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綺麗に抱かれたい 第一話

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《ご注意》シャルマリ2次創作です。大人向け。






  綺麗に抱かれたい



  第一話



『失恋』という言葉。
当時のオレは、その言葉の重さをなにひとつわかっていなかったのかもしれない。
所詮は心の出来事だし、それを乗り越えられる力を持っていると過信していた。
愛が生半可だったわけじゃない。腹の底から愛していた。
ただ、目の前にやらねばならぬことが沢山あり、時間と距離をかせぐことで、自分を落ち着かせることが可能だと信じていた。
実際、マリナと別れてからの生活は筆舌に尽くしがたいものだった。
プラハでのレオンハルトとの死闘。それに勝利したのち訪れた、慌ただしいのに虚しく過ぎていく時間。義務で会わねばならぬ連中とかわす空虚な会話。
オレは、どんどん乾いていく心を無視して笑った。
笑い続けた。
こんなにも笑えたのかと思うぐらいに、笑った。
そのうち、笑いが顔にはりついてとれなくなった。
誰もいない私室で、バスで、トイレで、オレは笑っていた。
嘘笑い? 違う。
笑う以外の表情を作れなくなっていたのだ。

おかしい。
こんなの、オレじゃないだろ?

そう気づいた時には、遅かった。

アルディ当主の座を取り戻した一ヶ月後、結婚式のカウンセリングを受けるためにサロンに向かう途中の廊下での出来事だった。
視界の一点が急にねじれた。ぐるりと、練り飴をねじったように。
と、見る間にそれは周囲の景色を巻き込んで、大きな渦巻きになって、オレの視界すべてを支配してしまった。同時に沸き起こる猛烈な吐き気。
オレは口を手で覆って、壁に手をついた。

「シャルル? ……シャルル!」

三歩後ろに従っていた秘書官であるいとこの叫び声がゆっくりと脳内で弾けて、泡のように消えていく。
倒れるのか? オレは。
こんな時にも医師としての判断をしてしまう自分に気づく。

栄養失調。
肝機能障害。

そして、……おそらくバーンアウト症候群。

たまらず倒れ伏す。

「しっかり、しっかりして!!」

ジル。すまない。
職場復帰には最低でも二年はかかると、
オレは消えていく意識の中でつぶやいた。







一年後、東京。


ホテルマリオン、801号室。


「抱かれるのが嫌?」
その言葉にびっくりして振り返ると、ドレッサーの前で髪を梳かしていたマリナは、オレに意味ありげな視線をよこした。
首を傾げて「フフ」と笑いながら櫛を置く。
「ごめん、驚かせちゃった?」
オレはカップをソーサーに戻した。
「そりゃ、まあね」
「独り言よ、気にしないで」
「するよ。というよりも、大胆発言をして気にするなという方が無茶だ。本当は気にして欲しいんだろう?」
「どうかしら」
また「フフ」と笑う彼女。
オレはため息をついて、
「誘っているのか?」
「あら、違うわ。あんたは友達だもの」
そして、彼女は思いっきり天井を仰いだ。手は頭の後ろで交差している。短いバスローブの裾からは、日焼け後のないふくらとした足がにょっきりと出ていて、大股びらき。
大胆といおうか、はしたないというべきか。警戒感なんてまるでなしだ。バスローブの合わせから、胸元が深く見えているが、ちっとも色気がない。

オレは、テーブルに置いてあったタバコの箱から一本取り出して、口にくわえて、ライターで火をつけた。
「あんたほどタバコが似合う人はいないわね」
鼻で笑って、オレは煙をフーッと吐き出す。
「今の時代、喫煙者は身の置き所がないけどね」
「時代に逆行している自覚はあるの?」
「時代に迎合していない自覚はある」
「だったらいいんじゃない。あんたらしくて」
「オレらしい?」
「うん」

マリナは腿の脇に両手をついて前のめりになり、足を組んで、こちらを挑戦的に見つめた。
「昔っから、人に擦り寄らないでしょ。ゴーイングマイウエイ」
パチパチっとマリナは瞬きをした。オレはタバコをふかしながら、
「君の方がよほどそうだと思うけどね」
「そうかしら?」
「君に振り回された男の数でわかる」
すると、マリナは心外だという顔をした。顎を引き、口をとがらせる。
オレは、オレが知っているマリナに惚れた男の名を挙げた。
「他にも山のように男たちを籠絡してきたんじゃないのか?」
「そんなつもりはないわ」
「そんなつもりはない、か。知らず知らずのうちに引きつける魅力を持っていると言いたいわけだ。素晴らしいね」
もちろん計算の上だが、案の定マリナは怒った。眉を潜めてオレを睨む。

「あんた、喧嘩を売っているわけ?」

オレはタバコを灰皿に押し付けながら首を横に振った。
「いいや。君と喧嘩をしてもオレに利は何もない。抱かれるのが嫌という君の悩みを解決してやれるわけでもない」

マリナは感情の切り替えが早い。オレの言葉を聞いて、話が逸れてしまったのにすぐ気がついたのだろう。暗鬱とした表情に変わった。
例えれば猛暑日から、泣き出しそうな曇り空にいきなり変わったように。
「そう。そうなのよ……」
と、彼女はうなだれて頭を抱え込んだ。バスローブの合わせから、胸の先までが見えてしまっていることに気がついていないようだ。
それどころではないということか。それともオレが男扱いされていないということか。

その時、オレはふいに彼女を抱きたいと思った。
オレが「抱きたい」といったら、なんと答えるのだろう。そう言われてはじめて自分が今どういう姿をしているのか、どういう問いかけを男にしているかを悟るだろうか。
いかに自分が男に対してあけすけな態度をとっているかを知るだろう。

「なあ、マリナ」
マリナが「ん?」と顔を上げた。
まぬけに開いた口。
歯噛みしている間に唇まで噛んだのか、下唇が真っ赤になっていた。
ぷるんと潤んだその唇は、先ほどちらりと暗がりで見えた胸の先端よりもなまめかしかった。




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