《ご注意》シャルマリ・銀バラ二次創作です。かつ本作品はフィクションです。楽しく読んでください。
あたしはあんぐりと口を開けて、目の前で行われている美男美女のキスシーンを見つめていたんだけど、そのうちにハッとした。
そうだ、クリームヒルトってシャルルの婚約者の名前だ!
一分以上の熱烈なキッスをしたシャルルは、やがて顔を離すと、いつものような冷ややかな目で彼女を眺めて何やら一言。
それに対して、キスの衝撃がよっぽどすごかったのかしら。
クリームヒルトは、拳を固めて口を押さえながら、激しい眼差しでシャルルをにらみながら呪いのようにこれまた何かをつぶやいた。
う~~~、焦れる!
くっそ、美女丸のあんぽんたん!
英語なんて全く役に立たないじゃないのよ、ばかやろう。
仕方なくあたしはアンドリューを捕まえて、通訳を頼んだのよ。
彼は突然の甥っ子のキスシーンにすっかり動揺していたらしく、シャルルによく似た天使のようなカーブの白いほおを赤く染めて、息まで荒くしていた、かわいい。
アンドリューの通訳によると、
「これでいいか。もう俺の行動に口を挟むな。君は売買契約書だけもってくればいい。もちろんサイン付きでな」
「いやよ」
「まだ足りないのか。ケガするぜ、お嬢ちゃん」
「させてみなさいよ、本物のケガ人」
うーむ、シュールな会話。
この二人って本当に婚約者なのかしら?
とあたしが首を傾げていると、クリームヒルトの叫びが上がった。
「カレル!? プローチ!!」
レオンハルトの体の陰になっていたカレルのもとに、クリームヒルトは駆け寄って、彼のそばにひざまずいて、その体を揺すったり、ほおを叩いたりした。
反応がないことを確かめるが否や、彼女は涙目でキッと振り返る。
「チョ シモ ウディ アラン?!」
言葉はわからないけれど、カレルのことを心配しているのははっきりとわかった。
そういえば、このカレルって人、どうしたのかしらね。
ホテルからここについて、かれこれ30分近く経っているけれど、まったく目を覚まさない。
まさか死んでいるということはないと思うけれど、まさかねっ。
ユリウスがクリームヒルトに説明して、アンドリューがそれをあたしとユメミに通訳してくれた、うっうっ、ありがとう、あんたはいい子よ!
それによると、カレルは、今のところ命に別状はないとのことだった。
なんでも銀のバラ騎士団には、相手を傷つけたくないときに行われる、意識を喪失させる魂預かりという儀式があって、カレルの額にはその傷跡がついていることから、おそらく総帥はその儀式をしたのだろう。
だから、再び魂を注入されれば、意識は戻る。
そう聞いて、あたしはゾクっ。
わーんっ、話がまたオカルトに戻っていく。
オカルトは嫌い、タルトは大好きだけどね !!
クリームヒルトはひとまず安心したようだったけれど、カレルのそばから離れようとはせず、レオンハルトをにらみながら、カレルを自分の背中にかばった。
あら。
もしかして、この子ってカレルのことを好きなのかしら?
と思ったあたしの直感は正しかった。
そのあとに鋭く放たれた彼女の言葉は、アンドリューの通訳によると、
「すぐにカレルの魂を戻して! そうでないとあなたを殺人未遂で訴えるわ! 一級犯罪であなたは死刑よ!」
あたしはしばし悩む。
うーむ。
プラハ警察って、魂預かりの罪で逮捕してくれるのだろうか?
あたしが知らないだけで、今や外国の警察はオカルト対応になっているのかも……
とあたしが妙なことに感心していたら、
「かまわない。好きにしてくれていい」
とレオンハルトはあっさりと了承!
やっぱり魂預かりの罪があるのね!
時代はすすんだなぁ。
この分なら、毒林檎罪とか鏡呪い罪とかもあったりして……うっかりと魔女もやれないわね。白雪姫やシンデレラなどお姫様たちの安泰時代が到来したということかしら。
「これからカレル・サヴァを殺す。罪の報いは受けよう」
通訳もそこそこに、アンドリューがレオンハルトに駆け寄った。
「兄さん、どうしてカレルを殺すの!? カレルが赤いモルダウだからというのは、わかったよ。でも、カレル自身はそんなこと全然知らない。自分の体になぜ刺青があるのか知らないってはっきり僕に言った。彼は兄さんの騎士団の脅威になる存在じゃない。普通の人間だ。僕の大切な友達だ。だから彼を殺さないで。お願いだっ!」
クリームヒルトが、叫んだ。通訳をしろといっているらしい。
戸口のところによりかかったままのシャルルが、淡々とした声で、アンドリューの話を訳すると、クリームヒルトの顔色が変わった。
彼女は自分の胸を指して叫んだ。
どうやら、殺すなら私を殺して、といっているらしい。
必死の顔に、クリームヒルトがどれだけカレルを愛しているのかわかった。
うん、わかるわぁ。
あたしだって、和矢を殺すぐらいなら、あたしを殺せって思うもんね。
なのに、和矢ったら、よりにもよって男色に走るなんて……むなしい。
再びあたしが失恋の痛手に浸っていると、アンドリューとレオンハルトの兄弟闘争は佳境を迎えていた。
「すまない。アンドリュー」
レオンハルトは、自分の腕をつかんでいた弟の手を優しく離した。
「兄さん! なんでだよ、僕の話を聞いてよ!!」
悲鳴に近いアンドリューの高い声が、礼拝堂に響き渡る。
無表情のままレオンハルトはそれを無視して、ユリウスに視線を移す。
そして英語でいった。
「ユリウス、すまないがユメミを連れ出してくれ。冷泉寺との合流地点はサントス駅だ。ほかの連中も一緒に、彼女たちが日本に帰れるように手配してほしい」
自分たちの名前だけは聞き取れたのか、ユメミがいった。
「あたしはここにいるわ。鈴影さんを置いて行ったりしない。どんな時も一緒よ」
健気な申し出にあたしは感動したんだけど、ところがどっこい腹に一物を秘めたレオンハルトは、そんなユメミの申し出を完全に無視。
シャルルに向き直り、日本語でいった。
「この少女漫画家は、あなたの知り合いか?」
それにしても、うーむ、レオンハルトは一体何ヶ国語を喋れるんだろう。
シャルルといい勝負かも。
すごいな、うらやましいなっ。
あたしもあんな風に外国語をしゃべってみたいなっ。
そう思った途端、あたしは薫あるいは美女丸の地獄の特訓を思い出し、ぐったりとしてしまったのよ。
う、嫌だ。
鼻から脳みそがでるようなあんな思いは二度としたくないやい!!
そんなあたしの苦悩とは一切関係なく、地球上の言語ならすべて操れそうな頭脳を、今は痛々しい厚い包帯で巻いたシャルルは、辛そうにうつむいて、しぶしぶと、本当にやむなくといった風情で、うなずいた。
「一応は知っている」
むかっ。
一応ってなんなのよ。
あたしとあんたは、深く長いおつきあいでしょうよ。
一緒に宝探しもしたし、一緒に殺人現場にも居合わせたし、一緒に解剖もしたし、一緒に逃避行もしたし、一緒に飛行機からも飛び降りたし、一緒に刑務所にもいったし、一緒にベッドインもキスもしたし……
そこまで考えて、あたしは頭の上を手で追い払った。
ダメだわ。
華麗の館のことは、すべて忘れよう、それがお互いのためよ!!
「だったら、少女漫画家のことはあなたにまかせる。早くここからでていってくれ」
「残念ながら俺は観光できたわけじゃないぜ」
「……」
「聖櫃から剣を取り出すつもりだろう、レオンハルト。ぜひそうしてくれ。こっちの手間が省けて助かる」
「あなたは、その体で俺に勝てるつもりか?」
「さあね。ためしてみるかい?」
二人の間に、目には見えない火花がバチバチと飛び交うのがわかって、あたしは息を飲んだ。
いいぞ、いけっ!
男同士なら、もっと激しく肉弾戦!
詰め寄って、カウンターパーンチっ!
「待って、シャルル。僕は兄さんにどうしても聞きたいんだ。なぜカレルを殺さないといけないのか。赤いモルダウだからって説明だけじゃ納得いかない。シャルルだってさっき言っていたじゃないか。カレルはママからプラハには行くなときつく言われていた。赤いモルダウにとってプラハは唯一の希望だろう? なのになぜ希望だったプラハが、禁断の地になったのか、知りたい。それがきっと兄さんが、今、この差し迫った時に、カレルを殺そうとする理由とつながっている」
希望だったプラハが、なぜ禁断の地になったのか。
その言葉の重さに、あたしがドキドキしていると、レオンハルトが、深い二重まぶたに悲しみを込めて答えた。
「君が歌った通りだ。モルダウは美しい。美しすぎたんだ」
あたしはアンドリューの歌声を思い出した。
「ボヘミアの川よ モルダウよ
過ぎし日のごと 今もなお
水清く青き モルダウよ
我が故郷を 流れ行く
若人さざめく その岸辺
緑濃き丘に 年ふりし
古城は立ち 若き群れを 守りたり」
(平井 多美子作詞)
「赤いモルダウに反応したのは、ミカエリスだけではない。モルダウを愛するプラハ人にとって、モルダウの源流を汚されたことは、許しがたい行為だった。プラハのすさまじい怒りは、ミュンヘンでもミカエリスでもなく、グローセルラッヘルに死体を持ち込んだランツフートの女性たちに向かった。審判者として期待したプラハから刃を向けられた赤いモルダウは、安住の地をなくしさすらうしかなかった。
だが、それからおよそ数百年後、神聖ローマ帝国内の激しい魔女狩りを逃れて、プラハに逃げ落ちたひと組の母子がいた。息子は刺青を隠して、城主の乙女と恋に落ちた。彼女の両親も彼を気に入り、無事に婚姻の運びとなった。彼は結婚の席で、上着を脱ぎ、自らの赤いモルダウを衆目に晒して、叫んだ。
『マリア・アンナの血脈に報復をしたい。力を貸してください』
彼はわかっていなかったのだ。赤いモルダウがどれほどプラハで憎まれていたのかを。大いなる審判者プラハはきっと味方になってくれるにちがいないと心から信じていた。
だが、彼の期待は破られた。モルダウを汚した元凶である赤いモルダウが、娘をも犯したと知り、激しい怒りにかられた城主は、彼と母親をその場で打ち殺した」
ううっ!
「赤いモルダウが確認されたのはそれが最後だ。以来、250年間、その存在を見たものはいないーーだが」
そういってレオンハルトは顎を高く挙げた。倒れ臥すカレルを、彼の前に座り込むクリームヒルトごと睨む。
その冷たい目。
黒曜石のように光る目には、誰にも犯せない意思が宿っているのを感じて、あたしは怖くなった。
「数百年を経て、赤いモルダウがいた」
だから殺すのっ!?
そんな!
「でも兄さん」
たまらないといったように、アンドリューが兄の腕にすがる。
「カレルはマリア・アンナへの恨みなんて、まったく知らないよ。たとえそのことを教えても、彼ならば冷静な判断を下せる。数百年も経った、カビの生えた恨みをひきずったりするほど弱い人間じゃない!」
「わかっている」
「だったら!」
「恨みを恐れて彼を殺したいわけじゃない。聖宝の秘密を君たちに打ち明けたのは、その秘密自体にもはや価値がなくなるからだ」
え……?
「わからないよっ、兄さん、ちゃんと教えて!」
焦れたように叫ぶアンドリューの手を、強引に振りほどいたレオンハルトは、その顔をユリウスに向けて英語で叫んだ。
「ユリウス、女性とアンドリューを早く安全な場所へ! 君も騎士なら、最善のために力を尽くせ。これは総帥命令だ!!」
弾かれたバネのようにユリウスが背筋を正した。
「わかりました!」
そういうと、ユメミの元にいき、彼女の腕をとる。
「さあ、こちらへ」
紳士的なユリウスの誘導に、ユメミは暴れた。
「いやよ。あたしはここにいるわ。鈴影さんと一緒にいる。だってあたしは彼の貴女だもの。彼と行動を共にする責任があるわ」
ユリウスの手を払いのけて、レオンハルトを見る。
「鈴影さん、本当に正しいことだったら、誰の前でもできるはずだし、誰の目も恐れることはないはずだわ。もし、自分で間違っていると思うのならば、引き返すべきよ」
「俺は間違っていない」
「だったら、なぜ、あたしがいてはいけないの?!」
「頼むからユメミ、アンドリューと一緒にここからさってくれ。何も言わず」
「絶対にいや!」
押し問答が続き、ユメミが泣きそうになっている中、シャルルの静かな声が響いた。
「マドモアゼル、レオンハルトがカレルを殺すのは、おそらく君のためだ」
あたしはびっくりして振り返った。
シャルルが白い喉をまっすぐにあげて、顎をつんと持ち上げながら、上目遣いに皆を眺めていた。
伏し目がちのまぶたに、長い睫毛が羽のように覆われ、その影を孕んだ青灰色の瞳は、ゾクッとするほど美しい。
「赤いモルダウを殺せば、何らかの超常現象が起きるんだ。そうだろ? オカルトが大好きなミカエリスの首長さんよ」
超常現象!?
まっ、またぁ!?
「鋭いな」
レオンハルトは背を伸ばし、微笑した。
「そうなの!? 兄さん!」
アンドリューに続いて、ユメミが叫んだ。
魂が切り刻まれるかと思うほど悲痛な声で。
「鈴影さん、本当のことを言って!! あたしを信じてくれているのなら、何もかもを話して!! 一人で背負わないで、あたしにも一緒に背負わせて欲しい。あたしは鈴影さんの仲間よ。そうでしょう!?」
瞬間、憂いを込めたその瞳が、徐々に力を帯びてくるのをあたしは見た。
レオンハルトの中で、一つの迷いが、固い決心に結ばれていくのを確かに見たのだった。
彼は、顔を上げると、真実味のこもった深い眼差しで、あたしの隣にいるユメミをみつめて、はっきりと話し出した。
「代々、総帥だけに受け継がれている『聖霊の書』にはこう記されている。『七聖宝は一つずつでも大きな力を持つが、七つすべて揃うと互いが互いに影響し合い、制御し合って、激しい力を発する。その時は、どんな願いでも叶えることができる。そして一方、どれか聖宝のひとつに、赤いモルダウを持つ人間が、自らすすんで己の心臓の血を降り注げば、七聖宝はすべての力を失う。血は血で贖われる。アーメン』と」
赤いモルダウの心臓の血を、注ぐ!!
そうしたら、七聖宝の力がなくなるの!?
「鈴影さん……っ」
ユメミが、震えた。
「その暁には、君のピアスは外れ、同時にピアスの呪いも終わるだろう」
あたしはやっとわかった。
高天は狼、アキは猫、冷泉寺貴緒は鷹。
ユメミの耳についた月光のピアスは、ユメミがドキッとした時と、満月の時に、彼らを変身させるって言っていた……。
レオンハルトが総帥の掟を破ってまでカレルを殺そうとするのは、ユメミと仲間たちをピアスの呪いから解放するためだったんだ!!
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