ディア・フレンズ 続編
成田空港の到着ロビーはちょっとした騒ぎになっていた。
「なに、これ? 芸能人でも来日してるの⁈」
と思いあたりを見回したんだけど、そういう時にはかならずあるはずの出迎え用プラカードとか、キンキラキンに飾り立てた団扇とかゴージャスな花束などは見当たず、ただスーツケースを持った人もそれを出迎えに来た人もそこらにいる人がこぞって騒いでいる、と有様だった。
騒いでいるのは、ほとんどが女性。
極秘でどこかの王子様が来ているのかしら⁉
あたしも見たい!
マンガの資料になるし、それにあたしは元から唯美主義なのよ。
三条ゆり香やシャルルという極端な連中のおかげであまりご紹介する暇がなかっただけで。
「きゃー、こっち向いて!」
「笑ってえええぇ‼」
ううっ、黄色い声がすごい!
あたしはその場でピョンピョン背伸びしたけれども、どうやっても見えなかった。
くっそ、くやしいな。
まあ、いっか。
あたしはこれから美しいシャルルに会うんだもんね♪
シャルルからの突然の電話。
『君のことがやっぱり忘れられない。
忘れようと努力した。ほかの女性を好きになろうとしてもみた。だがだめだった。
オレにはマリナ、君しかいない。
君だけが心から大好きなんだ。
もし、君も同じ思いでいてくれるなら、明後日の朝、オレを迎えに来てほしい。』
はやくあいたくてたまらないからと、熱っぽいこえでいわれて、あたしはドッキン?
『お互いに思いを隠さず打ち明けて、この日を二人の記念日にしよう。』
なんて素敵なのかしら!
あたしもシャルルに恋を打ち明けようと思っていたところに、これぞ以心伝心ね!
再会場所は小菅拘置所の前の予定だったんだけど、当日の朝アパートを出てすぐ、大家さんが「電話だよ~!」と追いかけてくれ、成田に変更を知らされたってわけ。
ともかくも、あたしはとても気分良く、この朝を心から楽しみに待ち焦がれていたというわけなの。
さてと、到着便をしらせるアナウン続々と響いていく。
あたしはシャルルを迎えに来たんだという当初の目的をここでようやく思い出し、頭上の到着便を知らせる電光掲示版を見た。
パリからの便は10分前に着いていた。
そろそろ出てきてもいい頃なんだけどなぁ。
ファーストクラスって最初に出てくるはずだし……、もしかしてシャルルもこの人垣のどこかにいるのかしら?
とそこまで考えた瞬間、あたしはいやぁな予感がして、目の前の人垣に突入、「きゃ、なに、この子供は」と足蹴にされたり肘鉄を食らいながらも何とか最前列に上り詰め、そして見てしまったのよ。
バウムクーヘンのような人垣の真ん中で、背中まで長く伸びたプラチナブロンドの髪を垂らした、輝くように美しいシャルルを‼
げ。
この人垣の原因はシャルル⁉
当の本人は周りから向けられる黄色い声など、完全無視、階段の手すりに持たれて手帳を見ていた。
その姿はまるでよくできた彫刻、ショールームのマネキン。
「あの人は誰なのおおおおおおお⁉」
「知らないわ、でも絶対に知りたい!」
「でも話しかけるのが怖い。神々しいオーラが出てるから、わらってくれなさそう!」
羨望と感嘆と恐れの混じり合った声があちこちで上がる。
シャルルはランバンオンブルーの限りなく黒に近い紺色のスーツの上下に、Vネックの白シャツを着ていた。
アンバランスなさの装いが恐ろしいぐらい似合っていた。
時計はオメガ、靴はコルテの紫かがった革靴……うう、お金持ち感がたっぷりだわ、素敵だわ‼
前シャルルはゴージャスだったけれど、別れる間際は逃亡生活だったから、だんだんと貧乏たらしくなっていったのよね、なんせあたしの服と効果したこともあったぐらいだし……
辛かった思い出にグッバイするあたしの目の先で、何やらシャルルは、小さな手帳を覗き込んで笑ったり、そうかと思うと首を振ってため息を吐いたりと、一人百面相の真っ最中。
シャルルの表情や仕草が変わるたび、周りの人垣からは感嘆のため息が上がって、そこはすでにシャルルファンクラブの集いのよう。
あたしは呆れつつも、楽しそうに百面相をするシャルルをよーーくよーく、初めてアリンコを見た小学生のように粘っこく観察した。
長く伸ばした髪は、うん、なかなか色っぽい。
顔は相変わらず白くてキメが細かそう。
目は横から見ても吸い込まれそうなほど透明感のある灰色。それにちょっと力が加わったかな? 若い頃よりも目尻が深くて色っぽい感じ……
鼻筋も顎のラインも、天使のようだった頬のカーブも、顔の印象を決めるエッジは精悍になったわね。
キリッとした顔に対して、薔薇色の唇はつややか。キスしたら絶対柔らかそう……
ーーってあたしは何を考えてるの‼
これじゃ変態だわ、痴女じゃない⁉
あたしは不埒なことを考えた自分を心の中で張り飛ばしてから、まるで、家の軒先に巣を作ったツバメの雛が旅立って、立派になって戻ってきてくれたようなあたたかい気持ちになって、シャルルの元に歩み寄ろうとした。
さあ、愛を伝えるわよ。
ついでに、将来の約束なんかもしちゃう?
キャッ♡
そしてあたしはシャルルの愛も、財産も手に入れて、アルディ家の全面協力で出版社を10社ほどバーンと建てて、日本中の本屋の少女マンガコーナーを「池田マリナ特集号」でジャックしてやるのよっ、わっはっは!
壮大な愛と夢を抱いて胸をときめかせて忍び寄るあたし。
手帳を見ていたシャルルが、ふと顔を上げてそんなあたしと目がバチっ!
「マリナ!」
たちまち喜びを顔中に浮かべて名前を呼ばれて、すっかり嬉しくなったあたしは、手を上げてニッコリと笑った。
「シャルル! 会いたかったわ!」
ああ、なんという最高の再会かしら!
観衆もいっぱいいるし、これ以上なくドラマチックでロマンチックで、ついでにマンガチックで、言うことなしだわ‼
さあ、愛を告げるわよ!
と心を固めたその次の瞬間ーー
地を這うような唸り声とともにその場にいた全員の視線が一気にあたしに向けられたのだった。
背中がぞくっとするこの感じって……
まさか、ここにいるの全員白妙姫じゃあないでしょうねぇ?
「マリナ、会いたかった……」
シャルルがあたしに近づこうとした途端、あたしは全身を鋭い矢で刺されているような感覚になって、思わず、
「ストップ‼ シャルル‼」
と叫んでいた。
ちがう!
これは亡霊じゃない!
この世の恨みよ!
それももっとも低俗で、かつ、始末の悪い、女の嫉妬というヤツだわ‼
「どうした?、マリナ」
驚いたように、あたしから少し離れたところで脚をとめ、こちらを見やってくるシャルル……
正面切ってシャルルを見て、あたしは泣きたくなった。
やっぱりシャルルは綺麗‼
カッコいいし、素敵‼
それに中身もいいヤツだって知ってる。
だから何年も忘れられなかったんだもん。
今度こそ心から好きって言いたかったんだもん!
でも……
あたしは周りを見渡した。
女の子たちのキツイ視線が心に刺さる。
女の子たちにこんな顔をさせちゃあいけない。
だってあたしの仕事は女の子たちを喜ばせる仕事だもの‼
「おかえり、シャルル、日本はあんたを待っていた、わっはっは‼」
腰に両手を当てて、精一杯胸をそらして大声で笑うと、シャルルはキョトンとした顔になった。
あたしはくるっと回れ右をした。
「じゃあ、出迎えはすんだからあたしはここで。さよなら。ロンググッバイ」
そこからあたしは全速力で走りだした。
「マリナ⁉」
あたしは振り返りもせず地下行きのエスカレーターを駆け下りた。
「マリナ、おい、待て!」
怒鳴り声に近いシャルルの声。と同時に、
「きゃー、待って、シャルル様っていうのー⁉」
と黄色い声もあがった。
あたしは無我夢中で走り、Suicaで改札を通って、京成線のホームにいた電車に乗り込んだ。
成田空港と上野を結ぶスカイライナー。
これより早く都内に戻る交通手段なんてない。
シャルルがこれに乗って来なければ、彼をまける。
すぐに発車のアナウンスがあった。
「ーー……リナ、マリナ、どこだ⁉」
階段を恐ろしい速さで降りてくる足音。
シャルルだ!
うわーんっ、早く電車でて‼
あたしは鞄を抱きしめて祈った。
階段を降ってくるシャルルの姿があたしからもはっきりと見えた。
その目があたしを捉えた。ひえっ、乗ってるって、バレた!
車掌の合図のあと、ドアが閉まり始めた。
シャルルがドアに駆け寄った。
が、一瞬早くドアは閉まった。シャルルはあたしのいる窓を乱暴に叩いた。
「マリナ! なぜ逃げる⁉ オレを好きで来てくれたんじゃないのか‼」
シャルルは駅員に確保された。電車が動き始めた。
「マリナ‼」
あたしは目を閉じて耳を塞いだ。
電車のスピードが上がったので、ホームへ目を戻すと、シャルルの白い顔が一瞬だけ見え、すぐに見えなくなった。
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成田空港の到着ロビーはちょっとした騒ぎになっていた。
「なに、これ? 芸能人でも来日してるの⁈」
と思いあたりを見回したんだけど、そういう時にはかならずあるはずの出迎え用プラカードとか、キンキラキンに飾り立てた団扇とかゴージャスな花束などは見当たず、ただスーツケースを持った人もそれを出迎えに来た人もそこらにいる人がこぞって騒いでいる、と有様だった。
騒いでいるのは、ほとんどが女性。
極秘でどこかの王子様が来ているのかしら⁉
あたしも見たい!
マンガの資料になるし、それにあたしは元から唯美主義なのよ。
三条ゆり香やシャルルという極端な連中のおかげであまりご紹介する暇がなかっただけで。
「きゃー、こっち向いて!」
「笑ってえええぇ‼」
ううっ、黄色い声がすごい!
あたしはその場でピョンピョン背伸びしたけれども、どうやっても見えなかった。
くっそ、くやしいな。
まあ、いっか。
あたしはこれから美しいシャルルに会うんだもんね♪
シャルルからの突然の電話。
『君のことがやっぱり忘れられない。
忘れようと努力した。ほかの女性を好きになろうとしてもみた。だがだめだった。
オレにはマリナ、君しかいない。
君だけが心から大好きなんだ。
もし、君も同じ思いでいてくれるなら、明後日の朝、オレを迎えに来てほしい。』
はやくあいたくてたまらないからと、熱っぽいこえでいわれて、あたしはドッキン?
『お互いに思いを隠さず打ち明けて、この日を二人の記念日にしよう。』
なんて素敵なのかしら!
あたしもシャルルに恋を打ち明けようと思っていたところに、これぞ以心伝心ね!
再会場所は小菅拘置所の前の予定だったんだけど、当日の朝アパートを出てすぐ、大家さんが「電話だよ~!」と追いかけてくれ、成田に変更を知らされたってわけ。
ともかくも、あたしはとても気分良く、この朝を心から楽しみに待ち焦がれていたというわけなの。
さてと、到着便をしらせるアナウン続々と響いていく。
あたしはシャルルを迎えに来たんだという当初の目的をここでようやく思い出し、頭上の到着便を知らせる電光掲示版を見た。
パリからの便は10分前に着いていた。
そろそろ出てきてもいい頃なんだけどなぁ。
ファーストクラスって最初に出てくるはずだし……、もしかしてシャルルもこの人垣のどこかにいるのかしら?
とそこまで考えた瞬間、あたしはいやぁな予感がして、目の前の人垣に突入、「きゃ、なに、この子供は」と足蹴にされたり肘鉄を食らいながらも何とか最前列に上り詰め、そして見てしまったのよ。
バウムクーヘンのような人垣の真ん中で、背中まで長く伸びたプラチナブロンドの髪を垂らした、輝くように美しいシャルルを‼
げ。
この人垣の原因はシャルル⁉
当の本人は周りから向けられる黄色い声など、完全無視、階段の手すりに持たれて手帳を見ていた。
その姿はまるでよくできた彫刻、ショールームのマネキン。
「あの人は誰なのおおおおおおお⁉」
「知らないわ、でも絶対に知りたい!」
「でも話しかけるのが怖い。神々しいオーラが出てるから、わらってくれなさそう!」
羨望と感嘆と恐れの混じり合った声があちこちで上がる。
シャルルはランバンオンブルーの限りなく黒に近い紺色のスーツの上下に、Vネックの白シャツを着ていた。
アンバランスなさの装いが恐ろしいぐらい似合っていた。
時計はオメガ、靴はコルテの紫かがった革靴……うう、お金持ち感がたっぷりだわ、素敵だわ‼
前シャルルはゴージャスだったけれど、別れる間際は逃亡生活だったから、だんだんと貧乏たらしくなっていったのよね、なんせあたしの服と効果したこともあったぐらいだし……
辛かった思い出にグッバイするあたしの目の先で、何やらシャルルは、小さな手帳を覗き込んで笑ったり、そうかと思うと首を振ってため息を吐いたりと、一人百面相の真っ最中。
シャルルの表情や仕草が変わるたび、周りの人垣からは感嘆のため息が上がって、そこはすでにシャルルファンクラブの集いのよう。
あたしは呆れつつも、楽しそうに百面相をするシャルルをよーーくよーく、初めてアリンコを見た小学生のように粘っこく観察した。
長く伸ばした髪は、うん、なかなか色っぽい。
顔は相変わらず白くてキメが細かそう。
目は横から見ても吸い込まれそうなほど透明感のある灰色。それにちょっと力が加わったかな? 若い頃よりも目尻が深くて色っぽい感じ……
鼻筋も顎のラインも、天使のようだった頬のカーブも、顔の印象を決めるエッジは精悍になったわね。
キリッとした顔に対して、薔薇色の唇はつややか。キスしたら絶対柔らかそう……
ーーってあたしは何を考えてるの‼
これじゃ変態だわ、痴女じゃない⁉
あたしは不埒なことを考えた自分を心の中で張り飛ばしてから、まるで、家の軒先に巣を作ったツバメの雛が旅立って、立派になって戻ってきてくれたようなあたたかい気持ちになって、シャルルの元に歩み寄ろうとした。
さあ、愛を伝えるわよ。
ついでに、将来の約束なんかもしちゃう?
キャッ♡
そしてあたしはシャルルの愛も、財産も手に入れて、アルディ家の全面協力で出版社を10社ほどバーンと建てて、日本中の本屋の少女マンガコーナーを「池田マリナ特集号」でジャックしてやるのよっ、わっはっは!
壮大な愛と夢を抱いて胸をときめかせて忍び寄るあたし。
手帳を見ていたシャルルが、ふと顔を上げてそんなあたしと目がバチっ!
「マリナ!」
たちまち喜びを顔中に浮かべて名前を呼ばれて、すっかり嬉しくなったあたしは、手を上げてニッコリと笑った。
「シャルル! 会いたかったわ!」
ああ、なんという最高の再会かしら!
観衆もいっぱいいるし、これ以上なくドラマチックでロマンチックで、ついでにマンガチックで、言うことなしだわ‼
さあ、愛を告げるわよ!
と心を固めたその次の瞬間ーー
地を這うような唸り声とともにその場にいた全員の視線が一気にあたしに向けられたのだった。
背中がぞくっとするこの感じって……
まさか、ここにいるの全員白妙姫じゃあないでしょうねぇ?
「マリナ、会いたかった……」
シャルルがあたしに近づこうとした途端、あたしは全身を鋭い矢で刺されているような感覚になって、思わず、
「ストップ‼ シャルル‼」
と叫んでいた。
ちがう!
これは亡霊じゃない!
この世の恨みよ!
それももっとも低俗で、かつ、始末の悪い、女の嫉妬というヤツだわ‼
「どうした?、マリナ」
驚いたように、あたしから少し離れたところで脚をとめ、こちらを見やってくるシャルル……
正面切ってシャルルを見て、あたしは泣きたくなった。
やっぱりシャルルは綺麗‼
カッコいいし、素敵‼
それに中身もいいヤツだって知ってる。
だから何年も忘れられなかったんだもん。
今度こそ心から好きって言いたかったんだもん!
でも……
あたしは周りを見渡した。
女の子たちのキツイ視線が心に刺さる。
女の子たちにこんな顔をさせちゃあいけない。
だってあたしの仕事は女の子たちを喜ばせる仕事だもの‼
「おかえり、シャルル、日本はあんたを待っていた、わっはっは‼」
腰に両手を当てて、精一杯胸をそらして大声で笑うと、シャルルはキョトンとした顔になった。
あたしはくるっと回れ右をした。
「じゃあ、出迎えはすんだからあたしはここで。さよなら。ロンググッバイ」
そこからあたしは全速力で走りだした。
「マリナ⁉」
あたしは振り返りもせず地下行きのエスカレーターを駆け下りた。
「マリナ、おい、待て!」
怒鳴り声に近いシャルルの声。と同時に、
「きゃー、待って、シャルル様っていうのー⁉」
と黄色い声もあがった。
あたしは無我夢中で走り、Suicaで改札を通って、京成線のホームにいた電車に乗り込んだ。
成田空港と上野を結ぶスカイライナー。
これより早く都内に戻る交通手段なんてない。
シャルルがこれに乗って来なければ、彼をまける。
すぐに発車のアナウンスがあった。
「ーー……リナ、マリナ、どこだ⁉」
階段を恐ろしい速さで降りてくる足音。
シャルルだ!
うわーんっ、早く電車でて‼
あたしは鞄を抱きしめて祈った。
階段を降ってくるシャルルの姿があたしからもはっきりと見えた。
その目があたしを捉えた。ひえっ、乗ってるって、バレた!
車掌の合図のあと、ドアが閉まり始めた。
シャルルがドアに駆け寄った。
が、一瞬早くドアは閉まった。シャルルはあたしのいる窓を乱暴に叩いた。
「マリナ! なぜ逃げる⁉ オレを好きで来てくれたんじゃないのか‼」
シャルルは駅員に確保された。電車が動き始めた。
「マリナ‼」
あたしは目を閉じて耳を塞いだ。
電車のスピードが上がったので、ホームへ目を戻すと、シャルルの白い顔が一瞬だけ見え、すぐに見えなくなった。
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