《ご注意》シャルマリ・銀バラ二次創作です。かつ本作品はフィクションです。楽しく読んでください。
誰よりも先に、ユリウスが叫んだ。
「総帥レオンハルト、本気ですか。七聖宝が力を失ったら、騎士団は存在意義を失くしてしまうんですよっ!?」
すると、レオンハルトは、表情一つ変えずに答えた。
ユメミにはわからない英語で。
けれどあたしにはわかってしまうのよね。
あたしはこの先を聞いてしまったことを、心から後悔した。
「君は、本部に見たままを報告していい。総帥の四誓願をすべて破った裏切り者がここにいると。すべてが終わったあとならば、俺は逃げも隠れもしない。処罰を甘んじてうけよう」
処罰って何かしら。
と無邪気に思っていたら、ユリウスは、幼さの残る細い顔には激しい怒りを燃やしながら、そばにいたユメミを指差しつつ、レオンハルトをにらみあげた。
「処罰など、この女性がいる限り無意味です。総帥の処刑は銀の銃弾と昔から決められています。ですが、彼女はアガペであなたを守る。全騎士があなたに銃を向けても、何百という奇跡が起こされるだけで、あなたは決して死なない」
し、死ぬぅ?
総帥の掟って、破ったら殺されちゃうの?
ひえぇ、アルディ家のマルグリット島よりも悲惨!!
「ならば、俺の処刑に銀の銃弾を使わなければいいだけだ。磔刑でも何でも、本部の決めた処刑方法に従う。どんなに屈辱的な死でも受け入れよう」
うう……。
死ぬ気マンマン。
どうしてシャルルといいレオンハルトといい、命を粗末にするやつばかりなんだろう。
あたしだったら1日でも長く生きたいけどなぁ。
美味しいものをいっぱい食べたいし、和矢と愛をあたためたい。
と考えて、愛をあたためる相手が男に走っちまったことを思い出して改めて落ち込んだのだった。
「もう一度伺います、本気ですか?」
一方、険悪な言い合いは、緊迫感たっぷりに続いていた。
「本気だ」
きっぱりとうなずくレオンハルトに、ユリウスは激しい嫌悪感をあらわにした。
「総帥レオンハルト、あなたを軽蔑します。あなたはキリストを裏切ったユダよりも卑劣です。あなたは美しい愛のために命をかけているつもりかもしれないが、あなたが見捨てようとしている騎士団にも、人生を捧げた無数の騎士がいる。それなのにあなたは、我らの誇りを踏みにじり、総帥として知り得た情報をもとに騎士団を潰そうとしている。ーーよくわかりました。赤いモルダウが突然我々の前に現れたのは、総帥の裏切りの予型だったのです」
ユリウスは吐き捨てるように言ってから、唇をきつく噛み締めた。
必死で感情を抑えようとしているのだろう、背けた顔は無表情だったけれど、まばたきをほとんどしない潤んだ瞳には裏切られた悔しさが滲んでいた。
レオンハルトは息をついていった。
「どうとでもとってくれ、としか言えない。だが、まだ銀のバラ騎士団の総帥は俺だ。総帥として命令する。女性とアンドリューをつれて、君は一刻も早くこの場所から立ち去れ。そのあとは君の自由意志だ」
そう言うと、レオンハルトはシャルルを見た。
「申し訳ないが、あなたもここから出て行ってほしい」
シャルルは、片口を歪めて笑った。
「あいにくと、そうはいかない。君が聖櫃から剣を出した時点で、ちょうだいさせてもらう」
「やれるものならやってみるといい。生きていることを後悔するようになるだろう」
挑むように低くなったレオンハルトの声に、シャルルの声がかぶさる。
「一度は捨てた命だ。惜しくはないさ。愛や仲間のために、組織を裏切る甘えたよりは強いつもりだ」
レオンハルトのほおが屈辱にさっと紅潮した。
「シャルルも兄さんも、やめてよっ!」
アンドリューが叫んだ。
「おかしいよ。二人とも間違っている。ううん、二人とも自分のことしか見えていない。愛する人をこんなに悲しませて、それでも男なの!?」
言いながら、アンドリューはもろ手をのばして、ユメミとあたしの背中に触れた。
ぎょっ!
あたしは関係ないわよ、シャルルとは別れたんだし。
その言葉で説得するなら、レオンハルトとユメミだけに限定してちょーだい。あたしを巻き込まないで!
と、あたしが心ひそかにアンドリューをぶちのめしていたその時、シャルルの眉がピクッと動いて、眼球だけで後ろを睨んだ。
「妙な足音が近づいてくるぜ。礼拝堂で走るなんて、悪いやつに決まっている」
わっ。
「騎士団の連中だろう」
レオンハルトは舌打ちをした。
「ホテルから俺が逃走したことに気づいたんだ」
ユメミが慌てた。
「ヒロシたちはどうなったの?」
そうよ、和矢とガイも一緒なのよ!
「冷泉寺がうまくやってくれたと思う」
そうはいっても鷹よ、鷹っ!
みんなを乗せてこられるわけないし。
焦るあたしをよそに、レオンハルトは、今度こそ有無を言わせない声でユリウスとユメミにここから出て行くようにいった。
ユメミは見る間に真っ青になり、顔を引きつらせて叫んだ。
「いやよ、鈴影さん。あたしはどこにもいかないわ。鈴影さんは、みんなで七聖宝を集めれば、あたしのピアスは取れるだろうっていったじゃない。自分の言葉を自分で裏切らないで。ヒロシだって光坂君だって冷泉寺さんだって、鈴影さんが大好きなの。だからこれまで一緒に過ごしてきたのよ。なのに、どうして鈴影さんはいつまでたっても、あたしたちに壁を作るの? そんなにあたしたちはあなたにとって価値がない? あたしたちはあなたに守ってもらわないといけない子供なの!?」
瞬間、レオンハルトは、ユメミの両腕を掴んで胸の中に抱きしめた。
深く強く。
きゃあ、ラブシーン!
と思うまもなく、レオンハルトは、ユメミのおでこにかかる前髪を大きな手でかきあげて、そこに素早く端正な唇を押し当てた。
ユメミは、一瞬目を見開いた。
あたしは、彼女が何か言ったような気がした。
言葉としては聞こえなかったけれど、確かに口が動いたような気がしたのよ。
ユメミはみるみる目から涙をあふれさせていき、すぐにその目はゆっくりと閉じて、糸が切れた人形のようにレオンハルトの腕にもたれかかったのだった。
ひえぇぇぇぇぇ……。
「さすが総帥、お見事です」
ユリウスの感動した声。
見ると、ユメミのおでこには、カレルと同じ、小さな百合の印がついていた。
こっ、これが魂預かりの儀式なのかしら?
う~~~こわいっ!
うっかりキスもできやしない。
まあ、あたしがレオンハルトとキスすることなんて、天地がひっくり返ってもないと思うけれどさっ。
いっそのこと、レオンハルトには松井さんとキスしてほしい。
魂抜きの松井さんなら天使よ、きっと!
あたしは魂抜かれるより、原稿抜かれる方が怖いのよ、もう何ヶ月まともに仕事をしてないかしら、ぐっすん。
と、悲しむあたしの心など露しらずのレオンハルトは、喉を絞り出すように、いった。
「彼女を頼む。サントス駅にいる連中と一緒に、日本に帰国を」
ユリウスはユメミを丁重に受け取り、こうべを垂れた。
「承りました。我が総帥」
うなずいて、ユリウスはユメミを抱えて出て行った。
しかし、アンドリューは頑として動かなかった。
「僕は残る」
その言葉を遮るように、礼拝堂の向こうから近づいてくる足音があたしにもはっきりと聞こえてくるようになった。
「アルディ家当主は耳がいいな」
ほんの少し息を切らせたシャルルは、不敵な笑みを浮かべる。
「君が難聴なんだ。それよりどうする気だ」
「あれは俺を追っている連中だ」
「だったら、お前が出て行けよ。剣は俺がもらっておくから」
うんうん、それがいいわ。
カレルも殺されずにすんで、一件落着。
「ダメだよ、兄さんが殺される」
そうか。
ここで出て行くと、レオンハルトは殺されるのか。
死ぬとわかっていて、差し出すようなことはしてはいけないわ。
「聖剣に赤いモルダウの血を注いで、ピアスの呪いを解くまでは、捕まるわけにはいかない」
あくまでそこにこだわるレオンハルトに、シャルルが呆れた声でつぶやく。
「なら、みんなで仲良く殺されるのか?」
むむむ、それもとっても嫌。
どうしたらいいんだろう。
と思っているうちに、外国語の怒号と叩きつけるような足音はますます近づいてくる!
後ろからは、クリームヒルトのヒステリックな怒鳴り声。
ああ、これから一体どうなるの!?
瞬間、レオンハルトがピクッと精悍なほおを動かして、視線をさっと上方に走らせた。
「悲鳴だ。それもひとりやふたりじゃない!」
耳をすますと、確かに、遠くで誰かが叫んでいる声がした。
「大礼拝堂の方角からだ! だんだん近づいてくる……」
その言葉にかぶさるように、シャルルが叫んだ。
「マリナ、俺の後ろに隠れろ!」
シャルルの叫びに、あたしは飛びつくようにして、シャルルの背中の後ろに回った。
「来たぜ!」
シャルルの鋭い声とともに、入口から銃を持った男たちが一気になだれ込んで来た。
きゃあ、助けて!!
シャルルがあたしの頭を抱え込むようにして床に伏すのと、耳をつんざく銃声が響き渡るのと、男の悲鳴があがるのとが、同時だった。
直後、殴り合う物々しい音!!
お願い、誰も死んでませんように!
礼拝堂で死人がでたら、神様、あんたを呪ってやるからねっ!
と、あたしがシャルルの胸の中で震えながら祈っていると、耳に飛び込んできたのは、若干トラウマになっちまった凛々しいお声。
「もう大丈夫だぞ」
こ、こここ、これは……!
あたしはシャルルの腕を振り払うように顔を上げ、そこで水も滴るような美青年を発見したのよ。
アメリカ兵も真っ青なベリーショート、やや尖った顎に、きりりとした眉、意思の強そうな口元。
びっ、美女丸!?
「マリナ、大丈夫か」
あたしは震えながら、首をカックン。
どうして美女丸がここにいるの!?
「敵はあらかたやっつけた。それにしてもツメが甘いな。こういう出口がない部屋に皆で入る場合は、見張りを一人はおいておかんとダメだろうが。うちの隠し穴に落とされたときに学ばなかったのか?」
シャルルは洋服を手で払いながら、立ち上がった。
「だから君たちを呼んだんだ。少し間合いが狂ったが。計算通りなら、城の門あたりで敵を追い払わせるつもりだったんだが」
シャルルの言葉に、たちまち美女丸はむっとしたようにきりりとした眉をいっそうつり上げる。
「俺たちは門番か!?」
シャルルは、背を伸ばして微笑む。
「光栄な役目だろう」
美女丸が目をむいてシャルルをにらみ、一触即発の雰囲気になったところで、今度はなんと、通路の陰から、ぐったりとした男の首根っこを捕まえながら、カークが出てきたのよっ!
「やあ、マリナ。久しぶり」
カークは変わらない明るい笑顔でそういうと、掴んでいた男を、ぽいっと廊下にゴミのように投げ捨てた。
うっ。
人畜無害な笑顔と仕草のギャップがすごい。
「俺なんて、凶悪事件の捜査中だったんだぜ。それが突然、空軍のヘリが来て、プラハまで御用さ。帰ったら俺の席は警察にないかもしれないよ」
愚痴をこぼすカークに、シャルルが鼻を鳴らす。
「干されるなら、それだけの能力だということだ。あきらめろ」
「これだよ」
カークは両手を体の前であげ、美女丸に視線を流す。
「シャルルと付き合うには忍耐と愛が必要だ。そうは思わないか、日本の人?」
美女丸は苦笑してうなずいた。
「心から同意する」
苦笑いをし合う二人に、シャルルは無表情でいった。
「許せ。他に信頼できる人間がいなかった」
あたしはびっくり。
あのシャルルが、人間嫌いで厭世家のシャルルが、自分から信頼していると言い出すなんて。
シャルルったら、大丈夫かしら。
頭を撃たれてどこかおかしくなっちゃったのかもしれない。
そう思って、あたしが心からシャルルのことを心配していたその直後だった。
柱の陰から、もう一人、やってきたの。
明るい日の光を背中に背負うようにして現れたのは、輝くような麗人。
でも、確かにどっかで見たタイプ。
すらっとした長身で、ふわりとした栗色のショートレイヤー、思い詰めたような三白眼、甘やかな目元に綺麗な形のほお、薄くて艶やかな唇。
白のリボンブラウスとブラックパンツというシンプルなインナーに、目がさめるようなワインレッドのチェスターコートを合わせている。
えーっ、まさか、これって……。
「なーに馬鹿面してんだい。幽霊じゃないよ」
薫だぁ……!
拘置所で兄上の痛ましい姿を見て心臓破裂を起こして倒れたきり、薫は生死の境をさまよい、パリに帰るシャルルの手に委ねられ、カプセルに入った状態で日本をあとにした。
もちろんあたしは1日だって彼女のことを忘れなかった。
薫が元気になりますようにって祈って来たのよ。
その彼女の見事な復活を目の当たりにして、あたしは言葉もなかった。
薫はそんなあたしのそばにやってきて、長い指先であたしの顎をくいっとしゃくると、綺麗な唇をあたしのほおに押し当てたのよ!
ふわりといい香りがした。
「そんなに見つめられたら、穴があいちまいそうだぜ。愛してるよ、マリナちゃん。今夜は眠らせない」
その微笑みの魅惑的なことといったら!!
突然のほっぺキッスと、妖艶な微笑みを前に、あたしはようやく目の前にいるのが薫だということを確信、思わず彼女にしがみついてしまったのだった。
うわーんっ、薫、おかえり!!
「痛い、放せマリナ。こちとら手術のあとがまだ疼くんだ。わっ、鼻水をつけるな、このアホンダラ」
なんと言われてもいいわ。
生きている証拠だもん、どんどん言って!
「ところでアルディ先生よ。さっき、そこの警察官が殴り倒した奴がこんなものを手にしていたけれど」
といいながら、薫があたしの顎を押しのけながら胸元から取り出したのは、輝くような純白の羽。
とたん、レオンハルトが小さく叫ぶ。
「冷泉寺……っ!」
これ、冷泉寺貴緒の羽!?
彼女は捕まったの!?
「おかしいと思った」
長い黒髪の間から、レオンハルトが、射るような目で倒れた男たちを見た。
「襲ってきたのは騎士団でも末位で、しかもひ弱な者ばかりだ。どうして彼らなのか」
独り言のようにいうと、レオンハルトは床に片膝をついて、手早く倒れた騎士たちの体を探り始めた。
一人目、二人目。
廊下と礼拝堂の境目に倒れている三人目の胸もとに手を入れた直後、ハッとしたように手の動きを止めた。
すぐに懐から現れたその手には、小さな白いメモが。
「兄さん、何と書いてあるの?」
アンドリューが聞き、皆が彼の答えを待った。
もちろん、あたしも。
レオンハルトは、手の中にメモを抱くように握りしめ、外界の喧騒と自らを切り離すようにきつく目をとじた。
必死で自分の中の激情と戦っているように見えた。
「兄さん!!」
叫んだアンドリューの声が消えないうちに、レオンハルトは素早く瞼を開けた。
意思の強さを感じさせる目元に絶望がゆっくりとひろがっていく。
「明晩九時。王立劇場に壮健な赤いモルダウを連れてこられたし、とある」
息を飲むようにいって、レオンハルトは、礼拝堂の天井をにらみすえた。
「差出人は高天宏、光坂亜輝、冷泉寺貴緒、黒須和矢、ガイ・アルフェージ」
ええっ!?
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