Quantcast
Channel: りんごの木の下で
Viewing all articles
Browse latest Browse all 577

ペルデュの森 2

$
0
0

《ご注意》シャルマリ二次創作です。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。




薫はスプーンをかざしながら言った。
「だからあたしはシャルルの旅立ちを応援しようと思うわけ」
あたしは黙った。
「お。さすがのお前さんでも多少の罪の意識があるわけね。やつを傷つけたという」
「傷つけたというか……あれは、あたしもめいっぱいだったのよ。ちょっと待ってよ、薫、なんであんたがあたしとシャルルの間にあったことを知っているの!?」
「シャルルから聞いた」
あたしはひどく驚いた。
プライドの高いシャルルが、そんなことを人に話すとは思いもよらなかったから。
「あたし達決めたんだ。シャルルはあたしの心臓を治療する。あたしはシャルルのスーパーバイザーになる」
スーパーバイザー?
不審そうにするあたしに、どうせお前さんにはわからんだろうという視線をくれてよこしながら、薫は手を上げて、追加の桃パフェを頼んだ。
あたしもマンゴーパフェを頼んだけれど、売り切れと言われ、仕方なく、チョコレートパフェにした。
「スーパーバイザーとは平たくいえば、心の相談役だ。シャルルの重荷を聞いてやることがあたしのつとめだな」
うそ!
あたしは笑った。
「絶対冗談ね。シャルルはそんなことしないわ」
すると薫は不満そうに口を曲げた。
「ほう。お前さんはずいぶんとやつのことを理解してるんだな。だったら、なぜ、やつを捨てた? しかも一度希望を与えて」
突き詰められて、何もいえない。
「ガイのやつがお前さんに迫った時、あたしがアイツに言った言葉をお前さんは聞いてなかったのか。人は本当に愛する者のためなら、必死で何ができるか考えるんだよ。シャルルもそうだ。アイツは今、お前さんのために、お前さんを思うことから卒業しようとしている。そのためには、今までの自分を丸ごとすべて捨てちまうぐらいの変革を必要としているんだ」
「それで……ハリウッドスター?」
薫は頷いた。
「ロボトミー手術並みだよ」
桃パフェとチョコレートパフェが運ばれてきた。
薫は桃を一切れ食べた。果汁で濡れた上唇を舌で舐める。
「あたしに悩みを打ち明けたり、ハリウッドスターを目指したり。らしくないよな。でもそのらしくないことをあえてすることによって、たぶん、あいつは今までの自分を消そうとしているんだ」
「自分を消す?」
「お前さんを愛した自分をこの世から抹消したいのさ」
あたしは言葉に詰まった。
なんでもないという風に薫はパクパクとパフェを食べていく。
「まあ、あんまり心配しないでいいさ。あたしがアメリカについて行くから。なんてったって、主治医とスーパーバイザーの関係だからな。黒須にもそう言っておいてくれ。それと、パフェの二杯目は割り勘だぜ、マリナちゃん」




その夜、あたしのアパートにやってきた和矢にあたしは薫から聞いた話をした。
「へえ……ハリウッドスター」
和矢はさすがに驚いた様子で、手で口を覆って黙り込んだ。
「どうしたらいいと思う?」
あたしが聞くと、
「どうしたらって?」
と、手を下ろして首を傾げた。
「あたし達、このまま黙ってシャルルがハリウッドスターになるのを見ていていいのかしらね」
「見ていてって、お前、そばにいくつもりか?」
和矢の声が少し低くなった。
「違うわよ! シャルルならハリウッドでもすぐに超一流の人気者になるでしょう。映画もバンバンでるわ。ファンも世界中にできるわ。でも、そんな生活を本当にシャルルが望んでいるかしら?」
「うーん」
「シャルルはひと嫌いじゃなかった?」
「かなりの、ね」
「だったら、その彼が人に囲まれて仕事して、ファンのご機嫌をとるなんて無理よ。ストレスで死んじまうわ。死なないでもハゲちまうわよ。絶対やめさせないとっ!」
「本人の希望なら無理にやめさせる必要なんてないんじゃないか?」
和矢はひどく冷静な眼差しで言った。
「それともお前、アイツがいつまでも自分を思ってジメジメと暮らしてくれれば満足なのかよ? いっそのこと冬眠してくれれば愛の証明だとか思ってる?」
あたしはカッとした。
「ひどいことをいうのね」
「怒ったか」
「怒るに決まってるでしょう。それとも怒らせた自覚がないとでもいうの?」
「いや、自覚はあるよ。お前はいつもシャルルのことになると、態度がおかしくなる。やたら笑ったり、そうかと思うと気にしてないそぶりをしたり……でも俺にはわかっていたよ」
「何がわかっていたというの?」
「お前があえて見ないようにしてきたものの正体だよ。マリナ、ジグソーパズルってやったことがあるか?」
突然変わった話題にあたしが戸惑っていると、
「あれって結構難しくってさ。ひとつひとつのピースをどんなに凝視してもそれがらどこにハマるのかはなかなか見えてこない。一個一個は小さいから」
と親指と人差し指でジグソーパズルのピースを形だって見せた。
「パズルを完成させるためには、一度身体を引いて全体を俯瞰しないとダメなんだ。昔、親父にそう教わった。親父としては遠くまで見渡せる男になれと教えたかったんだと思うけどさ」
和矢は人を見据えるような黒い瞳をあたしに向けて、微笑んだ。
「マリナ。お前も一旦自分の気持ちから引いて眺めてみろ。そうしたらきっと自分がわかるよ。ーーそうだな、目を閉じてごらん」
「あら、でも和矢は今自分を眺めろって言ったばかりじゃないのよ?」
「いいから、ほら、サッサと目を閉じろっての!」
なんだろうと思いながら、あたしは言われるがままに目を閉じた。
「何が見える?」
和矢の優しい声。
「真っ暗よ。当たり前だわ」
「だな」
と和矢は苦笑したらしい。
そして言った。
「もう少しそのまま目を閉じていて」
大人しくあたしがそうしていると、2分ほど経った頃だろうかーー
ふいに衣摺れの音がした。
和矢が動いたのかな?
と思う間もなくだった。
顔の前に優しい体温がよぎり、直後、あたしは自分の口にして柔らかく温かいものが押し当てられるのを感じたのだった。
きゃっ、これってキスっ!?
びっくりして目を開けると、和矢の真剣な表情が息も止まるほど目の前にあった。
「ごめん」
え!?
「今夜はお前を食っちまいそうだ。だからアシスタントはかんべんしてくれ。これで帰る。また日を改めて連絡する」
「ずいぶん急ね。今日もあんたのアシをあてにしていたのに」
「男が狼に変身するのは、いつだって急さ。それとも、今夜こそ俺に頭からガリガリ食べられる決心がついた?」
あたしがかぶりを振ると、
「だよな。三年間つかない決心が今夜つくはずもないよな」
と、和矢は辛そうに唇の端を歪めて笑った。
「少しまって! そのうち。今は覚悟の準備をしているところだから……」
「まあまあ、いいさ」
和矢は、あたしの頭をポンと叩いて立ち上がった。
出て行く前に、玄関前で和矢はあたしを振り返った。
そして口をゆっくり動かした。それはとても小さな声で、聞き取ることができず、あたしは身を乗り出した。
「なんていったの?」
和矢は聞こえていなくていいんだといいたげな顔で、首を振った。
「なんでもねーよ。じゃあ、さよなら」
和矢は手を上げて部屋を出て行った。




三日後、一通の手紙が届いた。差し出し人は黒須和矢。
何だろうと思い封を切りながら玄関戸を閉めたあたしは、三和土に立ち尽くしたまま動けなくなった。
真白い便箋に和矢らしい丁寧な字でこう書いてあった。

『マリナへ。

この三年間、君にとっての一位になれるように俺なりに頑張った。
だけど、もう無理だ。
君と一緒にいるのはとても楽しいけれど、たぶん、俺たちはこれからも楽しいだけで終わるんだと思う。
ふざけあった中学の時みたいに。
はっきり言う。俺は二番目では嫌だ。
いつまでも俺以外の男を思っている君に失望した。
別れよう。
どうか元気で。
もう俺は漫画のアシスタントを出来ないけど、活躍を祈ってます。

                                    黒須和矢』

あたしは狂ったように部屋を飛び出し、飯田橋駅から電車に乗って横浜の和矢の自宅に向かった。電話という手もあったけれど、じっとしていられなかったのよ。
和矢はおらず家政婦の女性が相手をしてくれた。
「和矢ぼっちゃまは大学です」
「待たせてもらっていいですか?」
彼女は申し訳なさそうにかぶりを振った。
「和矢ぼっちゃまは当分お帰りになりません。なんでも同じゼミの方の家に泊まり込んで共同レポートを作成するのだとか。定期的に自分から連絡するから一切構うなと言われております」
そんな!
あたしはお礼を言って和矢の自宅を辞去して、彼の大学に行こうと駅に戻った。
あれ、和矢の大学ってどこにあるんだっけ……?
もちろん東京大学であることは知っている。だが、三回生になった彼がどの学び舎に通っているのかあたしは知らなかった。東大は本郷キャンパスのほかにいくつもキャンパスがあり、学生数も多い。その中でどうやって和矢一人を探せばいいのだろう?
クラブもゼミの名前も知らない。
友達も……知らない!
あたしは券売機の前で途方に暮れた。人波は次々に目的地への切符を買い求めていく。がま口財布を痛いほど握りしめた。

ーーあたしは和矢のことを何も知らなかった……

会うのはあたしの部屋ばかり。来てもらっては漫画の手伝いをさせていた。和矢は嫌な顔ひとつせず、コンビニでお菓子やおにぎりなどを買ってきてくれては夜通し消しゴムかけをしてくれた。
肩を揉んでくれたこともしょっちゅう。
あたしは和矢といられて幸せだった。
でも彼にはそうじゃなかったんだ。

そんな和矢の気持ちを一度でも考えたことがあっただろうか。
「好きよ」と積極的に言うのも恥ずかしくて躊躇われたし、キス以上に進むこともどうしても勇気が出なかった。
そんなあたしに対して和矢が愛されていないと感じたとして無理はない。
愛の反対語は無関心といった薫の言葉が胸によみがえる。
こんなに好きなのに。
それなのにあたしは和矢に無関心だったんだと、ようやく気づいた。
後ろから来たおばさんの群れに背中を押されてよろめき、顔を上げると、邪魔だと言わんばかりの目で睨んで彼女たちは通り過ぎていった。
情けなさに震えた。




next

Viewing all articles
Browse latest Browse all 577

Trending Articles