な木製で、床はレンズ豆色の絨毯だった。
警官はおろか、係員の姿もない。
「階段が奥にあるよ」
アンドリューの言葉に従って、あたしたちは非常扉をあけ、階段を上った。
「客席は4階だ」
階段にも人気はまるでなかった。
うーむ。
なんか嫌な予感する……。
と、思いつつ必死で足を動かして、4階に到着。
アンドリューがそっとドアを開いて向こう側に誰もいないことを確認した。
「俺が先に行く。マリナ、アンドリューの順でついて来い」
あたしたちは慎重にドアの外へ出た。
するとそこにいたのはーー
「遅いよ」
ホテルから別のタクシーを使ってやってきたカークと薫。
それから、病院組とグラナート家組だったの!!
ユリウスもいた。
彼は病院で気が付き、シャルルの部屋に来て、この事態を聞かされ、混迷を深める騎士団を救うべく、今はシャルルと行動を共にすることを決めたという。
きゃあ、無事に会えて嬉しいわっ!

「おかしいな。どうしてこんなに人がいないんだ?」
とカークが、親指の爪を噛みながら、周囲を注意深く睨んだ。
そうなのよっ!
変よね。
あたしたちが出てきたのは、劇場の中央エントランス部分。
コンサートや公演の時、お客さんはほら、そこの玄関から入ってきて、チケットをもぎられ、右手にあるワインバーでお酒を飲んだり、クロークにコートを預けたりして、公演までの時を優雅に過ごしてから、奥にある扉から中に入って行く、いわば、劇場の顔の部分。
公演のない時に人がいないのは、まあ、わかるけど。
係員すら一人もいないっていうのは、不自然よね。

「なんらかの手が回ったと考えた方がいいだろう」
昨日よりもはるかに顔色のよくなったシャルルが、ため息を吐いた。体によく合う白いスタンドカラーシャツに、普段から美しい青灰色の瞳がよく映える。
「もしかして、何もかももう終わっちまったあととか?」
美女丸がいい、アンドリューが血相を変えた。
「それ、どういう意味さ?」
「いや」
「まさか兄さんに何かあったっていいたいの?」
シャルルがアンドリューの肩を持つ。
「レオンハルトは生きている。眠ったままのユメミの耳を見ればわかる。まだピアスがついているだろう? 彼女のピアスがとれるまでは死ねないって、レオンハルトがそう言っていたのを忘れたか?」
そういえばそうだったわね。
「じゃあ兄さんは大丈夫だね」
アンドリューは泣き笑いのような顔をして、長いため息を吐いた。

「でも、安心してられないよ」
とイツキが劇場を睨んでいった。
うっ、ハンサムボーイがキリッとした眼差しをすると、壮絶に素敵!
「これからどうなるかわからない。すぐに皆で劇場の中へ踏み込もう」
「だがイツキ。相手は秘密結社だぜ」
美馬は、腕をくみ、手で顎を支えながら、艶めく瞳でイツキを見た。
「そもそも秘密結社とは、その名のとおり秘密に存在していなければならないものだ。一般人にその存在をしられただけでも致命傷だ。この中で行われていることが何か、まだ不明だが、万が一、特殊な儀式が行われていた場合、俺たちこそ生きてここから出られるかわからない」
あたしはぞくっとした。
だって、それじゃあ人質になっている和矢たちはどうなるの?
立派な目撃者になっちまってるわよ。
もしかして、死体で帰ってくるの?
そんなの嫌よ!
いやまて。
騎士団なら、記憶封じとかあるかもしれない。
和矢たちはすべての記憶を消されて、帰ってくるかも。
うう。
死ぬよりいいけれど、それも嫌だわ。
五体満足、健康無事。
どうかそのままの彼らで返してほしい。
あたしは、あたしと出会ったことを和矢に忘れてほしくない。
和矢の心はシャルルのもの。
それはよくわかっているわ。
だから、もう恋をしようなんて言わないって決めたのよ。
和矢は彼らしく生きてくれれば、それだけでいい。
帰ってきてほしい。
それだけ。
そのために、あたしにできることはなんでもやるわ。
こんなところでじっとして、問答している暇なんて、あたしにはないのよ!!

あたしは意を決して皆のところから駆け出し、劇場に通じるドアを開けて、中に入った。
「うわっ、マリナ!」
と後ろで声が上がるけれど、完全無視。
もう一枚のドアを開けて中に入ると、そこに広がっていたのは、荘厳かつ巨大な劇場だった。
高い天井は、金銀の柱の間に描かれた鮮やかなフレスコ画。
そこから翼を広げるように四階建てで、バルコニー席があたしのいる一階まで続いている。
一階の客席も、バルコニー席もほぼ満席。
けれど、誰もあたしの方を振り向こうとはせず、ステージだけを見ていた。
その視線を追うように、あたしも正面のステージを見て、直後、大絶叫!!
「どうしたの!?」
と一番に飛び込んできたアンドリューが、後ろから肩を抱いてくれたんだけど、あたしは震えが止まらない。
あたしの頭の上で、アンドリューが息を飲むのがハッキリと聞こえた。
ステージには、五人の男がおり、中央には大きな十字架あって、そこに磔になっているのは、カレルに違いなかった。
彼は下着一枚だった。
均整のとれた褐色の上半身は裸で、その首の左側から左胸にかけて、血を流したように刻まれている太い刺青の痕がはっきりと見えた。
あれが赤いモルダウ !!
とりあえず、怪我はないみたい。
魂は戻ったらしく、顔には恐怖が張り付いていて、目はこぼれ落ちそうに開いていた。
十字架の左側に若い黒髪の細い男性。赤いマントを全身にまとっている。
彼の背後に二人。同じような形の黒いマントを着ている。するどい眼光で、空気が津波にように震えているのがわかるほどだ。
十字架の反対側にレオンハルトがいた。彼は上半身裸で、下は光沢のあるブラックのズボンを履いていた。
床に片膝をついてひざまずき、左上腕部内側に金の杯をあてている。
あたしがさっき見たのは、レオンハルトが、自分の腕を銀剣で切っている瞬間だったのよ、こわいっ。
「瀉血で血の杯を作っているのかな。まさか飲む気かな」
げ。
またオカルト!?
レオンハルトから杯を受け取った赤マントの男は、その杯を両手で上に掲げて、祈りを始めた。
「あれは聖血の儀式だ」
いつのまにそばに来ていたのか、背を低くして劇場の闇に紛れたユリウスが囁いた。
うう、いつも英語で話してくれてありがとうね、あんたはいい子よ。
「自分の尊厳と生命を他人に移譲する儀式だ。同時に、預かっている他人の魂も移り、その魂は元の持ち主、預かり主、新しい受け取り主の三者間契約となる」
うっう、説明が難しくってわからない!
「悪いんだけど、もっと簡潔にいってくれないかしら?」
あたしがお願いすると、ユリウスは嫌な顔一つせずに言ってくれた。
「つまり、聖血の儀式とは、命も持ち物もすべてを捧げるってことなんだ。だから、総帥が預かっていたユメミ殿の魂もジェミニ様に渡る。もし総帥が死ねば、魂は本来の持ち主であるユメミ殿に戻るけれど、ジェミニ様は魂の守護者(ガーディアン)として終生ユメミ殿に尽くす義務が生じる。もちろん体も心も傷一つつけずにね」
あたしはびっくりした。
それって、つまり!
「たぶん、ジェミニ様は総帥がユメミ殿の魂を預かっていることを知らない。総帥は、それを秘密にしたまま、この儀式をして、ユメミ殿を守るつもりなんだろう。聖血の儀式を結んでしまったあとでは、アクスクー様もユメミ殿に手を出せないからね。なんといっても、息子が守護者になるわけだから」
「もし、ユメミに何かあった場合、どうなるの?」
「失格守護者として、処刑される」
ひえっ!
うーん、これはレオンハルト流の復讐かしら。
ちょっと陰険な香りがする……。
ところで、さっきから話に出ているジェミニって誰!?
あたしが聞くと、ユリウスはステージの上で祈っている赤マントの騎士を指差した。
「ジェミニ・アクスクー様。僕と同じ19歳で、上から十番目の堅固の騎士。長老ノロイ・アクスクー様のひとり息子」
あいつが、レオンハルトの後釜を狙っているの!?
そう思って見ると、ジェミニはいかにも二世という雰囲気で、体は大きいけれど、意思もおつむも弱そうだった。
ジェミニは目を閉じ、陶然とした表情で、とうとうと祈り続けていた。
レオンハルトは、跪いたまま、うつむいてその祈りを聞いていた。

「ジェミニ様の後ろにいるのは、秘蹟の騎士と、剣の騎士だ。聖血の儀式が終わったら、総帥はすぐさま斬首される」
あたしは背筋が凍るような気がした。
ダメよ、止めないとっ!
「僕がステージに行く!」
アンドリューが、雄々しくいこうとすると、今まで黙ってステージだけを見ていた騎士たちのうち、最後列にいた連中が一斉に立ち上がり、彼の前に人垣のように立ちふさがったのだった。
「ナイン」
地に響くような低い声で、中央の男がそういった。
動くな、と言いたいらしい。
アンドリューはすくんだけれど、それでおとなしく言うことを聞くマリナさんじゃないのよ、フンっ。
「冗談はよしこちゃんよ! 黙ってこのまま人が死ぬのを見てられますか。というか、和矢たちはどこなの? まさか殺しちゃってないでしょうね。和矢たちを出せ! この死ね死ね団!」
そうしている間に、ジェミニの祈りは終わり、彼は何やら大声で宣言をしてから、杯に口をつけようとした。
ぎゃああ、やめて!
直後、すさまじい轟音が劇場内に響き渡るのと同時に、ジェミニの口元にあった杯が砕け散った。
血をかぶりながらジェミニは、ステージにひっくり返った。
騎士たちが殺気立って一斉に立ち上がる。
何がおきたの!?
あたしは周囲を見渡して、騎士たちの視線を追い、そして見つけた。
一階の一番後ろの出入り口に立って、手にした銃を上に向けるカークの姿!!
杯を撃ったの?
すごい!!

カークの周りには、美女丸、美馬、イツキ、それから兄上もいた。
カークは、叫んだ。
「俺が中央を突破する。美女丸と響谷さんは右。美馬とイツキは左側だ。いいか、いくぜっ!」
声とともに、たちまち騎士団がカークたちに一気に襲いかかり、皆はカークの指示通り左右に散開した。
とたんに、始まる大乱闘!!
中央通路を一人で突っ込んで来たカークは、大勢をひきつけてから、ひらりと椅子の上に飛び上がって、椅子の背から背へと駆け抜けて、連中を交わして、あたしたちの元へ来た。
「ユリウス、援護してくれ。マリナ、アンドリュー、いくぞ!」
えっ、どこに !?
「決まっているだろ。レオンハルトのところだ!」
見ると、ステージの上では、腰を抜かしたジェミニをよそに、黒マント二人がレオンハルトの喉元に剣を突き出していた。
助けにいかなくっちゃ!
「でも、美女丸たちが」
いうと、カークは近寄る騎士たちを蹴り倒しながら、答えた。
「今は自分にできることを精一杯やるしかない!」
カークの必死な顔に、あたしは心が決まった。
そうだわ、みんな頑張っているんだ。
あたしはカークが開いてくれた道を走って、ステージに上った。

カークが威嚇射撃をすると、黒マントの騎士二人が、カークに向かって剣を振るってきた。
たちまち始まる、剣vs銃の戦いっ!
カークは戦いながら、ステージから客席に降りた。
その間をついて、あたしとアンドリューは、レオンハルトの元に駆け寄った。
「兄さん、早く立ち上がって、戦って!」
レオンハルトは、絶望をそのまま映した顔で首を横に振った。
ムカッ。
あたしはレオンハルトの正面に回って、その両ほおをぶっ叩いてやったの。
「ふざけるな、このオタンコナス!!」
そのままもろ手でレオンハルトのほおをつかみ、彼の顔を客席に向けた。
レオンハルトの首がグギッて鳴ったけれど、知らんっ。
「何のためにみんなが戦っていると思うの? 人質とあんたを助けるためよ。それなのに、いつまでぼぅっとしているのよ!!」
レオンハルトは一瞬震え、
「だが俺は、友を呪いに巻き込み、不幸にし、彼らの未来に鎖をつないだ」
虚ろな目が下を向く。
「俺は労苦したすべての結果をいとう。俺は彼らに関わるべきじゃなかった」
ああ、もうイライラが止まらないっ!
こいつってば、シャルル以上にめんどくさいやつだわ。
あたしは思わず大きな声で言っちゃった。
「あんたが本当に仲間のことを大切に思っているのなら、みっともなくても生き抜くべきよ。真剣に思ってくれる人から逃げてはダメよ。死ぬことで何もかも解決しようとするなんて、卑怯だわ!!」
「卑怯だと?」
目を剥くレオンハルトに、あたしは大きくうなずいた。
視界の端でクリームヒルトがステージに上がってきて、アンドリューと一緒に十字架上のカレルの縄目を解こうともがいでいる。
「あんたを好きな人たちは、あんたに幸せになってほしいと願っているの。困難があるのなら、一緒に解決したいと思っている。あんたはこの騎士団の総帥なんでしょう? だったら騎士団の改革をしたらどうなの? 殺しあい騎士団じゃなくて、ハッピー騎士団に変えてみなさいよ、できないの!?」

瞬間、レオンハルトは微笑んだ。
あたしはハッとした。
レオンハルトの、夜の色のように美しい黒い瞳は、まるで墨汁を流したように無機質で、感情がなく、彼があらゆる祝福をこばんでいることがわかった。
レオンハルトは、絶望しているんだわ。
だから、すべての考え得る幸福から自分を遠ざけることで、これ以上絶望が重ならないようにしている。
自分の心を麻痺させているんだ。
だから、こんな風に自分をあざ笑うしかできないんだ。
シャルルだってカミルスだって、あのミーシャだって、こんな風には笑わなかった!
どうして?
一体何があったの!?
レオンハルトの底知れない深い絶望を目の当たりにして、あたしが言葉を失っていると、
「シャルル ドゥ アルディは幸せだな。君のような恋人がいて
と彼がボソッといった。
は、い?
あたしはシャルルの恋人じゃないわよっ!

その時だった。

尻餅をついていたジェミニが勢いよく立ち上がり、腰に差していた剣を引き抜いて、十字架のカレルに向かって襲いかかったの!!
カレルの目が食い入るように見開かれる。
きゃあああああああ!
縄目を解こうとしていたクリームヒルトがつんざくように叫ぶのと、もう一つ、劇場内を震わせるような低いバリトンボイスが響き渡るのとが同時だった。
劇場内で戦っていた騎士たちの動きが、ピタリと止まる。
あたしは声のした右側の二階バルコニーを仰いで、絶句した。
かっ、和矢!!
もちろんガイも高天もアキも、鳥かごに入れられた冷泉寺貴緒もいた。
猿轡をされていて、もがいているけれど、みんな元気そうだった。
良かった!
鷹の冷泉寺貴緒にまで猿轡はちゃんとあり、彼女はカゴの中でひどく羽ばたいていた。

再び男の声がして、それを聞いたジェミニが剣を手からすべり落とした。
ガシャーンという鋭い音が終わると同時に、和矢たちの後ろから中年の男性がゆっくりと姿を見せた。
現れたのは、ゆかたな銀髪の上に小さな王冠をかぶった、理知的な雰囲気の紳士だったの。
黒マントがよく似合っていて、映画俳優みたい。
「ヘル・ノロイ・アクスクー」
レオンハルトのつぶやきに、あたしはびっくり。
え……。
まさか、この人が例の!?
アクスクーは、和矢の髪をぐいっと乱暴に掴んで、彼の顔を自分へと向けさせた。
和矢が苦しそうに顔を歪めて呻いた。
アクスクーは満足そうに微笑んだあと、和矢を放し、そばにいた若い騎士にいった。
「えっ!?」
驚くアンドリューを脅すようにして、通訳させたところによると、
「人質を全員解放しろ」
だったの。
うそっ!?




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