《ご注意》新花織二次創作、美馬×花純です。R指定なし。
2018美馬様生誕祭記念創作
誕生日越しのプロポーズ
「大、大、大~っ嫌い!」
叫んで、私は電話を叩きつけるように切った。
もう我慢できない。
これで何度目だと思ってるの!?
仕事だっていったら、いつでも私が笑ってゆるすと思っているなら、冗談じゃないわ。
私だって仕事をちゃんと終えて、その上で時間を作っているのよ。
それなのに、どうして私ばかりがいつも我慢しないといけないの?
「すごい音がしたけど、どうしたの?」
聞きつけてやってきたママに、私は首を横に振った。
「なんでもないわ。心配しないで」
ママは頭を傾げて腕を組み、人差し指を唇に当てていった。
「ははん。さては貴司君と喧嘩したんでしょう?」
ドキっ!
「今夜の花火大会のことね。仕事で行けないって言われたの?」
わーんっ、ママって鋭い!
「どうしてわかったの?」
訊くと、ママは、なんだそんなこととばかりに笑った。
「顔に書いてあるわよ。ずるい、ひどい、寂しいって」
うそ!
思わず両手でほおを覆った私を面白そうに見ながら、ママは窓辺の椅子に座って、テーブルの上にあったクッキーをつまみ始めた。
ポロポロとかけらが溢れる。
ママって上品じゃない。
そんなことだから、高円寺、浜田山、善福寺の杉並おばさんトリオに、いまだに嫌味をいわれるのよ、学習すればいいのになぁ。
と思う私の視線をよそに、ママはクッキーを食べながらいった。
「若い恋人たちってやっぱり可愛いわねぇ。あんたたちって付き合いだして、どのくらいだっけ?」
知ってるくせに。
そう思いながらも答えた。
「……半年よ」
「そう」
ママは、ピッチャーのレモン水をグラスに注いでガブリと飲んだ。
それ、私のグラスよ。別にいいけどね。
「一番楽しい頃ね。ちょっとでも離れていると会いたくてたまらなくなって、胸が焦げそうになる。声が聞きたくて用もないのに電話したり、帰る時間になったら足音に耳を澄ませたり。私もそうだったからよくわかるわぁ。会えない時間が愛を育てるのよ。貴典さんも今アメリカで、とても寂しいわ」
「はいはい」
私はため息をついて、ママの隣に座った。
「ママのおのろけ話は聞き飽きたわ」
ママはムッとした顔で、私の顔の前に食べかけのクッキーを突き出した。
「年長者の意見は聞くべきよ。貴司君は忙しいんだから、花火大会ぐらいで抜け出せなくても当然よ。情熱ばかりじゃなくて、理解と忍耐で愛を育てないと、長続きする愛にはならないわよ」
耳が、痛かった。
私と美馬が、両親の許可を得て付き合い始めたのも、美馬がパパの会社に就職したのも、同じ今年の春。
芽吹きのように、堰を切ったように、何年も堪えていた私の思いは美馬へと向かった。
でも、美馬は覚えたての仕事に忙しく、両親も揃っている家に暮らす私たちが一緒に過ごせる時間は、付き合う前とほとんど変わりなかった。
私はママからグラスを奪って飲んだ。
わがままだってことぐらい、わかってるわ。
普段なら「がんばって」の一言ぐらいいえた。
でも今日は美馬の誕生日。
今年は花火大会が重なったって、喜んだのは美馬。
お互いに仕事の都合をつけて、絶対に一緒に見ようっていったのも、美馬。
私は、とても楽しみにしていた。
カレンダーに下手くそな花火のイラストで印までつけた。
大人になったし、私の方が年上なんだから、理解のある恋人でいたい。
だけど、当日になって、慌ててかけてきたドタキャンの電話。
一秒でも早く切りたいんだという美馬の口調。
私は、イライラが止まらなかった。
もっと、私と向き合って。
もっと、私のために時間を使って。
もっと、私を愛して。
いえない言葉だけが溜まって、代わりに私の口からは、いいたくもない怒りのセリフばかりが飛び出していく。
嫌だな。どんどん醜い女になっていっている、今の私。
落ち込む私に、ママはクッキーをくわえつついった。
「そんなにがっかりしなくても、コンビニでも花火を売っているわよ。貴司君が帰ってきてから庭でやれば? 人混みにあわないし、彼も驚くわよ」
そうか、その手があった!
よし、それでいこう!
ママはニッコリ。
「名案でしょ? ママも混ぜてね」
なんでよぉ……。
二人がいいの、ママは邪魔!
私はママに花火はやらないと嘘をついて、あとでこっそりと花火を買いに出かけた。
____
午前0時を過ぎて帰宅した美馬を本棟で待ち受けていた私は、ママに見つからないようにこそ~っと彼を庭へと誘った。
「何事だい、花純ちゃん」
私に手を引かれた美馬は、とっても愉快そう。
でも、精悍なそのほおは少しだけひきつり、こけていて、無理した笑い方をしているのがはっきりとわかる。
ああ、疲れているんだなってわかった。
「10分だけ付き合って」
私がいうと、美馬は夜の闇の中でもうっとりとするほど魅惑的に微笑んで、
「朝までだって付き合うよ」
といってのけた。
ふん、グタグタに疲れているくせに生意気!
「それで、何をするんだい?」
庭の中央まで彼を連れ出した私は、手提げから手花火とライターを取り出して、それらを庭の灯火に照らされた美馬の顔の前に見せた。
「今日は悪かった」
すまなさそうに謝られて、私は首を横に振った。
「花火大会のことはもういいの。これ、付き合ってくれる?」
美馬は「もちろん」といって、私の手からライターを受け取った。
指先が触れ合って、ドキンとする。
私たちは、庭の真ん中で屈み込んだ。
「火を点けるよ」
言いながら、美馬はうつむいて、くせのない長い髪で顔の半分を隠しながら、ライターをひねった。
カチッと金属が擦れる音を立てて、オレンジ色の炎が上った。
「花火に火をつけてもいい?」
訊くと、美馬は気取った様子でうなずいた。
「どうぞ。お姫様」
私は、輪になった手花火を解いて、その一本を火に灯した。
シュッという音とともに、宵闇四方に金色の火花が華やかに散った。
美馬が花火を見つめて、ささやくようにいった。
「綺麗だな」
私は、うなずいた。
「そうね。花火ってとても綺麗だわ」
とたん、
「違うよ。花火じゃない」と美馬がいったのよ、すばやく。
え?
目をあげると、美馬がまっすぐに私を見ていた。
「心臓が潰れそうなほど、君が綺麗だ」
ドキンとした。
火花が写り込んだ美馬の瞳は息が止まるほどリンとしていて、情熱的で、私は目を離すことができなかった。
そのまなざしは愛情が溢れていて、私の心を打った。
美馬も離れている間、私のことを忘れているわけじゃない。
私を無視していたのではなく、仕方がなかったんだという、当然のことが、私の心の中にすっと入ってきたの。
我慢してきた悲しさがこみ上げてきて、私はいとしさを込めて彼の顔を見つめた。
「あなたに放置されている気がして、寂しかった」
素直に、そういえた。
美馬は瞳を細めて切なそうに微笑みながら、私の手から手花火を一本抜き取り、それに自分で火を点けた。
シュボッという音。けむりの匂い。
火花のきらめく光が、美馬の整った顔を下から映し出し、彫像を思わせる鼻梁をくっきりと浮かび上がらせていた。
思慮深いまなざしで花火を見つめていた美馬は、ややして答えた。
「オレも寂しい。仕事なんかしないで二十四時間君といたい。だけど、心をシャットダウンして、ビジネスモードを作って、気持ちを切り替えて、君へと向かいたがる心を押さえつけている。なぜなら、オレは君と今だけでなく、未来を一緒に過ごしたいからだ」
それってプロポーズ!?
驚く私に、美馬は照らされた顔を上げて、はにかんだ顔をした。
「家庭を作って、君を守り、君が安心して暮らせるようにしたい。そのためにオレは親父と約束した。3年だ」
言いながら、美馬は三本指を立てた。
「3年後にオレが会社で地位を築けていたら、まとまった休みをくれると親父はいった。そうしたら旅行に行こう。どこでもいい、行きたいところを考えておいて。その時こそ、いやと言うほどの愛を君に分からせてあげる。君が何をいっても離さない」
思わず、ごくんと唾を飲んでしまった。
うっ、なんか、すごそう……
「でも君を苦しめたくはない。今、待つことが辛いのなら」
ゆっくりと音もなく火花が消えた。
あたりが暗くなる。
緊張したため息を美馬がついた。
私を見つめる美しい瞳の中に、火花よりも激しくきらめく激情が立ち上がり、それがまっすぐ私に注がれて、私も一気に緊張!!
「良ければ、今夜からでも、君を」
わーんっ、今夜から私をなんなの!?
ちょっとまって、心の準備が!!
急展開に私は慌てて、両手をかざして叫んだ。
「いいっ! 大丈夫! 納得した!」
とたん、美馬は静かに笑い出した。
「それは残念」
ふん!
美馬って私をからかってばかり。
ムカムカしながら、私が新しい手花火を差し出すと、美馬が火をつけた。
と、美馬の手が私の後頭部に回って、私の髪の中に潜り込み、私を仰向かせた。
そのまま、美馬は形のいい唇を薄く開けて、私に押しかぶせるように激しくキスをした。
私の手から花火がぽろっと落ちたのを合図としたかのように、美馬もライターを捨て、私の体を抱いた。
たちまち、ギャッツビーのコロンの香りを強く感じた。
美馬のキスは、彼の愛情が痛いぐらいに伝わってくるもので、私は彼の情熱を全身で感じて、泣いてしまいたくなるほどに嬉しかった。
美馬は唇をほんのわずか浮かせて、熱っぽい声で囁いた。
瞼を開ければ、あざやかなその瞳が私を捉えていた。
「君の声、君の笑い顔、君の匂い、君のすべてを思い出すたびにどんな思いをしてきたか君にわかるか? 激情をこらえきれず、爆発するかと思ったくらいだ。もう一度いう。君が好きだ。君が愛しくて、恋しくて、たまらない。何をしていても、どこで誰といても君のことしか考えられない。君が好きだ。好きだ。好きだ」
それは、嵐のような告白だった。
私は心の黒雲が吹き飛ばされていくのを感じた。
同時に、これまで感じていた不安や寂しさが砕け散るのを感じたの。
もういい。こんなに思われたら、耐えられる。
美馬が好き、大好き!!
美馬を信じていこう!!
心から、そう思った。
「楽しそうね。私も混ぜて~」
陽気な声が後ろから聞こえて、振り返ると、シルクのショールにネグリジェ姿のママが、すぐそばまで来ていた。
私は恥ずかしくて、さっと美馬から体を離した。
「あら、離れなくていいじゃないのよ。私にかまわずに仲よくやりなさい。さあ、どうぞ、どんどんやって」
笑うママは確信犯!
さては、見てたわね!?
「ママのお許しが出た。なら、続きを」
美馬の瞳がキラッと獣のように光った。
きゃあ、こんなに公明正大と親の前で、いいのかしらっ!?
……でも嬉しい。
今夜は、私だけの美馬でいて。
明日のことは考えないで、私だけのことを考えて。
私は答える代わりに、美馬の手を握った。
ママは芝生の上に落ちた手花火とライターを拾って、自分で火を点けて遊びはじめていた。
その様子を見ながら、美馬は私の手を強く握り返し、もう片方の手を私の肩に回して自分へと引き寄せた。
美馬の鎖骨あたりで顔を上げた私は、優しい彼の瞳が私を見つめてくれていることを知り、ドキッとした。
美馬は顔を斜めに傾けて私の顔をのぞきこんだ。
「やっぱり誕生日は特別だね。午前0時を回ってしまったけれど、オレの気持ちを知っていた神様が、あわれに思って、時を止めておいてくれたのかもしれない」
甘く切ないバリトンボイス。
私の一番大好きな、美馬の声。
私は膨れつらを作って、いった。
「仕方がない。遅刻だけど、おめでとうをいってあげるわ。でも来年もこんなんだったら、承知しないからねっ!」
美馬は苦笑いをしながら、私にキスをした。
おわり