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Channel: りんごの木の下で
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ぺルデュの森 最終話

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《ご注意》シャルマリ二次創作です。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。






ロサンゼルス空港でツアーは解散となったため、あたしはどうやって市内にむかったらいいのか途方にくれた。
同じツアーだった女の子たちに混ぜてもらって、なんとかハリウッド市内までたどり着いた。
目を上げれば、前方の山にはアルファベットで「Hollywood」の文字が。
ああ、来たんだなぁと感激しつつも、あたしはちょっと拍子抜けしていた。
だってね、あんまり都会じゃないのよ。
東京の方がよっぽどビッグシティ。
高いビルもあまりないし、全体的に田舎っぽいし、空気も綺麗。
こんなところに本当にシャルルが住んでいるのかしら?
あたしは少し不安になりながらも、ごちゃごちゃ言っていても仕方がないので、シャルルを探すことにした。
ところが、ここでつきあたったのが、言葉の壁!
「シャルルに会いたい」
この簡単な英語をあたしは話すことができなかったの!
「シャルル? オー、シャルル ドゥ アルディ!」
訊ねる人訊ねる人みんなが、あたしがシャルルという名前を口に出した途端、ぱあっと顔を輝かせて、いいね!と言いたげに親指を立てた。
どうやら、シャルルのファンである日本人少女が、ハリウッド観光に来たと思われているらしい。
違うのよ、あたしはシャルルの友達よ!
「ノーノー。あたしはシャルルフレンド! スペシャルフレンド!」
といくら言ってみても、豪快に笑い飛ばされ、背中を叩かれ、早口で激励されていなくなっちゃうの。
くっそ、英語を習ってからくればよかった。
後悔しても後のまつり。
それに教えてくれる人もいないしね。和矢とは三年前に別れたっきりだし、美女丸は弾上家を継ぐと当時に甲府市長になってめちゃくちゃ忙しい毎日みたいだし、ガイやカークなら助けてくれたかもしれないけど、一人でアメリカ行きを決意した手前、誰かに頼るのは嫌だったし。
うーむ。それもこれも、薫があんな風にあたしに冷たく接するから悪いのよ。
親友なのに、ひどいわ、プンスカ!
うまく会えたら、おならプーしちゃうんだからねっ。

あたしは薫への報復を心に誓いながら、
「シャルル、シネマ、響谷薫、フレンド」
というワードを繰り返しながら、行き交う人に両手を使って、会いたいんだというジェスチャーをとにかく繰り返した。
秋とはいえ、素晴らしく晴れたハリウッドは結構暑い。
それを二時間くらい大通りでやっていたあたしは、ふらふらになって、ホテルに帰った。もちろん、ホテルも通行人に教えてもらった。ツアー客用に渡されていたガイドブックにホテル名が記されていたから、指でそこをツンツンすると、親切な紳士が連れて言ってくれたのよ、ホッ。
なに? わるいやつらだったらどうするんだって?
幼児体型のあたしをいたずらしても楽しくないでしょうし、持っているお金は五万円程度だし、売り飛ばすにしても美人じゃないからどう見ても高く売れそうな素材でもない。
つまりあたしはわるいやつらに狙われる心配はない。だから誰にでもねちっこく話しかけていけるのよ。どうだ、そこの読者、まいったか、わっはっは。

そんなあたしの善行を神様が見てくれていたのかしら。
二日目、大通りで同じことをしていたら、夕方になって、ボンキュッボンのくびれたボディに大胆なカットのワンピースを着たサングラス美女が近づいてきて、あたしに話しかけてきた。
たぶん、これはどうしたのって言ってるんだわ!
あたしは早速シャルルに会いたいと、ジェスチャー込みで訴え、彼女は笑顔でにっこり、指先をちょいちょいと動かして歩き出した。ついてこいって意味ね。
おお、ハレルヤ!
あたしは勇んで彼女の後をついていった。
ダウンタウンを超え、廃墟のようなビルに彼女は入っていく。
こんなところに本当にシャルルがいるのかしら……。
と心配したとたん、どこからともなく男が二人現れて、そのうちの一人があたしに銃をつきつけたのよっ!?
うわーんっ、やっぱりぃ!
あたしでも人身売買されるのね、ごめんなさいハリウッド、甘く見たあたしが悪かった!
あたしはテープで口と目を塞がれ、タオルで手を後ろ手に縛られて、その辺に転がされた。
「シャルル、○×△★#$&?」
よくわからないけれど、シャルルがどうのといっているらしい。
探すなと言いたいのかしら。
ということはあたしがシャルルの友達だって知ってる?
うーむ、こいつらは一体誰だろう。
なんて考えている暇はない。
逃げなきゃ!
と考えつつ、ふと耳を澄ますと、なんだかやけに辺りがシーンとしている。
恐る恐るよいしょと起き上がると、あらびっくり、手を縛られていたタオルはあっさりと外れたのだった。
すごい。あいつらって信じられないぐらい不器用。
呆れながら目と口のテープを剥がし、周囲を見渡すと、やつらがどこにもいない。
トイレかしら。集団下痢とか。
こわいな、あたしも食べ物に気をつけよう。
そう思いながらあたしはこの幸運に心から感謝して、そのビルを飛び出し、走ってホテルに戻った。
ホテルは日本のビジネスホテルに毛が生えた程度の安っぽいホテル。
さっきのこと、警察に言おうかな。
しばし考え、やめた。
3人の顔は覚えてないし、英語も喋れないあたしが訴えても時間の無駄だし、そんな暇があるならシャルルを探したい。
また明日から頑張ろう。
今度こそわるいやつらに騙されないわよ!
心根の一本気なあたしは素直に納得して、その夜は死んだように寝た。


三日目、四日目も頑張ったけれど、何一つ有力な情報は得られなかった。
あたしの聞き方が悪いんだと思うの。たまに日本人観光客に出会って、
「シャルルに会いたい」
という英語を教えてもらうんだけど、あたしが言ってもどういうわけか外国人には通じないのよね。まだ単語だけ繰り返していた最初の頃の方が反応が良かったと思う。
しかもその間に、スリ未遂にあうわ、すぐ近くで強盗事件が起きて人質にされるわ、ガス爆発が起きるわ、突然あたしがいるブロックだけスコールが降るわ、ホテルに帰ってきたら空調が故障していてサウナ状態になっているわ、とさんざんだった。
そんなハリウッドの日々も終わり、今日の午後には空港に行かなくちゃいけない。
結局シャルルにも薫にも会えずに終わるんだ。
シャルルには会えなかったけれど、この数日間でわかったことがある。それは、あたしが「シャルル」と口にしたとたん、街の人がニッと笑うこと。笑顔でみんなが色々喋っているのは、シャルルがどんなに素晴らしいアクターかってことだと思うの。だから、彼がいかに世の中で愛されているのかがよくわかった。
それを知ることができただけでも、アメリカに来た甲斐があると思ったのだった。

空港に出発しなければならない一時間前まで、あたしはいつもの場所でシャルル探しをしていた。
「マリナさん?」
と声をかけてくれたのは、ツアーが一緒で、あたしをハリウッドまで連れてきてくれた女の子たち3人組だった。
「何をしているの、こんなところで。もう空港にいかなくちゃ。あたしたちもこれから地下鉄でいくの。一緒に行きましょう」
親切な彼女たちの申し出を受けて、あたしはうなずいた。
そのとたん、ぽろっと涙が出てしまった。
それは自分でもびっくりするほど予想外な涙でーー
「どど、どうしたの、マリナさん?」
と彼女たちが慌てるのも当然だった。
「ううん、なんでもない。もう帰るんだな、と思ったらね……」
たまらなくなって、あたしはその場に石のようにしゃがみこんだ。
「泣いちゃった。どうしよう?」
と、一人があたしの背中をさすってくれた。
「マリナさん、元気出して」 
もう一人の女の子は明るい声で何度もそう言ってくれた。
ごめんね、でも、元気がでないわ。
どうしてだろう、魂が手足の先から抜けたみたい。
三年間、あたしはこの街に来るために毎日100円ずつ貯金をしてきた。
100円なんてつまらない小さなお金って思うかもしれないけれど、あたしにとっては違う。
儀式をするみたいに、夜寝る前に、貯金箱に100円を入れていたのよ。
ハリウッドに来てからも本当を言うとずっと緊張していた。いつシャルルや薫に会っても、笑って挨拶して、格好いいところを見せたいと思っていた。こんなにあたしは充実しているのよ、わっはっはって……
なのに、中途半端で終わり!

そう思うと我慢できなくて、あたしは声を上げて泣いた。
わーんっ、辛い!
これほど泣けるなんて、あたしって実はシャルルが好きだったのかしら!?
そうだわ、きっとそうに違いない!
やっと自覚したばかりの恋心がこんなに無残に散ってしまうなんて、あたしは不幸だ!
彼女たちは困ったようで、言葉を尽くしてあたしを慰めてくれた。
「泣かないで。美味しいお菓子を買ったの。機内で一緒に食べよう」
ダメよ、お菓子じゃとても慰められないわ。
いただくけど。
「機内でシャルル ドゥ アルディの最新作をみれるよ。実物に会えなかったのは残念だけど、所詮相手はスターだから、しょうがないよ、あきらめ……ひえっ?!」
突如、彼女たちは悲鳴をあげた。それも彼女たちだけじゃない。そのあたりにいる人たちも叫んでいるみたいなの。
うるさいわね、なんなのよ。
あたしは今、悲痛な思いでいっぱいなのよ、お願いだからもっと慰めて!
むかっとして顔を上げた瞬間、あたしは両腕を掴まれて、引きずるように起立させられた。
気がつくと、あたしは誰かの胸の中だった。
周囲の悲鳴がひときわ大きくなる。
ふり仰ぐ形になったあたしは、白金髪の間で輝く、青に限りなく近い灰色の瞳を真上に見つけて、息が止まるかと思った。

……シャルル!

「久しぶり、マリナちゃん」
その物憂げな微笑も、透明感のあるテノールもシャルルそのものだった。
あたしがポッカーンとしている間に、周りでピカピカとフラッシュが焚かれているのに気がついた。
そうだ、こいつ、今はハリウッドスターだったんだ!
焦って体を離そうとするあたしの腕をシャルルが捕まえた。
「なぜ離れる?」
「だってあんた、スターでしょ? スキャンダルが!!」
とたん、シャルルは天を仰いで大爆笑!
あまりの豪快な笑いっぷりに、あたしだけじゃなくて、周囲の人々も呆然。
あんた、実はバラエティスター?
「いうねぇ、お前さん、自分がスキャンダル相手になると思ってんのか」
その声にハッとして振り返れば、あたしの後ろにいたのは、華麗なる響谷薫っ!
ニヤニヤ笑って、こちらに近づいて来る。
「それにいいんだよ。シャルルは引退するから」
引退 !?
びっくりするあたしと同様、あたしを慰めてくれていた女の子たちのキャーッという悲鳴が上がった。
「今夜のニュースには出るだろうよ。シャルル ドゥ アルディ引退と同時に結婚。お相手は東洋の三流漫画家ってね」
けけけけ、けっこん?!
「待ってよ。あたしはシャルルと結婚するなんて言ってないわ。それに、シャルルは世界の恋人とかいうものすごい美人の女優さんと噂になってるんでしょう。そっちはどうなのよ!?」
「あれは、餌だ。お前さんをハリウッドに誘き寄せるための」
あたしは唖然とした。
薫は得意げに続けた。
「最初は純然にシャルルに恩返しがしたかっただけだ。だから何もかも捨ててハリウッドに行くというこいつをバックアップしようと思った。でもマリナが黒須と別れたと聞いて、だったらシャルルにも可能性があるんじゃないかと思った。あたしと違って、シャルルの恋はまだこの世のものだから」
「それで……」
「シャルルとエバ・スケールの噂を流した。と同時に、マリナ、お前さんの行動を人を雇って見張らせた。誰かを頼ってアメリカに来ようとしたり、少しのアクシデントでめげたりするようだったら、絶対にシャルルと会わせないつもりだった」
そこまで聞いてさすがのあたしもピンと来た。
「まさか、ハリウッドであたしがさんざんな目にあったのって……」
「もちろん、あたしの差し金。この街にいるおかげで色々なコネができたからな♪」
それで誘拐や強盗まがいの三文芝居も、雨を降らすこともできたってわけなのねぇ!?
よくもこんなことをしてくれたわね!!
怒り狂うあたしに、薫は真顔でいった。
「恨み言いってる暇があるなら、逃げずにシャルルと向き合え。シャルルにその覚悟はできている」
あたしは驚いてシャルルを見た。彼は真剣な眼差しで、あたしを見つめていた。
ごくっと唾を飲んだ。
人垣がどんどん増えて行くのがわかる。あれはテレビカメラかしら。大型のカメラがあたしたちを撮影し始めた。
身が細る思いで、あたしはシャルルに訊ねた。
「あたしはあんたのことを好きかしら?」
すると、彼は心臓が止まりそうなほど見事な笑顔を見せた。黄色い歓声が上がる。
「もちろん、君は俺を好きだよ。だって、君は俺に恋をするって言っただろう?」
それって何年前の話よ!
アルディ家の地下で、逃避行するときのことでしょう!
時効だと言いたかったけれど、当のシャルルはあの時よりもさらに色気と魅力を増して、目尻に甘やかさをにじませブルーグレーの瞳をほんのわずか潤ませるものだから、あたしは沈黙。
「18歳からずっと……その言葉を待ってたんだ」
ドキッ!
うっう、妖艶さで迫るなんて、ずるいわ。
抵抗できないじゃないーー……
「しょうがないわね」
あたしはそっぽを向いた。
「じゃあ、ちょっとずつ大人の恋をしていこうか?」
あたしがそう言った途端、シャルルはあたしの肩を抱き寄せて、ほおとほおをくっつけた。ぴったりと。
「トレビヤン! ○×△★#$&○×△★#$&!」
トレビヤン以外は全くわからないフランス語? 英語?
とにかく宇宙語を叫びながらカメラに向かって満面の笑顔を見せる彼を、すかさず報道陣がバシャバシャ!
あたしはどういう表情を作っていいのかわからず、とりあえず日本人特有の愛想笑いをするしかなかった。
ああ、あたしもこれで有名人ね。
できれば手塚治虫賞とかバーンと受賞して有名になりたかったなぁ、と、フラッシュの渦を浴びながら、ほんのちょっとだけセンチメンタルになったのだった。



_____

三年後、東京、銀座。

「うまいな」
シャルルはイチゴのパフェを食べて、満足そうに目を輝かせた。
真っ黒で大きなサングラスと、初夏だというのに黒のトレンチコートの彼に身を固めた彼は狭い店内で注目の的だった。
あのねぇ、身を隠したいんじゃなかったの!?
これじゃあ、ここにシャルル ドゥ アルディがいますって喧伝しているようなものよ、ばかやろう。
出かける前にシャルルにそう言ったんだけど、彼としては最高の変装ルックだと思っているらしいので、それ以上止めるのをやめた。
だって、結局変装してもしなくてもばれちゃうんだもの、だったら好きにすればいい。
能ある鷹は爪隠すっていうけど、美貌は部屋から一歩外に持ち出した瞬間公共のものになっちまうと、あたしはこの三年でよーーーく学んだ。

「ここは日本一のパフェよ。フルーツは新鮮だし、クリームが最高なのよね」
「君がこんな素晴らしい店を知っているとは意外だったな」
「薫に教えてもらったの」
「なるほど。納得した」
あたしはマンゴーを一切れ食べながら、どこに行ったかわからない薫のことを思った。
あたしとシャルルをくっつけてから、薫は姿を消した。シャルル曰く、それまで薫はずっとシャルルと一緒にいて、彼がアクターとしてやっていくために様々なバックアップをしていたらしい。時にはマネージャーとして、時にはカウンセラーとして。後でスタッフから聞いたことだけど、シャルルの控室からはよくバイオリンの音が聞こえていたという。慣れない芝居や人付き合いをするシャルルのために、薫が演奏していたんだろう。
どうして薫はどっかに行っちゃったんだろう。
「いつか、エベレストに登りたいといっていたから。山頂の風を感じたいと」
それを聞いてあたしは、薫が今もなお兄上とともにあることを知ったのだった。

あたしは以前薫と一緒にパフェを食べたことを思い出しながら、マンゴーをつついた。
「全部薫のおかげね。あたしがあんたと一緒にこうしていられるのも」
「君の漫画が売れたのも」
「それはあたしが頑張ったからよ」
「俺の原案が素晴らしいからだ」
「あたしの絵があってこそよ」
「じゃあ、もう俺の原案はいらないんだな?」
上目遣いに睨まれて、あたしは焦った。
「それは困るわ。あたしたちはゴールデンコンビでしょう?」
シャルルは満足したようにサングラスの奥の瞳を緩めてニッと笑い、フォークでイチゴを突き刺して口に放り込んだ。
「わかっているならいい」

あたしたちは、今、コンビで漫画を作成している。フランス革命時代を生きた一人の少女の波乱万丈な物語なんだけど、これが大受けした。
住まいは飯田橋の億ション。
だって、シャルルが半端でないほどのお金持ちなんだもの……あんた、ハリウッドで一体いくら稼いだのよ!?
ということで、3LLDDKKあるそのマンションで、あたしたちはプライバシーも確保しつつ、仕事場も備えつつ、それなりに甘い生活を送っている。

あたしはグラスの底にあるゼリーをかき混ぜながらいった。
「でも、なんだかんだ言っても薫には感謝しているわ。薫のおかげであんたとこうなれたんだもの。ずいぶん冷たくされたし、ひどい目にも合わされたけど」
最初のアメリカ行きの時薫に断られたことも、すべてシャルルに話してあった。
「最初から言っていてくれれば、あたしもちゃんとシャルルのこと考えたのにー」
「それはないな」
「そんなことないわ」
「いや、ない。カオルもそう言っていた。マリナは出会う人みんなを宝物のように大事にする。あいつにとって、友達は日差しの差し込む豊かな森だ。散歩したり遊んだりバーベキューしたりするには楽しい森だ。でも黒須以外で自分を色恋の目で見る男には、マリナは心を閉ざして、そいつの気持ちに対して徹底した無関心を装い、楽しい森でい続けることを強要するんだと言った。だから少々荒療治だが、マリナから楽しい森を排除するしか、あいつが自分と向き合うすべはないんだと。
彼女は最初からすべて計画していたんだよ。ハリウッドに行きたいと言いだしたのは俺だが、君の耳にその情報が入るようにわざわざ帰国した」
あたしは何も言えなかった。
「彼女は義理堅い。俺に恩義を感じて、尽くしてくれた。だが、彼女はこれからどうするのだろうかと思う。タツミを失ったカオルには、安息できる森はどこにもないのに」
それを聞いてあたしは、そこがどこかも忘れて泣いてしまった。
シャルルがハンカチを渡してくれた。
しばらく泣いて、あたしは訊ねた。
「また薫に会える?」
「ああ」
とシャルルは答えた。
「この店の桃フェアは毎年だろう? だったら、いつかきっと来るさ」
あたしはほおをぬぐいながらうなずいて、深呼吸した。
薫。
ねえ、薫。
そうしたら、いっぱい桃食べようね。
それから夜通し話そうね。
あたしののろけ話を嫌という程聞かせてあげる、遠慮なんかしないわ。
あたしたちの家でレミマルタンをあけよう!

だから、あんたの今も教えて。
何を考えて、何を経験してきたのかを、ゆっくりでいいから聞かせて。
ずっとずっと、待ってるからねーー……

あたしは鼻をすすりあげてから、手を上げて店員に桃パフェを注文した。
テーブルに頬杖をついた、大きなサングラスをかけたシャルルの呆れ顔が、ひどく愛しかった。




おわり

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