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Channel: りんごの木の下で
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綺麗に抱かれたい 第五話

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《ご注意》シャルマリ2次創作。大人向け。




第五話



オレは巽と一緒に、テラス席で庭を見ていた。
「それにしても驚きましたね。マリナがあんなことをいいだすなんて」
「本当だね」
「二人にして大丈夫でしょうか。カオルは」
「大丈夫だよ。あれはそれほど弱くはない」
巽は穏やかに笑って、アイス・ティーを飲んだ。
オレは少し間をもたせてから、話を続けた。
「あなたがたの話は、マリナにとって衝撃だったようですね」
「そうだろうか」
「あの顔は、そうですよ」
「まあ、普通の恋人同士がする性生活とは違うからね。頸椎をやられた僕は、薫を満足に愛してやることなどできない。薫も、君が治してくれたとはいえ、まだいつ不整脈がでるかわからない。だから僕たちは結合することで愛を証明することはできない」
巽は、自嘲的に溜息をついた。
オレはグラスを置いた。蒸し暑い風がほおをなぶる。
「愛し方など人それぞれでしょう。正解などありません。本人同士が満たされていれば、他の人間の意見などどうでもいいんです。それよりオレは、マリナがどうしてそこまで、他人のセックスのやり方を知りたがるか、そちらの方に興味がありますね」
「僕も、それが気になっていた」
巽が、テーブルに肘をつき、オレに向かって身を乗り出した。
「例えば、黒須君との間に何かあったとして、だからといって、他者の性行為のやり方と比較しようとするだろうか? 普通はしないだろう」
オレはうなずいた。
「もし、そういうことをするとしたら、黒須君の態度に不審なものを感じたから、と考えるのがもっとも自然だが、浮気ではないとマリナ君は明言した。だったらなんなのか、皆目僕にはわからない」
「カズヤがよほど下手なのかと思ったのですが」
「こういうことの上手下手を騒ぐような女性だとは思えないが?」
オレは、そうですね、と答えた。
再び沈黙がよぎる。
「抱かれるのが嫌、か……。なんだろうね、一体」
と、巽が空を見上げてつぶやいた。
オレも、その言葉の意味を考えた。
マリナは何が嫌なのだろう? 行為自体が嫌なのだろうか?
彼女は漫画家だ。セックスに過剰な期待と妄想を抱いていたのかもしれない。
が、実際の行為が生々しくて、嫌になってしまった、ということだろうか?
それとも和矢本人を嫌になったということか? 喧嘩でもしたのか? 薫によるとマリナは飯田橋のアパートを出て、大田区のマンションに暮らしていたという。
ところが一ヶ月前から、和矢に黙ってホテル住まいを始めたらしい。
一ヶ月間のホテル住まいの金はどこから得た?
安ビジネスホテルではあったが、一ヶ月ともなると、それなりの金額になるはずだ。
それに、トヨタ86のこともある。昨夜感じた不信感が蘇ってくる。
マリナにまつわる金の問題。
それが、抱かれるのが嫌というこの話に、関係しているのだろうか?
オレは薄くなったアイス・ティーを飲んだ。
「マリナちゃんは、他に好きな男がいるのかな?」
巽が、ふいにいった。オレは、ドキッとした。
「どうしてそう思われるのです?」
できるだけ、動揺を声にださないようにしたが、
「そうとしか考えられないからだ」
巽は、オレのそんな思いを知ってか、
「これはあくまで僕の勝手な推理だけど」
と前置きしてから、いった。
「彼女は黒須君が好きだと思いこんでいた。だから交際をした。だが、実際に肉体関係をもって、はじめて、自分の本当の気持ちに気づいた。だからこそ、これ以上黒須君に『抱かれるのが嫌』と思った。しかし黒須君にそうはいえない。彼に非は何もないからね。けれどこれ以上恋人として振舞うこともできない。マリナ君は追い詰められて、どうしていいかわからなくなったーーこれなら、今回の彼女の行動を説明できると思うが、どうだろう?」
「どうでしょうか。今時、セックスの時に真意を悟ることなんてあるでしょうか?」
「ないかな?」
「マリナのかく漫画になら登場しそうですけれどね」
オレはせせら笑いながらも、苦しいほど胸が高鳴った。
情けないことに、巽がいう、その、マリナの他に好きな男というのがオレではないかと期待していたのだ。万に一つでもいい。もしそうであったならば。マリナがオレを好きならば。
和矢に抱かれるのが嫌なのは、オレに抱かれたいからか?
だが、直後、オレは身を引き締めて、その期待を打ち消した。
仮初にも本当にオレのことが好きだったのなら、そのオレに、セックスの相談をすることがあるだろうか? オレの過去の経験談をあれほど興味深げに聞くだろうか? キスやペッティングの方法から、体位までだ。
ありえない、とオレは思った。つまり、マリナが好きなのはオレじゃない。
「やっぱり本人同士で解決するしかないと思いますよ」
オレは、しずかにいった。
「カオルの気持ちはわかりますが、外野がいくら頑張ったって、どうしようもない。マリナも逃げてばかりじゃダメです。カズヤと会って、抱かれるのが嫌と、あいつに言わないと」
「そうだね」
「もし、マリナに他に好きな男がいるのなら、そのことも含めて、話し合うしかない。やはりオレたちは部外者です。ここらで退場しましょう」
巽は、グラスを手に溜息をついた。
「情けないね。マリナちゃんにはさんざん世話になったのに、いざ彼女が困っている時には、何の力にもなってあげられない」
巽は、悲しそうにいって、目をつぶって笑った。
それから別室にいた薫とマリナを含めて、昼食をとった。昼食の時は、最近兄妹が取り組んでいる曲についてとか、もうすぐパリで開催されるサミットの予定についてなど、差し障りのない会話をした。
マリナは、落ち着いた仕草で、食事をしていた。オレは前夜についで、おや、と思った。マリナのカラトリーの使い方は、都会人のそれらしく、薫にもひけがとらないほど、たいそう洗練されていた。
食堂にはモーツァルトのピアノ曲が流れていた。
マリナは薄笑いを浮かべているだけでほぼ何も喋らずに食べ終え、化粧を直してくるといって、化粧室に向かった。






「どこでもいいから、駅にやってくれないか」
響谷家を出てすぐ、オレはいった。
「駅? どうして?」
「パリに帰るよ」
マリナは一瞬、驚いた様子であったが、すぐに「そう」といった。
「じゃあ、成田空港まで送って行くわ」
「いいよ。君は横浜に向かえ」
「横浜?」
「カズヤとちゃんと話し合った方がいい。これからも付き合うにしろ、別れるにしろ、会って決めないと前に進めないだろう」
「ついてきてくれないの?」
「オレが?」
思わず、声が大きくなった。
「どうしてオレが同伴しないといけないんだ?」
「そうよね。ごめん、冗談よ。気にしないで。あんたがどういう反応するかみたかっただけ」
マリナは前を見たまま、うなずいた。
車が国立インターから中央道に入り、オレは戸惑った。
「おい、高速に入ってるぞ」
「そうよ。だから?」
「駅でいいといったが」
「空港までいくとあたしはいったでしょう」
「いい。次のインターでおりろ」
「あたしの車よ。どこいけ、ここいけって、偉そうに指示しないで」
だが、車は次の府中インターで降りたので、安心していると、何を思ったのか、マリナはバッティングセンターに突然車を入れた。
「はい、降りて。キーロックができないでしょう」
オレを強いて車から降りさせると、
「いっちょう、スッキリしていきましょう」
マリナは、悠々と建物の中に入っていった。予想をやすやすと裏切り続けるマリナの行動に、オレは文句をいう余裕すらない。
「おっ。松坂の球か。これにしよっと」
マリナは中央のバッターボックスに入り、機械に百円玉を数枚投じた。「よしっ」と声をあげ、前をにらんで、バットを振りかぶる。
直後、豪速球が向こうの機械から飛び出した。
「ひゃああああ!」
マリナはバッドを放り出して、尻餅をついた。次々と球が投げ込まれてくる。マリナは這々の体でバッターボックスの角に避けた。
オレは体をくの字にして笑った。
「笑うなんて、ひどい!」
ようやく球が終わったあと、マリナは顔を真っ赤にして怒った。
「でも、君。これ150キロだよ。はじめから打てると思ってたの?」
「150キロって速いの?」
「日本人では最速だね」
「知らなかった」
本当に知らなかったと見えて、マリナは青ざめた。それを見ていると、オレは妙な挑戦心が芽生えて、ドアをあけ、バッターボックスに入った。
「あんたがやるの?」
オレがうなずくと、マリナはよろこび、金を機械に閉じた。オレはバットを振りかぶった。
球は確かに速かった。1球目は空振りだった。2球目はかすかに当たった。手がしびれるほど、重い球だった。3球目、4球目と徐々にミートしていき、最後の5球目で球の芯をとらえた。だが残念ながら、ホームランの印には当たらなかった。
「は~。やっぱり天才って、何やっても天才なのね~」
自動販売機が並んだティー・ルームで、缶ジュースを飲みながら、マリナは感嘆の言葉をいった。
「バッティングセンターに来たことあるの?」
「いいや、はじめてだよ」
「野球の経験は?」
オレは、ない、と答えた。
「スポーツは何をしたことがあるの?」
「フェンシング、サッカー、乗馬、ヨット、スキューバ、セーリング、スキー。そんなところかな」
「すごい。お金がかかりそうなのばっかり」
オレは微笑むだけにして、きいた。
「君はなんのスポーツをしてきたの?」
「あたし?」
と自分を指差して、マリナは笑った。
「何にもしてないわ。漫画家にスポーツは無縁だもの。でも、スポーツ漫画をかいている漫画家もたくさんいて、すごいなって思うの。自分で経験したスポーツならわかるけど、経験してないことを描いている先生もたくさんいるのよ。それでも感動や臨場感がいっぱいの作品に仕上げることができるんだもの、才能よねぇ」
そこで言葉を切り、マリナは少し考える顔になった。
こういう時の彼女は何かを言いたくて、ためらっているのだ。オレはそれがわかっているので、あえて自分からは言葉を発せずに、黙ってジュースを飲むことに専念した。
その予想は的中し、マリナはやがて真剣な目でオレを見ながら、口を開いた。
「シャルルは、エッチのやり方をどこで知ったの?」
「は?」
「いくら天才でも、生まれた時から知っていたわけじゃないでしょう。どうやって、やり方を知ったの? そういう本? それとも、誰かに教えてもらったの?」
オレは溜息をつきながら、ジュースの缶を置いた。
「そういうことを聞いて、どうしたいわけ?」
マリナは目をしばたいた。
「それはいいたくない」
「だったら、オレもいいたくない。オレにもプライバシーがあるから」
オレは立ち上がり、置いたばかりの缶を取り上げた。それから、ゴミ箱に行き、缶を捨てた。近くに管理事務所があったので、そこにいた事務員にタクシーを一台呼んでくれるように頼んだ。10分ほどで来ますと言われた。
「シャルル、あたし」
狼狽したマリナが、オレのそばにやってきた。
「はっきりいっておく。君とカズヤが別れようと結婚しようと、オレにはもうどうでもいい。カズヤに抱かれるのが嫌なら、他の男で片っ端から試せよ。これ以上君と一緒にいると、オレ、また、体調がおかしくなっちまいそうだから、パリに帰る。さよなら。もう二度と、会いたくない」
マリナは顔をひきつらせたかと思うと、一目散に飛び出していった。真っ赤なトヨタ86が駐車場から猛スピードで出て行くのが見えた。



オレは、直接成田空港に向かうつもりだったが、思いついて、タクシーを千代田区神保町に向かわせた。マリナの懇意にしている編集者、松井何某が勤務している出版社に立ち寄ろうと考えたのである。
以前、美女丸の家に取材旅行に行った際、彼が所持していた封筒に記載されていた会社のロゴを見ていたから、会社名はわかっていた。
オレの突然の訪問に対して、松井は驚いた顔をして、
「あんた、あのフランス人っ」
とオレを指さした。オレは苦笑する。
松井は当時よりも太って、中年らしい体格になっていた。メガネが金フレームになったところを見ると、出世したのだろう。
「どうもお久しぶりです」
「なん年ぶり? 相変わらず綺麗だね。どうしたの、観光?」
「それもありますが」
オレは茶を濁してから、「あなたに、少しお尋ねしたいことがありまして、きました」
「あんたがオレに? なに?」
マリナの金回りの良さについて聞きたいというと、松井は見る間に顔を歪めた。
「あれはね、遺産が入ったんだよ」
「遺産?」
「池田ちゃんには千人を超す友達がいるんだけど、そのうちの一人が、天皇家を血筋をする由緒正しい家のお嬢様だったんだ。でも、お嬢様は今年のはじめに病気で死んじゃったんだ。親兄弟もいなくて、で、一ヶ月後に遺言書が公開されたんだけど、全財産を心の友池田マリナに譲るってあったんだよ! もちろんお嬢様には親戚がいて、怒り狂って裁判をおこして、遺留分っていうの? 一部は取り上げられちゃったんだけど、それでも約半分は池田ちゃんのものになったんだよ」




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