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Channel: りんごの木の下で
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パラドクス☆インポッシブル 23

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《ご注意》シャルマリ・銀バラ二次創作です。かつ本作品はフィクションです。楽しく読んでください。





「マリナちゃん、お父さんがあと半年だって言われたの」
それは、6月に入ってまもなくのこと。
あたし愛用の黒電話に届いたのは、ユリナ姉さんの切羽詰まった声だった。
半年って……。
まさか病気!?
あたしが噛みつくように聞くと、ユリナ姉さんはあたし以上のがなり声で答えた。
「電話で細かいことを説明している時間はないのよ。母さんは号泣するし、父さんは今すぐにでも自殺しそうだし、片時も目を離せないの。ニュージーランドのエリナにも連絡したけど、さすがに今すぐには帰れないでしょう。だから、あんたが、すぐに帰ってきてちょうだい。いいわね、わかったわねっ!」
一方的に言うだけいって、姉さんは電話を切った。
あたしは呆然。
とりあえず受話器を戻して、ぺたんとその場に座った。
父さんが、あと半年?
うそ。
うちの父さんは頑丈なのよ。
あたしに似て、じゃないか、あたしが似たのね。
とにかくお医者さんには一度もお世話になったことがないというのが自慢の人で、会社の検診はいつもオールクリア。
それで表彰されたことがあるぐらいの、健康優良中年なんだから。
その父さんが、半年後に死ぬの?
そう思うとあたしはいてもたってもいられず、すぐに愛用のポシェットを押入れからとりだして、パンツ三枚を突っ込んだ。
一本電話を入れてから、家から飛び出して飯田橋の駅に向かう。
待ってて父さん。
すぐに帰るから!!


二時間ほどかけて電車を乗り継ぎ、実家につくと、家はもぬけのからだった。キッチンのテーブルの上に書き置きが残されていた。
ユリナ姉さんの綺麗な字。
『駅前にある○○病院に行きます』
病院!?
まさか、父さんが早まったことをしたんじゃ……。
それとも、母さんが発作を起こして倒れたとか!?
母さんは糖尿病を患っている。
普段は血糖コントロールをしているからなんともないけれど、興奮したり、何かに夢中になったりすると、インスリン注射を忘れてしまうことがこれまでにもたまにあった。
そうすると、一気に血糖値が上昇して、倒れてしまうの。
そうなったら、命に関わる!!
あたしは背筋が冷たくなるのを感じながら、そのメモを元どおりに置いて、すぐさま病院に向かった。
バスを待つのももどかしく、タクシーを使う。
うう、お財布が厳しいけれど、産んでくれた親のため、虎の子を使うわよっ!
そうしてついた病院は、やけに小さな病院で、せいぜい町のクリニックというところだった。
入るとすぐ受付と待合室があって、そこに両親と姉さんがいた。
「マリナっ!」
姉さんが立ち上がる。他には患者さんの姿はない。
「父さん、母さん、大丈夫なの?!」
あたしがすがると、父さんと母さんは苦しげに微笑んだ。
「すまない、心配かけて」
そういう父さんは、なんだかとても老けてみえた。
「大丈夫よ。どんな病気でも治してあげるからねっ」
父さんは目を丸くした。
「お前が!?」
そうよ。
だから大船に乗ったつもりで、安心してね。
ついでに母さんの糖尿病も治して見せるから。
二人とも長生きしてね。一緒にパリにいこうね。シャンゼリゼを歩こうね。パリの美味しいお菓子を食べよう。エッフェル塔にも上って『たまや~』って叫ぼう!
あたしがそう言うと、母さんがほおに手をおいて、深いため息を吐いた。
「医者でもないのに何を言ってんだいマリナは。この子はついに妄想と現実の境がつかなくなったんだね。昔から漫画ばっかり読んでて、いつかおかしくなると思っていたけど、ああ、情けない」
父さんも頭をかかえる。
「まったくだ。俺が一生懸命に働いてきたのはなんのためだったのか」
違うのよ!
「直接あたしが治すんじゃないわ。あたしの恋人が治すのよ」
父さんと母さんは目をぱちくり。
「あんたの恋人だって?」
あたしは大きくうなずいた。
「すぐにここに来るわ。――ほら、車が止まる音がしたでしょう?」
父さんと母さんの目が、自動ドアに向けられる。
ドアがサーっと開いて入ってきたシャルルを見て、両親は絶句した。
無理もないわね。
今まで一度も合わせてなかったし、きらめくプラチナ・ブロンドに、深い森の奥にある湖を思わせるブルーグレーの綺麗な瞳、完璧なラインの輪郭に通った鼻筋、天使のようなカーブのほお、バラ色の唇っ!
外見も雰囲気も、すべてが町のクリニックに現れるにはそぐわない。
こんなに素敵なシャルルがあたしの恋人だなんて、小菅から半年たった今もまだ信じられない。
「ごめん、マリナ、遅くなった。それで君の親は?」
丁寧に声をかけてくれるシャルルのそばにいって、「ううん」とねぎらってから、再び両親のもとに戻って、金魚みたいに口をあけたまま放心している両親を紹介した。
「シャルルはどんな分野でも診ることのできる万能のお医者様で、フランスの誇る大天才で、知能指数269なのよ。だからどんな病気でも治してくれるから、安心していいからねっ。――シャルル、お願い、治してね」
シャルルははっきりとうなずく。
「わかった。それで、なんの病気?」
そういわれて、あたしは首をひねった。
「えっと、母さんは何年も前からの糖尿病。父さんはあと半年の命なの。だからそれが大変なんだけど……そういえば、父さんってなんの病気なの?」
そばで苦り切った顔をして突っ立っていたユリナ姉さんに尋ねると、姉さんはいった。
「病気じゃないわ。床屋で、あと半年で完全に地毛がなくなると宣告されたのよ」
は、げ!?
「だって、病院に運び込まれたって」
ユリナ姉さんは、ためいきをついた。
「あれだけ健康に気をつけていたのに、頭皮だけは維持できなかったーって嘆いた父さんが、走り回って、縁側の段差で足首をグキッ」
そう言われて父さんの足を見ると、薄~い包帯が巻かれていた。
「全治二週間の捻挫ですって」
なによ、それ!?
「いや、あの、すまん」
困ったように父さんがあたしたちを見る。
う~~~、信じられない!!
「この人騒がせ親! 何考えてるのよ。どれだけ心配したと思ってるの!?   髪の毛が抜けるぐらい何よ。そんなの、アデランスで頑張りなさいよ。いっそのことつるっぱげでもいいじゃない。シャンプーがいらなくて経済的よ。今度こんなことで騒いだら、娘をやめるんだからねっ。本当に……っ」
シャルルの手があたしの肩に乗った。
「泣くな」
優しい声で言われて、あたしは初めて自分が泣いていることに気づいた。
そして気づいてしまった涙は、止めることができなかった。
うわーん、父さんと母さんのばかやろう。
あたしの心配を返せっ。
泣くあたしを、シャルルが後ろからそっと抱きしめてくれた。
「すまなかった、マリナ。シャルルさんも」
父さんと母さんが、シュンとした様子で何度も何度も謝った。
「マリナ、もう許してあげて。これだけ父さんたちも謝ってるんだから」
あのねっ、そもそもは、電話でちゃんとハゲのことだって言ってくれない姉さんが悪いんでしょ!!
「それはそうとシャルルさん」
あたしが泣き止むのを待って、父さんがおずおずといった。
「天才なら、ハゲの特効薬は作れますか?」
シャルルは苦笑いをする。
「もちろん。その代わりといってはなんですが、娘さんを私にくださいますか?」
瞬間、父さんの顔が星のように輝いた。
「どうぞどうぞ。こんな娘でよかったら、熨斗つけて差し上げます」
わーんっ、あたしはハゲ薬と引き換えに嫁に出されるの!?
親も親なら、シャルルもシャルルよ。
みんな嫌いだあ!!
怒り狂うあたしを、父さんと母さんが慌てて必死になだめた。
ユリナ姉さんは上品に手の甲を口に当てて笑い、シャルルも肩を揺らせて、小気味良さそうに笑った。……




_____

笑い声がこだましている中、あたしは口のまわりが異様にべたべたするのを感じて、ぐいっとぬぐった。
とたん、シャルルも姉さんも消えて、自分が寝ていることがわかったの。
あれ、あたし、どうしたのかしら?
ごろっと上を向くと、見覚えのある天井が見える。
確か、この模様は昨夜寝る前に見たわね。
そうホテルよ。
と思ってあたりを見渡せば、あたしのベッドに寄りかかるようにして眠っているユメミの頭が見えた。
ふわっとしたやわらかい癖っ毛が、顔にかかって、寝息でかすかに揺れていた。
窓の外は明るくて、眩しい日差しが差し込んでいる。




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