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Channel: りんごの木の下で
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パラドクス☆インポッシブル 17

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《ご注意》シャルマリ・銀バラ二次創作です。かつ本作品はフィクションです。楽しく読んでください。





「おそらくつかまったんだ。全員」
シャルルが、はっきりといった。
「敵はレオンハルト、君に五発の銃弾を打ち込んだ連中だ。心当たりがあるといっていっただろう。詳しく話せ」
皆の視線が、厳しい顔をしてうなだれるレオンハルトに集中する。
緑色に見える黒い長髪で、怒りと絶望に満ちた顔を隠しながら、レオンハルトはかすれた声でいった。
「名前はノロイ・アクスクー。俺の叔父で、騎士団の長老のひとりだ。騎士位は上から五番目。聖都の騎士だ。ウィーンに本拠地をもっている。彼は自分の息子を総帥位につけたいと願い、画策を続けている。これまで何度も追い詰められてきたが、しかし……」
レオンハルトの声は、だんだんと小さくなっていき、夜の色のような瞳は焦点をなくし、見開かれ、その場に立ちすくむ。
どうしたの?
「しまった、ユメミっ!!」
叫ぶが否や、レオンハルトは礼拝堂から飛び出していった。
「カーク、ついていけ!」
シャルルの叫びに、
「了解!」
と、カークがアーモンド色の長髪をひるがえして、すぐさまレオンハルトのあとを追いかけていく。
唖然としてその後ろ姿を見送ったあたしは、シャルルのため息交じりのつぶやきを聞いた。
「おそらく間に合わないだろうが」
そうか、サントス駅に向かったユメミとユリウス!
高天たちが来ないサントス駅に向かった二人も、あぶないわっ!
どーか、無事でいますように!!

祈りつつ、シャルルを見ると、彼は再びため息をついて、右手で額から頭頂部にむかって髪をさっとかきあげた。
白い額に分厚く巻かれた包帯が、痛々しい。
シャルルは、周りを見渡していった。
「とにかく、ここは引き上げるしかないようだな。レオンハルトがいないと、守護の聖櫃も開けられないし、和矢たちのことも気になる。一旦は病院に戻ろう」
そういうと、シャルルはさっさと出口に向かった。
カレルをかばい続けていたクリームヒルトは、狂ったように叫んだ。
「あっと」
とシャルルは立ち止まり、
「こっちの問題を忘れていた」
舌打ちをしながら振り返り、美女丸に向かって顎を突き出した。
「倒れているその男を担いでくれ」
わっ、偉そう!
そう思ったあたしの直感は正しかったようで、
「なんで俺がそんなことをせんといかんのだ!」
と美女丸は烈火のごとく怒った。
まあ、無理もないわねぇ。
そもそも、突然の召喚でプラハに来てくれただけでも奇跡だと思うもん。

けれど、シャルルはまったく動じる様子もなく、泰然と待っているだけで、美女丸も動こうとせず、気まづいその空気に耐えられなくなったのか、それとも友情のためかはわからないけれど、アンドリューが雄々しく手をあげた。
「僕が担ぐよ、カレルは僕の友達だから」
おお、ハレルヤ!
アンドリューは、カレルの脇の下に手を差し込んで、彼の上半身を持ち上げようとした。
したんだけどねぇ……。
カレルはガイほどでないにしろ大男。身長180以上はあるし、体つきもがっしりとしている。
対してアンドリューは、身長はあたしよりちょっと高いぐらいで、全体的に細い。
カレルの上半身を背負ったアンドリューは、立ち上がることはできたものの、一歩も歩き出すことができずに、その場に立ち往生。
「仕方がないな。貸せ」
美女丸が、アンドリューのそばにいって、カレルを受け取った。
「お前なぁ、ちょっと弱すぎるぞ。腕も枯れ枝みたいだ。筋肉をつけんと男じゃないぞ」
アンドリューは涙目で美女丸を見上げた。
傷ついたわけではなく、喜びに満ちた顔だった。
「うん。わかってる。自分でもなさけないと思う。助けてくれてありがとう、本当にありがとう!」
繰り返し素直に頭を下げられて、美女丸はまんざらでもなさそうだった。
「よかったら今度、俺が鍛えてやるよ」
「本当に?」
「ああ」
嬉しそうにうなずくアンドリューを見ながら、あたしは何も知らないって恐ろしいなとつくづく思った。
竹刀で打たれてから後悔してもしらないわよ。
「あいつ、面白いそうな男だな。誰?」
と薫があたしの肩をつんつん。
「美女丸。本名は弾上トウ……トウカゲ……忘れた。あたしの小学校の時の同級生で、甲府の殿様よ」
「へえ、殿様!」
口笛を吹いた彼女は、ニヤリと笑う。
何やら企んだ表情で口元を歪めて。
「いい体をしているな。一回手合わせを願いたいものだ」
手合わせって、なんの!?
あんたが言うと冗談に聞こえないのよ、やめてちょうだい!



あたしたちは、みなでゾロゾロとプラハ国立病院にいった。
どうやらシャルルは相当無理をしていたらしく、病室に入るなり、気を失ってしまったの。
もちろん、絶対安静の上、面会謝絶になった。
アンドリューは年配の看護師さんに、体がくの字になるぐらい、手ひどく怒られたのよ。
その内容を美女丸が通訳してくれた。
「簡単にいうと、危険極まりない状態の患者さんだということをわかっているのか。今後外出も面会も禁止だとさ」
ひえっ!
「シャルルってば、そんなに悪かったの?」
あたしが訊ねると、アンドリューは両手を胸の前で合わせながら、バツが悪そうに答えた。
「生きていることが不思議なくらいだよ」
そんなに?
「銃弾が頭にめり込んだんだよ。ここ」
言いながら、アンドリューは自分のこめかみの少し後ろ、耳の上を指差した。
ゾクっ。
「確かによく生きていたな」
感心したようにいう美女丸に、その時のことを思い出したのか、アンドリューは悲痛に満ちたため息を吐いた。
「一時は脳死状態になったんだ。僕、シャルルはもうダメなんだって思って、心が潰れそうだった。それなのに、プラハ城にシャルルが来たから、すごくびっくりした。でも、他にも色々驚くことが重なったから、頭がごちゃごちゃになっていて……とにかくシャルルは重体なんだ。ベッドから離れられる体じゃない」
わかったわ。
「カレルは?」
アンドリューのブルーグレーの瞳に、さっと影がよぎる。
「診察中。クリームヒルトが魂預かりなんて信じないって言って」
まあ、それはそうよね。

あたしはうなずき、にっこり笑ってアンドリューにいった。
「じゃあ、カレルの診察が終わるのを待つ間に、あたしたちはレストランにいかない? プラハについてから何も食べていないのよ。お腹がすいたわ」
瞬間、美女丸があたしの頭をげんこつでゴイン!
「お前はTPOを考えられんのか?」
わーん、ちゃんと考えてるわよ。
ややこしい事態がひと段落したから、言ったんじゃない、よく我慢したと思うわ、あたしの腹の虫ちゃん。
「いいよ。ご馳走するよ」
うう、優しいわね、アンドリュー。
それに比べて、美女丸。
あんたなんて嫌いだぁ!

かくしてあたしは、病院のとなりにあったおしゃれなレストランで、プラハ名物というクネドリーキを思う存分いただいたのだった。
これは、小麦粉、バター、卵を練り合わせて、円筒形に形を整えたものを茹であげた、世界でも珍しい茹でパン。
ハチミツをつけて単体で食べたり、卵を添えたり、肉料理の付け合せにしたりと応用自在。
果物入りはオヴォツキー・クネドリーキといい、デザートにも使われる。
もちろんあたしはメニューにある全てのクネドリーキをいただいた。
コンソメソープも、もちろんクネドリーキ入り。
スープを吸って、もちもちとお米みたいな食感になって、すごく美味しい!
ああ、しあわせ♡
結局美女丸のやつもついてきた。
あたしが食べるたびに、
「もっと上品に食べろ」
とか、
「こぼすな」
とか、うるさいの。
小姑か!
薫は優雅な仕草で、グラスのミネラルウォーターを飲んでいる。
「僕がアルディ家を出発する時、君はまだベッドの上だった。シャルルに頼まれて治療計画書を僕が医療者に渡しにいったんだよ。その君がこんなに早く回復するなんて驚いた」
目をキラキラさせながらアンドリューが言うと、薫は、甘さを含んだ目元で微笑しながらグラスを置いた。
その妖艶なことと言ったら言葉に出せないぐらい!
うーむ、人間は生死の境をさまようと美に迫力がでるのね。
あどけないアンドリューなんて真っ赤っか。
一度、あたしも死にかけてみようかな。
そうしたら和矢も落ちるかも。
「あたしこそ、目が覚めたら変な家で驚いたさ。外人ばかりだし、身体中はそれこそ殴られたみたいに痛いし」
そりゃそうね。
拘置所でバッタリ倒れたんだものね。
とそこまで考えたあたしは、ハッとあることに気づき、ナイフとフォークを手にしたまま、薫にむかって乗り出した。
「薫、兄上はどうしたの!?」
とたん、薫は不快そうに顔を背けた。
「口に物が入っている状態で喋るな。この常識なし」
美女丸がコーヒーを片手にせせら笑った。
「違う。こいつは教養なしというんだ」
すると、なんとアンドリューがふっと笑って、口元を手で隠したのよっ!
えーい、どいつもこいつも揃って、不愉快!

あたしは水をかぶのみして、口の中のクネドリーキを一気に飲み下すと、もう一度兄上のことを聞いた。
「ああ兄貴なら」
と薫は、小さくうなずく。
「たぶん」
たぶん?
テーブルに乗り出すあたしに、薫は片肘をテーブルの上について、顔を傾けてあたしを見る。
「今ごろは」
とまたそこで言葉を切る!
間を持たせる言い方をする薫に、あたしのイライラは最高潮!
「さっさと言え。薫のバカ」
あたしが怒ると、薫は片肘をついたまま、プッと笑い出した。
「相変わらず面白いね、マリナちゃん。からかうとすぐに怒るのは中学生のまんま」
ひどい。
美女丸がさらっと続けた。
「いや、小学生のままだ」
わーん、冷酷な同級生をもって、あたしは不幸だ!
和矢がいたら少しは慰めてもらえたのに。
でも待てよ。
和矢だって、同じようにからかうに違いない。
やっぱり和矢なんていない方がいいわ。
とそう考えたあたしは、その和矢が、高天たちと一緒に、オカルト集団である銀のバラ騎士団に囚われていることを思い出したのだった。
みんな、今、何をしているんだろう。
まさか、クネドリーキをご馳走してもらったりはしていないわよね。
檻に入れられているのかしら。
拷問とか受けたりして……。
うっ、ありそう。
魂預かりの儀式があるぐらいだもの。
魂いたぶりとか、魂殴りとかあっても不思議じゃない。
どれだけ酷い目にあっているの?
怪我はしていない?
大丈夫?
高天たちも、和矢も、普通の日本の高校生よ。
ガイだって、心の優しい人。
どうしてこんなことが許されるの?
できるなら、今すぐにあたしが助けにいきたい。
ガイも、高天も、アキも冷泉寺貴緒も。
でも、あたし一人じゃ何もできない。
あたしはなんて非力なんだろう。

「おっ、教養なしと言われて落ち込んだか」
薫が長い腕を伸ばして、バイオリンの弦を弾くしなやかな指先であたしのおでこをつんと押した。
でも、あたしの心は和矢のことでいっぱいだった。
もう、恋をしようと言わない。
あんたののぞみ通り、友達に戻る。
元気でいてくれれば、それだけでいい。
だから、帰って来て。
お願いよ!!

「謝るよ、だからそんなに神妙な顔をするなよ、なっ?」
あたしは目をあげて、薫を見た。
「ところで兄貴だが、たぶん今ごろ、シャルルのところにいると思うぜ」
えっ?
兄上も復活したの!?
すごいっ、おめでとう!!
「パリで治療を終えたあたしと兄貴のところに、ルパートって空軍大佐がきてさ、いきなりこの街に連れてこられたんだ。カーク刑事が一緒だった。そしてアルディ大先生とご対面さ。あたしとカークはプラハ城へ、途中で美女丸と合流した。一方、兄貴は別の依頼を受けてグラナート家へ向かった」
グラナート家?
それってどこだろう。
「兄貴はチェコ語が話せるから便利だったんだろうさ」
それにしても、よくもまぁ、あんたたち兄妹がおとなしくシャルルの指示に従ったわよね。
兄上は、拘置所でのやりとりから察するとシャルルと信頼関係があるようだから、こうなるのもわかるけど、薫とシャルルは犬猿の仲じゃなかったっけ?
確か、幼少の頃、バイオリンでシャルルを殴ったと聞いたような……。
その辺の疑問をあたしが薫にぶつけてみると、彼女は褐色の目にカッと熱い光を輝かせながら答えた。
「兄貴の恩人だ。あたしの命ある限り、なんでもする」
静かに、言葉少なに語る薫の表情からは、絶望の淵から這い上がってきた人間特有の悲壮感とわずかな希望がないまぜになってただよっていて、あたしは胸をつかれた。

「僕、シャルルのところに行ってくる」
アンドリューが遠慮深げに、いった。
「グラナート家というのは、クリームヒルトの家だ。シャルルが何を薫の兄さんに頼んだのか、知りたい。僕はシャルルとほとんど一緒にいたのに、そんなことをシャルルがやっていたなんて、何も知らなかった。シャルルはいつだってそうだ。肝心なことは僕に話してくれない。一人でなんでもやってしまう。この世にしがらみを残さまいとしているようだ」
辛そうにいったアンドリューに、美女丸が聞いた。
「しがらみを残さない? シャルルがそういったのか?」
アンドリューは小さくうなずいた。
「一生分の夢は見終わったから、もしも当主に戻れなかったら生きている意味はないと」
ドキっ!
そ、そそ、それって……あたしのこと!?
あたしは背筋が凍りつくような感覚になった。
「一生分の夢は見終わった、か」
美女丸がアンドリューの言葉を反復した。
黒い目が、葛藤にさまよい、拳に固めた手は口元に当てて、何やら考える仕草をしていた。
あたしは自分が自然な息をしているのかどうか、すごく焦った。
スーハースーハー。
そんなあたしを、薫がじっと見ていた、うっう。
でもしかたがないわ。
あたしはシャルルなんて好きじゃないもの!
だから彼の思いには答えられないの。
月まで連れていってもらっても、命を捧げてくれても、たとえこの世で手に入るすべてのものをプレゼントしてくれても、ダメなものはダメ。
和矢以外に恋なんかしない。
絶対に。
「あいつも大変そうだったな。レオンハルトとやら」
美女丸の言葉に、アンドリューはレオンハルトの現在置かれた状況をあたしたちに説明した。
話を聞いた美女丸と薫は、驚いた顔をして嘆息した。
「お前が一番つらいよな」
美女丸は、細くたよりないアンドリューの肩の上に、節だった手を乗せた。
ハッとした目で、アンドリューが美女丸を仰ぐ。
「先ほどは弱いなんて簡単にいってすまない。争い合う肉親を前にして、冷静さを失わないお前はすでに立派な男だ。いいか。誰の味方になっていいかわからない時は、自分の味方になれ。そうしたら、おのずと道は開ける
アンドリューは最初、信じられないという顔で美女丸を見つめていたけれど、やがてその目にはみるみる透明な涙が盛り上がり、白いほおを熱くぬらした。
彼は声を立てずに泣いた。
それはまさしく、アンドリューが心の鎧を脱いで、傷だらけの裸をあたしたちの前に晒けだした瞬間だった。
辛かったのね。
レオンハルトとシャルル。
戦う二人の間に立って、傷つく二人を見て。
「これからはあたしたちがいるわ。あんたを一人にしない。一緒に二人のしあわせのためにがんばろう」
あたしが言うと、アンドリューはようやく聞き取れるぐらいのかすかな声でありがとうとつぶやきながら、手の甲で鼻をすすりつつ、何度も何度もうなずいた。
「いつの世も罪作りなのは、鈍感で魅力的な男たちだ」
薫が揶揄するようにいった。
あたしたちは彼が泣き止むのを待ってから、シャルルの病室に戻った。





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