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綺麗に抱かれたい 第六話

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《ご注意》シャルマリ2次創作。大人向け。





第六話



「それはいくらなんですか?」
松井氏はいやらしげに顎を引き、じとっとした上目遣いで、オレにむかって手のひらを不躾にかざした。
「その額なんとっ、五千万円! すごいよね!?   まさしく棚からぼた餅だよ。あー、なんて世の中不平等なんだろう。こんなに頑張っているオレはあくせく漫画家たちに仕えて、苦労もしてない池田ちゃんにすごい大金が転がり込むなんてサァ!」
松井は唾をとばしながら、心の底から憎らしいといった感じでまくし立てた。
彼は、どうやら本心で五千万円という金額がすごいと思っているようなので、オレはそれについてはふれないようにして、
「それでマリナは引っ越したり、車を買ったりできたんですか?」
と聞くと、松井は「へえ」とひょっとこのように口をすぼめた。コロコロと表情の変わる男だ。
「あの子、そういう生活しているの?」
「知らないんですか?」
「知らないよ。遺産が入ってから、原稿持ってこなくなっちゃったもん。お金があったら、あくせく漫画かくなんてあほらしくなっちゃったんじゃない? 半年ぐらい顔も見てない。ハングリー精神を失った三流漫画家は、もうダメだよねぇ」
そういって、松井は、私怨たっぷりな三行半をマリナに突きつけた。おそらくこの感じでは、マリナが原稿を持って来ても、どうせ金持ちの道楽だとかいって、ボツにしてしまうだろう。そういうセコさが彼の言い方から滲みでていた。
もう聞くことは何もないと、オレは礼をいって松井と別れた。
降るエレベータの中で、オレは考えた。
何かが、見えてきたような気がした。今の変わり果てたマリナの、その動機になる部分がかすかに見えてきた気がしたのだ。
分不相応な金を手にして、舞い上がってしまったのではないだろうか? その結果、本来の生活を見失ってしまうことは、よくある。
漫画を松井にもってこなくなったことといい、真っ赤なスポーツカーを購入したことといい、遺産をもらったことが、マリナに、なんらかの変化を起こし、そのことが、和矢との関係に溝を作ったのは、もはや間違いないだろう。
ここまで考えて、オレは進むべき道を悩んだ。
このまま帰国していいのか? お金持ちになったマリナ。だからといって、抱かれるのが嫌という相談の理由にはならない……。
もしマリナと和矢のカップルが大金を手にしたら? と考えよう。
普通のカップルなら、豪華な結婚式をしたり、家を買ったりする。海外旅行もいい。パリはオレがいるから避けるだろうが、フランス以外に国は腐る程ある。五千万円を使って、優雅で色っぽい旅行をいくらでも楽しむことはできる。
しかし、マリナの楽しみには、トヨタ86を購入して、ひとりドライブをすることだ。まるで伴侶のいない三十女のような趣味だ。独身者に偏見があるわけじゃない。それぐらい、マリナはマイペースで生活を謳歌する女に見えたということだ。
もしかして、マリナは遺産のことを和矢に内緒にしているのか? 秘密にして驚かそうとしているとか……?
いや、そんなことをする理由がない。和矢が大金に目がくらんで、マリナから奪って逃げるわけもない。いいところ、慈善団体に寄付しようというのが、あいつらしいか。アフリカ難民のために全額使おうといったとか、24時間テレビに寄付しようといったとか。
それにマリナが怒り狂ったとか? 
その考えが、もっともまっとうな気がする。
金の切れ目が縁の切れ目というが、マリナは遺産を寄付しようと言われて、そんな無茶な要求をしてくる和矢とのセックスが嫌になってしまった。けれど、薫やオレにはみっともなくて、そうは言えない。だから、セックスの手順がどうの、やり方がどうのという破廉恥な質問でオレや響谷兄妹をケムに巻いているだけで、そのうち、怒りが収まったら、帰るつもりだったりして……?
なんだかこの答えが一番当たっている気がして、オレは非常に気が滅入った。
結局は金か。
まあ、マリナらしいが。
一階のエントランスについて、オレはどうしようかと思いめぐらしながら、あたりを見渡した。公衆電話が目に入ったので、そこに近づいて、受話器を取り上げる。横浜の黒須邸の電話番号は記憶していた。小学校の教師だという和矢は、この時間には留守に決まっているが、あの家には家政婦が雇われていたはずだ。伝言をしておくことができるとオレは考えた。
短く「マリナから相談を受けたから、彼女と話し合えよ」とでも伝言しておけば、いくらマリナのことになると、大らかで、放任主義の和矢でも、焦り出し、マリナを探そうとするだろう。そうすると、真っ先にやつが向かうのは薫のところだ。よく二人で響谷家に行くと言っていたから、まず間違いない。
薫から、マリナの居場所を聞いて、和矢がマリナのもとへ駆けつけ、二人がめでたしめでたしになれば、それでいい――
オレは財布からコインを取り出した。百円を入れる前に、深呼吸をする。なぜなら「アデュウ」と言った小菅の朝以来、連絡を取っていなかったからだ。若気の至りとはいえ、なぜあのような単語をわざわざ使ってしまったのか、今になって悔いている。が、今回を機に、また交友が復活するなら、それもいい。
和矢もマリナも、大事な友達だ……。
オレは、電話機に百円を投入して、ナンバーをプッシュした。
045ーXXXー……
そこでピタリと指が止まった。まるで見えない天使に指をつかまれてしまったように。
本当にそう言ってしまっていいのか? 後悔しないか? と頭の中で、声がした。聞き覚えのあるその声は、オレ自身の声だった。オレは自分で言葉に出していっていたのだ。
「オレは後悔しないか? ここで、カズヤに電話して……」
真っ赤な車に不似合いな、少女っぽい白いワンピースを着たマリナの、いつも怒ったようなきつい目を思い出した。きつねのように細まった、ひどく感じの悪い目。その奥にちらちらと燃える、炎のような光。
あの目は、本当に金のことで怒っている目か?
オレは、受話器を持ったまま、しばらく考え込んだ。再会してから1日しかたっていなかったが、その間に目にしたマリナは、かつて記憶にあったマリナとは別人のように変わっていた。それなのに、オレは昔恋をしたマリナの姿を、金や宝に貪欲なマリナの姿を、無理矢理に当てはめようとしていたのではないか?
あの目は……違う!
金のことじゃない!
オレは、強い意志を持って受話器を置いた。百円玉が音を立てて落ちて来た。オレはそれを財布にしまってから、出版社を出て、路肩で手をあげ、タクシーを止めた。



「どうして戻ってきたのよ」
ホテルマリオンの801号室をノックすると、憮然としたマリナがドアの隙間から顔を見せた。腕と足を組み、こちらの方を睨んでくる。
「謝ろうと思って」
「あんたが?」
せせら笑われて、オレは苦笑した。さすがにこれは嘘くさかったか。まあ、はじめから信じてもらいたいとは思っていない。マリナはドアを引いて、オレが通れるほどの隙間を作った。
「とにかく入れば?」
「いいのか」
「嫌よ、といっても、押し入るでしょう。あんたのことだから」
嫌味をいいながらもどこか面白がっているようなマリナの顔を見ながら、オレは礼をいって部屋に入った。とたん、鼻をつく魚介類の匂いがした。するめと柿ピーが、前夜のままテーブルに広げられていた。ベッドメイクは整っているので、ホテルの客室清掃係としては、客のものである食物を廃棄できなかったのだろう。
それにしてもくさい。前夜もくさいと思ったが、この鼻をつく悪臭は、前夜のそれとは比較にならない悪臭だ。耐えられない。
「するめを買い直す約束だったな。行ってくるよ。その間にこれを捨てるようにフロントにいっておけ」
「いいわよ、もう。するめなんて、いらない」
びっくりして「だって、あれほどいるっていってたじゃないか」と詰め寄ると、マリナはオレを手で払った。昨夜からオレは何度こうやって手ですげなく払われただろう。十八歳の頃のオレだったら、それだけで、彼女をゴミ箱に頭からぶち込んだにちがいない。オレが優しくなったのか、それとも病気のせいで、気弱になっているだけか。
そんなことを思いながら気鬱になるオレの前で、余裕綽々のマリナは、腰をかがめて冷蔵庫からオレンジ・ジュースを取り出して、栓抜きで栓をあけ、瓶をもってベッドに腰掛けた。顎を高くあげ、一気に半分ほども飲んで、「ふう」と大きな息を吐いた。
するめの匂いにたえながら、オレは仕方なく、ソファに座った。目の前に鎮座してあるテーブルの上のするめが、オレに襲いかかってくるような気がして、吐き気がする。
「するめ、やっぱり買い直そうぜ」
「んもう、いらないっていってるでしょう」
「君に行けっていってないだろ。オレがいくといってるのに、何が問題なんだ?」
「バタバタ出入りするのを見るのが、うっとおしいから」
めちゃくちゃな理由だと思いながら、「この匂いに気持ち悪くならないのか?」と尋ねると、
「部屋に帰ってきてすぐは、オエッて思ったけど、もう慣れちゃった」
「慣れるか? 普通」
「吐いたりしないってことは、慣れたんでしょうね。こうやってオレンジ・ジュースも美味しく飲めるし」
「でも、くさいとは思うだろ?」
「そりゃくさいとは思うわよ。あたしにだって、ほら、この通りちゃんと鼻がついていますからね」
と言いながら、自分の鼻を指さすマリナ。「でも、くさくないって思い込むと、匂いなんて自然と気にならなくなるものよ。あんたもやってごらんなさい。くさくない~くさくない~って、自分に暗示かけるの。そうしたら、平気になるわ」
いかにも素晴らしい知恵を授けてやったといわんばかりの態度で、マリナは瓶の口をちょっと舐めてから、ジュースを飲んだ。
「ごまかしだ。くさいものはくさい」
オレがそういうと、自分の考えを否定されたと思ったのか、マリナはムッとした顔で、
「でも、くさいって感じていいことは何もないでしょう。だったら、ポジティブに考えた方がいいわ。この匂いを自分は気にしてないんだーっ、って考えるのよ。その方が気持ち悪くならないし、損もないわ。違う?」
「違うね」とオレは首を振りながら、「くさいものは、くさいんだよ。誰がなんと言おうと、オレは自分の鼻を信じる。この部屋はくさい。耐えられないほどくさい。吐き気がする」
大げさなことをいう、と言いたいのだろう。マリナは深い深い溜息をついた。それからオレを睨んで、ためらいのない冷酷な言葉をオレにお見舞いした。
「そんなにくさいなら、出て行けば? あんたが勝手に来ただけでしょう。あたし、あんたに来てくれなんて、一言も頼んでないわよ。昨日だって、今日だって」
至極もっともなので、オレは苦笑するしかなかった。まったく知能指数が低いくせに、たまに知恵の回ったことをいうから、面倒な女だ。
「オレは出ていかないよ」
「どうしてよ。くさいんでしょう?」
「くさい部屋をくさいとも感じない君を、放っておけない」
「はあっ?」
マリナは素っ頓狂な声を上げた。オレが何をいっているのかわからないといった様子だ。眉を潜めて、オレの方をけげんな顔でみている。
「君は不幸だ。どうして自分の感覚をごまかす必要がある? くさいものはくさいと、どうして受け入れないんだ? 捨てればいいじゃないか。くさいものは、さっさと排除すればいい」
マリナはのけぞって、うろたえた。
「何いってんのよ。するめごときで、大げさよ、シャルル」
「大げさじゃない。一晩経ったマヨネーズのかかったするめは、誰でもくさい。くさいと思わなければ、食べてしまって、命を落とす危険だってあるんだ」
「食べないわよ」
「食べるつもりがなくても、うっかり手を伸ばしてしまうかもしれない」
「そこまでバカじゃないわ」
「人間というのは、間違いを犯すものだよ」
「何をいいたいの? たかが、するめじゃない」
「わかっている。わかっているが……」
オレは、思わず力が入ってくる声を、なんとか平静に保とうとした。やっぱり違う。昔のマリナではない。昔のマリナだったら、たかがするめなどといわない。新しいするめを買ってこようといったら「いらない」とは返さない。
やっぱり、遺産を和矢が寄付しようとしたから、セックスしたくなくなったとか、そういう理由でマリナは飛び出したわけじゃない。和矢に何か問題があって、マリナはそれを認めたくないから、彼の前から姿を消した。この部屋のにおいをごまかすように、和矢とぶつかることから逃げることを選んだのだ。
「本当にするめはいらないのかよ……」
「変なシャルル。するめにこだわって、どうしたの?」
それが、唯一の決め手だったからだよ! オレは叫び出したい思いをすんでのところで堪えた。握りしめた手に青い血管が浮き出て、痛いくらいだった。
和矢! お前、何をしたんだよ!?
「それよりも、こうして戻ってきたということは、バッティングセンターでのあたしの質問に答えてくれるということよね? エッチの方法をどこで取得したのか、さあ、ちゃんと答えてよ」
マリナは片手をベッドの上について、ジュースの瓶を片手に余裕の顔で、オレを見つめた。悲しみに沈みながらそんなマリナを見返しているうちに、オレの中に嵐のような欲望が沸き起こった。数十年間、封鎖していた部屋の鍵を開けた瞬間のような。震えが走るほどの開放感。
「もし、君がこの部屋をくさいといって笑ったら、オレも同じように笑えた。そして、君の願い通り、どんな質問にでも、真摯に答えられた。友人として」
そこで言葉を切ったオレの言葉を、マリナが引き取った。
「だったら答えてよ。早く」
彼女の言葉が、わずかに震えていた。オレが何をいいたいか、バカなマリナが理解してくれたとは思わない。けれど、するめの匂いにこだわるオレの言い分をかすかでも受け取ってくれたのだろう。息をつめて、オレからの言葉を待っているのがわかった。その瞬間を見逃すオレではなかった。
オレは立ち上がり、ベッドにいるマリナのもとにいって、彼女の手から瓶を奪った。それからその瓶をテーブルに置き、ふたたびマリナのところに戻った。
「立って、サア、早く」
オレはマリナの手を強引に引き上げた。
「何をするの?」
「黙って」
オレは身をすくませるマリナの背中に手をやり、服の上からブラのホックを外した。そしてすばやく胸元のワンピースのボタンも外して、胸元に手をいれて、固く尖った先端をつまむ。
「やめて。何するのっ?」
オレの胸に手をつっぱねて、身をよじらせるマリナの腰を強く引き寄せて、彼女の秘密の場所を探った。
「い、やっ……!」
喘ぎ声のように、マリナの声が揺れた。
「嫌か?」
「当たり、前……
「でも、ここは濡れてるぜ」
首が折れるのではないかと思うほど、顔をそむけたマリナを、オレは攫うように抱きしめて、ベッドに押し倒した。




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