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Channel: りんごの木の下で
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綺麗に抱かれたい 第九話

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《ご注意》シャルマリ2次創作。大人向け。




第九話



マリナがオレを連れて行ったのは、品川駅近くの商業ビルにあるゲームセンターだった。一階がブックオフ、二階が百円均一ショップ、三階以上が遊興施設になっているということもあり、客層は若い人々が多かった。耳を裂くようなBGMがうるさい。
「えいっ、このやろっ、にゃろめっ!」
マリナがやっているのは『ワニワニパニック』という遊具だ。ジャングルを模した緑色の機械から、ワニの頭が出てきて、それをハンマーで叩くという、単純なゲーム。
昔からマリナは動作が機敏な方ではなかったが、今も変わらないらしく、ほとんどのワニを逃し、見当違いな場所ばかり叩いて、機械にわっはっはと笑われていた。
「くやし~~いっ!」
叫びながら、マリナはオレにハンマーを手渡す。
「はい、次はあんたの番」
「オレ?」
「当たり前でしょ。責任を取ってくれるんでしょう?」
「何の責任だよ」
「体が疼いてしょうがないから、すっきりして発散させないとイライラしちゃうわ。ここはスカーっと勝負事で勝つのが一番。でもあたし、ワニ、苦手なの。だから、あんたが頑張ってあたしをスカッとさせてちょうだい」
ああ、そういう方向ね……。
オレは嘆息しながら、ハンマーを受け取った。そもそもここに連れてこられたときから、おかしいとは思っていたのだが。東京タワーのそばで、「体が熱いから責任を取って」と言われたとき、ほんの一瞬だけ、なまめいた期待をしてしまった自分がのろわしい。
「全部のワニを倒せばいいんだろ」
「頑張って。期待しているわ」
マリナは、硬貨を投入した。音楽がなり、最初のワニが飛び出した。オレはすばやくひっぱたいた。
「すごいっ、電光石火のシャルル!」
それからのことはよく覚えていない。とにかくワニは早かった。考える暇もないまま、次から次への出て来るワニを叩きまくった。このワニの出て来る仕掛けは機械的に計算されているはずだ。だから科学的に考えれば、次にどこにワニが出て来るのかは、わかっているのに、オレは違うところをひっぱたいていた。それを見たマリナがきゃっきゃ笑っていることも、実に腹立たしい。
オレは1/3のワニを逃したが、機械はカラフルに点滅し『ナ~イス!』と褒めてくれた。
「まあ、こんなもんだろう。君もこれで満足したか?」
オレは、ハンマーを置いた。
「ダメよ。失格」
「なぜ?」
「よく見てよ。ほら」
言われてマリナの指す方向を追うと、機械は『上級ハンター』のところで点滅していた。下から順に、初心者、凡人、上級、優秀、天才の五段階評定となっていた。
「和矢は、いつも天才ハンターなのよ。だから、上級ごときを見せられても、ちっともスカッとできないわ。失格。次行きましょ」
唖然とするオレの袖を引っ張って、マリナは卓球マシンに連れていった。
あみに覆われた敷地の中に、卓球台が一台設置されており、プレイヤーはこちら側に入る。向こう側にはマシンがセットされていて、球が自動的に出て来る仕組みだ。卓球台にはセンサーが付いていて、打ち返した球が入った場合は得点になる。間髪入れずに出て来る球を、どれだけ正確にリターンできるかを楽しむゲームだ。
「まずはあたしから」
といって、マリナはまた自分から始めた。その結果は散々なものだった。最後はほぼ卓球の球に蜂の巣にされているといっていい状態だった。
「結構、ピンポン球もあたったら痛いわね」
ぼやきながら出てきた彼女は、早速オレにやれという。
「和矢の得点は?」
オレが聞くと、マリナはぬけぬけと答えた。
「45点」
へえ、と思った。出て来る球の数が50。つまり5球しかミスをしていないということか。和矢は利き手である右腕が現在使えない。ワニワニパニックにしろ卓球にしろ、それほど高得点を叩き出せるのなら、左手でも不自由はないといった和矢の言葉は本当にちがいない。
コートに入って、素振りを数回。
「よし、いいぞ」
マリナが硬貨を投入し、ゲームが始まった。ゆっくりと機械のうなる音がして、白い球が機械の中で吐き出されて来るのが見えた。
直後、それがものすごい速さで吐き出され、オレがラケットを振り抜いた時には、すでにピンボン玉は後ろの網にめり込んでいた。
なんという速さだ。そして、ラケットのなんという軽さだ。テニスのラケットとは全然ちがう。まるで持っている感じがしない!
オレは無我夢中でラケットを振りまくったが、ほとんど当たらずに、むなしくゲームは終わった。
「はい、15点。あたしの12点とあんまり変わらなかったね。始める前はすごい気迫こもってて、オリンピック選手みたいだったのに」
笑いを噛み殺したマリナが、心底にくらしい。
「バッティングセンターでは、あんなにすごかったのに、どうしたの?」
「機械が相手なのは苦手なんだ」
「バッティングセンターも、相手は機械よ」
「あれは、松坂という選手の投球がモデルになっているから、いいんだ」
「なにそれ、へりくつ」
マリナは笑いながら、ゲームセンターの奥に入っていった。
エアホッケー、対戦式ロードレース、パチンコと、ことごとくマリナに負けた。どうしてあんたはこんなに弱いの?と、マリナは偉そうに腕を組んで、まるで教師が不出来な生徒を叱るときのような呆れ顔をした。
「あの、コンソメポテチが欲しい。黄色い熊の絵がプリントされているやつ」
UFOキャッチャーの前で、マリナは特大のポテトチップスを指していった。
「シャルル、とって」
「まかせろ」
だが、五千円を投じても、マリナの欲しがっていたポテトチップスは獲得できなかった。「あ~あ。前に和矢ときた時は、5回目でとってくれたのに」と嘆くマリナの声が胸に刺さる。ポテチぐらいいくらでも金を出して買ってやるよ、というと、いかにも金持ちの遠吠えだから、言えない。言えないよな……
「そろそろ横浜に行った方がいいぜ。あいつは明日も仕事があるだろうし」
オレは、ため息をつきながらいった。ひどく疲れていたので、オレ自身もう休みたかった。リザーブしたマリナのホテルのスイートでいい。眠りたい。
「そうね。でも、あたし、全然スカッとしないのよ。このまま行ったら、マウラのこととか、彼女を支援している和矢のこととか、他にも色々愚痴をいっちゃって、ドロドロになるだけだわ。その責任はあんたにあるってわかってる? あんたが、あたしをもてあそんだあげく、途中でやめてホテルを出て行ったりするから」
マリナは、よく通る声で、あたり憚らずにいった。
周囲の客たちが、ひやかしの目で、オレたちを振り返り見た。オレはマリナに駆け寄って、彼女の肩を掴んで「おい、声が大きいぜ」とたしなめた。
マリナは足を止めて、ふふんと鼻を鳴らした。
「恥ずかしいことをしたっていう、自覚があるなら、謝ったらどう?」
オレは黙った。恥ずかしいこととは思っていない。マリナ、君がいやらしい目で見られることが耐えられないんだよ。だが、オレはそうは言えない。オレにとって、マリナは大切な友人の恋人だ。「エッチなことをしてごめん」と謝っては、マリナへの恋心を認めることになる。だから謝るつもりはない。あれはあくまでセックスの指南。ちょっと無理やりな論理だが、それで押し通すしかない。
「謝らないよ。セックスのやり方を教えてくれという、君のお願いに応えただけだから。つまり親切心だ」
「どんな親切よ。あなたの求めに応えます~、これはあなたの深層心理が求めていることなんです~っていいながら、エッチなことをやるって、アブナイ新興宗教の教祖様かっての
「耳が腐りそうなほど、ひどい言われようだな」
「だって、あたし、びっくりしたんだから。あんたのこと信頼していたのに。まっ、とにかく、四階に行こう。次はボーリングよ。あんたが和矢のアベレージを超えられたら、あたしは横浜に行ってあげるわよ」




ボーリング場で、オレはそれ用の靴と靴下を新調した。「レンタルでいいじゃないのよ」とマリナは文句を言ったが、冗談じゃない。誰が履いたかわからないものを履けるもんか。マリナは平気な顔でレンタルしていたので、二度と彼女のベッドには上がらないと決めた。もっともそんな機会はもうないだろうが。
平日の深夜だったが、空いているレーンが見当たらない程度に混んでいた。オレたちは中央あたりのレーンだ。となりは派手な服装のカップルだった。
「あんたって、今でも普段からこんなに騒がれているの?」
バンパーレーンが下がるのを待っている間に、周囲を見渡しながら、マリナがいった。
「騒がれているって、何が?」
「女の子たちのキラキラのまなざしと、男どもの憎しみの視線が集中しているの、気づいていないの?」
マリナの視線がとなりのカップルに止まる。それでオレは隣の女性がうっとりとした顔でオレを見つめていたことに気づいた。そのそばで連れの男は、嫉妬心むき出しの目つきでオレを睨みつけている。
「ああ、そんなことか」
オレは立ち上がり、マリナが買ってきてくれたミネラルウォーターのペットボトルのキャップを開けて、飲んだ。
マリナが言いたいのは、周りの連中がオレを見ているということだ。自分が際立った容姿をしていることは承知している。オレの中では、美は命にデフォルトされている。美しくなければ生きる価値はない。そうでない連中からの羨望のまなざしは、わずらわしいが、慣れっこだった。
「今に始まったことじゃないからね。景色と同じさ」
ふーんと、テーブルに頬杖をつくマリナ。唇を突き出すのは、最近の癖なのだろうか。昨日からこの表情を何度も見ている気がする。それも決まって、上目遣いにオレを見上げてくる時に。
「あたしだったら、これほど注目を浴びたら、身が細る思いになりそうだわ。居心地が悪くて」
「君は、少しは細くなった方がいいんじゃないのか?」
「しっ、失礼ね! 昔よりはスタイルよくなったのよ!」
「知ってる。素敵だったよ」
マリナがカッと赤くなったのを見届けて、オレは球を取り上げ、レーンに向かった。すでに和矢のアベレージを超えることはかなわない。マリナによると、和矢のアベレージは180。オレはすでに4回もピンを残しているから、まず無理だ。
途中でやめようかと思ったが、「ガーターが出るから、絶対バンパーレーンを使う!」と主張したマリナの、あまりにひどい投げ方を見ているうちに、今オレは素晴らしい時間を過ごしているのだと気がついた。
「やったぁ、スペア!」
大はしゃぎで帰ってきたマリナを、オレはハイタッチで迎えた。手のひらが、ジンとしびれた。
午前2時を過ぎて、新橋駅前のカラオケに行った。得点が出るから、やはりここでも和矢を越えれば横浜に行くとマリナはいう。さすがにこの時間から行くことは現実的ではないだろうと思いつつ、オレがシャンソンを選ぼうとすると、
「ダメ! 日本の歌!」
「なぜ?」
「ここは日本だから。歌詞があたしにわからない曲はダメ」
なんだその理屈は?と思いながらも、オレは久保田.利伸の『Missing』を歌った。
得点は82点。良くも悪くもなかった。
「和矢ほどじゃない」
マリナは冷酷にフライド・ポテトを食べながらいった。きっとそういうだろうと思っていた。
「君が歌えよ」
「あたし、音痴よ」
「笑ってやるから、歌え」
マリナはヘソを曲げながらも、それから愉快な曲を歌った。マラカスやタンバリンを店員に持って来させて、オレに「叩け、振れ」と強要したのである。へたっぴな歌をどう盛り上げていいのか、こういう音楽教育は受けて来なかったので、オレはとにかく正確な拍子をタンバリンで刻みつつ、マラカスで曲が要求しているであろう強弱をつけた。「うまいね、シャルル」とマリナが喜んだので、ホッとした。
気がつくと、三時間も経っていた。
何度目かの時間延長を確認する電話が入り、マリナはついに「もう出ます」といった。それからオレにいった。
「最後はシャルルが歌ってね。シャンソンでもいいわよ」
オレは歌の本を手にとった。
「じゃあ、『ル・ロア・ソレイユ』にするかな」
「それ、どういう意味?」
「太陽王ルイ14世の歌」
「王様の歌? へーんなの」
不思議そうにするマリナを見ながら、オレは機械にナンバーを入れた。曲がかかり始め、そっと語りかけるように歌いだす。
この曲のメッセージは、ルイ14世が神への愛を讃える歌だ。そこから転じて、恋しい者へのラブソングとなっている。
『私を選んでくれてありがとう。君を一番幸せにするよ』
シンプルで気取らない愛の言葉を、自分を励ましながら歌っていると、どうしても目頭が熱くなってきて、笑いもこみ上げてきた。誰よりも自制心はあると自負しているはずだったのに、どうしてこんなにオレは弱いのだろうか。
このビルから出れば、夜は明けているだろう。オレとマリナの一夜限りのデートも終わり、思い出はこの街のネオンと共に消えて行く。
大きな目をくりんと見開いて、オレが歌う様を見届けたマリナは、しみじみとした声音でいった。
「76点。残念。和矢に最後まで勝てなかったわね」
君こそ最後まで残酷だったよ、とオレは思った。


午前5時30分。店の外に出ると、早朝に起きだした者にしか与えられない清浄とした空気を、肺いっぱい吸い込むことができた。たとえここが盛り場であっても、辺りにはカラスが食い散らかしたと思われるゴミが散乱していても、そんなものをやすやすと飛び超える凛とした朝がこの街にあった。
紙カップや食べ物の包みが気ままに捨てられている車道が、ほとんど車も通ることなく、まっすぐ有楽町へと伸びていて、その道の先には、水色の空がビルの狭間からどこまでも高く、吸い込まれそうなほど淡い色で広がっていた。
シャワーを浴びて着替えてから横浜に行くというマリナを、ホテルに送り届け、ついでに宿泊しなかったスイートの料金を精算し、クレジットカードを回収してから、オレは成田空港に向かい、午後のエールフランス便でパリに戻った。





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